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1章 SideL 2-6

「ミル先!!」


 立ち上がろうとする少年を、彼女は見もせず棒で制する。


「大丈夫、わたしは先輩なんだから。特等席でゆっくり見ててよ」


 明らかに、無理をしている。

 が、今のミルフィには少年を黙らせるだけの、得体の知れない安心感があった。


「ゼルくんがこんなに頑張ってくれたんだもん。こっからはわたしが意地見せなくちゃね」


 大きく一度、鉄棒を回し。


「……アツいのが胸にグッと来た!」


 ふわり、とオレンジのジャケットが、宙を舞った。


 じゅうり。ギュル!! ザクザクザクザク!!!

 全方位から迫りくる樹木を、彼女は一凪で打ち払う。

 粉々になった木片と、桜の花弁が舞い散る中を、一歩一歩確かめるように靴跡をにじって突き進む。

 透明な樹液が《ハプルウッド・フォルテッシモ》の頬をタラリと伝った。

 直後。


「ミルフィ!!」


 ヤツが持つ石の中央にマナが集中――彼女に向けて、奇怪光が照射された。

 俺はロシアの研究施設に入れられた時からドラッグに耐性があるので平気だが、ミルフィがあんな至近距離で食らったら流石にマズい。

 しかも、同時に背後から、研ぎ澄まされた枝先が迫り――

 

 バチィン!!

 かち割れる音が、聞こえた。

 腰を落とし、背後を向いたミルフィの首元を通って、棒の振り抜かれた弧の残像がはっきりと見える。

 ――目の前の光景に、思わず口から驚嘆の声が漏れた。

 続けざま、左から迫る紫のうねりに、手繰たぐり突きをブチ込んでバラバラに。

 脚をすくおうとする根を切り裂いて、彼女は前に向き直る。

 少し遅れて桃色の髪が、ふさりと空気にせせらぐのが見えた。

 今もなお、光は照射され続けている……。

 

 ――彼女は瞼を開かぬままで、全ての攻撃に対応していたのだ。

 

「どういうリクツだよ……」


 目くらまし系の敵に目│つぶって闘う戦法、漫画とかでよく見るけど本当にやる奴は――数人しか見たことがない。

 俺が行った修練はあくまで『背後から近づくマナの気配に気付きやすくなる』モノであって、決して相手の攻撃がどのように迫ってくるかを予見するものではないのだ。

 まして何も見えない状態で四方八方全てに対応するなどというのは、曲芸もいい所である。

 可能性としては、音や空気など視覚以外から入ってくる情報と迫るマナの方角から攻撃を予測し対処。若しくは俺の想像以上にマナの“動き”を鮮明に見れているか――どちらにせよ、彼女のセンシティブがこれほどとは。

 

「くふふっ……終わりにしましょう……!!」


 感極まった笑みを浮かべ、ミルフィの靴が地を滑る。

 ぎゅっちりとした裏腿うらももの肉を力強く折り曲げて、宙へと跳ね上がる桃色の流星。

 俺が見上げる動きと同時、彼女は桜のてっぺんでくるりと空を蹴って、脇を引き締め棒を構えた。

 カッと大きく開かれる、クラッシュゼリーの如き瞳が、目下に奇色きしょくの面を捉える。

 

 ――撃ち抜け!


「『スクラップ・ガニュメデス――――――β(ベータ)!!!!!』」


挿絵(By みてみん)


 バリバリバリバリバリバリ!!!!!!!

 白光のイナズマが、天から地へとひび鳴り落ちた。

 桃色の花弁が膨れて揺れる、ハプルウッドの頂点から。

 想いの練り込まれた鉄棒は硬く、樹木の繊維をみちり、みちりとし潰す。

 

 じゅるり。と木々が表皮を作り始める。

 関係ない。

 今のミルフィは重力とマナと、何より勝利への熱をその身に纏っている。

 叩き潰す。

 少女は叫んだ。

 勝利への、喚声であった。

 

 ごうごうと呻く風を纏って、その一撃は桜の幹を縦真っ二つに引き裂き――――


「―――――ふぅっ」


 強く右腕を横に振り、ぴたりと止まってキメをつくる。

 振り返る彼女の背後から、黒い血潮が吹き上がり、ぺたり、ぺたりと雨粒の如く頬に張り付くそれを、彼女は指で撫でとった。

 

 《ハプルウッド・フォルテッシモ》は、完全に沈黙していた。

 

 一歩、二歩。

 堂々とした風格で近づくミルフィを、俺は称賛の目で見つめて迎える。

 ――これは、『伸びる』。彼女の才能は、俺の脊髄を震え上がらせる程に優秀で、同時に危うさ――力を与えてしまうことに、恐怖すら感じさせるモノであった。

 

 ねぎらいの言葉をかけようと、俺はふらりと彼女の元へ――耳で羽ばたき飛んでいく。

 まるっこい肉球が、その華奢な右肩に触れた瞬間。

 ミルフィは糸が切れたように俺に向かってもたれかかり。

 

「お゛えっ!! ぎもぢわ゛る……」


 嘔吐えづいた。

 膝から地面に崩れ落ち、尻を上に突き出す形で必死になって息をする。

 嗚咽混じりの咳。

 彼女の全身は汗に濡れ、地につけた頬に砂がへばりついていたが、それ以上に幻覚による朦朧状態が問題であった。

 

「ミルフィ。光線にあてられたのか」


 おかしい。あのタイプの攻撃であれば、視覚情報さえ遮断してしまえば喰らわずに済むはずなのだが。

 俺は真剣な表情で、倒れる彼女の顔面に頬を寄せ――


「あれ、ほら。『こいつ……視覚を捨てて神経を研ぎ澄ましてるんだ!』ってやつ、格好いいじゃないですか。やろうとしたんですけど無理っぽかったんで、う゛えっ!! 薄目開けてたら……」


