1章 SideN 3-2
「――以上46名、出席が確認できました」
合唱団の配置の如く、扇状に並べられた無数の議席。
そこから向かって“かなめ”の位置にある、1階高いせり出しの椅子に座って、ワタシは腹に抱えたデュオの頭をせわしなく撫でていた。
――やばい。めっちゃ緊張する。
今日はワタシが《アッシュ統一機構》に参加して二度目の――いや、初めての総会だ。
一度目なんて無かったんだ。
忘れろ、忘れろ、忘れろ。
短く柔らかな毛の感触を楽しむのだ。
わしゃわしゃわしゃ……
「大丈夫ですか? 陛下」
隣に起立したサリィが、小声でワタシに耳打ちする。
彼女は本来議員ではないが、『代表補佐』という名目で側に付けることを許されている。
それから、デュオの持ち込み。コイツに関しても一悶着あったが、本人の弁解込みで何とか認められた形である。
――情けないが、ありがたい。かと思いきや嫌な予感もして、プラマイゼロの連中である。
タイムリーさも相まって、今日の議題は、ワタシの所持する『ロトマゴの書』についてがメインとなることが決まっていた。
ワタシが寝ている間にサリィとデュオが調べてくれた資料。そいつに目を通した上で、喋ることも大まかには決まっている。
ゆえに、そっちについてはあまり心配はないが――。
「大丈夫なわけあるか。見ろ、この空気」
ワタシの座っている位置は、議会全体が見渡せるバルコニー。
ゆえに議員全員の顔がよく見える位置にあるのだが、その殆どがこちらを向いて、微妙な笑顔を浮かべている。
それもそのはず。
なんせ件の恥ずかしい写真の載せられた記事が世にばら撒かれたのは、つい一昨日の事なのだ。
こいつら全員、ワタシの事を内心で嘲笑っているに違いない。
「逆に考えろ。全国紙にヌードを晒した『混沌の帝』は36代前の『ボーナ・レジナルド』以来2人目だぞ。女性では初めての快挙だそうだ。歴史に名を刻んだと思えば――」
「あんな露出趣味の変態帝と一緒にされる時点で論外だ!」
歴史で習ったことがある。ボーナ様は政治的才覚には優れていたが、その性癖ゆえに支持を得られず、わずか数年で失脚させられたロクでなしだ。
講師をやってくれたサリィは彼を高く評価していたものの、ワタシはあんなのと同じ末路を辿るのはまっぴら御免である。
「それでは第二回統一議会を開催します」
――うわわわっと!!
話に気を取られているうちに議長の令で会が始まってしまった。
ワタシはなるだけ落ち着いた顔を繕い、膝上のふにふにしたケモノを強く抱きしめる。
「日程第一として、ブラン・レジナルド陛下による演説、並びに質疑応答の後、案件として法11条による各就任議員挨拶並びに副長官の発言――」
全身を黒のローブに包み、紫一色の瞳をした魔神の男が、議事録……?を読み上げていく。
彼の声は野太く、椅子に座ってる状態ですらワタシの身長より背が高い。
天を突くような黄色の角は、ダークな雰囲気を醸す彼の見てくれでひときわ目立ち、逆に危険な感じを発している。
「それでは、ブラン・レジナルド陛下」
名前が呼ばれた。
突然大きくなった彼の声にびくり、と背中が伸びてワタシは逸る気持ちで席を立つ。
膝頭を机のヘリにぶつけてじんじんと痛むが、何食わぬ顔を装いサリィと共に階段を降りた。
会議場を包む、大きな拍手。
議長席の下、1段高くなった所の椅子にワタシは小さくお辞儀をした後腰掛けた。
堅苦しくてデカくて座り心地最悪。
45名+お付きの者で合計100人以上の最高位貴族がずらっと並ぶ光景は壮観だが、ワタシの心にそれを楽しむ余裕など有るはずがなかった。
