1章 SideN 2-2
「――お早い帰還だったな。サントノーレ」
彼女が俺のもとに顔を見せたのは、11時をわずかに過ぎたあたりだった。
朝食は《ジジューブロック》……空気中のゴミを食べて生きる“意志を持った石”が傭兵用の激ウマレーションを運んでくれたのだが、ソイツ等と少しお話した後、今の今まで暇でしようがなかったから、このタイミングでのお呼びは正直ありがたかった。
しゃがみ込み、ケージを見つめる彼女の表情に、やや疲れの色が見える。
「殿下が、昼食の席に貴方を呼ばないとハンガーストライキをするぞと駄々をこねまして……」
「あはははは!!!」
思わず、笑ってしまった。
「随分気に入られちまったもんだな」
「みたいですね。……不本意ながら」
そう言って、ふてくされた様子のサントノーレは、もちっと詰まった胸の谷間からケージの鍵を取り出した。
西洋風に意匠の凝らされたそれを、錠前に挿し、回す。
――解錠の音が、しない。
一瞬、彼女の二重まぶたがぱちぱちと驚きまばたくのを、俺は見逃さなかった。
すかさず自分から鉄の扉を開いて外に出ると、さも当たり前のように「それじゃ、行きますか」と笑ってみせる。
――こんな古臭いウォード錠一つで俺を閉じ込めておけると思ったら大間違いなんだよおおおおおお!!!
鍵をしまい込む銀髪メイドは平静を装っているものの、魔力濃度の高まりから不愉快さを隠しきれていない。
……が、こんなマジシャンまがいの鍵開けで勝ち誇っても大人げないゆえ、俺はバサッと飛び上がると、そのまま話題を変える事にした。
「サントノーレ」
燕尾服を頼もうと口を開く頃には、すでに彼女の左手は《ブラックポット》の中にある。
「こちらで」
「さすが」
取り出された小さな服に袖を通すと、昨日よりも馴染む感覚に、やや驚きを感じた。
多分、彼女が仕立て直してくれたのだろう。こんな雰囲気ながら、気遣いの塊のような女である。
「ありがとうな」
「礼は仕事ぶりでお返し下さい。――くれぐれも、殿下を失望させないように、それと“殿下が失望されないように”」
「あんた、結構言うな」
「折角愚痴のこぼし先が出来そうなんです。クビにならないで下さいね」
「善処するよ」
そう言って、彼女の後ろに続いて歩く。
これから昼食会の後、戴冠式。そして初めての統一議会。
――やべぇ。不安しか無い。が、こういうモノは得てして成るようになるものだ。
ブランが散々戴冠を遅らせていた分、裏方の準備は万端だろうし、貴族の連中だって子供の扱いには慣れてるだろう。
本人だってマナー的な部分は結構出来てた筈だし、何より困ったら優秀なメイドが居るから――駄目だ。フラグ立てるのは辞めておこう。俺も立場を考えていかないとな……
◆
――その夜。
「ぬ゛わあぁぁぁぁああああんだアイツ等はあああああああああ!!!!!!」
ベッドに飛び込み叫ぶブランを、俺とサントノーレはいたたまれない目で見つめることしか出来なかった。
正装から着替えもロクにしないまま、巨大なスライムをぼこぼこ殴る彼女は、そうとう頭にキているのか角まで天を向いている。
「陛下。素晴らしい式でございました。私サントノーレ、陛下の神々しいお姿とお言葉に涙が止まりませんでした」
「そうだぞブラン! 見ろよこの新聞の数!! 全紙一面総なめだぞ」
「当たり前だぁ!! 国のヘッドが変わって一面で取り上げない新聞など存在価値が……ん?」
撒かれた新聞のうち、薄めの一紙の中割がばらりと開いて、そこそこ大きな紙面がブランの目に留まる。
――『少女 光明で龍を屠る』って、この記事は……!!
