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1章 SideL 2-2


 ――ザニアの町の中心街。

 食料店や装飾品屋が立ち並ぶ煉瓦のストリートから、やや東に外れた位置にある試験会場へと向かって歩く。

 天気は快晴。風は涼しく、人口数千人規模の小さな町ながら公道は人で溢れていた。

 

「しかし、一夜明けても凄い騒ぎになってるな。『ブラン・レジナルド』の件は」


 切り株を背負ったミルフィの、羽織るフードから顔を出し、周囲を見回して言う。

 時差的に、ブランが王位に就いた報告がなされたのが丁度昨日の昼。

 それから丸一日経ってなお町中は彼女の話で持ちきりで、学の無さそうなゴロツキまでもが此度の騒動を利用して儲けを企む程であった。

 ――当然と言えば、当然である。

 世界から国が……それも政治的に超重要な地位を占める反社会的国家が消滅し、その破壊者張本人が敵対種族の親玉かつ少女。こんな事態が世間の注目を引かない筈がなく、各種メディア(とはいっても新聞と全国放送くらいなものだが)こぞってこの件を大ニュースとして取り上げ、わずか一晩で飲み屋のネタにまで定着したのだ。


「そうかもですねー……」


 ミルフィは、否定とも肯定ともとれない複雑なトーンで答えた。


「どうした。まだ自分が一面飾れなかったからってスねてんのか?」

「別にその、世間から知られない中で善行を積むっていうのも格好いいから別に良いんですけど……」

「なら何が不満なんだ」

ジリール(あそこ)は私が潰すつもりだったんです。でも先を越されちゃったみたいで……」


 顎を突っ張り、少し頬を赤らめながらミルフィはそうのたまった。

 冗談にも似た自虐の台詞。

 雰囲気的には、田舎の高校球児が「メジャーリーガーになります!!」って言っているようなものだと、俺は彼女の声色から感じ取った。

 本人も出来る事と出来ない事をわかっていて、もし、奇跡的な何かが起こったら……みたいなニュアンスの中に、それを自分と同年代の子が成し遂げたという事実が、無い胸を強く揺さぶっていた。

 ……と、いうか冗談でもオソロシイこと言うなこいつ。

 

「きっとお前さんにも出来るさ。なんせ俺が付いてるんだからな」

「ハイハイ……信頼してますよ♡」

「嘘つけ」

「ほんとですー」


 背中越しでもわかる、人を小馬鹿にしたニヤケ顔。

 まるで俺の事を信用していないような態度だが、そうではない。

 本当にバカにしているのならば、もう丸二日も律儀に俺の言いつけを守ってあんな切り株を背負い続けている筈がないのだ。

 つまり――ミルフィはナチュラルに“これ”。何ともタチが悪い――が、間違いなく大物の素質である。

 

「そろそろ着く頃だな」


 カラフルな町に目を奪われている間に、俺達は目的の会場近くまで到達していた。

 筆記を受けるための集会所と、実技の為の金網コートが一体となった施設が、遠くの方にぽつんと見える。

 ミルフィはそれを確認してから、野菜でも引き抜くみたいに俺の耳をガっと掴み、正面にぶら下げ薄目を近づけた。


「はい。それじゃ、試験中は持ち込み禁止なので。うさぎさんは鞄の中でジッとしててくださいね。……わたしのこと、心配になっても出てきちゃ駄目ですよ?」

「わーかってるよ。それよりお前さん、本当にこんな方法で良いのか? 勧めといて今更言うのもアレだが、結構悪い事だぞカンニングは」

「何を今更チキってるんですか! 大きな正義を成すために、小さな悪はやむを得ないんです。偉い人だってみんな桜の木を切り倒して成長していったんですよ」

「あっ……そう。結構ノリノリなんだな」

「というわけで、グッ☆バイです!」


 ずぼっ!

 悪い笑みを浮かべるミルフィによって、俺は無理やりバッグに詰め込まれた。

 書類やら筆記具やらの間にむぎゅっと押し潰されて、閉まるチャックに耳が挟まる。

 

「痛ッた!」

「根性で耐えるのです!!」


 ――こいつ、絶対日頃の恨みこもってやがる……。

 私怨に満ちた俺の歯ぎしりを、ミルフィの口笛が軽く吹き消す。

 ゴムの香りに包まれた暗いバッグのその中で、俺はひたすら光を望み、ミイラの如く固まっていた――――

 

        ◆

        

 ドレミで言えば“ソ”にあたる、甲高いチャイムの一音が広い教室に響いた。

 幾人かのため息、舌打ち。机の紙をめくるノイズ。

 俺の真上で座る少女も、だらりと両手を伸ばしたみたいで、椅子の縁に手根骨しゅこんこつの当たる音が聞こえる。

 係員の指示の後、エレベーターが急停止した時のような、ふわりと体が浮く感覚。そこから横開きのドアが開き、閉まり、重い丸太を背負った後、やや駆け足で温度の違う部屋を抜ける。

