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1章 SideN 3-3

「とはいえ、まーた面倒くさいのに目をつけられたモンだな、ブラン」

「誰のせいだ誰の!!」


 部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだワタシに向かって、デュオがタコのぬいぐるみ――『ニック』を投げつけてくる。

 足先にシャラシャラが詰まったそれをキャッチし、恨み節と共に投げ返す。


「食品倫理監査協会――主にメディア関連の、食品に対する倫理観の軽視に関して意義を唱え続けてる非営利団体のようですね」


 調べた資料を裂けた空間から取り出し、サリィは落ち着いた声で呟いた。

 シュッ――ぺちん。

 デュオによって顔面にシュートされた紫のタコさんを、彼女は素早く手刀ではじき、弾は投げつけた張本人の腹部に当たって、黒いけだまと一体になりゴロゴロと壁の端まで転がっていく。


「そんな事に文句言って何の得になるのだ? ブーブー言ってても疲れるだけで一銭の金にもならんと思うのだが」

「いつつつ……。金にならなきゃ得にならないってワケでもないのさ。連中の多くは貧困地帯出身で明日食う飯にも困ってきたような奴らなんだ。金持ちがオアソビで食べ物を粗末にしてるのが許せないんだろう」


 なるほど、納得だ。

 デュオは棚にぶつけた腰を抑え、ニックの顔面に鋭い八つ当たりストレートを放ってから、のそのそとこちらに向かってぬいぐるみの山をかき分けた。


「ですが、トップの『ギリエ・ダニエル』はお菓子メーカー《モガ・インターナショナル》の社長でかなりの資産家とも聞いております」

「そいつは例外。ギリエは倫理監査協会の会長をやりながら、新聞社や放送作家に強いコネを持って自発的に良俗に反したムーブを取らせてる狸野郎だ。“ダンサー”で有りながら振付師もやって、両方から搾取を続けてる」

「悪いやつだな!」

「でも、ヤツが作ったお菓子で笑顔になってる子供も沢山居る。現にこの城で取り扱ってる既成品の菓子のうち66%は《モガ》の製品だ」


 そうだったのか。

 よく聞く名前であるとは思っていたが、確かにどのお菓子も似たようなロゴが付いていた気がする。

 というかコイツ、執事とはいえどうしてもうそんな事まで頭に入れてるのか。

 ――逃げられたりでもしたら、大変な事になる気がしてきた。


「シツレイシマス!!」


 閉じられた扉の向こうから、甲高い声が聞こえてきた。

 サリィが行って開くと、そこには大きな蛇のキグルミみたいな奴が右手に書簡を持ち、シャキッと立っている。

 《グレートダソク兵》くんだ。

 サイズはデュオを縦横3倍にしたくらいで、大きな頭と太く短い足が特徴的。

 彼は肌色が薄い青だから……一番下から数えて4番目の位だったはず。

 ファンシーな見た目ながら、最下級の兵一匹が熊一頭と互角くらいの実力を持つと言われていて、実際彼クラスであればワタシよりは全然強い筈である。

 

挿絵(By みてみん)


 サリィは彼の手から封筒を受け取ると、中を開いてすぐ、粘りつくような視線をこちらに向けた。

 ……嫌な予感がする。

 

「その《モガ》からの手紙ですね。これから皇宮に対して一切の菓子類の販売を停止するとの声明です」

「何ぃ?」

 

 ワタシは思わず叫んでしまった。

 皇宮に対して販売を停止するということは、今後一切あの会社の作ったお菓子を食べることが出来なくなるに等しい。

 そうなると、既成品に限っては結構おやつのバリエーションが狭められる事になり、ワタシの楽しみの一つが減ってしまう。

 うぐぐ……地味に困る。

 

「おもしれー事してくれるじゃないの。売名行為にしてもタチが悪いぜ。確か宮殿守護隊の緊急時用レーションもあそこの会社が作ってただろ」

「解除の要件としては、国民への謝罪並びに、国会で『メディアの食品利用に関するガイドライン』を提起し、法律案の一つに加える事を要求してきてますね」

「馬鹿も休み休み言え!! 政治はボンボンのインチキモノポリーじゃねーぞ!」


 そう言って、デュオは絨毯を蹴り飛ばし、そのまま背中側にぽてんと転ぶ。

 まるっと膨らんだお腹を見つめ――ワタシは思い出した。


「嫌だ……!!」

「おお、そうだよなぁブラン。こんなん許したら永遠今回のをネタに揺すられ続けるぞ。ガツンとやってやらなきゃ駄目だ」


 ごろりと寝転ぶデュオに目もくれず、ワタシはぶにぶにのベッドを裸足で踏みしめ、ぐいと力を込めて立ち上がった。


「だって、それでは『ポテトフレイル』が食べられなくなってしまうではないか!!」


 ワタシの記憶が間違っていなければ、ポテトフレイルはその《モガ》の製品だった筈。

 あのじゃがいもを雑にカットして揚げた後めっちゃ大味の辛じょっぱいスパイスをかけただけみたいなお菓子がワタシは大好きで、昔からよくサリィの目を盗み、食していたのだ。

 降り掛かっている特製の粉は巷で『ラッキーペッパー』と呼ばれ、一度食べたら病みつきと評判である。


「陛下、似たような品であれば私が作れます」

「サリィの作る飯はアッシュ一美味いが、あの安っぽい油のギトギト感とペッパーの舌触りは無理だ。それにお前が作れたら有り難みがないじゃないか。買ってきて袋を開ける所まで含めてポテフなのだ」


