1章 SideL 3-1 湖に賭けた女達~幻の巨大マグロを追え!嵐の中の激闘SP~
「えぇーっ!! 受けられる仕事が無い!?」
バン、と受付窓を叩いて、ミルフィは不満の声を上げた。
ここは《ブルトの町》。ザニアから西に丸一日程歩いた所にある、巨大な湖《インチュア湖》の畔の水産都市である。
ガレットピアは3つの超大国と16の発展国、それから48の小国の合計67国で構成されている。つい先日までは68国だったのだが……どうなるかは現在絶賛協議中だ。
《プルト》はそのうち小国にあたる《アルライ》の平凡な都市で、裕福でもなければ貧困というわけでもない。
今日は彼女が冒険者になって、商会から初めてのミッションを受ける日――の、筈だったのだが。
「そんなの、あり得ないでしょう!? 幾らわたしが駆け出しだからって受けられる任務の10件や20件くらい……」
「数日前に町に来た冒険者の方が、受注できるミッションを全てこなしていってしまったのです」
「そんなバカな!?」
予想外の回答に、ミルフィは首を捻って受付嬢を威嚇した。
流石に態度が悪いぞ――と、俺はフードから顔を出し、肩を二度叩き下がらせる。
しかし、『本来であれば矢継ぎ早に更新される依頼が全て完遂されている』という今の状況を疑問に思っているのは俺も同じだ。
俺は桃色の髪を退けるようにし、いつもの位置から飛び降りて、受付の机の上にぽてんと座って口を開いた。
「その冒険者っていうのは、かなりの人数の集団だったりするんですか?」
大規模な冒険者の一団が自分たちの力を見せつける為、地方のミッションを“遊び”で沢山受ける……なんていうのは可能性として無くはない。
しかし、彼女は冒険者の“方”と言ったのだ。“方々”ではない。
俺の質問はそれが言い間違いだったのかを確認する為のものであった。
「いえ、それが――」
「女一人だったんだよ」
受付のお姉さんが否定の言葉を口にした瞬間。
背後から不意に野太い銅鑼声が飛んできた。
振り返ると、声の主は二人のオジサン冒険者。双方とも肘をテーブルにつき、うすく笑顔を浮かべている。
「お嬢ちゃん、冒険者になったばっかりかい?」
「あ、はい。そうです。初めて依頼受けようかなって思って」
ミルフィは首をちぢこませ、ややへりくだるように答えた。
若干引き気味な態度なのは、オジサン達の無骨な顔つきゆえだろう。
二人組のうち背の高い方は、筋骨隆々に顎ひげたっぷり。もう一方は中肉中背で、これといって特徴のない、強いて言えば一重まぶたの男であった。
なれなれしい態度に思えるが、彼らの表情に悪意は無く、ヘタに手を広げたりしない所が、親切心を感じられる。
それに、彼らの腰に巻かれた護身用品はかなり手入れが行き届いていて、靴も『リカナム』の上等品。良い冒険者の証拠だ。
「そいつは間が悪かったかもな」と彼は呟き、卓上の新聞を3つに畳む。
俺は左のムキムキの方へと視線を向けて、情報を得ようと丁寧に尋ねた。
「一人って、どういう意味なんです?」
「おお、やっぱりこのウサギ、喋るのか。お嬢ちゃん、さては『テイマー』だな?」
おー……やっぱり“わかってる”冒険者の勝手な思い込みは、話をスムーズにしてくれる。
太い眉を縮こませ、熱い唇を釣り上げるおっさんに、俺は感謝の念を持った。
「はい、まあ、一応……この子しか喋れませんけど」
「ハハハ。誰でも最初はそんなもんだ。コイツだって駆け出しの頃は《肉体強化》すらマトモに使えなかったんだからな」
「よしてくれよ。それで女共にどんだけからかわれた事か」
《肉体強化》は七等級魔術に属する非常にポピュラーな魔術である。
マナを全身に纏い、骨や筋肉を補強することで可能となる人体の限界使用。それから代謝の促進による反応速度の向上などが効果の例として挙げられる。
この魔術によってもたらされた一番の功績とも言えるものが――女性の地位の向上だ。
一般的に、男性の方が女性より筋肉量――単純な筋力という面では優位にある。
しかし、ガレットピアでは男性より女性の方がおっぱいがある分マナの貯蔵量が多いため、魔術に関しては強力な物を使える傾向にある。
《肉体強化》は本人の体がベースとはいえ、纏うマナの量が運動能力にほぼ直結する魔術。
ゆえに《肉体強化》を使う事で男性以上の物理的パワーを発揮する女性は多く、これによって騎士や国家魔術師といった位の高い職にも、多くの女性が席を置いているのだ。
「で、そうそう。この前来たヤツの話だったな。あれは何というか――凄え奴だった」
「ああ。50件近くあった任務を、ものの3日で終わらせちまったんだからな」
――3日だと?
背の低い方の放った台詞に、俺はぐねんと首を捻る事しか出来なかった。
任務と言ったってピンキリなのは間違いないが、どんなに軽いモノでも普通の冒険者が一人で一日にこなせるのは精々2つが限界だ。
3日で50なんてそんな事できる奴――いや、一人だけ居たか。
“ウチのメイド”なら可能かもしれないが、人間に手を貸してやる暇も理由も無いしな……。
「言っている意味がよくわからないのですが」
俺が苦笑を浮かべて聞くと、彼らも顔を見合わせる。
「いや、わからないのは俺達も同じだよ。なぁ」
「ああ。ふらっと一人やってきて、誰か人を探してるかと思えば、商会に残ってる依頼ぜーんぶこなして、おまけに『報奨金は要らない』なんて言うんだぜ?」
「おかげで一週間、ここの冒険者達は全員大衆食堂の酒飲み放題。万々歳だ」
「ほんとほんと。毎月来て欲しいくらいだぜ」
こんな辺境の町で人探し、それに報奨金が要らない……?