 ――なんとか、テスト終了までやりきったみたいだな。

 

  俺がミルフィに指示した方法はこうだ。

 まず服の内側……襟の所と、袖に縫い目のポシェットを作る。その中に薬包紙で作った手のひら大のカンニングペーパーをナンバリング付けして重ねて入れておき、科目ごとにページ数を確認し、引き抜く。後は手で顔と紙を隠しながら答えになる箇所を書いて、試験委員が近づいたら――紙を食べる。

 薬包紙は口の中で溶けるから証拠が残らないし、試験官は明確なカンニングのムーブが無い限り取り押さえることが出来ないように指導されてるから、まず捕まる事は無い。試験中は口と手が近い位置にある以上、隠し直しのタイミングで焦る必要もないし、試験後に怪しまれないようポシェットの裏紙だけ剥がして捨てちまえばもう完全犯罪だ。

 無論、これは○×式の知識を問う内容がメインのテストゆえに取れる方策であって応用の効くものではないが、形式によっては絶大な効果を発揮すること間違いなしだ。

  

 日の暖かさが、暗い鞄の生地を通して伝わってくる。

 待ち望んでいた、ジッパーの開く音。数時間ぶりの光と体が動く感覚に、俺はややはやりつつバッグを飛び出した。

 ふるふると大きく頭を振って、耳を回して飛び上がる。

 この「耳で飛ぶ」という感覚、ガレットピアに来たての頃は違和感があったのに、今では人差し指を動かすのとほぼ変わらない感覚で出来るのだから、慣れというものは恐ろしい。

 

「んっ……はぁ~息苦しかった。頭からトリュフでも生えて来るかと思ったぜ。で、どうだった? ソッチの方は」


 満を持して聞くと、ミルフィは黙ったまま右手でVサインを出した。

 ニカッと笑う面構えから、罪悪感は感じられない。……目標を達成する事が彼女の一番のポイントだったのだろう。

 

「いやぁ……緊張しましたよ。私以外みんな同級生でフレッシュだから、周り全員敵に見えましたね」

「自業自得だろう。でもお疲れさん」

「ふへへ。ちょろいちょろい」


 ふにふにと二回、滑らかな頬を肉球で撫でると、ミルフィは目を細めてはにかんだ。

 その時。

 

「あっ、やっぱりミルせんじゃないッスか。お久しぶりっス。ウス。」


 聞き慣れない、だらけた声。

 さっと振り返った先から、小さく手を振り少年が駆け寄ってくる。

 背はミルフィより少し高いくらい。パーマがかった茶髪と垂れ目が印象的で、若さと薄幸さを感じさせた。

 

「うわぁっ、ゼルくん。久しぶり……」


 小さな歩幅で近づく彼から視線を逸らして、ミルフィはバツの悪そうに口角を上げた。

 知り合い……というか、スクールの後輩なのだろう。今年卒業と考えれば彼は14歳……ミルフィの2つ下なら、それなりに絡みがあってもおかしくはない。

 ミル先というのも『ミルフィ先輩』の略と考えればすんなり納得できる。

 それより彼女が嫌そうなのは。


「先輩。なんでテスト受けに来てるんスか?」


 ――と、こうなる事を予測していたからだ。

 自分の2個上の先輩が同じ試験を受けに来ていたらこうやって聞きに行きたくもなる。

 14歳という年齢を考えれば、「気を使え」と強制するのもやや気が引けるし、彼の少しおちょくった雰囲気からして、下手な理由を付けて見抜かれると厄介な事になるのは間違いなかった。


「え、いや。あの……それは!」


 やはり何も考えてなかった様子で、あわあわと両手を振るミルフィ。

 俺はその哀れな様子を見て、助け舟を出してやることにした。


「『テイム』の修練をしていたから、その分受けるのが遅れてしまったんですよね。ご主人様」


 『テイム』とは、人の言語を喋れない魔族や動物との“会話を可能にする”魔術である。

 大手を振って人前で喋れない事が不便でしかたなく思っていた俺は、彼女が俺みたいな生き物と普通に会話出来る事にしてしまえば良いという方策を思い付いた。

 幸い、テイムは四等級魔術ながら、術者との相性次第で小さな子どもですら会得することが可能で。逆に、どんなに熟練した者でも出来ない者には出来ないという、クセの強い魔術でもある。

 俺の意図に彼女も気付いてくれれば良いのだが……。


「ご主人様ぁ!?」


挿絵(By みてみん)


