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0章 Side? 1-3

「もうちょい……もうちょい……」

 

 朦朧もうろうとする意識の中で、俺は淡々と手だけを動かす。

 世界間移動の法則を発見してはや二年、出来立てほやほやの設計図を地面に広げた俺は、寝る間も惜しんで転送装置の開発に取り掛かっていた。

 俺がここを継いだ時よりも更に狭くなった研究室は、無数のコードと部品に溢れ、鉄とオイルとカップラーメンの匂いが混ざって空気に色がついている。

 実際、もう一週間近くまともな睡眠をとった記憶がない。

 よく考えると、腹も減っているような気がする。

 

「つかれた……つかれた……」

 

 キコキコキコキコ。

 体力を使わないよう、かといってストレスを溜めないように小さく小さくうわごとを呟きながら、ボルトを回す。

 

「はぁ……良いな、機械は。人に使われるだけの人生でよ」

 

 何を言っているのかよく分からないが、ここの工程は終わりだ。

 まだ完成まであと半分以上ある。

 絶望だ。

 寝たい。

 なんでこんなに急いで作らなきゃならないんだバカか。プラモデルじゃないんだぞ。

 ――いや、馬鹿なんだろう。休んでもいいハズなのに、いざ完成が目前に迫ると、少しでも早く終わらせたくなってしまう、そういう悪癖が出ているのだ。

 

「おわっ、ッ……」


 指先に力が入らず、レンチを床に落としてしまう。

 手を伸ばすのも億劫おっくうだが、これを拾って、あと一区画終わったら2時間寝ようと思っていた。

 その時。

 

 研究室内に警報が鳴り響いた。

 蛍光灯が赤く光る。

 

「チッ、こんな時に!!」

 

 俺は焦って立ち上がった。指紋認証をムリヤリ突破した奴が出た時、それを知らせる為の警備システムが発動したのだ。

 警備システムと言っても、鳴ったから何が起きるという訳ではない。こいつは俺に対して『危険が迫っている』という事実を伝える為だけのモノで、対処自体は自身で行わなければならないという、気休め的な代物である。

 

「足音が……3人か」

 

 ドア影に待ち構えると、入り口の扉がすぐにこじ開けられた。

 サングラスに黒服の小柄な男が、両手で銃を構えて侵入してくる。

 

「動くな!!」

 

 ――うるさい。

 相手が言葉を発すると同時。ソイツの丸顔はベコベコのミートパイみたいに潰れていた。

 正確に振り上げられた俺の左ハイキックが、人中――鼻と口の間を捉え、衝撃を殺しきれない小さな体を背中の側に吹き飛ばす。

 はためく白衣を整える間もなく、次の絶叫が、地下に響く。

 

「てめぇ!!!」

 

 飛び込んで来たのは中肉中背……よりも少し背の高い男だった。

 さっきのチビと同じ恰好をしているが、獲物はバタフライナイフ一丁である。

 見るなり横薙ぎに振られたそれを、俺は半歩下がってかわす。

 赤い空間で、刃のぎらつきが良く見える。

 

「ッざけんな!!」

 

 ナイフを握った男の右手が、肩口に向かって真っ直ぐ伸びた。

 脇の締まっていない、軽い突き。

 黒の袖から見える前腕は、通常人よりやや太い。

 

「鍛えてはいるみたいだが――」

 

 俺はその手首を左手で掴み、脚を払って地に伏せさせる。

 腕をひしぎ、肘を固めると男は、山猿の如き悲鳴を上げて、ナイフを放した。

 

「“見せ”の筋肉はベッドの上以外じゃあ役に立たないぜ」

 

 めぎり。

 関節を捻じって、圧し折る。

 暫くはこれで動けまい。

 ――さて、次だ。

 立ち上がり、振り向きざま、2m超えで巨腹な男の大きな影が俺を襲った。

 ももをひき付け、中国拳法の虎尾脚こびきゃくの要領で鋭い後ろ蹴りを放つ。

 ずむ。

 膨らんだ腹に、突き刺さる。

 が、浅い。

 

「ちぃ」

 

 脚を取られる前に引き、間合いを詰めて袖口を掴んだ。

 しっかりと体を左足に乗せ、背負い投げの体勢を作る。

 

「こうして……ッ!!」

 

 大男の両足が浮いた。

 後はこのまま振りぬくだけ。

 が、瞬間、糸が切れたみたいに全身から力が抜ける。

 ――疲労が、たたっていた。

 

 ぐしゃり。

 100キロ以上の体重を支えきれず、俺の身体は膝から崩れ落ちた。

 動けない。

 硬い地面にキスする俺を、肉の重機が抑え込む。

 肺から、空気が零れ出た。

 霞んだ瞳に映る光が、少しずつ黒に染まっていく。

 小さくうめく俺の背に、更に二人分の重さが加わったのを感じた。

 首筋に、金属の突起が押し当てられる。

 電気の弾ける音が聞こえて。

 ――そこで、意識を失った。

 

         ◆

 

「う……ぐっ。ここは……」

 

 重たい瞼を開くと、強い白光が目に飛び込んで来た。

 眉間にしわを寄せ、首をそむけて明りから逃げる。

 ――丸一日以上、眠ってしまったみたいだ。感覚が、モグラ人間と化している。

 とりあえず、固まった腹筋に力を入れ、身体を起こそうと試しみた。が、胸に巻かれたベルトがそれを拒み、両腕両脚に繋がれた鎖が軋むのみで、俺は再び無機質な実験台の上にはりつけにされる。