「ははは、そういう事だ。……うん。だから気を落とすな、ブラン」
俺は急いで拾い上げ、適当に口先を濁す。
「フォローが雑だなデュオ……って、そんな事より思い返すと本ッ当、ムクムクするぅぅぅ~」
向き直りざま、キリンの形をした枕に頭をうずめ、ブランは細い生足をパタパタこちらに向け振った。
戴冠式自体はかなりうまく行ったのに、彼女がこんな荒れているのには訳がある。
――ようは、その後の議会でかなりの『子供扱い』を受けたのだ。
たどたどしく式辞を読むブランを、孫を見るような目で微笑ましく見つめる議員のオジサマ方。
議席には威厳と身長を補う為のクッションが置かれ、総会で何を発言しても周囲の連中は頷くばかり。
議論が飛び交うのはブランがまだ知らないような末端の事務についてばかりで、本人は会話に入れさせてすら貰えない。
そもそも全員の名前すら覚えていないのだから議論を上手く進められる道理がない。
昨晩のジリール消滅についても、彼女に気を使ってか、自分の立場を危ぶんでか誰も口に出そうとはせず、おまけにブラン本人がガチガチに緊張しているワケだから、そりゃもうどうしようもない雰囲気でしかなかった。
俺とサントノーレは彼女が《混沌の皇女》に就かされた理由を、『お飾り』と割り切っていたからそれほどでもないのだが……
本人が存在感を示したがっているという現状が、余りにも噛み合っていない。
そして一番困った事が。
「ロトマゴの書……どうしよ……」
――《ロトマゴの書》。アッシュ皇族に代々伝わる『神器』と呼ばれるマジックアイテム。伝説の術士ロトマゴが残したとされる書簡で、9種族の長がそれぞれ一つずつ持つ『ページ』を余さず揃えた時、全てのアッシュを意のままに操る力が手に入る。……とされている、怪しげな道具である。実際に使用されたと思われる最後の記録はおよそ320年前。『マナポート』の作成によって人間がガレットピアの大地を占領しようとした時に、第82代目混沌の帝、《ジュールス・レジナルド》によって発動されたのが唯一にして最初の履歴であるが、現在の研究ではその効果に対し懐疑的とする論文も多い。
ブランは今回の会議において、海王目の宗主『アポニエント・ジュライ』に対しこのロトマゴの書を手に入れると啖呵を切ってしまったのだ。
ムードメーカーな彼はブランの緊張をほぐすため、慈しみをもって煽りを入れたのだが、真に受けてしまった皇女様が顔真っ赤にして言い返し、会場が笑いに包まれたことで更に激昂し……と。
初めてだから良い経験なのだろうが、流石に沸点が低すぎる。
「……危険を犯してまで手に入れる必要は無いかと。誰も本気にしてはいないと思いますし」
「サリィ。お前は自分の主人が意地も通せぬ軟弱者と思われて良いんだな。言う通りにして次の議会でまたネタにされたらお前のせいだからな!!」
――余りにも理不尽だ。
サントノーレは慣れによって顔色一つ変えずにいるが、半分呆れの域に入っているのは間違いない。
「うう、誰か探して持ってきてくれれば……」
「それが出来れば苦労しないぜ。なんせ書が封印されてる地下通路には皇族しか入れない結界が張られてて、中には侵入者排除用のガーディアンが配置されてるって話だからな」
「サリィ……解除出来ないのか?」
「昔一度だけ拝見したことが御座いますが、今の私でも2週間はかかるかと」
――2週間!?
300年前とはいえ宮廷魔術師数百名が半年かかって練り上げた防御結界の解除が、一人で、2週間?
魔術公式の解読を完了させてる俺が人間体だったら、確かに数時間で終わる作業だが、それも無しにアレを短期間で解除するなんていうのは本来荒唐無稽な話である。
言うなれば『俺はパソコン使えば円周率を小数点以下10万ケタまで出せる計算式を知ってるけど、サントノーレは1万ケタまで手計算で出してる』みたいな、それぐらいの差といえばわかるだろうか。
今の台詞がハッタリでなければ、オーバースペック甚だしい。
「それでは次の議会に間に合わないではないか~。サリィでもそんなにかかるなんて聞いてないぞ」
「……申し訳ございません。私の力不足で」
「むむ……」
不満げなブランの視線が、ちらりと俺の方に向く。
いや、無理だから。
ゆっくり首を左右に振ると、「ワタシの前で首を横に振るな!」と怒られてしまった。
挙句の果てには。
「もういい。一人で取りに行く!!」
――って、言い出すと思ったよ。
「陛下、流石にそれは危険すぎるかと。例の書はアッシュ全体の力関係を揺るがしかねない代物ですゆえ、相当な力量の守護獣が配備されている可能性がございます。それこそ、どこぞの貴族が私兵を全て弄しても突破できない程度には厳重に扱われていると考えるのが妥当でしょう」
伝承が真実であれば、ロトマゴの書を手に入れた者は全てのアッシュを支配できる。つまり、皇族すらも思いのままに操る事ができるというわけだ。
生半可な技量で手に入れられるような作りになっている筈はあるまい。
だが。
「ま、そこまで言うならブランの意地を通してやりたい気もするがな」
俺はやや棘ばった感じで、ブランの背を押す台詞を吐いた。
彼女の権力が大きくなるのは、俺にとってメリットでしかないからである。
最終手段として『アレ』を使ったとしても、ミルフィが筋肉痛を起こした程度。
たとえリスクを負ったとしても、俺の目標完遂には――
「デュオ。何か策が有るのか?」
体を起こして這いずりながら、期待を込めた少女の顔が近づいてくる。
「いや、策という程のモノじゃないが、この城にあるマジックアイテムを使えば、何とかなるんじゃないかと思って。結界内部の警護を厳重にしすぎて皇族が本当に書を使いたい時に手に入らなけりゃ本末転倒だし」
「確かに!」
希望を見出すブランとは別に、サントノーレの視線が痛い。
ブランのマナ容量について触れたいのを我慢しているのがよーくわかって、俺はちらりと目で頷いた。
「内部の構造については、今夜のうちに調べておこう。今日はもう遅いしブランはお疲れだろうから、グッスリ寝て。明日の作戦会議の後決行。無理そうだったら――次の議会で俺とサントノーレが土下座するさ」
「勝手に巻き込まないで下さい」
「そうならないようにするって」
俺も一日立ちっぱなしで随分疲れた。今まで他人に気を使う仕事をしてこなかった分、心労の方がけっこうキてる。
「信じてるからな」とだけ言って着替え始めるブランに向かい、深々とお辞儀した俺は、木製の扉が閉まると同時に煙のような濃いため息をついた。