「ええと……ひゃ、116代目《混沌の皇女》のブラン・レジナルドです。まだ二回目で緊張してて……今朝も、丸まったバターをアイスクリームかと思って食べちゃって、そんな感じですが、よろしく、おねがいします」
苦笑いを浮かべる頬に、とめどなく汗が浮かんで滑る。
サリィによって差し出されたカンペを開いて其処に書かれた文字を読み上げるだけなのに、変に考えちゃって頭がまっさらになる感じだ。
きっと向こうの席から見るワタシは、初めて都会の町並みを見た児童の如く滑稽だろう。
「えー、まず。《ロトマゴの書》について報告します。えっと……新聞等でご確認とは思われますが、先日私は宮殿の地下から彼の書を入手する事に成功しました」
そう言ってお腹をさすった瞬間、どこかで吹き出すような鼻息が聞こえて、慌てて姿勢を正す。
ワタシは疑問でならなかった。
ロトマゴの書は、“全てのアッシュを意のままに操る力”が手に入るかもしれない神器である。
それなのに、彼等の余裕。
まるで『そんな事出来るはずが無い』とでも言いたげな様子はなんだ。
ワタシはこの書と出会った一瞬、少なくともマナの波動を感じた。それに“コイツ”は、自立して腹の中に収まってきたのだ。
――少しくらい危惧する様子が有ってもいいじゃないか。と不安を抱えつつ、私は小さく喉を鳴らす。
「82代、《ジュールス・レジナルド》様はワタシより若い15歳で《混沌の帝》に御即位なさり。その時彼は『人間とアッシュが共存する為には統一意志の存在が必要である』と説きました」
サリィが書いてくれたカンペは凄く読みやすい。
ワタシは早口と遅口を繰り返しながら、『ロトマゴの書』の入手理由について御託を並べる。
ペーパーはサリィと事前に話をして、考えをそれっぽく纏めたモノだが、その内容は自分の目から見ても稚拙であった。
『喋りは固くなりすぎないほうが良い』と言われ、少しくだけた表現になっているが、やはりこの点はワタシ的には不満である。
「しかし、ワタクシ個人の考えとしましてはそれは最終手段に留めるべきであると――」
めんどくさ。
よく考えたら原稿読むだけでいいんだからコレ配っちゃえば良いのに。
無駄なことばっかやらせる連中である。
「支配によって自由意志を制限するというのは、アッシュ臣民憲章にもある通り許されざる行為であって――」
熱い。
なんだこの上のスポットライトみたいなの。絶対スピーチする人に変な汗かかせる為の装置だろう。
「しかし、ワタシは今、この力を手にしました」
(語気を強めて)って書いてある。
父上の隣で何度か議会を見せられたは事あったけど、みんなこんなのに従って喋ってたのだろうか。
「ゆえに、この力を、ワタシは親愛なる民と、そしてここにいる皆様の為に利用しようと考えました」
ぐるり、と会場内を見回す。
ええっと記者団は――右の方か。
転写装置を構える連中に向けてぎこちなくウインク。
「――よって、ワタシが“頁”を集めきった暁には、この力を使って“玉髄塔”の大規模な建て直しをやろうと思います!!」
ワタシは半ばやけくそになって大きな声を張り上げた。
勢いで押さなきゃいけない所だってわかってたからだ。
会場が一瞬ざわつく。
ここで黙ったら駄目だと思って、ワタシはすぐに次の行に目を走らせた。
「玉髄塔は建設から1800年の間、補修に補修を繰り返し、騙し騙しやってきました。しかしながら、それも限界にきております。建物を使う人――つまり我々と、建物とは夫婦のようなものです。始めの頃は綺麗でこれ以上ないくらい素敵だと思っていますが、慣れるとそれが当たり前になって――古くなったら捨てたくなる」
――って、ここ絶対デュオの奴が書いただろう!?
