1章 SideN 2-3
次の日。
ご挨拶周りに明け暮れるブラン達と別々に昼食をとった俺は、『モズの間』と呼ばれる小さな部屋で、2人に昨晩の成果を発表する準備を整えていた。
会議室のような用途ながら絢爛豪華な内装を擁していて、向かいの壁一面のマジックボード……粉の出ない黒板のようなプレートが、非常に使いやすい。
俺はそこに昨晩映した地下通路の写真を何枚か貼って、教壇の上で寝転んでいた。
「すげぇ技術だな。これは」
手に持ったカタツムリ型のロボットを、ぽんぽん放って見つめる。
これは“電池”で動く自走メカで、商品名は“アレハンドロ”。目的地を設定し地面に置くと、自動的にそこまで向かいながら写真を記録、それを別売りのマナ・タブレットにリアルタイム送信してくれる、月面探索ロボのブラッシュアップ版みたいな機械だ。
俺はこれを何台も走らせて、今回の地下通路のルートを調べ上げたというワケ。
――ま、そんな性能云々よりコレを開発したのが人間の、小さな女の子一人っていうのが最大の驚きなんだがな。
三度のノックの後、金属製のドアが開いた。
俺が服装を正すのと同時、ブランとサントノーレが入室する。
サントノーレの方は昨日と同じメイド服だが、ブランの服装は正装のそれよりも華やかなライム色のタイトドレスで、明るさと若さの中に上品さを含んだ見目よい格好である。
――が。
「ほっぺに、ジャムついてるぞ」
「ふえっ!?」
昼のデザートに何か食べて、そのままにしていたのだろう。
ぷにっと膨らんだ右頬の上部に、赤いベリーの痕が残っている。
もしかしなくてもソレ、城に帰るまでずっと……
「どうして言ってくれなかったんだサリィ!!」
「陛下の可愛らしいお顔を存分に引き立てるという意味で、素晴らしいアクセントだと思いまして」
「それを本気で主人に言ってるならお前はアホウだ!!!」
――冗談で言ってるんだからよりタチが悪いだろう、とは、思っても言えまい。
仲の良い姉妹のような2人を中に引き入れ、指示棒を伸ばして頭を下げる。
「それじゃ、昨日俺が調べた結果だが――」
結論から言うと、俺が伝えられた判断は『かなり難しい』というひどく曖昧な基準のみであった。
地下室は入り口を入ってすぐ、道が二股に分かれていて、片方はお決まりの皇族用結界が張られた狭い通路、もう片方は何も障壁が無い広い通路になっている。
つまり、皇族用のルートと、それ以外の者が通る用の2つのルートが存在しているわけだ。
そして、皇族以外の者が通る広い道には道中無数の罠が仕掛けられており、これは相当な腕利きでもゴールの部屋まで辿り着くことはほぼ不可能と言っても良い。
逆にもう片方の道は、そういった障害はなく、最後の大広間までは問題なく到着することが出来ると思われる。
――が、その大広間が問題だった。
「こいつが、ロトマゴの書を守る大広間のガーディアンだ」
ぱち、と一枚の写真を指してのたまう。
そこには赤褐色の体をした、巨大な『何か』が映っているだけで、全貌が見えているモノは一枚もない。
しかし、数枚の部分写真を見ただけで、サントノーレは小さく首を傾げ、何か思い当たる節があるようにおずおずと口を開いた。
「ザオ・ベヒーモス……」
「大・正・解。景品に俺のキッスをあげよう。んーチュッ♡」
大げさにリップ音を鳴らし、短い手を振りキッスを飛ばす。
サントノーレはそれを冷たい瞳で見つめ、小首をかしげて躱すモーションをとった。
一拍置いて、鼻の奥から笑みが溢れ。俺はすぐさま向き直る。
「と、おフザケはこのくらいにして。サントノーレの言う通り、こいつは《ザオ・ベヒーモス》。350年前に開発されたマナを動力とした魔造生命体だ。といっても、ゴーレムのような完全無機物ではなく、その“ガワ”は神獣、《ベヒーモス》のモノを利用している」
「今は絶滅してしまいましたが、当時は大きなサイのような姿をしていたそうですね」
「その通り。正確にはトリケラトプスに近い生き物だがな。体長はおよそ15m、体重は200トン。全身に厚い毛皮と、腹部に装甲を持ち、体重操作の魔術と左右8本ずつ突き出たパイプ状の空気孔から溶解液を発するのが特徴だ。この溶解液は鋼鉄程度なら簡単に溶かしてしまう超酸性で、臭気を吸い込んだけでも死の危険がある」
