1章 SideL 2-1 嘘つきは冒険のはじまり
――ピュロ村から北に50キロ。《ザニアの町》。
冒険者の第一歩としてミッション――派遣業務を受任する為、俺とミルフィは商会へと足を運んでいた。
《ガレットピア》でいう“冒険者”とは、国家お墨付きの派遣社員のような職業の事である。
スクールか外校(教会)の卒業試験をパスした者全員に資格が与えられ。世界各地を周りながら、危険な物産の仕入れや臨時の付き人などをこなし、提示された額の報酬を貰うのが基本的な業務内容だ。
――もっとも、そのうち1割は税で所属の国に、3割は紹介料として商団に持っていかれてしまうから、新米冒険者が満足な生活を送ることはそうそう出来やしないがな。
その代わりと言っては何だがこの職業、福利厚生の面はかなりしっかりしている。冒険者認定証を提示するだけで宿は3割の価格、世界連合提携の商店の物は5割引と、衣食住に関しての保障はそれなりに出来ているとも言えるが、『マッチポンプだ』という批判も少なくは無い。
そんなこんなで厄介な面を抱えてはいるものの、この世界の人口のうちおよそ1/70の人間が冒険者で有ることを考えれば、職業としてはマジョリティに近い地位を確立していることは間違いないわけで。
少し大きな町になると物騒な武器を担いだり鎧のままウロウロしてる連中も少なくはないのである。
そんな中。
「あの……うさぎ、さん」
「俺のことはコーチと呼べと言っただろう」
周囲の人に指差されつつ、受付のあるレンガ造りのロビーをミルフィはぎくりしゃくりと歩いていた。
俺はジャケットのフードの中にすっぽりと丸い体を埋め、ぬいぐるみのフリをしながら小声で彼女と言葉を交わす。
「じゃあ、うさコーチ……」
「どうしたミルフィ。お手洗いなら向こうだぞ」
「違いますよ!!!」
大声を出した瞬間。40人ほどの視線が一気に集中し、ミルフィの林檎のような頬が更に赤みを増す。
――“例の件”もあって、随分と人が多い。
項垂れるように下を向き、その場を駆け抜けた彼女は、1階の角の所で止まって俺をフードからひきずり出した。
怒りと羞恥に半べそをかいたままの顔が、眠気眼の俺を威圧する。
「あのっ、これ、めっっっっっちゃ恥ずかしいんですけど!!!!!!」
「そうか」
周囲に聞こえないよう声を押し殺した怒りが降ってくるのを、俺はひらりと躱して相槌をうった。
“これ”と言ってミルフィが親指を指したのは彼女が背負っている全長1メートルにも満たない太い丸太の事である。
「修行したいです、修行!!」と目を輝かせ迫ってきたのは彼女からであったが、それを背負って生活するように促したのは、当然、俺だ。
「『そうか』じゃないですよ!! こんなの背負って町中歩いたら変な人だって思われるじゃないですか!!!」
「俺は似合ってると思うがな、土方のマスコットキャラクターみたいで」
「全然褒め言葉になってませんからね、それ!! いくら修行だからって、外出る時とか寝る時くらい降ろさせてくれたっていいじゃないですか。これじゃあ肩が凝りすぎて腕が腰から生えちゃいますよぉ! それに……」
「どうせ肩こりに悩むなら、おっぱい大きくなった事で悩みたかったか――――
彼女の台詞を先読みした途端、俺を掴む握力が5倍くらいに膨れ上がった。
「それ以上言ったらお腹潰しますからね」
チッ、わかったよ。
本気で憎々しげな顔を見せられては、引き下がるしかない。
「でも、そいつを降ろすのはNGだ。最初に説明したが、その木は背負い続ける事で『背後からのマナ』を感じる為の訓練だからな。今は効果が実感できないかもしれないが戦闘になったら必ず役に立つ」
彼女が紐でおんぶしている木は、『クロブカツラ』。安価で売買される土木の素材だが、切り株になってもなお微弱なマナを放出し続ける事で、壁の緩衝材等に用いた時に絶大な効果を発揮する。
ミルフィにはこの木を四六時中背後に負って貰い、常にそのマナを感知するように申し付けてある。
ガレットピアに生息する魔族で最も種類が多いのは植物目であり、これはその『気配』に慣れる訓練なのだ。
「ホントですかぁ~? わたしが恥ずかしがってる所見て影で笑ってたりしてないですよね?」
「それもあr――――いたたた!! おなか! ボクちゃんのおなかが!!!」
ギュウウウウウ!!!
