1章 SideL 2-5
四方八方迫りくる木々を、殺陣の動きで捌き、潰し。出来た空間を駆け抜ける。
桜の舞い散る檻の中、枝を蹴り跳ぶ彼女の動きは怪鳥の如く優雅で火花の如く激しい。
あれが『万象諷白拳』――人間が多様な魔族に対抗するため生み出した武術の一つである。
万象諷白拳の特徴は、『赤に混ざし朱と成りて、黒に混ざし灰と成る』という格言によって現されている。
その本質は、『相手の性質に応じた“型”の変化』。
敵の大きさ、人数、速度、攻撃法いかんによって、千五十五の型と五種類の武器による立ち回りが目まぐるしく組み合わさるそれは、マナの存在によって三次元的アクションが可能なこの世界において絶大な対応力を誇る。
一方で、バトルセンス、分析力、そういったモノに欠ける人間からすれば、ちぐはぐな動きをその場凌ぎで繰り出すだけの“無価値“な挙動になってしまう。
その上で――
「ふぅッ……!!!」
――ミルフィの勝負勘は、抜群だ。
ばきり。
背後から襲う鋭い幹を、デッキブラシの柄で打ち止める。
撓る根っこを前宙で避け、棒を振り回し、間合いに応じて鋭い蹴りや拳を織り交ぜていく。
かち当たったスティックの先が、小気味よい音を立て削れていくのがみえた。
「いける!!」
幾度となく見た、地中からの突き上げ攻撃。
ブラシでの打ち払い――横っ跳び――金網を蹴って体を浮かす。
斜めに跳んだ彼女の視線の先には、紫色した女の顔が、けたりけたりと笑っていて。
――前手は既に、柄の先に添えてある。
あとは、落下による加速と同時に握った右手を突き抜くだけだ。
「こいつで……!!」
しなった腕の筋肉が、引き付けと共に躍動する。
爆発のイメージ。
溜めた力を、腰の捻りで一気に解き放つ。
その瞬間。
「――!?」
――ゴズ!!!
ミルフィの放った一撃は、硬い表皮に阻まれていた。
濃い菫色の木の皮が何層にも重なって、体の“核”ともいうべき人型の部位――おそらく種子の変異体に当たるモノを、がっちりガードしていたのだ。
恐ろしく速い体の変異。
いくら衝突速度が速いとはいえ、軽い木のブラシでこれを貫くのは至難の業である。
「ぐっ……!?」
一度飛び退ろうとしたミルフィが、直後にぐらりと体勢を崩す。
体力切れ――ではない。
彼女がブラシで突こうとしたその下。元々、紫女の胸があった部分に、飴色の石が輝いている。
俺は遠くからでも感じる光の違和感に、覚えがあった。
「ミルフィ!!」
前のめりになって叫ぶ俺の下に、弾き飛ばされた彼女の肢体が受け身も取れず転がってきた。
幸い怪我は無いみたいだが、次の触手が彼女を仕留めにかかって来る。
轟音を上げて地を這う二本の枝。
どくりと胸を打つ不安感に、俺は彼女を庇おうと――。
◆
「ミルフィ先輩っ!!」
がりん。と硬い音がして、目の前に鉄が転がった。
枝からミルフィを守った声の主はゼルトップ――彼女の後輩で、さっき避難したはずの少年だった。
「いつつ……」
歪な盾を弾き飛ばされ、膝を着きながら立つ彼に、気絶から目覚めたミルフィが汗を垂らして視線を向ける。
「ゼルくん……どうして戻って来たの?」
――怖がらせないよう、ゆっくりと吐き出されるミルフィの声。
戦闘の余韻による剣幕に少年は怯まず、息切れしながら返事を紡いだ。
「だって俺、一回逃げたとき、先輩の姿無くて。せんぱい、無茶ばっかするから、心配になって」
――随分とお綺麗な正義感だ。だが、大切な気持ちでもある。
ミルフィはゆっくり立ち上がり、土埃にまみれた自分より大きな少年の頭を、ぽんぽんと二回叩いて笑った。
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
少年の呆けた顔を確認した後、「ふぅっ」と小さく息をつき、ミルフィは前に向き直る。
ごりっ。まばたきと共に首を回し、彼女は素手のまま、臨戦態勢のスイッチを入れた。
汗の伝う、カモシカのような両足がその場で跳ねて、軽く握られた両手がだらりと下で構えられている。
「いいか、あの光を見ちゃ駄目だ。あれは『メジオグ酸アミド』……植物の種などに含まれる幻覚成分を、マナによって光線化したモノだ。直視したらジャンキー一直線だぞ」
「対策は?」
「今は時間を稼いでくれ。ぶっ倒れなきゃそれで良い」
「得意分野です!」
一瞥もせず微笑むミルフィから、ゼルトップへと視線を移す。
「それから少年」
「は……はい!!」
かしこまる彼に、俺は一拍息をついて、用具入れに残ったもう一本のデッキブラシを顎でしゃくった。
「“アレ”を硬化してくれ」
