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1章 SideL 1-2

 

「えへへ。ココがわたしの“今の”お部屋です」

「ああ、そうか」

 

 と、俺は当たり障りの無い返事をするしか無かった。

 なにせ、目に付くものといえばシングルベッドが一つと、服やらをしまう棚。それから、何冊かの本が積まれた机が一脚と、大きめのリュックが一つ。

 

 それだけ。

 

 とても、年ごろの少女の部屋とは思えない造りに、彼女が店前でどもった理由を察してしまう。

 

「あっ! 良いんですよ。そんな気使わなくて。ゆっくり、くつろいで下さい。……なんて、わたしの家じゃないですけど」

 

 腕からぴょいんと抜け出した俺に向かって、笑顔で両手を振るミルフィの、瞳の奥に寂しさを見る。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

 そう言いつつ、ごろごろと床を転がってみせた。

 使い込まれていない木の感触が、ひんやりして気持ち良い。

 俺のプリティな仕草に和んだのか、少しだけ彼女の顔から緊張の色が抜ける。

 今なら、話せるか。と思った矢先、彼女の口が先に開いた。

 

「《星懸かりの証》……ですか?」

 

 俺の動きが、止まった。

 

「……話が早いな」

「色んな人に、言い寄られましたから」

「だろうな」

 

 《星懸かりの証》というのは、言ってしまえば“突然変異”の一種だ。

 元の世界でいう所のアルビノだとか、オッドアイみたいなのと同じで、ガレットピアではごくごく稀に、身体の一部に女性の乳房の形をした紋章を持つ者が生まれる。

 ――『乳房』というのは、俺が勝手にそう言ってるのではなく、実際どの文献でもそういう記述になっているのだから、仕方がない。

 伝承では、その証を持つ者は『大いなる力』を秘めているだとか、災厄の前触れだとか伝えられ、良くも悪くも人知を超えたナニカ、として認識されている。

 これにより、《星懸かりの証》を発症した者はたいてい、神聖シュマーレン帝国の大聖堂に聖職者として就職し、大神官のお膝元で余生を終えると言われているが――実際、何をさせられているかは一般人の知る所ではない。

 

 彼女はその、証を持つ者の一人なのだ。


 挿絵(By みてみん)


「うさぎさんも、わたしを連れ出しに来た、どこかの回し者なんですか?」

 

 窓際で、ティーカップに紅茶を注ぐミルフィの背中が、震えている。

 

「教会? 魔族? それとも……ジリールの奴隷売りさん?」

「まさか。キミは俺が、そんなおっかない連中の手先だと思ってるのかい?」

「じゃ……どこから」

 

 床の上に置かれたカップを倒し、中身を一口すすった。

 ――シブい。全然美味しくない。が、ここで苦い顔をするのは格好悪い気がして、俺は精一杯のニヤケ顔を作って、言い放つ。

 

「見りゃわかるだろう?おとぎの国さ」

「……」

 

 反応は、無し。

 どうやら盛大に、スベってしまったみたいだ。

 と思ったら、ミルフィは少し考えた後、急に小さく吹き出して、慌てる俺を持ち上げた。

 一人と一匹。向かい合わせるように仰向けで寝転がった彼女は、気持ちよさそうに俺の腹を弄り、笑っている。

 

「何がおかしい?」

「うさぎさんの……顔がおかしいです」

「やはり失礼だな君は」

「でも、悪い人には見えません」

「だろうな。なんせ、人じゃないんだから」

 

 ――そういう意味じゃありません。と俺を諭し、立ち上がったミルフィの足取りは、平時の余裕を取り戻したみたいだった。

 ぼすん。とベッドの上に腰を下ろす。

 そのまま膝の上に俺を乗せ、少しためらった様子の後、彼女は天井に話しかけるように口を開いた。

 

「わたし、旅に出たいんです」

 

 ――今までの会話の中で、一番はっきりした言葉だった。

 

「旅に出て、悪い魔族を倒したり国を救ったりして、色んな人に感謝されて――」

 

 彼女の語気が、徐々に強くなる。

 

「みんなが笑顔で暮らせて、争いは無くならないかもしれないけど、それなりに平和な世界になって」

 

 ぎゅう、と、抱きしめられた腹が、締め付けられて少し痛い。

 

「平和の象徴として私の巨大な銅像が、あちこちに建造されて、メディアへの出演も増えて」

 

 ――ん?