斜め背後のせり出しを睨みつけると、あのクソ猫、テーブルの上で腹抱えて笑っていやがった。
「て……訂正!! 愛の形は人それぞれです!! これを書いた奴が悪い!」
そう言ってワタシはもう読み終わったカンペのページを思い切り破って見せた。
「何かができるとするならば――あくまで自身の目標ではありますが――ワタシは、そういう使い方をしたいなと、思います」
そう締めの言葉を言って、ワタシは真っ赤な顔を90度下げた。
恥ずかしい。
とりあえず喋りきった安堵感と、胃がひっくり返りそうな緊張の余韻。
足の指先から背中の筋まで、体の全部が茹でられたエビみたいにプルプルと震えていた。
照りつける光が熱く首筋を焼く。
息をする余裕すら無い。
ワタシは口をへの字に曲げて。
泣きそうになりながら顔を上げた時。
――一瞬にして、クリアな情動に襲われた。
耳の内側に栓をしていたコルクが、何かの拍子にポンと抜け出た感じ。
ぱらぱらと、耳管を弾ませる音が響き渡る。
拍手。
まばらでは有ったが、それは紛れもなく拍手だった。
当然、無関心そうにしている者も居る。敵意を見せる者も居る。
しかし、この議会には少なからず、ワタシに味方してくれる人が居る。
そう思った瞬間、ふわっと胸の中の苦味が、まろやかに蕩けだしたように感じた。
そして、そのうちの一人、皆の中でひときわ大きく手を叩いている者が――初日にワタシをからかった、あの全身チャラチャラの男であった。
「それでは、質疑応答に入らせて頂きます」
議長の進言で質問タイムに入る。
聞かれる内容も、殆どは元から決められていたものだ。
ちゃんと対応した資料を読んでいって、困ったらサリィに聞けばいい。
ホントは一人で答えるつもりだったのだが、ヤツがどうしてもというから仕方なく色々尋ねてやっている形だ。
耳打ちであったり、代わりに喋って貰ったり、いずれにせよ、聞き慣れた彼女の声はワタシを安心させるのに十分な役割をしてくれていた。
戦争への危険性や予算の作出等、後ろの方に居る三流共の質問に、私は自分で意味の知らない解答を返す。
折角普段はあんな偉そうな椅子に座らせて貰ってるのに、まだまだ知らない事ばかりで、ワタシは少しだけ自分が情けなくなった。
「――い、以上です!」
最後の質問が終わり、小さく息をついた。
――思ったよりマシだ。
登壇したばかりの時、議員連中を目の前にして近くに父が居ないプレッシャーは、小さい頃にやったピアノのコンサートの何十倍も大きなものだった。
しかし今、ワタシはやりきった達成感に包まれ、それから、この場の居心地にほんの少しだけ慣れを感じている。
今すぐこの壇を降りて、悪くない気持ちで帰りたい。
そんなワタシの考えは、エッジの効いた声によってすぐさま遮られた。
「議長ォ!」
びくり、とワタシの背が跳ねる。
「ジュライ君」
「あーと御座います」
雑な返事で立ち上がった彼の、凛々しい三白眼がこちらを見つめた。
黒い瞳に、アシンメトリーで濃い青の髪。
大きな傷痕の残る胸元をざっくり開けた……どこで買えるのかわからないレベルにド派手な服。
いくら装いに定めがないとはいえ異様に悪目立ちする格好のヤツこそ、『アポニエント・ジュライ』。その男であった。
デュオ曰く、海王目の代表次席で、『ミーティエ』……?だっけか。その人と合わせて今年議員になった最年少組の一人。
素行は悪いが、タダのガキじゃないという評価をあの毛玉はしていたが……。
正直――苦手だ。
見た目が怖いからだ。
第一印象は悪いけど実は優しくて……ってキャラは物語に無数に居るが、実際ガラの悪い奴は中身も悪い事が多いのだ。
ラインの入ったパンツを折り曲げるようにして、彼はゆっくりと立ち、扇の中央である演壇に向かって太い首をごきりと捻る。
すると目の前にワタシの手元にあるのと同じ《ホロブロック》――拡声器の役割をするブロックが飛んでいき、彼はそれを乱暴にひっつかんだ。
きっと、一昨日の記事の事を笑われる。
ワタシは傷つけられるのが嫌で、最悪の事態を想定し、それが現実になることに身を震わせ――
「まず始めに、前回のご無礼、申し訳ございませんでした」
――へっ?
ワタシは一瞬、自分の耳を疑った。
いや、一抹……ほんの頭の片隅でだけ、謝ってくれたらいいなーなんて思っていたから完全に不意を突かれた訳ではなかった。
しかし、彼は今、この大観衆――報道記者まで張っている中、ワタシに頭を下げたのだ。
「アレで本当に、取って来るなんて陛下はすげぇです」
場をわきまえない、あまりにもがさつな謝罪。
しかし、それは彼なりの正直さというか、むしろありのままな感じであって、ワタシは逆に誠意あるものではないかと感じてしまう。
ざわざわと喚く観衆の中、彼は小さく面を上げて、壇に上がったワタシだけをその視線の内に捉えていた。
「その上で一昨日の紙面の件についてですが――」
奴はニヤッと、ギザギザの歯を魅せ。
「俺はイカしてると思います! 以上!!