容赦ない強さで締め付ける両手のアイアンクローに、俺は短い手足をぱたぱたとバタつかせ、もがいた。
あんこ詰めすぎて口からはみ出してるタイ焼きの気分である。
日本なら動物愛護法で取り締まられてしかるべき残虐行為だが、残念な事にガレットピアにはそれに当たる法律が無い。
兎にとっては何とも不便な世界だ。
5分ほど問答したあたりだろうか。
パリッとした制服の受付嬢からミルフィが名を呼ばれた事により、俺はなんとか万力地獄から開放される事ができた。
中学の頃『太っていて気持ちいいから』という理由だけでお腹ブヨブヨ弄りまくっちゃった鈴木くん。ごめんな。今なら君の気持ちがわかるよ。
受付に座り、木枠に囲まれた窓から、妙齢の女性が差し出した書類をチラリと眺める。
委託書類にしては随分と薄い。
何かトラブルがあったようで、彼女の少し下膨れの顔には申し訳なさそうな雰囲気が張り付いていた。
「ミルフィ・アントルメ様……で間違いありませんか」
「はい。 “全人類の希望の☆(スター)”ミルフィ・アントルメですっ」
なんだその名乗り!? 役所のお姉ちゃんヒいとるじゃねえか!!
媚びた表情をつくり、食い入るように枠へと顔を突っ込んでいくミルフィは、初めての仕事にうかれきっている様子であった。
どくり、どくりと心臓をうつ音が背中ごしにも聞こえてくる。
期待げなその瞳とは裏腹に、ばつの悪そうな受付嬢から戻ってきた返事は、俺の想定の外にあるものだった。
「大変申し辛いのですが……、その、スクールの卒業手続きは終了しておりますでしょうか。すいません。今一度確認を頂けると……」
――は?
「あ」
ぽかんとアホヅラを晒した、お手本のような『あ』が、ミルフィの口から溢れる。
血色の良い肌から赤みがさっと抜けていく。
生唾を飲み込む粘ついた喉の音がはっきりと聞こえ。
嫌な予感が俺の脇腹をなぞりあげるのと同時、桃色の髪がしゃきりとバネ人形のごとく立ち上がった。
「す……すいません、ちょっと! ちょっと確認してきますね!!!」
一目散にロビーから外へ。
肩がけの刀を抜くような勢いで、俺をフードから振り出す。
力の籠もった両手が震え、冷や汗を頬にたっぷりと添わせたミルフィの顔面がぐっと迫っていた。
やっぱり、こいつ……
「うさぎさん……卒業証明書ってどんな用紙で出来てるんでしたっけ?」
――解決法がズルい!!
「知ってるからって教えてやるわけないだろうが……。なんで終業してすぐ卒業試験を受けなかったんだ」
ガレットピアのスクール卒業検定は通常、14歳で卒業したその月にみんなで受けるという流れが半分慣例になりつつ有る。
が、ミルフィは何やら理由があって、それをサボっていたみたいなのだ。
卒業検定を受けていないということは、スクールを出て居ない事とほぼ同義であって。
つまり今、彼女は学歴職業共に無しのプー太郎状態というわけだ。
「いいですか、人には時として卒業より大事な物があるのです」
「悟ったような目で言ってもお前さんが無職な現実は変わらないけどな」
「え? 喋って飛べる“だけ”のウサギがそれ言います?」
――辛辣!!
