1章 SideL 2-4
実技試験の始まりを告げるドラが、校舎の外まで鳴り響く。
俺とミルフィは会場である金網コートまで揃って出向き、20人ほどの下級生と共に列を作って指示を待っていた。
スクール卒業検定における実技の内容は『実践戦闘』。つまり、試験官によって指定された魔族の討伐法で合否を決定するというわけだ。
6人の試験官が二匹ずつ、大根の妖精みたいな生き物を仕切りのないケージに詰め込んでいく。
今回一人一人が相手をすることになる魔族、《ハプルウッド》であった。
「アレ、ちょっとうさぎさんに似てますね」
「まさか。眼科に行くことをオススメするぜ」
《ハブルウッド》――植物目に属する自立型の根っこで、分類的にはサツマイモに近い種族である。
白色の体から短い手と足が伸びたその形はまさにオモシロ大根そのものであるが、髪の毛の如く見える葉の隙間から人の拳ほどもある大きな瞳をこちらに向けて覗かせている。
大きさはミルフィの腰程度。主な能力は、脚のひげ根を自在に伸縮させることと、気孔からジェット噴射する水蒸気によって行われる飛行だ。
簡単に培養・処分する事が可能な上、移動、飛行、強襲と、冒険者が相対する敵の危険要素を(非常に大雑把ではあるが)一通り網羅しているゆえに、このようなテストに用いられることの多い不憫な生き物である。
などとミルフィに彼らの説明をしていると、緑色の服を着た試験官の男がこちらに向かって近づいてきた。
喋りを止める俺を見て、怪訝に指をさす。
「君。その生き物は……」
「ああ、ペットです」
『契約した子です』とか、もう少し言葉を選べないのかコイツは。
やや苛立った俺に顔を近づけ、試験官は二度頭を縦に振った後、そのままドア続きになっている教室棟の方まで下がっていく。
実践訓練は基本、武器やマジックアイテム等の持ち込みが許されている。多分俺も、そういうのと同じ括りとみなされたのだろう。
「それでは試験を開始します。番号の早い方から順に二人ずつ、1vs1でハプルウッドとの戦闘を行って頂きます。合否はその場で判断しますので、各自ベストを尽くすように」
さっき話したのとは別の、やや痩せ型の試験官が説明に続いて番号を呼ぶ。
最初の二人は顔ののっぺりした背の高い少年と、年期の入ったブロードソードを持った茶髪の少女だった。
二人はそれぞれ前に出て、幅60mほどの金網にある左右のコートに分かれて直立した。
真正面の壁側に立つ試験官は、ケージからハプルウッドを引き抜くように取り出して、透明な液体を注射する。
すると、ぶくっと膨れた根っこの脚がバタバタと可愛らしく暴れ、白目の部分が赤く染まって、頭の葉っぱが一回り伸びた。
「あれ、何ですか?」
「興奮剤だな。温厚なハプルウッドを無理やり戦わさせる為に調合された薬が入ってる」
「なんか、可哀想ですね」
「そんなもんさ」
くわ。と小さくあくびして、俺は眼をぐにぐにと擦った。
――つまらねぇ。
このテストは、冒険者になるにあたって最低限の自己防衛能力があるかを見極める為の試験である。
スクールを卒業してしてさえすれば、落ちるヤツなんてそうそういない。
今戦闘を始めた二人だって、怯える様子こそあるものの、教科書通り距離をとってからの魔術によって、かなり安全に戦局を進めている。
バチュィ!!
少年の手の平から生成された氷の礫が、みずみずしくハリのあるハプルウッドの腹を貫いた。
傷口から濁った汁が勢いよく吹き出し、ポテポテ走る勢いをそのままに、白い果肉が崩れ落ちる。
ゴシュ!
