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1章 SideN 3-4

「新陛下。お会いできて光栄で御座います。わたくし、当菓子製造カンパニー《モガ・インターナショナル》社長の『ギリエ・ダニエル』と申します」


 硬質な床。背もたれのない椅子。焼き菓子とキャラメルが混ざった、甘くて良い香り。

 ワタシ達が待つ一階のフロアへと迎えに来た男の姿は、どうやって生きているのかわからない、不思議な見た目をしていた。

 人型に切り取られた袋に、無数のアメ玉を詰め込んだような全身キャンディ人間。

 確か、不定目の……《ポップドール・キャンドラシエ》? とかいう種族だってデュオが話してくれた。凄く長々と色々説明してくれた気がするんだけど……覚えてるのは『寿命が長い』って事と『柑橘類が好物』、それから『種がいっぱいある』って事ぐらい。

 特殊な能力も持ち合わせていないらしいし、隣にサリィが居れば危険性はほぼ無いとのことである。

 ――あとはワタシが、《混沌の皇女》らしく、尊大でノーブルに振る舞うだけだ。

 

「おっと、こちらの見た目の方がよろしかったですかな?」


 そう言って彼は自分の体を変化させ、魔神目の姿に限りなく近い――ミートボールの如く太った男の姿になった。

 黄色のスーツに白のシャツ。

 一番遠い所でとめられたベルトの辺りは、腹の肉がぱんぱんに詰まっている。

 髪はてっぺんだけ禿げ上がった形で顔も膨れているから、確かに『良い人そうな雰囲気』はあった。

 

 ちなみに。

 自分で言うのは少し恥ずかしいが、ワタシを始めとする魔神目は、全アッシュの敬意の対象である。

 ゆえに、公式の場では変化を使える者はみな、このように魔神を模した姿をすることになっているのだ。

 議会とかもそんな感じで、特別なコダワリの有る奴以外みんな二本腕二本脚。

 ただこの変化できる格好っていうのは自由にやれるわけじゃなくて個人である程度決まってるから、誰かが誰かになりすまして――っていうのは難しいらしい。

 ちなみにワタシは当然そんな魔術使えない。勉強させられたことはあったけど、結構難しかったから15分で参考書を投げ捨てた。

 

「お招きいただきありがとうございます、ミスター・ギリエ。えっと……そちらの御婦人は?」

 

 私は90度に下げられたハゲ頭から目を逸らすように、隣の女性に視線を向ける。

 どういう機構になってるのか検討もつかない、流れるホワイトチョコのドレスを纏ったグラマラスな女。

 ソイツはギリエよりも浅くお辞儀をし、そしてすぐに頭を上げこちらを品定めするかのようにジロジロと緑の目玉を動かした。

 前髪は片目を隠し、汚いストレートの金髪が安い刺繍糸の如く輝いている。

 ざっくり開いた胸元と、エメラルド色のブローチからはやたらと強い自信が見られるが――あまり好きなタイプの人ではないな。


「彼女はワイフの『トラメリ』。私とは野苺のケーキと、挽きたてコーヒーのような関係です」


 ギリエはその女の頬に小豚の授乳みたいなキスをする。

 すると彼女はこちらにコツコツと歩き、あろう事か握手を求めてきた。

 品の無い匂いだ。

 跪く事もしないのか。

 ちょっと背が高いのもムカつく。

 だが、優しい私は彼女の手を握り、小さく振ってあげた。

 トラメリ……だったっけ?そいつは凄く嬉しそうに頬を高揚させ、もう一度大きく頭を下げた。

 

「ああ、皇女陛下。お会いできて光栄です。私陛下の事を凄く尊敬していて――リビングの日めくりカレンダーも陛下の物を使ってるんです」

「広告店がタダで配ってるやつか」


 私の真下から覗き込むように、デュオは彼女に声をかけた。

 ふわりと小さくジャンプして、肉球を差し出す。


「そう! って、あら。キュートな猫ちゃん、喋るのね。……陛下のペットでいらっしゃいますか?」


 彼女はデュオをじっくり見る為その場にかがみ、がっつりと背中が見えるドレスをワタシは見下した。


「あはは、こう見えても執事なんです。ペットも兼ねてますけど」

「よろしくミセス・ダニエル。いくら俺が魅力的でも、旦那さんの目の前で浮気はイケナイぜ」


 ぐりぐりと二回手を振った後、デュオは可愛らしくバイバイをしてさがる。

 ――随分とわざとらしい仕草だ。

 あいつ、胸がでかければ誰でも良いのだろうか。

 ワタシは奴に対する軽蔑レベルを2から3にランクアップさせた。

 

 そしてトラメリはサリィに視線をやることもなく、ニタニタと笑みを浮かべるギリエの元へと下がっていった。

 “使用人は相手にする必要が無い”とでも言いたげな、馬鹿にしたような態度にワタシははらわたが煮えくり返りそうだったが――多分、ここで癇癪を起こすことをサリィ自身が望んでいない。