 うむうむと頷くワタシに、サリィは心底面倒臭そうな視線を向けて、小さく俯き答える。


「では、先方にこちらから書簡を送らせて頂きます」

「いやだ」


 二三度左右に首を振り、サリィの言葉を否定した。

 さっきから聞いていればこのギリエとかいう奴、本当にロクでもない奴だ。

 デュオの言う通り、一回ガツンと言ってやらないと、この先どれだけ突っかかって来るかわかったもんじゃない。


「――自力で説得に行く。ギリエとかいう輩をワタシの前で土下座させて地面ベロベロ舐めさせてやる!!」

 

 この時、奴に顔見せする予定をポテトフレイルの如くさっくり決めてしまった過去の自分について、ワタシは後から散々後悔する事になるのだった――


        ◆

 ――三日後。


「……ここが、《グーナイト》」

「児童趣味な町ですね」


 ワタシとサリィ、それからデュオの3人は、ギリエに会うべく根城とも言える彼の工場を訪ねに、ガレットピアの南半球にある町 《グーナイト》まで足を運んでいた。

 街並はボードゲームの升目の如く整列されていて、入り口から道の奥までが見通せる作りになっている。

 今日は個人的な旅行という事になっているから出迎えなどはなく、正装で来たワタシが浮いてしまっている感じだが、そんな事以上に気になっているのが――

 

「こ、ここの住民は自分の人生最大の買い物である“家”がこれで良いのか?」


 この町、全ての建物がお菓子を模しているのだ。

 壁や天井はチョコレートだったりクッキーだったり。街路樹は育てやすい果物の木で出来ていて、舗装された道にもクリーム型の街灯が並んでいる。

 あくまで模しているだけで食べられるわけではないが、見ているだけで口の中が甘くなってしまうような光景であった。


「市長を兼ねてるギリエが補助金を出してるんだと。町全体を観光地化することで相当の収益を上げてるらしい」

「抜け目のない奴だな」

「そうでなきゃ、あんなでけえ工場のトップなんてやれねえさ」


 そう言ってデュオが指さしたのは、街の中心で“ドン”と存在感を示す、巨大なカステラ型工場であった。

 最上階に貼り付けられたシンプルなロゴ。

 街の入口から見えるほど巨大な門と、奥にそびえる貯蔵庫。

 壁には賑やかしのつもりか何種類もの焼き菓子が散りばめられていて、チョコスティックの煙突からはもうもうと煙が上がっている。

 何よりも目につくのは隣にある、煮えたぎる油の巨大プールで、これをもってポテフを作っているのだと思うと、何故かワクワクした気分になる。

 

「工場というより城だな」

「お気に召しましたのなら、今すぐ領地をぶんどって陛下の別荘にすることも可能ですが?」

「辞めておくよサリィ。こんな胃もたれする光景を見るのは10年に1度でいい」


 くだらない言葉を交わしつつ、街を練り歩く。

 始めこそ明るい雰囲気に飲まれていたものの、だいぶ目が慣れてきた所でワタシは一つの事実に気づいた。

 

「なあ」


 ちら、サリィに視線を向けると、彼女は初めからわかっていたかのように口を開く。


「はい。人が、居ませんね。」


 ぐるぐると首を振り周囲を見回しても、外に出ている者は一人も居なかった。

 しかし、ゴーストタウンなのかと聞かれれば、それは違うと答える確信がある。

 なぜなら、民家の中からは大小様々な声が聞こえ、人の気配に満ちているからである。

 何というか――逆に不気味だ。

 

「おおかた、ギリエ様の指示でしょうね。今日一日外出禁止令を敷いているのでしょう」

「今日一日、じゃなくて“俺達が帰るまで”だろう? まったく、陰湿な奴だぜ」


 サリィの推測に、翼をはためかせて飛ぶデュオがため息混じりで返す。

 そうか。

 《重い月》でチヤホヤされたせいでワタシは勘違いしていたが、就任したばかりのワタシがこんな地方の者にまで支持されている筈がない。

 そもそも知名度だって――父の名前すら知られてるかどうかわからない。

 ワタシはナイーブになるのではなく妙に納得した感じで、デュオに小声で聞いてみた。


「デュオ」

「どうした?」

「ギリエって奴は市民からの支持は厚いのか?」


 本当に人気ひとけが無いということは、彼の言う事を皆が聞いている、ということになる。


「すぐにわかるさ」


 デュオのせせら笑いと同時。がしゃり、と街中の窓が一斉に開き。

 

 ぐちゃぐちゃぐちゃっ!!!!


 投げつけられた無数のパイが、ワタシの全身に降り掛かった。

 前が、見えない。

 べったりとした甘い香りに、あの日の病室を思い返す。

 一張羅の細かな繊維に真っ白なクリームが入り込み、肌がすこぶる気持ち悪い。

 ぶるんぶるんと体を振ってその半個体を振り払い、隣を見た。

 一滴の飛沫すら被っていないサリィの横にはパイの盛られた皿が30枚ほども綺麗に積み上げられ、彼女の背に隠れていたデュオが、バツの悪そうに袖から顔を出した。

 

「なっ?」

「――ああ、存分に理解した」


 決めた。

 『ギリエ・ダニエル』、絶対許さん。

 ふてくされるワタシはサリィの魔法によって洗濯、それから皺伸ばしをして貰いつつ、あの巨大カステラの前に肩を怒らせ立つのであった。


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