向こうは真っ二つ。
蒸気を噴出して空から飛びかかる所まではよかったものの、近づいた瞬間振り下ろされた少女の刃によって、見事ざく切りにされてしまった。
なんとも味気ない戦いである(大根だけに)。
次から次から呼ばれていく生徒も各々自分のやり方で、あっさり試験を突破していく。
効率よく危険度の低い戦闘をやろうとすればこうなってしまうのは仕方ないが、実践で役に立つかと聞かれればそれは――ナンセンスだろう。
「それでは21番の方、どうぞ」
「お願いしまっス」
聞いたことのある声と共に前に出たのは先程の少年、ゼルくんだった。
「うわぁ……ゼルくん相変わらずですね」
「あの“盾”か?」
やや嘲笑を浮かべるミルフィが指して言うのは、彼が持っている“湾曲した盾”の事だろう。
トランペットのベル(音が出る場所)を平たくしたような前面から、盾の裏を細い管が通って小さな孔が前面に空いている。
「あれ、もしかして敵の魔術を受け止めた後穴を通らせて送り返す的な機構なのか……?」
「……その通りっぽいです。しかも本人のマナコントロールがあんま上手くないせいでアレはただの鉄の塊」
「なんだそりゃ」
奇をてらった物を作ろうとしてシンプルなのより出来が悪くなってしまう……初心者の料理じゃないんだから。
初めに比べ半分くらいの数になったハプルウッドを引き抜き、慣れた手付きで注射器を挿す試験官。
やや硬質な繊維に、みるみる薬品が染み込んでいく。
嫌そうに足のひげ根が震え、続いて肢体がぱたぱた動く。
――が、体に変化がない。
通常なら起きるはずの充血反応、それから葉の成長が一切見られないのだ。
薬液が全て注がれたのに、姿を変えないハプルウッドを眺め、首を傾げた男は一度その白い果肉から目を逸らした。
それが、マズかった。
ずぼり。
一瞬で男の手から抜け出した根が、自ら地中に体を埋める。
直後、その葉の間の種子が、ずるりずるりと膨らんで。
「う、うわぁあぁぁああああああああああ!!!!」
ハプルウッドの葉の中央から、幅広のツルが飛び出した。
霜の結晶がその先端を伸ばすみたいに、中央の紫色がぶくぶくと形を変える。
地面を突き破るように伸びた根っこが、試験官の胴に巻き付いて、痩せこけた顔から汚いうめきが漏れていた。
「きゃあああ!!!」「ヤバい! ヤバい!!」
慌てる生徒の悲鳴に紛れ、正面で赤い光が爆ぜる。
締め付けられた試験官が手から火球を放ったのだ。
植物族に対しては、極めて有効な対処。
立ち込める黒い煙の香りに、一瞬空気が固まって。
――そのモヤの中から出てきた生き物に、金網の中の誰しもが目を見張った。
「紫の……人?」
ミルフィの、消え入るような呟き。
俺の目に映った“ソレ”の感想も、彼女と全く同じであった。
地面から生えた二本の脚に、木の幹の如き繊維で編み込まれた細い胴体。
蔦で蠢く両腕に、禍々しくネジ曲がった顔から、一面赤の瞳がぎょろりと覗き込んでいる。
全長は男と変わらぬくらいで、表面は霧に濡れている。
ツタのバケモノはぬるりと触手を伸ばし、注射器立てを弾いて中身を割った。
飛び散った飛沫はケージの中のハプルウッドに降りかかり、それを取り込む大根オバケは順々に姿を変えていく。
気が付くと、目の前には10体ほどの木人どもが並んでいて。
「《ハプルウッド・フォルテ》……。人工的な培養に成功したばかりの、突然変異体だ」
俺の冷静な分析は、背後のドアが勢いよく開く音によって、ものの見事にかき消されていた。
◆
「逃げろ!! こっちだ!!」
4人の試験員と入れ替わり、待機していた生徒達が蜘蛛の子を散らすように出口へ駆ける。
がちゃりがちゃりと鉄の鳴る音。不気味なほどに静かな敵を、警戒しつつ後ろへ下がる。
試験官達は一斉に腰のショートソードを抜き、剣の先から氷の魔術を迸らせ、木偶人形共との距離をじりじりと詰めていった。
「ミルフィ。ここは逃げるぞ。奴等、国民様の税金でオマンマ食ってるんだ。たまには仕事して貰わにゃ困る」
「嫌です。わたしは戦いますよ!!」
「……OK。言うと思ったよ」
もう慣れた。
こんな所でグチグチ問答している方が余程危険だ。
幸い今回は訓練された大人の協力もあるし、ハタから見てるだけでも何とか……
「おらぁっ!!」
――ずしゃり!!