 こいつ、盛大な馬鹿だ。

 ザルを自称する為にガソリン飲んで死にかけたベラルーシの友人並の無謀である。

 

 行き過ぎた見栄は弱み。

 一連の彼女の動き、俺が危惧する部分はその“華麗さ”にあった。

 実践で、命のやり取りをするための挙動ではなく、見ている者を楽しませるような、一種の『劇場』――所謂“雑魚専”の戦い方である。

 ようは、自分を強く魅せる事に特化した、無駄の多い戦闘。

 たゆまぬ努力によって、ここまでそのスタイルを維持出来たこと自体天才じみているのだが……これからは長い旅路になる。少なくとも自分を押し付けるだけで生き抜けるような、甘い世界では無い。

 だが。

 

「誰かの為に見栄を張れるなら、それもお前さんの取り柄かもな。――格好良かったぜ。ミルフィ」


 俺は彼女を讃える事にした。

 本当に頑張った子に対して、冷たい台詞を吐けるほど俺はニヒリストではない。


「えへへ。褒められたー♪」


 疲れと喜びに、ミルフィの頬がふわっと緩む。

 この、赤子が放つような自然な笑顔は、何物にも代えがたい彼女の魅力である。

 もにもにと俺の耳を撫でたミルフィは、霞む視線を後輩の少年へと向けた。

 彼も今日の功労者である。


「ミル先」


 一歩近づき、心配そうな顔つきを浮かべる彼に、ミルフィは俺に見せたのとは違う、少し大人びた表情を見せた。


「ゼルくんも、ありがと。それでこそわたしの自慢の後輩だ……よ……」


 言い切った途端。

 ふらり。と体の力が抜けて、握った棒を地に落とす。

 ――緊張の糸が途切れたのだろう。

 いくらバイタリティに優れているとはいえ、一人での本格的な戦闘を勝利で終えた安心感と疲労は計り知れないものだ。

 

「お疲れ、ミルフィ」


 気持ちよさそうにほころんだ、ミルフィの頬をモフモフ撫でる。

 安らぎに満ちた彼女の寝顔は、他の子のそれと何も変わらぬ――――16歳の少女であった。

 

        ◆


 ミルフィが目を覚ましたのは試験の日のよいの口だった。

 彼女は宿のベッドで起きるやいなや「お腹空いたー」だの「体重いー」だの言いたい放題喚き散らして、周りの客にも迷惑ゆえに、俺は仕方なくこのブーたれを連れ出さざるを得なかった。

 遅めの夕食をレストランで取る間、俺はミルフィの良い所を沢山褒めて。彼女は一杯笑って。

 試験の後あれほどぐっすり寝ていたのに、夜は俺を抱きまくらにしたまま、次の日の太陽がてっぺんを通るあたりまで彼女はまどろみの中に居た。


 荷物を《バッファロー便》――冒険者が次に泊まる街まで、先回りして大きな荷物を届けてくれる配達業者に預け、俺達は《ザニアの町》からの出発を決めた。

 彼女の卒業手続きと、昨日の事情聴取は俺とゼルくんが終えておいたから、その点についても安心である。

 出発は夕方、理由はミルフィが「久しぶりにテントで寝たい」と言い出したからである。

 町から公道への中継点、舗装されていない開けた土地を踏みしめると、背後から近づいてくる駆け足の音が聞こえた。


「先輩!」


 夕日を纏ってミルフィを呼ぶのは、あの幸薄の少年であった。

 両腕を伸ばして膝につき、肩で大きく息をつく。

 五、六歩程の距離からこちらを見上げる彼に、ミルフィは振り返りながら口を開いた。


「ああ、ゼルくん。見送りに来てくれたんだ」


 少しだけ、もの惜しそうな雰囲気である。

 それもそうだ。ここを抜ければ次は彼女の殆ど知らない街、知らない世界。

 彼女の《冒険者》としての生活が、始まってしまうのだ。


「あの、先輩、俺、絶対有名なアーム・デザイナーになりますから!!」


 彼は一瞬ためらって、その躊躇ちゅうちょを弾き出すみたいに叫んだ。

 少年なりの、勇気――それから、自分への宣誓であった。

 「はぁっ」と一度、体の熱を吐いて、俺達を正面で見据える彼の瞳は潤んでいた。


「そしたら、先輩。ミルフィ先輩が夢を叶えた時、俺の武器買いに来て下さいね!!」


 笑顔だ。

 旅立つ者へと贈られる、美しい気持ちのエールである。

 彼との面識など全然無いはずの俺ですら、じんと熱いものが込み上げてくる。彼の声援はそんな若さと力に溢れていた。

 胸を打つ、青臭さむき出しの激励に、ミルフィは――


「嫌だよ。ゼルくんの武器超☆センスないし」


 そこは世辞でも肯定してやれよ!!

 真顔のまま、彼女は腰に手を当てのたまう。

 ゼルくんの頬からみるみる色が失われていく。

 「行きますよ」と背を向けるフードから俺はぴょこりと顔を出した。

 ――流石に、いたたまれない。

 

「少年!!」


 俺は掛ける言葉の代わりに、サムズアップを突き出した。

 同情と励ましを込めた目線の先で、がっくり膝をつく彼の、哀愁に満ちた風貌はそれでも確かな輝きを放って。

 前へと進む俺達の背に、情熱の光を与えてくれていた。


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