1章 SideL 2-3
「ミル先、おめでとうございまっス!!!」
窓側の奥の席に座った俺達の前に、帰ってきた“ゼルくん”(本名はゼルトップというらしい)はどかっと腰を下ろして、開口一番頭を下げた。
ほう、という俺の嘆息に続いて、ミルフィの顔がぱっと明るくなる。
「って事は……?」
「先輩、合格してましたよ!」
「ホント!? ……良かったぁ」
大盛りパフェのスプーンを空になったグラスに投げ入れて、ミルフィは顔をとろけさせるように机の上につっぷした。
長い長い溜息が、甘い匂いのする唇からこぼれ出る。
よっぽど安心したのだろう。閉じられた瞼が中々開かない。
「ゼルくんは?」
顔を腕に埋めたままの彼女が言葉を発したのは、対面に座る少年が注文を終えてからの事だった。
「自分はもう余裕っス」
先に出されたアイスティをすすり、落ち着いた様子で答える。
「成績良かったんだっけ?」
「ま、普通にやってりゃ落ちるテストじゃないんで……」
彼は苦々しく笑って、ミルフィの元へと届いた二杯目のパフェをじっと凝視した。
そう。このパフェ、一杯につきかなり量がある。
こぶりなボウル程もある器の上にフレークとソースが段重ねになっていて、スポンジやナッツ、色とりどりなフルーツの間を所狭しとクリームが縫う。
イチゴとバナナが散りばめられ、板チョコがまるまる半分も載ったトッピングの頂上には、どどどんと大きなアイスクリームが3つも並んで鎮座していた。
俺が頼んだコーヒーゼリーと比べても、軽く15倍はありそうな代物である。
大げさに口を開け、スプーンから零れんばかりのクリームを頬張り幸せそうに顔をほころばせるミルフィ。
俺の頭部ほどもある白山がみるみるうちに無くなっていくのを見るのは中々壮観みたいで、少年の視線も徐々に、彼女の口元へと移っていった。
「ん?」
歯とスプーンの当たる音がして、ミルフィの手が一瞬止まる。
見られている事に気づいたのだろう。
少し小首をかしげた彼女は次の一口分を掬って、彼の視線の先に、ずい。と突き出した。
「たべる?」
おいおいおい。思春期の少年相手にそれはズルいぞミルフィちゃん!!!
垂れ気味だった彼の瞼が、まばたきを伴い大きく見開いた。
かっと赤くなる頬を誤魔化すように、唇の端が持ち上がる。
「いや、いいっス」
――断りやがったか。へタレめ。
「あっそ」
ぱくり。とミルフィはその分を口に含み、まだ飲み込みもしないうちにフレークの山を匙に積み上げた。
幸せそうにゆるむ顔を見ていると、こちらまで元気を貰えるような気がしてくる。
そこで。
「いやー、でも先輩は流石っスよ。二年もブランクあったのに“自力”で試験受かるなんて」
「げほっ!!う゛うん!!!」
照れ隠しのつもりか、下手くそな世辞にミルフィの背が跳ねた。
「大丈夫っスか!!」
「けほっ……大丈夫大丈夫。ちょっとクリームがむせただけ……」
差し出されたナプキンで口元をぬぐい、何とか持ち直す。
「ふぅ……でも、そうだね。結構頑張ったかな」
「中にはカンニングとかする不届きな連中も居るみたいっスからね」
居るぞ。君の目の前にな。
核心を突かれたミルフィの頬から冷や汗が伝い、視線が泳ぐ。
「あはは……うん。でも、人には色んな都合があるから、そういうのも仕方ない事は有るんじゃないかなーって」
「やだなぁ先輩らしくないっスよ。前は『カンニングなんて最低のクズ人間がする事です!』って、いっつも自信満々に赤点取ってたクセに」
「そ、そんな事言ったっけ? はは、い、今はほら、成長して考えが変わることだって有るからね。ねーうさぎ!」
いきなりこっちに話をフるな!!