 

「自叙伝で一発当てた後は愛する旦那と世界全土を回るクルージングを慣行、優雅なマダム生活ののち、再び観衆の前に颯爽と姿を現し」

 

 はぁ……。

 

「そして政界にエントリー! あらゆる業種を牛耳りつつ、裏では法でさばけぬ悪を排除する成敗人として大活躍!」

 

 がたり、と跳ねる様に立ち上がった。

 

「そうしてわたしは念願の――『超勇者』になるんです!」

「あぁ……そう……。良いんじゃ、ないの?」

 

 凄く真剣ゆえ、ツッコみもできない。

 俺がお前の親父だったら張り倒してるが、所詮は他人である。

 それに、こういうのを無理に否定する事がどれ程迷惑かは、自分の経験上よーくわかっているつもりだ。

 何より、“彼女を冒険者にする”という俺の第一目標から考えれば、まさに願ったり叶ったりの心意気ではないか。

 

「むぅ。あまり反応が良くありませんね……。まさかアルディーノヴァを知らないなんて事は無いでしょうし……?」

「何だ、それ」

「ご存じない!!!!」

 

 うるさい。

 タダでさえ大きな目を更に見開いて、オーバーに驚く顔までうるさい。

 

「あの、30年に渡ってお茶の間の子共達を魅了して来た超☆国民的特撮番組『超勇者シリーズ』を! ご存じない!! 第21代目にして最高傑作と名高いアルディーノヴァを!? はぁ゛~呆れた。人生の99%損してますよ。それ」


 キミの99%がその番組なら、俺は知らなくて心底正解だったと思う。と、言い返そうとする間に、彼女はごそごそと大きなバッグを漁りだす。

 ――そこまで時間をおいて、頭の端にひっかかってた記憶がようやく戻ってきた。

 『超勇者シリーズ』……《ガレットピア》全土の人間に向けて放送されている、勧善懲悪プロパガンダ番組。みたいな記述が資料の文化の項目に、確かにあった。実物を見たことは無いが、かなり子供向けの内容って事で間違いない筈だ。

 とはいえ、俺が調べた事あるのはせいぜいタイトルまで。

 実際の所、俺の研究はこの世界で生き抜く事に特化するあまり、細かな娯楽関連までは手が回っていないのだ。

 各村ごとに置かれているマナポートを通じて、大国から一方向的な放送が行われている事は知っているが、その内容についてまではおぼろげにしか理解していない。

 

「あったあった……。一度しかやりませんからね。よーく見てて下さいよ……」


 そう言って、中から取り出した真っ赤なブレスレットを、左腕に巻き付けるミルフィ。

 ちらりと見えたバッグの中は、カラフルな人形やらで埋まっており、俺に突発的な眩暈を起こさせた。

 ――まさか、中身、全部アルディーノヴァのグッズなのか……?

 

「いきます……」

 

 哀れなウサギのささやかな嘆きには耳も貸さず、部屋の中央に仁王立ち。

 わざとらしく息を吸い、メカニカルな装飾の付いたブレスレットの、風車の部分に手をかける。

 ――あれが回って、周りが光るんだな。と一瞬でわからせる造りのそれを、彼女は恥ずかしげも無く右手でスラッシュし、叫んだ。

 

「豪……着‼」

 

 そのまま上下に伸ばした両手を、回し受けの様に一周させ、天に向かって右手を突き出す。

 

「アルディィィイイイイイイイイイ!!!! ノ゛ヴァ!!!」

 

 全力全開のシャウト。「ノ」の部分に「゛」が付いている所に、こだわりを感じた。

 

