1章 SideN 3-1 Attack Of The Giant WholeCake
Blanc's view
――暗い。
体が、だるい。
瞼が重くて、目が開かない。
お腹すいた。
喉が乾いた。
お風呂入りたい。
ベッドが硬い。
動きたくない。
ボードゲームがやりたい。
歯の隙間にへばりつくようなカラメルケーキが食べたい。
「アッハッハ!! それ天才だぜサントノーレ!!」
「ストロベリージャムが良いアクセントになっておりますね」
甘い、匂いだ。
楽しそうな男女の声が聞こえる。
女の方はサリィ……完璧でロクデナシの侍従と。
男の方は――――
「次はアイスクリーム行こうぜ、キャンディのパチパチするやつ!!」
「遂に四つ角に手をつけるのですか」
「膨らみが無いから置きやすい……よ、なっ!!」
金属の擦れる音が鳴り。
ワタシの腹の上に、空気の層が降りてくる。
ぺち、と瑞々しい肌が歪む。
瞬間、脇腹の下辺りから上り詰めてくる、筋肉を縮こませるような感覚――
「わひゃあああっ!!」
声を上げ、ワタシはベッドから跳ね起きた。
冷たい。
というか、全身が寒くて、その一点だけが異常にヒエヒエな感じだ。
「ええっ!? えっ!? 何だこれは! 何だこれはああああああああ!!」
見回すと、ワタシが寝ていたのは自室ではない白い部屋。
狭くて、簡素で、清潔感に溢れていて。
視線をずらす。
目の前には冷静に佇むサリィと、デュオ――ワタシの新しい執事。
二人の背後には何故か大量のスポンジケーキ、チョコ、フルーツの盛られた台が置かれている。
『なるほど、これが甘い匂いの正体か』なんて落ち着いていられる訳がない。
なぜならベッドの上のワタシが裸だったから。
そのワタシの上に、クリームやらフルーツやらカラメルソースやらが乗っかって、生白い肌の上にレリーフを描いていたから。
大事な部分に『ブラン様退院おめでとう!!』と書かれたホワイトチョコプレートが載っかって、溶け出したソースがほころびの口をべっとりと濡らしていたからだ。
「『お菓子の町のローレンツ坊や』かワタシは!?」
あまりの焦燥に、分かりづらいツッコミをしてしまった。
『お菓子の町のローレンツ坊や』は、町でいちばんのお菓子屋の息子で移民二世のローレンツ君が、ママの居なくなった夜のお店に忍び込んで商品の砂糖菓子を舐めるところから始まる物語だ。
ローレンツくんはそこで小人になって、色んなお菓子達とそれはそれは楽しく遊び、最後はケーキのお城に突っ込んでクリームまみれになってしまうのだ。
オチでこれら全てが彼の見ていた幻覚というのがわかり、スラム生まれのママはシャブのバイニンで警察のお世話になってしまうのだが、そのおかげでローレンツくんはお金の稼ぎ方ってモノを知るという心温まる物語なのだ。
『移民の子の店で物を買ってはいけない』という当時の情勢をコミカルなタッチで描いた名作絵本で、その挿絵の何とも言えぬ独特さから『作者の実体験なのでは』と噂される……
――ってそんな解説をしている場合ではない!!
「ブラン……やっと目を覚ましたか」
安堵した表情でデュオがこちらを見つめるが、ワタシは混乱していて全く落ち着いていられない。
「何だこれはどういう事なんだ!!」
「……陛下の、快気祝いでございます」
荒ぶるワタシを諌めるように、サリィは小さく頭を下げる。
「快気祝い!? 怪奇呪いの間違いだろう!?」
「違うんだブラン! 俺達だって初めからこんなことしようと思ってたワケじゃない!! お前さんが目を覚ました時用に大好きなカラメルケーキを作ってやろうって話になったんだ」
「それでどうしてワタシがカラメルケーキになるのだ!」
――怒りに震える、というのはこういう事か!!