 だから抑えて抑えて、ワタシは極めて冷静を装った感じで口を開いた。


「えっと、本日はお話が御座いまして」

「ああ、監査協会についての……それでしたら立ち話も何ですし、工場見学でもしながら応接室までご案内させて頂きます。きっと、クリームたっぷりのエクレアみたいな素敵な時間になると思いますよ」


 そう言って、ギリエはワタシ達三人を広い階段へ導く。

 なんだか、ワクワクしてきた。

 こういう状況。『階を登っていくごとにワタシ達を襲う数々の仕掛けが……!!』って感じのやつだ。

 きっとこの先、床を歩くと槍が突き出してきたり空から毒虫が降ってきたりするのだ。

 シミュレートは出来ている。

 かかってこい……どんな困難であろうとワタシは乗り越えてみせる!!!

 

        ◆


 熱い。それから甘ったるい。

 こんな所で生活していたら、外で食べるもの全てが苦く感じてしまうのではないかと思えるほどに甘い空気だ。 

 ぼてぼてと歩くギリエに続き、連れてこられた2階はキャンディ工場。

 ガラス壁の向こうに見えたのは、右手側に黒幕で覆われた空間と、それから、ワタシの背丈よりもほんの少しだけ大きいぐらいの――火山、であった。

 

「こちらが我が工場の誇るキャンディの製造ラインです。この火山は内部でキャンディを煮立たせ、丸く形成されたアメ玉を火山弾として吹き出します。残ったキャンディは溶岩として排出され、下の管を通った後に別のお菓子類のトッピングに使われます」

「ふむ」


 ワタシは小さく相槌をうち。

 

「サリィ。これうちに同じの置けないか?」


 と、背後のメイドに聞いてみた。

 これが有れば、暇な時に果物ディップして食べても良いし、宮廷の名物の一つにも出来そうな気がしたからだ。

 彼女は瞼を閉じて、少し考え込んだ様子で返答する。

 

「置いたとして、誰が中身を補充するのです?」

「中身?」

「恐らくこれは火山を模した形をしたタダの窯。あちらの幕の内側で原料を作って、火山は形成と餞別を行う為の物かと」


 あっ……。そういう事、か。


「ああ、なんだ。無限に飴が湧いてくるのかと思った。ならこれ、遊び心でこういう形にしてるって事か?」

「はい……まぁ、その。お菓子工場は子供達の夢ですからね。噛むと色が変わるチューインガムみたいな」

「そうか……」


 なぜか、とてつもなくガッカリした気分だ。

 まったく、上げて落とすとかホントろくでもない奴だ、このデブ。

 そこから『企業秘密につき……』と書かれた箱で覆われた空間を隔て、向こう側にあったのはガラスを隔てて数十人の《ポップドール》が棒付き飴をラッピングしている姿であった。


「各個人にやることを割り振り、分業制をとることで作業の効率化を図っております」


 あくせく働く連中をよそに、淡々と作業行程を紹介するギリエ。

 ワタシは彼の言葉を半分聞き流しつつ、ガラスの向こうに注意を向けていた。

 

(なるほど……こいつらが最初のエージェントか)

 

 見た目は普通の作業員。といっても、さっき見たギリエの元の姿に似た連中ばかり、といった感じだ。

 身長と、中に入っている玉の色が一人一人違うくらいで、正直全然違いがわからん。

 だが、きっとそれはヤツの作戦なのだ。

 同じような見た目の連中を揃える事でこちらを撹乱するつもりなのだろう。誰が発砲したかわからなければ捜査も難航する……なんて卑劣な!

 

「我が社の製品はなんと言っても材料にこだわりが有りまして、果物はアワラ地方の――」


 あの右手が上がったら、奴等の包んでいるキャンディがこちらに向けて銃弾のごとく打ち出される。ワタシはそれを予期し……

 ――いや、待て。

 それならばこのガラスの存在意義は何だ。

 まさかコッチから見たらただのガラスだが向こうから見たら実は何もない……?

 

「陛下」

「はひっ!!」


 サリィの呼び止めに、思わず背筋がぴんと伸びる。

 授業中居眠りをしているといつもこの声で怒られるものだから、体が過剰反応してしまうのだ。


「はぁ、はぁっ。どうしたサリィ脅かすな」

「次の階へ行くらしいですよ」

「そ……そうか。わかった」


 気付かないうちに説明が終わっていたらしい。

 ――なんだ、結局何も起こらないではないか。

 