 やり切った表情のミルフィが、額の汗を拭い、呆然としたままの俺にドヤ顔を向けて感想を迫る。

 確かに、玩具のデキの良さや彼女の熱意は感じた。

 だが、これは正直……

 

「ダサい」

「なんですとー!!」

 

 ぷんすか、と頭から蒸気を上げ、ふてくされる彼女は、あろうことか性懲りも無く俺にアルディーノヴァのPRを続けてきた。

 

「良いですか! アルディーノヴァの変身は子供の心をガッチリ掴むキャッチーさと、玩具の良さを両方惹き立てる画期的な動きなんです。これは演出家のオグレリア氏が撮影中に偶然思いついた動きでですね……――何と言っても、主役のヴォルティのカッコよさ! 風来坊という設定ながら熱い心の持ち主で、時には敵のモンスターを助ける優しい一面を孕んだ……――伝説の23話、『炎の中の決闘』で、悪魔帝グライゼルと互いに人間の姿で感情をぶつけ合う殴り合いのシーンが……――スーツアクターのメッジーモさんの腹筋はもうめちゃめちゃ凄くて、マナを使わずベンチプレス150kgを――」


 ――気持ち悪ッ!? 何だコイツ!!

 よくもまぁ、ロクに知らない相手にここまでベラベラと語れるもんだよ!!

 …と、一瞬考えたが、自分にも思い当たるフシを幾つも思い出し、押し黙る。

 せめてもの救いは、顔をテカテカさせながら、さも楽しそうに身振り手振り付けて喋る相手が、可愛らしい少女である事のみであった。

 

「聞いてます!?」

「あ、ああ。続けてくれ……」

 

 興味の無い科目の授業よりかは幾分マシな時間を過ごすと、いつの間にか日は頭の上を通り過ぎ、静けさの残る昼下がりを迎えていた。

 

         ◆

 

「ふい~」

「満足したか?」

「ご清聴ありがとうございました……」

 

 満足げな表情でベッドに倒れ込むミルフィの隣にちょこんと座り、アクションの説明は結構面白かったな、と感想を告げる。

 子供がパン生地をこねる様に、もにゅもにゅと俺の耳を弄る手付きが、くすぐったい。

 

「なぁ、ミルフィ……ちゃん」

 

 暖かな西日を頬で受け止め、俺はバツが悪そうに口を開いた。

 

「呼び捨てで良いですよ」

「……じゃあ、ミルフィ。君はそんな風に思ってて、どうして村から出ようとしないんだ?年齢的にはもう、十分だと思うんだが」

 

 顔色を伺いながら、途切れ途切れの言葉を繋ぐ。

 歪んでいるとはいえ、これ程の熱意を持っている少女が、未だこの小さな村でこぢんまりとした生活を送っている事が、俺にはどうしても納得できなかった。

 何か、大きな理由があって言いづらいのかと思い、聞くのをためらっていたものの、やはり心のさもしい部分が疼いてしまう。

 それに、俺が元の身体を取り戻す為に彼女の協力は不可欠であり、その為にもミルフィには旅に出て貰わねばならないのだ。

 ここは聞いておく必要がある。

 

 少しの間をおいて、唇をもじもじとさせたミルフィが、呟くように語り出した。

 

「――わたし、お父さんが冒険者なんです。だから、わたしがこの村に残ってないと、お父さん…帰って来る場所、無くなっちゃいますし」

 

 それだけか、と言いかけて、それだけじゃないからこんなにも歯切れが悪いのだと、俺は彼女の態度から悟った。

 村から出ない言い訳として父を使ってしまう事に、罪悪感を覚えているような、悲しげな表情をしている。

 真っ白なシーツの上で、小さな胸がちくちくと動悸していた。

 

「村の人の事も、あるしな」

 

 俺はそう言って、彼女の逃げ先を増やす。

 心の中では既に、『どうやって本心を聞き出さずに彼女を連れ出すか』を、考え始めていた。

 その時だった。

 