 流石にそうはいかないか。

 素っ頓狂な声と共に、ミルフィは驚きと嘲りの表情をこちらに向けた。

 俺は彼女の上着をぐいと引き下ろし、“ゼルくん”と呼ばれた少年からは見えないようにして「良いから話を合わせろ」とだけ呟く。

 ミルフィはそれでも小さく頷いて、得意そうな顔を繕い向き直った。


「あ……そうそう。そうやって呼べって言い付けておいたんだった。ねー“うさぎ”」


 ウサギの名前はうさぎなのか。

 どこぞの元プロボクサーかお前は。


「テイムって、あの魔術ビリケツだったミル先が!?」

「そ、そうなの!! 悪い?」


 酷いとは思っていたがまさかビリだとはな。初耳だぞ。

 うまく体面を作ってはいるが、赤く焼けた首筋を伝う脂汗が、その真実性を証明してしまっている。


「いや、悪くはないですけど、意外でしたわ。先輩こんな可愛い感じの魔族手なづけて……もっとカッコイイ系のが好きだと思ってましたし」

「本当はわたしも、もう少しカッキーンな感じの子が良かったんだけど。この子に“どうしても”って泣いて頼まれちゃってね」


 こいつ、ここぞとばかりに捏造しおって……。


「へぇ。でもこんな見た目で戦力になるんですか? ミル先が直接殴った方が強いでしょ」


 と、そこで彼は俺の事を指差し、斜に構えた口ぶりでオレンジ色の瞳をぐっと凝らした。

 その疑問に、ミルフィは「うーん」と首をかしげて喉の奥を鳴らす。

 彼女もまた、俺の物理的な力に関しては懐疑的のようで……って、当たり前か。

 ――丁度いい。やっと体にも慣れてきたところだ。コイツには軽く実験台になって頂こう。

 

「少年」


 俺は小さく呟いて、彼の視線を斜めにずらす。

 一度のまばたき。

 息継ぎの境界線。

 体の筋肉が強ばるその一瞬の隙をついて、俺は右側の耳をふんわりと凪いだ。

 長いモコモコによって成された小さな風圧が、硬い短パンの布地を揺らす。

 喉がもたげた瞬間既に、俺の振り抜きは終わっている。

 

「え……」

 

 本来なら1秒前に発していたであろう一声が、喉から紡がれたその時には。

 少年の背にじんわりと、硬土の冷気が染みていた。

 

「……やばい。空が青い」

「素敵なコメントありがとう」


 ぱふぱふと左右の耳を叩き合わせて、俺はミルフィの肩へと戻った。

 肌の表面を伝うマナの流れを物理的にコントロールすることによって、手を触れずに人を転がす、ある種の“手品”。

 熟練した者なら容易に可能なコレが、今の俺に“出来ること”の精一杯だった。体重も軽くサイズが小さい以上、魔術を除いた部分だけで測っても、戦闘力は人間状態の1/100以下と言わざるを得ない。


「うさぎさ……じゃなくてうさぎ、それわたしにも教えて!!」

「まだ駄ー目です」


 ぎらぎらと目を輝かせるミルフィに釘を刺し、俺は少年の手を掴んで引き上げた。

 痛みや怪我の無いようなかけかたをしたつもりが、妙に背中を気にする彼の仕草に、自分の未熟さを思い知る。

 

「いやーびっくりしました。めっちゃ強いっスね、ミル先のうさぎ」

「えへへ。そんな事無いって」


 後輩からの称賛を受け、ミルフィは照れくさそうに後ろ髪を撫でる。

 彼女もこれで、面子を保つ事ぐらいは出来ただろう。後で感謝の気持ちとしてタバ……キャンディでも買ってもらおうか。


 生暖かな風が、大きな木陰を吹き抜ける。

 ゴウンと正午を告げる鐘の音が、俺達のいる地面を揺らした。


「っと……そろそろ成績が出る頃っスね」

「あ、うん、そうだね」


 切り替えるように言う“ゼルくん”に、ミルフィは曖昧な返事を返す。

 テストである以上、どんなやり方をしても落ちる可能性はあるのだ。

 じりじりと地面を擦るスニーカーの動きに、緊張の色が現れている。


「先輩、受験の番号教えてもらって良いっスか?」


 彼は唐突にそんな事を言って、点々とタコが有る右手を差し出した。

 試験員から渡された番号札を貸して欲しいという事だろう。


「良いけどどうして?」

「知ってるヤツ何人か居るっぽいッスから落ちてたら恥ずかしいでしょ。自分、先輩の番号も見てきてやるっスよ。向こうの喫茶店で待っててください!」


 そう言って、彼女の手から黄色のプレートをひったくるように奪い。二人分の番号を持った彼は校舎に向かって駆け出していく。

 赤茶の服が点になり、入り口を抜けたのを確認してから。

 

「今さら気遣っても遅い……というか、私やっぱ落ちると思われてたんですね……」


 後に残されたミルフィは、呆れたように呟いていた。


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