「次の階は陛下の好きなポテフの製造過程だそうです」

「ポテフ!? 見たぁい!!」


 この時ワタシはポテフへの好奇心で気づかなかった。

 気絶させられた幾人もの《ポップドール》作業員の手から滑り落ち、割れたキャンディの中に、鉛の弾が込められていた事に――


        ◆


「こちらが我が社の誇る大人気商品、『ポテトフレイル』の製造場になります」

「うおおおおおおおおおお!!!!!」


 やや急な階段を登り、ワタシが連れてこられたのは、地面がベルトになっている製造工場だった。

 二階のようなガラス壁は無く、代わりに侵入禁止の白テープが床に引かれている。

 左手側からイモが出てきて、裁断機に入り薄く切られた後、網の中に溜まったポテトのスライスが外まで運び出されて、油のプールにドボン。

 そして出てきた物に、今度は黒幕に覆われた『ラッキーペッパー製造所』で粉を振りかけて、袋詰されてから出荷、という形だ。

 数十人の《ポップドール》がしゃがみ、ベルトを動かすためのレバーを回す光景はかなりシュールだが、それ以上に自分の背丈ほどもある巨大なイモが転がっては数十枚のスライサーで裁断されていく景色……これはなかなかに壮観である。

 

「なぁデュオ。あれはジャガイモではないよな?」


何やら鼻をヒクヒクさせる執事に向かい、ワタシは尋ねた。


「んっ? ……ああ。味は似ているが、『カベシイモ』と呼ばれる完全な別種だ。地中数十メートルの深さまで地中に茎を伸ばすことで大量の養分を吸い、巨大に成長することができるものの、生育出来る地域は結構限られている。ここまで大盤振る舞いな使い方が出来るって事は恐らく、どこかの農場と直接提携を結んでいるんだろうな」


 ふむふむ。

 つまり私が今までじゃがいもだと思っていたのはあのデカいのだったわけか……何か、自分がバカ舌みたいで少し凹む。


「お詳しいですね」


 ギリエは心底感嘆した様子で、ドヤ顔するデュオを見下ろし尋ねた。


「俺はイモ博士だからな。芋のことなら何でも知ってる。例えば――ポテトフレイル一袋分のカベシイモの原価も。当てて欲しい?」

「いや、陛下の前でそれは止めて頂きたいですな……」

「賢い選択だ」


 ――そんなに安物なのか。

 あれ結構美味しいと思うのだが――ワタシ本当に皇族なのかなぁ。

 

 しかし、気になるのはあの丸出しの裁断機だ。

 幾層ものカッターが、ギロチンの如くものすごい速度でイモを切り刻むその様子は、正直かなり怖かった。

 例えばあの機械の刃が飛んできたりして――

 

「ヒィッ!!」


 と、思った瞬間。

 裁断機がものすごい音を立て、外側の刃が一枚、弾けるように吹き飛んだ。

 ぎらり、と空気を切り裂く光。

 その刃は一直線に――ギリエの頭の上を掠めて、背後の壁へと突き刺さる。

 深々と白壁に亀裂を入れたそれは、あと少しそれていたら間違いなくスプラッター劇場を開幕させていたであろう鋭さだった。

 

「は……ははっ。死ぬかと思った。店頭サンプルのパンケーキみたいに中身をバッサリやられる所でしたよ。申し訳ございません。整備不足でして」


 腰を抜かしてへたりこむギリエに、妻のトラメリは慌てて駆け寄る。


「大丈夫! あなた……」

「ああ、大丈夫さ」


 二人が熱い抱擁をかわそうとした瞬間。

 ――ヒュン!!!

 再び飛来する、二枚目のスライサー。

 

「――!!」


 しかし、その刃が彼等の肉を貫く事はなかった。

 トラメリの白いドレス……チョコレートで出来た両袖が薄刃包丁の如く四角く変形し、60センチほどもある巨大な刃を、頭の上で受け止めていたのだ。

 魔術を発動する一瞬、目に映った彼女の本来の姿。それは、ギリエと同じような透明の袋の中に、アメ玉ではなく四角いキャラメルの詰まった形をしていた。

 とろけだしたドレスから、支えを外したかの如くカッターは地面に落下し、彼女もまた、元の金髪の姿へと戻っていく。


 ――服を操る魔術、なんだろうか。

 ワタシは彼女の特殊な技を見て、少しだけ首を捻った。

 自分も似たような魔術を使うことは出来るが、出来るのは着るだけ、着せるだけ。

 そもそもあのドレス自体が……。

 うううう……デュオに聞きたい、聞けば絶対色々教えてくれるのにいいいいい!!

 

 ちらり、と彼の居る右下に視線を動かす。

 

「……」


挿絵(By みてみん)


 うわ、このデブ猫、めっちゃ解説したそうな目でこっち見てる。

 普段ダルそうな顔つきしてるクセにこういう時だけ毛並みツヤツヤじゃないか。

 ――しかしまあ、こんな状況で尋ねるなんて事、できる筈もなく。

 額に大きな汗の粒を垂らしたギリエに導かれ、ワタシ達はまた、広い階段を重々しく登って行くことしか出来なかった。


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