 窓の外で突然、“ゴウッ!!”と唸る暴風が吹き抜けた。

 煉瓦造りの一室が、軋んで靡く。

 

「何だ!?」

 

 驚いて立ち上がった瞬間、床を跳ね上げるような地響きが走り、俺は坂の上のチーズの如くベッドの上を転がり落ちた。

 邪魔な前耳を後ろに投げて、バランスを取りつつ前へと進む。

 窓を見つめるミルフィの、小さな悲鳴が聞こえた。

 慌てて、耳をプロペラの様に回し、空を飛ぶ。

 半分だけ光の差す小窓をのぞき込み、絶句した。

 

 ――森が、抉られている。

 丁度、俺とミルフィが出会った辺りの木々が、根こそぎ吹き倒れて、丸い舞台の様な空間を作り上げていた。

 そして、その中央に居る生き物。ここから見ても明らかに巨大である事が解る、大岩の如きバケモノを、俺は知っていた。

 

「≪ドウマル≫だ……」

 

 ≪ドウマル≫とは、魔族の9分類のうち、竜王目――現世で言う所の“ドラゴン”に近いグループに属する、生物の種名である。

 全長15mにもなる巨体に、二本の前腕と四本の脚を持つ肉食動物で、言語を操る高い知能を持つ。

 何より特徴的なのが――

 

「……行かなきゃ」

 

 どん、と床を踏みぬく音が、俺の思考を一度断ち切った。

 振り返ると、鬼気迫る顔のミルフィが、震える身体を滾らせドアの方へと向かっている。

 

「何するつもりだ!!」

 

 窓枠を蹴って跳ね、背中からミルフィの首に耳を巻き付ける…が、そもそも俺と彼女ではサイズが違う為、制止力にはならない。

 鉄砲玉の如く廊下に飛び出しつんのめった背中に、精一杯の肉球でしがみつくと、少し硬めの生地で織られたオレンジ色のジャケットが、風を薙ぐ様にはためいていた。

 

「村の人達が安全に避難できるまで、何とかします!!」

「何とかって!?」

「ちょっと囮になるだけです! アイツの狙いは、多分わたしですから」

「ヤツの走行速度は時速70キロだ。どんなに必死こいて逃げても10秒も経たずに丸焦げのバーベキューだぞ!」

「御託は終わってから聞きます!!」

 

 階段を転げ落ちそうな速度で駆け降りる、脚が止まらない。

 勢いをそのままに、椅子や机を飛び越え、一気にフロアを抜ける。

 乱暴な走りだ。

 顔を見なくとも、彼女がヤケになっている事がハッキリと分かった。

 

「落ち着けミルフィ」

 

 俺は彼女を一旦止めようと、肩に登って身体を正面に回した。

 

「キミが行って、何が出来るって言うんだ」


 ――軽く、諭すだけのつもりだった。

 赤紫のドアの前で、ミルフィの身体がぴたりと静止する。

 爪を食い込ませ、綿が飛び出そうな程強く俺を握る両手が、わなわなと震えている。

 俺は彼女を批難の目線で覗き込もうと、影の差す方を見上げて。

 

 そこで、息苦しくなった。

 

 唇を噛み締める彼女の、ぎらぎらと眩く瞳の中に、鬱屈とした喜びが蠢いていた。

 

「出来なくても、やらなきゃいけない事があるんです」

 

 彼女は呻いた。

 喉から絞り出したような、必死さにも似た呟きであった。

 あまりにも幼稚な言い分が、俺の中に小さな怒りを沸き上がらせる。

 が、そんなひとがり――勇気と無謀は云々みたいな古臭い論など、彼女の前では意味をなさない事に気付いて、俺は圧し潰されそうなプレッシャーから、ゆっくりと目を逸らした。

 

「ありがとう……ございます」


 彼女は優しそうに呟いて、扉を開く。

 途端、高低入り混じった悲鳴が、四方八方から襲いかかって来た。


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