確かに“あっち”の俺は皇室おかかえの執事だが、こっちの俺はタダのウサギである。
否、その気になれば何かには成れる筈――今の地位に甘んじているだけで俺はきっとそう。今のポジションのままが一番やりやすいからワザと一介のウサギを演じているにすぎないのだ……多分。
「とりあえず、やらなかったモンは仕方ねーからな。丁度この時期は夏季卒業の連中も居るだろうし、今週末にでもテスト受けてくるしかないだろう……ま、今週末の試験日って明日だけど」
「うぐっ、そう……ですね。何とかなりますよね。わたし一回スクール出てますし!! 実技は得意だったので!」
「学科は?」
「……」
空元気が、みるみるうちに萎んでいく。
わかりきっていた事だがこの娘、頭を動かす分のエネルギーが全部手を動かす事に行ってしまっているタイプなのだ。
ゆえに使える魔術の種類も極めて少なく、正直スクールを落第しなかった事だけでも驚きである。
「定価で宿とって、帰って勉強会だな」
呆れる俺の提案に、ナマズの如く口をひん曲げてガクガクと頷くミルフィ。
やる気は無さそうだが、試験を受ける気にはなってくれた……のだろう。
俺は再びフードにもぐり、長い耳でぺちぺちと桃色の髪を叩く。
正直不安しかないが、俺はこんな所で足止めを食らうわけにはいかんのだ。
両腕をだらんと下げ、口の中で恨み節を呟く少女は、朝酒飲んだ中年の如く、通りの端を窮屈そうに歩いていった。
◆
一泊4500ミュルクの安宿を借り、年期の入った机の上で教本を開かせる。
ここは町の中心から外れているゆえに(こういっちゃ何だが)客も少なく、勉強にはそこそこ適した環境であった。
二年前の記憶がどれほど残っているのか、ひとまず巻末の模擬テストでも……と思った矢先。
痙攣する手でペンを持つミルフィの腕に、ゾクゾクゾクっと鳥肌が走った。
折々でうめき声を上げつつ、用紙にインクを擦り付けていく。
まるで生死を行き来している様な表情のまま、規定時間の2時間が過ぎ……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。やっと、終わりましたぁ。あ゛ーまったく、どうして冒険者やるのにお勉強出来なくちゃいけないんですか! オカシイですよ!!」
椅子から飛び跳ね、丸太もろとも地面を転がるミルフィ。
序盤とは打って変わって、終盤はかなり集中していたように見えたものの――
「おかしいのはお前さんの点数だよ。どうやったら二択問題で5割切れるんだ」
結果は71/150。合格点の8割には遠く及ばない酷い結果であった。
正直、最後まで書ききっただけで彼女にしてはよく頑張ったと言いたい所だが……流石に、酷い。
「いや、この問題引っ掛けみたいなの多くて、作った人の性格超☆ひん曲がってますよね!? ここの『五等級以上の魔術を発動する場合には必ず地域魔術局の許可が必要である』とか、『必ず』って入ってるし緊急の時には使って良いから普通は答え“バツ”じゃないですか!! なんですか答え“マル”解説は『設問の通り』って、解説放棄してますよねこれ!」
そう言ってミルフィは自分の問題用紙を恨みを込めて力強く叩いた。
出来ないヤツほど一部の悪問に文句を垂れて、本筋の自分の力量を上げようともしないというのは、何とも見苦しい物である。
「公用語が喋れてれば十分読み取れる範囲だ。クセはあるにせよ、解けない問題は無いぞ」
「いーや、うさぎさんだって解いたらわかります!!」
「さっき隣で同じ問題やったが半分の時間で俺は満点だった」
「キモっ!」
――出来た人間に対して失礼ではあるが、確かに俺がミルフィの立場だったらそう言ってしまうだろう。
不貞腐れ、ネックスプリングで床から跳ね起きたミルフィは、水を得た魚の如く狭い室内で空気を殴り、口を開く。
「……いいんですよこんな○×クイズ出来なくたって。冒険者に必要なのはパンチとキックと根性なんですー!」
「出来なくていいわけ無いだろうが。『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず。されば賢人と愚人との別は、学ぷと学ばざるとによって出来るものなり』って言葉があってだな」
「うわ……、誰の言葉ですか?」
「俺の親父」
「随分と説教臭いお父様ですね……。息子さんの性格がこんなのに成ってしまったのも頷けます」
――こんなので悪かったな。おかげで苦労してる自覚は有るがパパを恨んだことは無いぞ。
俺は拗ねた様子で備え付けの焼菓子を二三枚ほおばり、喉を鳴らして飲み込んだ後。ミルフィの頭にちょこんと座って低めの声を少し、うわづらせた。
「ま、とりあえずこれでお前さんの実力はわかった。試験は明日だし、今日の所は打ち止めにして、合格の前祝いって事で飯でも食いに行こうじゃない」
提案に、少女のなだらかな喉が上を向く。
「えっ……何もしないんですか?」
飛び上がる俺を下から見つめ、ミルフィは不安そうに眉をひそめた。
根は真面目、なんだけどなぁ……。
「そんなにお勉強がしたいのか? いいぜ、朝まで付き合ってやるよ」
「ああ、いやいやいや!! でも、だって、このまま行ったら絶対受からないですし」
「自覚してるじゃないか。ついでに勉強しても受からないって事まで察して欲しかったがな」
「じゃあ、どうするんですか?」
空色の大きな瞳が、きょとんとその場でまばたいた。
期待8割、疑い2割の視線が俺を射抜く。
少し間をとり、ゆっくりと、耳の回転を抑えつつ少女の前まで降りていき。
「――当然、正々堂々カンニングさ」
俺は悪びれることもなく、そう告げた。