見えないように小さくウインクするミルフィに、俺は呆れて肩をすくめた。
仕方ない。大本はミルフィが試験を受けていなかったせいだが、不正を持ちかけたのは俺である。
「それはそうと少年。君はどこかの工房で働いているのか?」
俺は話題を変えるため、彼の稼業について聞くことにした。
煤で汚れた靴の側面と、火傷に慣れた指先の皮を見れば、火と金属を扱う仕事である事は誰にでもわかる。
彼は自分の服を二三度見渡すようにして、何かに納得したのか、すこし浮かない顔をして答えた。
「ああ、そうですね。……家は普通の農家なんですけど、俺は一応、武具とか作りたくて」
「そうだったそうだった!! ゼルくんずっと鍛冶職人になりたいって言ってたもんね!」
「鍛冶職人じゃなくてアーム・デザイナーです」
うっとおしそうに答える少年に、ミルフィはややはにかんでみせる。
アーム・デザイナーというのは、言ってしまえばオシャレな武器職人のこと。冒険者もファッションを意識する時代、実用性と見た目を重視した装備を作れる人材が求められるというのは、極めて自然なことであった。
「でも自分、硬化魔術の才能無くて。向いてないんスよね。多分」
頬を掻き、彼はへらへらと笑って答えた。
《硬化魔術》はその名の通り、人体から木の棒まで、物体であれば大抵のものを“硬くする”魔術の事である。
硬度を調整することで獲物の刃をより丈夫にしたり、(かなり熟練が必要だが)拳で太刀を弾いたりも出来るようになるのがこの魔術の特徴だ。
アーム・デザイナーが作る武具は装飾が多くなる以上、脆さが弱点になりやすい。それゆえ、通常の鍛冶職人よりも高度な《硬化魔術》の修練が必要であり、元々が五等級魔術という事もあって一人前になるには相当な才能と努力が必要である。
「大丈夫、ゼルくんなら出来るって!」
俺の杞憂などいざ知らずといった様子で、ミルフィは無責任にそう言い放った。
少年はやや首を傾げた後、曖昧に笑って肯定を告げる。
巨大なパフェの最後のイチゴが喉を通るのを確認して。ゼルくんは一瞬気疲れした様な表情を見せた。
「凄いっすよ先輩は。まだ《連合特殊警備隊》目指してるんスか」
何……?
ぽん、と彼の口をついて出た言葉に、俺は面食らい隣を見る。
ミルフィはマズい事を聞かれてしまった様子でスプーンを空の器に落とした。
《連合特殊警察隊》とは、大国のトップ同士が会談する場である《世界連合》を守護する為に招集される、七人の騎士の事である。
各国の兵団の中でも特に選りすぐりの者が推薦され、その実力は“七人で一国と戦争できる”とも言われている、超エキスパート集団。
魔族のトップ層と競っても引けを取らない個人の力量、種族に対する忠誠心から、アッシュ統一機構においても最危険因子と評価されている。
まさか、ミルフィがそんな所を目指していたなんて。
「はは、そろそろ時間かも。行こっか、うさぎ」
彼女は誤魔化すように立ち上がって、俺のお腹をひっつかんだ。
伝票の横に彼の注文分までの銀貨を置いて、軋むフロアをそそくさ抜ける。
日の当たる場所に戻り、人気のない樹の下まで行って俺は、隣で首を回す少女に話しかけた。
「さっきのどういう意味だ。聞いてないぞ」
「言ってませんでしたから」
「超勇者はどうなったんだ?」
「夢と目標は違うんです」
彼女はどこか、冷えた様子で俺に告げ、始まる実技の試験に向けて膝をゆっくり曲げ伸ばした。
傾き始めた太陽の日が、木の葉の間に柱を作る。
荒唐無稽で手の届かない、生きる原動力が夢。目標は現実に目指すもの。
そういう考えなのかなと、彼女の気持ちを推し量る。
「大丈夫さ、お前ならなれる」
俺は無責任にそう言って、丸太を背負う彼女を見やった。
「なりますよ」
ミルフィは答える。
「超勇者だって何だって、気合でなんとかしてみせます!!」
ぐっと両手を握って振るう、無邪気な笑顔と裏腹に、俺は彼女の運命を捻じ曲げてしまう罪悪感から、伏せるようにして目を逸らした。