役員の一人で痩せ型の男が、人化したハプルウッドの首を、剣の腹で跳ねっ飛ばした。
黒い飛沫を喉から吹き上げ、紫の体がくたばり落ちる。
他の連中も連携し、数で勝る敵を上手にいなして、捕らえられた男の救出にも成功していた。
「結構やるじゃないかアイツら」
「うわわわ、早くやらないと手柄取られちゃいますよ!!」
何と闘ってるんだお前は。
慌てて飛び出そうとするミルフィを片手で制し、俺は奥の方でジッとしている三体の敵を指さした。
「いいかミルフィ。アレは地中で根を触れ合わせてマナを相互に流すことで、情報交換を行ってるんだ。さっき先方が倒されて、多分これから進化が始まるぞ」
「進化!? 格好いい響き!」
「そんなにお気楽言ってて大丈夫かぁ?」
などと俺が怪訝に笑った直後、残ったハプルウッド・フォルテが一体を残して萎れだす。
醜く体を歪ませて、どろりと地面に溶けたマナの行く先は、初めてフォルテの姿になったあの一体目の元だった。
根から黄緑色の光を吸収し、ハプルウッドは再び形を変える。
悲鳴の如き声を上げ、体幹を樹木へと変えた進化の先。
俺とミルフィの目の前に、紅褐色の花弁が舞った。
「あれは……」
「桜、だな」
幹が紫色の、巨大な桜の木の中央に、女性の半身が船首の如く突き出した姿――それが奴の出した答えであった。
「良かったなぁ。倒しがいのありそうなヤツが出てきてくれて」
ぼやいた俺の視線の先で、彼女は小さく頷いた。
青い、熱のこもった目で相手を見つめ、無言でこちらに右手を伸ばす。
「ん?」
――何の手だ?
ぐぱぐぱと、細い指先が曲がり、伸びる。
「『ん?』じゃないですよ。はやく、“アレ”。ガッシーンってやつやりますよ!!」
なるほど。また俺を武器にして闘おうってワケか。
でも……残念。
「やらねーぞ」
「どうしてですか!」
「危険だって言っただろうが。デカいこと言ったんだからあれくらい自分で倒してみるんだな」
「あれくらいって……サイズ軽くわたしの4倍くらいはあるんですけど」
見るからに嫌そうな顔をして、蠢く大樹を指さした。地から飛び出た根がうねり、今にも襲いかかってきそうな雰囲気ムンムンである。
それに、彼女はどちらかと言うと、気持ちよく相手をぶっ倒す方が好きなタイプ。
楽に勝つため強くなろうとする姿勢は、俺のシステマティックな考え方に非常にマッチしていると思う。
だが。
「『赤に混ざし朱と成りて……』だろう。俺もお前さんの本気を見てみたいんだ」
まず、彼女がどこまでやれるのかを見極めなければならなかった。
自分の流派を当てられて、彼女の眉がぐっと持ち上がる。
「どうしてそれを……」
「構え、捌き、一連の動き。――見ればわかる」
ドヤっと頬を釣り上げる俺に。無表情のミルフィは。
「はいはい。いっぱい知ってて凄い凄い。これで満足ですか?」
大きな半眼がこちらを睨む。
全く、可愛い強がりだ。
微笑を浮かべる俺達の間を、ぐわりと巨大な枝木が凪いだ。
甘い香りの突風が、右の耳たぶを激しく揺らす。
「大丈夫か!?」
三方に向けて撃たれた腕。
そのうち二本は試験官連中を弾き飛ばし、残った一本の狙いが俺達だった。
すんでのところで転がり避けたミルフィの目は、ヤツを睨んで険しく冴え。真っ赤な舌が、上顎の歯をちろりと舐める。
闘争本能むき出しの彼女の顔つき。
――好きだ。たまらない。
気絶した大人のむくろが4つ。
その中央を、彼女は駆け抜け間合を詰める。
敵は前方25m。
つまり、ほんの数瞬の距離である。
しかし。
「くぅっ!!」
変幻自在。左右二本のなぎ払いが、鋏の如く彼女に迫る。
跳躍で避ける彼女の前には、撞木ほどもある太い枝。
ミルフィはこれを腕で受け、背中側へと吹き飛ばされる。
「ウザったい……!」
四点で着地。
瞬間、地中から幾本もの根が剣山の如く突き出てくる。
彼女の体を貫かんとするそれを、走って躱す。
25mの距離、あの顔までがあまりに遠い。
地中に根を張るハプルウッド・フォルテ……いや、もはや《ハプルウッド・フォルテッシモ》というべきか。
その根が届く範囲、全ては奴のテリトリーである。
「ミルフィ、これ使え!!」
俺は転がってきた掃除用具入れから、二本のデッキブラシのうち一本を抜き、彼女に向かって投げ放った。
ブォンブォンと音を立て回転するそれは、バク宙をかます彼女の手へと吸い込まれるように収まっていく。
周囲の空気を斬り舞うようにミルフィは棒を振り回し、ぴたり。と腰を落として柄を正面に構えた。
《肉体強化》の希薄なマナが、彼女の体を包んで光る。
――《長棍》!!
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