吐き出すように、叫んだ。
――何が言いたかったんだ、こいつは。
お前は前回ワタシを馬鹿にしておいて、今日は頭を下げて、褒めて、何がしたいんだ。
「不敬ですよ」
「うるせぇ」
彼を小突く隣の青年とのやり取りが、残ったブロックから響いてわたる。
足をほっぽりだすようにして座る仕草。
その一挙手一投足が終わって、議会に静寂が戻る瞬間までワタシは――全身に、痺れるような喜びを感じていた。
「議長」
沈黙を破ったのは、先程ジュライを小突いた、長髪で眼鏡の青年であった。
年は彼と同じく二十歳前半――といっても今の姿は魔神に合わせて術で変化したアバターゆえに、本来のものとは違うのだが、とにかく若々しく。
低身長ではない、むしろ少し高めくらいのジュライと並んでも、椅子の上で頭一つ分は抜き出たくらいタッパがある。
モスグリーンでややクセの有る毛は背中の辺りまで伸びていて、暖色でチェックの入ったスーツが、広い肩幅に妙に似合っていた。
「トーラ君」
「ああ、えっと――鳥威で次席をやっております……『トーラ・ミーティエ』と申します」
“ああ、ヤツが”と思った矢先、彼はばさり、と手に持った書類を地面に落とした。
数十枚の紙束が扇状に広がって、靴の上とかにもばら撒かれているはずなのだが――彼は拾わない。
何食わぬ顔と、少しだけ聞き取りづらい声で、紹介をつづけようとしている。
よく見れば、名札のある机の上は厚めの本やらバインダーやらが山のように積まれていて、何に使うのかわからない辞書みたいなのも3、4冊は散見できる。
明らかに、ヘンな奴だ。
ちなみに『鳥威』というのは鳥帝目の別称で、ようは、帝の前で帝を名乗るのを恐れ多く思って使われる単語である。
「この度の陛下の懸命なご決断について、後日、法的な観点から履行義務及び解釈を記載した文書を送付せて頂きます。尽きましては到着次第お目通し頂くよう進言させて頂きます。個人的な通達は以上で――」
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃっ!!!
机の上に広げた無数の紙をやたらに散らかして、その中から彼は一束のレポートを引き出す。
あれだけやっておきながら顔色をピクリとも変えないのは評価に値するが、ちょっと人として心配になってくる。
しかし、デュオ曰く、彼は過去最年少17歳でアッシュ最高裁判所書記官に任命された秀才らしいから……うーん、勉強ばっかしてる奴の考える事はわからんな。
「お手元の資料をご覧ください。こちらは先程彼が言及した陛下の話題に関して、一昨日の記事についての世論を纏めたものです」
白手袋から差し出される、タイトルの付いた紙束。
ぱらぱらと内側をめくってみると、スクラップ記事や統計のグラフが几帳面な文字で並んでいる。
そのうち、一番大きな見出しの記事に視線を落とし、ワタシは驚愕した。
「我らが生域内部での反応のみですが、専門調査局の捜査――もとい、調査によれば、国民からのレスポンスは概ね良好と言えます。『今までの帝は堅苦しかったが、こういう所を見せてくれて親しみやすく感じる』『何より元気な姿が見れて良かった』『統一機構のイメージアップとしての効果は大きい』との声が多く散見でき、昨今浮き彫りになった『国民と議会内部との意識乖離』の解消に、幾分かの効果を発揮したと推定できます」
――どうしてそうなる!?
仮にも国のトップが食べ物で……しかも全裸で遊んでる所をスッパ抜かれて好感度上げる国民がどこに居るというのだ!!
ワタシは一瞬頭を抱えそうになった。
が、しかし。
(よく考えたらプリチーなワタシの裸体が見れたら民が喜ぶのは当然では?)
この記事がワタシの魅力によるものだとすれば、そういった路線で攻めるのもアリか。
などと考えるに至った。
「陛下、くれぐれも良からぬお考えをしませんよう……」
心を読んだかの如きタイミングで、サリィが小さく釘を差す。
わかったわかった。
耳打ちにより近づいた顔をひらひらと手で仰ぎ、私は再び議席へと向き直った。
「今朝の報道では陛下の真似をして体にスイーツを盛るパーティを自宅で開催する者も相次ぎ、一大ブーム化する可能性も……」
恐るべし、《混沌の皇女》の影響力。
ワタシの動向にアッシュ全土が注目しているという状況を実感させる証言が、あれよあれよと薄めの唇から溢れ出る。
ほんの少しだけ、スターになった気分だ。
「しかしながら一つ、大きな懸念材料として御座いますのが――」
そう前置きした彼は、最後に特大の面倒事を言い残して席につく。
優雅な週末の日をリコリスのグミで押し潰された気分のまま、この回の質疑応答は終了し。
席に戻った時デュオは――これ以上ないくらい沢山の言葉でワタシを褒めちぎってくれた。
でもカンペの件は許してやらんがな!!