ワタシはチョコクリームでぐちゃぐちゃになった両腕を持ち上げ、喜劇俳優の如くオーバーにキレた。
するとサリィは隣の猫を指差し、平然とした様子で口を開く。
「……そこの“けだま”が、『なかなか起きないからイタズラしてやろうぜ~』と言い出しまして」
ギロリ、と私はそちらを睨みつける。
デュオは『はぁ?』と口を開け、片眉を釣り上げながらサリィに迫った。
「何も相談しないままブランの服を脱がしだしたのはお前じゃねえか!! 俺はもっと可愛らしい悪戯を想像してたんだよ!」
「でもノリノリでしたよね? 陛下そのチョコプレート、書いたのは彼ですよ。床転がってゲラゲラ笑いながら」
「バカ!! チクんなよ!! ブラン、そのキャラメルボディペイントはやったの全部コイツだからな! 相手が動けないのを良い事に跨ったままネトネトネトネト……!!」
「うるさああああああああああああああああい!!!!」
互いを指差し責任を押し付け合う二人に、私は怒り心頭で叫んだ。
「主人が寝込んでるというのに、キサマ等は楽しそうに……!!」
「陛下、お胸を隠された方が――」
起き上がった拍子に、胸のサクランボ(比喩ではない)が剥がれかかるのを左腕で抑える。
ワタシはオーバーヒートする脳を無理矢理ぶん回して、いいたい事を全部口から吐き出そうとした。
「だいたいサリィは帝であるワタシへの敬意という物が足らんのだ!! デュオは可愛いくて使えると思ったから雇ってやっただけなのにバカだし、元はと言えばロトマゴの書を手に入れようなんて――」
と、そこまで言って、思い出す。
「そうだ――ロトマゴの書」
ワタシはあの日、地下の最下層まで行って、変なサイみたいなのをぶっ倒して、本を見た瞬間変な感じになってそれで――
「手に入ったよ。ブランが頑張ってくれたお蔭でな」
少しうかない表情で、デュオは答えた。
充満していた熱気が冷えて、部屋の空気が肌を擦る。
ふらりと近づく柔らかな体が、ワタシの手の届くギリギリの所で止まって、頭を下げた。
「だが、俺の軽はずみな考えでお前を危険に晒してしまった。サントノーレが居なかったら、今頃お前も俺も、生きてなかったかもしれない。――大変な思いをさせて、済まなかった」
ぴくり、と小さな耳が動く。
「今更真面目な顔をすれば許されると思ったか……?」
私は半分呆れつつ、手の甲のクリームを一口舐めて尋ねた。
「思わんな」
デュオは真面目とも不真面目ともとれない、低い声でそう返すと、じっと何かを探し求めるような目でこちらを見上げる。
こんな軽いノリで、選択を強いるコイツが怖かった。
正直、あの時みたいな痛い思いはもう二度としたくない。
コイツと一緒に居たら、面倒な事ばかりが起きるのは間違いないだろう。
だが、自分が着実に、父やお祖父様がいたその頂に近づいている事を、これほど明確に感じられる時間は無かった。
――天秤、だ。
「ふむ。それなら――――許す」
ワタシは答えた。
笑顔ではなく、少しむくれたような、不満げな感じでだ。
答えは、ずっと前から決まっていた。
何もしなかった一日をベッドの中で後悔するように、何もしなかった人生はきっと、棺桶の中で後悔する羽目になるのだ。
ワタシの中の時間はすでに、動き出していた。
「ブラン!!」
「その言葉を待っていた!」とばかりに満面の笑みで、真っ裸の私に飛びつこうとする一匹のけだま。
その首筋の皮をくいと引っ張るようにして、サリィが彼の蛮行を止める。
「離せサントノーレ!! 俺とブランの愛の抱擁を邪魔するつもりか!」
「陛下の貞操をお守りするのも私の責務ですから」
「白々しい。ブランをこんな格好にしたのはドコのドイツだ、今の状況見てよくそんな事が言えたな! いいか、俺はブランに対してやましい気持ちなんかこれっぽっちもない。さっきのだってホラ、ペットと主人がやる愛情表現みたいなもんだ」
「貴方が陛下を見る視線はケダモノのそれです。少し私が席を外したスキに『容体を診る』とか行ってすぐ陛下の枕元でジロジロと――」
「お前さんだってブランが無事ってわかった時めちゃくちゃ嬉しそうにして、相手が寝てるのを良い事に胸板に頬ずりしてただろうが。俺なんかよりよっぽど危険人物だ」
「陛下、害獣の屁理屈に耳を傾けてはいけません」
「ブラン、聞いたか? 折角出来た大事な同僚を害獣扱い。こんなのをメイド長なんてポストに置いてたらコーポレート・ガバナンスが破綻するぜ」
言葉の応酬をしながらベッドに乗り出し迫る二人。
仲がよろしく、なんとも微笑ましい。何よりサリィが楽しそうなのは願ってもない事――なのだが。
「貴様ら……ここは病室だぞ」
ワタシは至極落ち着いた様子で二人を諌めた。
彼女らは小さな声で謝って、引き下がる。
まったく。サリィは昔からワタシの事となると周りが見えなくなるタイプだと思っていたが、デュオまでそんな感じとは。
しっかりしなければ、と自らを律した――その時だった。
ドドドドドドドドド……
病院の床を踏む抜くような、激しい足音が近づいてくる。
「何だ!?」
呟いた瞬間、デュオの顔つきがさっと変わった。
隠したテストが親に見つかった少年のような面持ちで、サリィの方をちらと見る。
「やべぇ報道記者だ。ずらかるぞサントノーレ」
「そのようですね。では陛下、あとの事はご自分で」
サリィはデュオをすばやく抱えると、窓を開け放ち一気に跳び下りた。
止めようと口を開いた時には部屋に残り香すら無く、窓から下を覗き込んで初めて、地面が見えなくなるほどの高所に入院させられている事を知る。
――まぁ、奴なら全然平気なのだろうが。
なんて思っているのもつかの間。部屋の扉ががらりと開き。
次の日の朝刊には、『ブラン陛下、病室でお戯れ』の見出しにでかでかとワタシのヌード写真が掲載される羽目になった。
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次回は来週の日曜までのどこかのタイミングで投稿させて頂きます。