今のミルフィには武器が無い。
いくら体力馬鹿とはいえ、素手でアイツを倒すのは困難だ。
とはいえ、ブラシをそのまま使っても、同じ手段で防がれてしまうのがオチ。
となればここは、折角出てきてくれた彼に一肌脱いで貰うしかない。
「そ、そんな! 一度も成功した事無いのに、こんな状況で……」
少年は冷や汗を垂らし、俺とミルフィを交互に見た。
数秒前に飛び出していった先輩が、俺達2人を木々から守るよう激しく動いて撹乱している。
俺は黙ったまま、ひたすら彼の表情をうかがう。
一秒、二秒。
静寂の中に、肌と硬木の打ち鳴る音だけが聞こえて。
小刻みに震える両手が、ぐっと決意を握りしめた。
「――いや、やるっス」
「よし。おりこうだ」
若さと邁進力を感じる、いい顔つきになった。
――と思った矢先。
「えぇ~? ゼルくん本当に出来るんですかぁ?」
斜め後方から飛んでくるヤジ。
「水を差すんじゃない!! お前さんはソッチの相手でもしてろ!」
「はいはい!!」
前蹴りで枝をカチあげる、ミルフィの頬がニヤついていた。
――彼女なりのジョーク、なのだろう。本心からとは思いたくない。
彼は転がった鉄箱に手を突っ込んで、デッキブラシを取り出し、地面に叩きつけてブラシの部分をへし折った。
これで残ったのは八寸ほどの棒きれ一本。
奇しくも、硬化魔術の初心者が練習を行う時に使うスティックと、ほぼ同じ形状のものが出来上がったわけだ。
「自分でやれる所までやってみてくれ。そこから俺がマナの波形を見て修正する」
地べたに座り、棒と向き合う彼に、そう告げる。
すると少年は若さの残る顔を上げ、怪訝そうな表情でぷにぷにとした俺の顔面をじっと見つめた。
「“そんなの出来るのか”とでも言いたげなツラだな」
俺はうむうむと首を縦に振り、腕を組む。
「少年」と、念を押し、そこから片目だけを開いて、のたまう。
「溺れる川から生きて帰るコツは、自分の掴んでる藁を信頼する事だぜ」
それを聞いた彼は、未だ半信半疑といった様子で「はぁ」と呟き、再び棒へと向き直った。
心音を抑え、目を閉じる。
両手を肩幅に開いてかざし、大きく息を吸う。
ぽわり、と白い光が手のひらに集まって、それが棒へと注がれていくと同時、彼の眉間に皺が寄った。
――集中しきれていないと、イマジネーションが落ちて魔術の精度は下がる。
初めての戦闘による極度の緊張と失敗の恐怖が連鎖する今の状況は、彼にとって最悪で。
しかしそれでも、俺の見る限り彼のマナの波形はきわめて基本を抑えたものだった。
これなら、大丈夫。
「少年」
俺は額に汗を浮かべる彼に、親身になって助言を述べる。
「イメージする形質は『鉄の棒』じゃない。『塊』だ。君は完成品のイメージが先行してマナのコントロールが緻密になりすぎている。もっと大雑把でいい。このブラシと左右の長さが同じくらいの、単純で硬いものを意識するんだ。」
「塊……」
瞬間、彼のマナに“あそび”が生まれた。
それまでは均一だった光がぐんと大きく伸び、ブラシの柄を暖かく包み込む。
「いいぞ、その調子だ。術式ももっと雑把で良い。形より要素を意識するんだ」
彼の表情が険しく歪む。
しかし辛そうな面持ちとは裏腹に、マナは曇った銀の如き光の束を迸らせた。
ふっ。と、息が途切れる。
マナが消えると同時に、少年は土塊の上の棒を掴んだ。
そのまま後ろに倒れ込み、汗まみれの頬をほころばせる。
がろん。
地に落ちたブラシの柄は、確かに硬質な――金属と見紛う程立派な音を立てていた。
「はぁ……はっ、はは……。で……でき、た……」
少年は目の端に涙を溜めて、仰向けになり笑っていた。
「exitoso!」
俺は感嘆の声を上げ、耳で木の――鉄棒を拾い上げる。
ずっしりとした重みと、握った時の手に張り付くような感覚。
間違いなく、魔術は成功していた。
――ドゴォン!!
「か……ふっ!!」
出来たエモノを渡そうとした瞬間。
吹き飛ばされたミルフィが、壁に背を打ち息を吐くのが見えた。
――相当無茶をやったのだろう。
全身には無数の小さな傷跡が。大事な一張羅はボロボロで、フードは半分引きちぎられている。
マナの光は始めの頃より弱々しく、ひくりひくりと滑らかな腹筋が痙攣を起こしていた。
「痛った―――――くないっ!!!」
バカでかい声で虚勢を張って、彼女は立ち上がる。
土を舞い上げ地を踏みしめる、そこへ向かって俺はゼルくん渾身の業物を投げ込んだ。
力強く掴んだ彼女は、ぽんぽんと二回、確かめるように鉄棒を握り直し。
「はは!! イケますね、これ!!」
――歯をむき出しにして、笑った。