「そんな恐ろしいのと戦わなきゃいけないのか?」
ブランの表情が、さも嫌そうな雰囲気を醸し出す。
「――ここまでが、《ベヒーモス》の説明だ。《ザオ・ベヒーモス》はこれに、全方位を見回す為の巨大な目玉が横腹に19個。接地時に爆破するミサイルのような角の発射台が四本。両足には高速化の魔術がかけられていて、マナを用いた飛行能力も備わっている」
――と、記憶しているが。実際に対峙した事がない以上、その実力は測れない。製造から数百年経っているとすれば劣化している可能性も十分考えられるし、逆に何らかの方法で空気中のマナを取り込み強化されているパターンもある。
「うぐぐぐぐぐぐ……これで、どれ位強いのだ?」
「今のブランじゃあ100人居ても勝てないだろうな」
「はぁ~」
ここまで伝えた上で、討伐に向かう当の本人はというと、机のへりに顎を乗せ、唇をプルプル震わせ唸っていた。
ま、勝てる気がしない情報しか与えていないから、勝てる気がしないのだろう。
「と、いうわけで」
俺は一度頭を下げて、教壇からぴょこんと降りる。
「頑張ってくれよブラン」
「何が!?!?」
当然、キレられた。
「ベラベラ説明すると気持ち悪いって言われるから、縮めてやったのに……」
「省略する部分に悪意しか感じない!! ダイジなのは“どうやって倒すか”だろうがあああ!!!」
バンバンと机を叩いて激昂するブランに、首を横に振り答える俺。
少しは有り難みをわからせてやろうと思ったが、流石にこれ以上は可哀想だな。
「わかった。それじゃあ心して聞くんだぞ」
「手短にな」
こいつッ!!!!
――まぁいい。これからブランにはしこたま骨を折って貰わなきゃならないのだ。
本人も時間が有り余っている訳ではないし、何とか最短でロトマゴの書を手に入れて頂こう――――。
◆
「と、言うわけで、持ってきて頂きました《ワラワラワンド》」
玉髄塔の裏庭の奥。皇族とその側近にしか知らされていない地下通路の入り口で、俺は自分の体より大きな杖を掲げ、ブランの正面に立った。
マジックアイテム、《ワラワラワンド》。……その名を聞いて分かる通り、ようは『対象者を増やす』道具である。
このワンドの先端、黒色の宝石を増やしたい人物の額に当て、マナを注ぎ込む。すると、その本人そっくりかつ、同質のマナを持った“虚像”が完成するのだ。
この虚像は作成に使った分のマナを消費すると消えてしまうが、物理的な干渉力を持ち、かつ本人に近い思考ルーチンで行動するように出来ている。
ブランしか入る事が出来ないならブランを増やせばいいという、何とも安直な考えとはいえ、戦いは数。普通は作成にかかるマナの量と、脳内魔法陣の生成難易度により使いこなせない者が多いアイテムであっても、コッチにはアッシュでも十指に入る程の天才、サントノーレが居るのだ。ブランの百体や二百体、数分もあれば錬成可能だろう。
「悪いな、サントノーレ。けっこう疲れると思うが……」
「問題ありません」
ぶん投げられたワンドを、サントノーレはがっしりキャッチ。
そのまま隣のブランに対し、影を落とすように一歩近づく。
怯え、ぶるぷると震える額に、ぼんやりと光りを纏った宝石が、軽く“こつん”と押し当てられて。
「「「「「「「「「「うわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!!!!!!!」」」」」」」」」」
瞬間、数百体のブランの姿が、庭を埋め尽くすかのごとく虚空から現れた。
とんでもない魔力量だ……って、驚いている場合じゃない。
「「「「「「「「「「いにゃ……ひやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
宮殿全てが揺れる程の奇声の大合唱を上げ、300体近いブラン全てが同時に両手で身体を抑える。
――忘れていた。
艶めかしい肌色の海が、俺の眼前に遠く広がる。
――この魔術で増やせるのは『対象の人物のみ』。
頬を染め、半泣きの瞳が一斉にこちらを睨みつける。同時、サントノーレが《サイレント》の魔術を全体にかけ。
――と、言うことは、当然。
音も出ないまま、口の中でうごめく柔舌の動きだけが赤くぢらぢら目に入る。