金が不要、ということは別でインカムが有って、それが十分過ぎる額である事を意味する。
聞く限り人探しを真の目的としているならそれが収入の元なのだろう。国家クラスの大きな依頼か、どこかの貴族の探偵か。
それでいて、人知を超えたスピードでミッションをこなせる実力者ともなると、かなり対象を絞ることが出来る。
わからないのはワザワザ依頼をこなした理由……それも要望の一部だったのだろうか。
どちらにせよ、探してる『人』がミルフィである可能性は――あまり考えたくないな。
「その女の見た目、どんな奴でした?」
自分を納得させて聞くと、背の低い東洋風の男が微笑を浮かべ口を開いた。
「……一言で言えば、『ヤバい』」
「『ヤバい』……」
なんとも現代的で曖昧模糊な表現だ。
このおっさん共、見た目は大月の交通整理みたいな雰囲気のクセに、中身は難波の女子高生なのかもしれない。
「なんですか……その人」
折角活躍したかったのに――と、ミルフィは不満げに口を尖らせる。
「ははは。若いうちはそうじゃなくっちゃな。何日かもすれば依頼もまた貯まるだろうし、ここはメシも上手いから少しの間泊まっていくといいさ」
と、笑って言い残すおっさん連中に一礼。
歩幅を大きくその場を立って、3席先の椅子にどんと腰掛ける。
18歳に達しない彼女はお酒を飲むことも出来ないし、何というか、不憫としか言いようがない。
「ああ、もう、超☆ワーカーホリックですうううううう」
机に顔を突っ伏し脚をぱたぱた。
湯でダコみたいに不満を顕にする彼女のうしろに、スッと一つの影がさした。
マナと香料を練って出来た柔軟剤――薄い石鹸に似た香りがする。
「なら、ウチらの依頼を受けて貰えないか?」
快活な声に振り向くと、薄着の女性が立っていた。
身長はミルフィより少し高いくらい、顔つきから言って、年齢は20そこそこか。
髪は黒のショートカット。水中で光る塗料が右のこめかみの辺りに線を描いて塗られているから、頻繁に水に潜る仕事をしているのだとすぐにわかる。
薄緑のタンクトップと青の短パンからは、女性らしくもよく鍛えられた小麦色の肌が覗いており。
愛想よく笑う、くっきりとした顔のパーツから、強い活力と表情の豊かさを感じる。
机にジョッキがドンと置かれて、ミルフィの背が小さく跳ねる。
ぷつりぷつりと気泡を上げ、氷をかき回すそれは、熱くなった彼女の頭を冷やすのに丁度いい塩梅の炭酸水だった。
ミルフィはそれを両手で持って、まじまじと覗き込んだ後、対面に座る女性に向けて、不審のまなざしを向けていた。
「こんなソーダ水一杯で、わたしに労働をしろっていうんじゃないでしょうね……!」
そんなお前みたいな事言う奴はそうそう居らん!!
ミルフィの台詞に彼女は一瞬驚いてみせるが、その表情はすぐに明るい笑顔へと色を変えた。
「アハハ、それは奢り。ちゃんと協力してくれたら奨金は後から払うからさ」
「……なるほど。それなら話を聞きましょう」
がぶがぶがぶがぶ!!
タダとわかった瞬間、ジョッキに顔を突っ込むようにして一気に水を飲み干すミルフィ。
ぷはっ。と天を向く唇に、小さな気泡が弾けて輝く。
駆け出しの分際でどうしてこんなにも横柄で居られるのか俺には理解しがたいが、相手方も楽しそうなので良しとしよう。
「本当に良い飲みっぷり――じゃなかった。アタシは《カリア》。すぐそこのインチュア湖で漁師をやってるの。貴女は?」
「わたしは『極光のサンストーン』……ミルフィ・アントルメです!!」
――まだ何の功績も残してないのに二つ名を名乗るな!!
「あとコレはそのへんに居たうさぎさんです。一応私のコーチ」
なんちゅう説明だ。
指差され、俺が頭を下げると同時、感嘆の声を漏らしたカリアは大きめの手のひらを伸ばし、俺の耳先をむにゅむにゅと摘んだ。
なかなかのスキンシップ力である。
「へぇ、君コーチやってるんだ。何の?」
『何の』と聞かれ、俺は一瞬首を捻る。
ピッチングコーチ、戦術コーチ、バッテリーコーチ。確かに様々な分野で『コーチ』という職あれど、自分がなんなのかを考えたことは無かった。
戦闘……?冒険者……?
「――人生の」
「あっははははは!!!!」
盛大に笑われた。
言っていることは間違いない筈のに、見た目が足枷すぎるのだ。
感触に病みつきになったのか、それとも単に気に入られたか、彼女は俺を離さぬままに、ミルフィの方へと視線を戻す。
「あー面白い。まずミルフィちゃん。よろしくね」
「あはは、よろしくおねがいします。カリアさん」
ミルフィの野郎、引きつった笑い浮かべて愛想よくしやがって。
「あと人生のコーチ君もね」
「ああ、よろしく頼む」
差し出した右の肉球を、彼女は摘んで上下に振った。
ブンブンと好きなだけ俺のおててを弄り倒し、満足した所でカリアはやっと、その硬い指先を俺から手放した。
「で、依頼の内容なんだけど……」