――造られたブランちゃんの虚像は、一糸まとわぬ生まれたままの姿というわけだ。
「なるほどね」
目の前に広がる、数百人の幼児体型を見た俺の一言目は、何とも失礼極まりないモノだった。
いや、仕方がない。ここまで来るとエロスを通り越してホラーだ。
狭い裏庭に詰め込まれた大量の全裸ブランはその細い手足すら入り混じり、ドールのボディを押しづめた出荷のダンボールの如き状態だった。
「この……クソけだまぁぁあぁあぁああああああ!!!!!!」
オリジナルのブランの怒号が響き、空中に浮く俺の正面に、握った拳がうなり迫った。
――見える。
身体を反らし、すんでの所を躱す。
つんのめった少女の背後にまわり、そのツヤツヤとした首筋に、柔らかな頬を添わせた。
「俺にパンチを当てようなんて百年早いぜ、ブラン」
ねっとり言い放った直後、背後に無数の気配を感じ……数分後には、幾人ものブランに引き回されボロボロになった俺の姿がソコにあった。
いやぁ、丈夫な素材で造られてなかったら今頃致命傷だったな。サンキュー悪の科学力、フォーエバー白衣の野郎ども。
そんなこんなで都合三百人、ポンチョのような黄色のマナ製簡易服を着たブランは地下室の入り口前で待機させられていた。
不満顔の連中は、洞窟の入り口のような四方2メートル程の門に、二列になって隊列を組んでいる。
口が動いているのに声がでないという現象はこちらとしても不気味ゆえ、《サイレント》の範囲を各人から空間に拡大、内部の俺達でだけ会話が聞こえるような状態にし、いざ出発という所で。
「なぁ、デュオ。まさかワタシが先頭で行くわけじゃないよな……」
オリジナルのブランが何やら不審な事を言いだした。
虚像の連中でできた列が、ざわつき始める。
「当たり前だよな! 本体が真っ先に行ってやられたら元も子もないもんな!!!」
冷や汗をかきつつ後ろに下がろうとするオリジナルブランちゃんの袖を、数人の虚像が掴まえた。
人身御供にされる側からの無言の威圧に、本人はややたじろいで先陣を切るハメになる。
緊張というか、行きたくない気持ちをぐっと堪えている感じが、傍から見てよーくわかる。
――こういう性格的な部分も含めてこのアイテムというワケなんだろうな。
「しかし陛下、いくら300人とはいえ御一人での戦闘というのはやはり心配でございます」
気がかりな雰囲気を醸しつつ、サントノーレはブランの隣へ進み出る。
支離滅裂な発言に聞こえるが、何一つ間違った所はない。
ブランは「ならお前が行け」とでも言いたげな視線を彼女に一瞬向けるが、その真剣さを感じ取ったのか小さくため息を付いて、東尋坊の如きなだらかな胸を張った。
「大丈夫だ、ワタシは臣下とした約束は必ず守る。何が有ってもロトマゴの書を取って帰ってくるから、サリィとデュオは夕食でも作ってゆっくり待っているがよい」
はにかみを見せ虚勢を張っても、腕の震えが治まっていない。
サントノーレはそんな少女の肩に長い指を添わせ、ぬくもりを届けるように軽く抱きしめた。
――多分、ブランがまともな戦闘をするなんて事自体、初めてなのだろう。
こういう所を見ると、なんだかんだ従者と主人という感じがして、新参者の俺は入りづらい。
「ま、俺も行くんだけどな」
ぼそっと呟くと、ブランの背だけが一瞬ためらうみたいに跳ねた。
首だけ回して振り返る表情には、疑問の色が張り付いている。
「そんな、お前アレはワタシしか通る事出来ないって……」
「生体反応付きのバリアが有るのに、俺がどうやって城に侵入出来たか考えたこと無かったのか?」
首をかしげた所に、正解をくれてやる。
「俺の身体にマナは通っちゃいない。もっと言えば、命の灯だって燃えてない。正真正銘タダのぬいぐるみ。ちっと丈夫でよく喋るだけの、取るに足らない子供のオモチャさ」
「そん、な……それで、生きていられるはず……」
「そこん所は俺も研究中だ。いつか結果を出してやるから、聞きたかったら今日死ぬ訳にはいかねーな」
そう言ってウインク一つかますと、俺はブランの肩をぎゅっと握って、羽ばたきと共に連れ立った。
サントノーレに手を振って、虹色の膜をすり抜ける。
――それじゃあ見させて貰おうか。《混沌の皇女》の底意地ってヤツを。