 首の後ろには鉄製の凹凸。見回す風景には心電図モニターと、幾つもの医療機器。

 服は一切纏っておらず、唯一俺の立派なゴールデンバットのみがカテーテルを付けられ外気から守られていた。

 ――どうやら俺は、どこかの手術室に拉致されてしまったらしい。生命を維持する為にご丁寧に点滴まで打ってありやがる。

 確かあの後、俺は――。

 

「おはよう。フジミヤヒサト君」

 

 やっと頭がハッキリしてきた所で、部屋の一角に備え付けられたスピーカーから、変声された低い声が流れてきた。

 男なのか女なのかも判別出来ないが、コイツが俺を磔にした奴らのボスとだという事だけはわかる。

 

「モーニングコールにしちゃあ随分と不愛想だな」

「元気になってくれたみたいで何よりだ。君にはこれから大切な仕事をこなして貰うのだからね」

 

 ――なるほど。実験動物、というワケか。

 捕らえた対象が俺という事は、十中八九“ガレットピア”関係。奴等は俺の研究所をとっくに調べ尽くしてるだろうから、あの設計図は既に解析されている筈。

 

「完成したのか? “俺の”転送装置は」

「ああ。素晴らしい出来だったよ。これで我が組織の悲願達成に大きく近づいた」

「そりゃあ良かった。コッチは丁度人手不足でね、作るのを手伝ってくれるアシスタントを探してた所だったんだ。感謝してるよ」

「ハハハ。この状況でも強がりを言えるとは、流石與斉先生のお孫さんだな」

「あんまり喋ると中身が透けちまうぜ、悪の黒幕さん」


 ――とは言ったものの、目下のところ見当がつかない。

 全身の自由を奪われたままではどうしようもない事もあって、俺は一旦コイツの喋りに乗る事にした。

 

「とりあえず、アンタは俺に『大切な仕事』っていうのをやって欲しいんだよな。具体的には何をすれば良いんだ? 返答次第では、利害が一致している可能性もある」

「簡単な事だよ。君には“緑の世界”――ガレットピアに行って、とある二人を――――――消してきて、欲しいんだ」


 ――やはり、そういうリクエストか。

 人殺しはした事も頼まれた事も無いからあまり実感が湧かないが、こういうシチュエーションで要求される事などアウトローな無茶と相場は決まっている。

 それに俺はこういう切った張ったの世界というのは――自分がその渦中かちゅうに置かれた事は無いにせよ――慣れて、しまっているのだ。

 

「ちなみに君が寝ているその台は、君が私の頼みを断った途端、天板から電流が流れて乗っている生き物全てを絶命させる造りになっている」

「……遊び心満載ですこと」

「で、君の返答は?」

 

 ――了承する以外の、選択肢がない。

 異次元転送装置、《どこでもポルタ壱号》折角の初運転が犯罪の為に使われてしまうなど到底許せる事ではないが、向こうに送られてから殺害まで自由な時間が与えられると思えば、何らかの策を講じる事も出来るかもしれない。

 俺は舌打ちの後小さく頷いて、熱い光から目を逸らした。

 

「素直で助かるよ」

 

 落ち着いた声音に苛立ちが増し、監視カメラを睨み付ける。

 

「続いて、二つ目のお願いだ」

「まだ有るのか!!」


 ぎしり。

 立ち上がろうとした背が引き戻され、鉄板に肩甲骨を打ち付ける。


「なぁに、さっきのついでみたいなものさ。君が殺す予定の相手、人間と魔族側でそれぞれ一人ずつを、各“種”のトップにして欲しいんだ」

「……言ってる意味が、よくわからない」

「そのままの意味さ。ガレットピアに存在する二種の知的生命体、人間と……“アッシュ”と言った方が良いのかな。その長、リーダー、主導者を、君に育てて貰いたいんだよ。世界中の“業”をその二人に集めて、最高潮に高まった所で同時に消えて貰うのさ」

「どうしてそんな面倒な事をする必要がある」

「悲願達成、大願成就。そのために君の力が必要なんだ」

 

 ――明らかに、ぼかされている。

 仮にこの声の主が地球の人間だったとして、確かにこんな役目を任せるのに俺は適任だ。

 難解なガレットピアの言語を完璧にマスターし、向こうの文化や魔術にも精通してかつIQ125の天才は俺を置いてこの世には居ない。

 本来ならば組織内で全てを解決させたいが、当然ソフト的な面で人材不足な部分があり、画竜点睛――最後のピース的な意味で、俺に頼むしかなくなっている……という状態なのだろう。

 

「やってくれるかい?」

「その二人っていうのは誰だ」

「教えるのは返答の後」


 俺は、悩んだ。

 承諾するのは変わらないが、少しでも思考する時間が欲しかった。

 それに、この条件はヘタをすれば俺の有利になり得る。向こうに行ってすぐ事を致すより、だいぶ時間的余裕が生まれる。

 そんなリスクを冒してまで、何故だ。現在のトップ――世界連合と統一機構を潰すのでは何がいけない……。

 

「――わかった。その代わり、達成までの道筋は俺の自由にやらせて貰う」

「構わないよ。――“人質”も、あるしね」

「何の事だ?」

「すぐにわかる。それより、君が指導者に仕立てあげる二人だけど、名前は『ミルフィ=アントルメ』。それから、『ブラン=レジナルド』」

「ブラン、レジナルド……? 《アッシュ統一機構》に所属してた、元トップの娘の名じゃねーか」


 あまり表に出るタイプでは無いらしく詳しくは知らないが、確かそんな名前だった筈だ。


「ミルフィの方は聞く限り女性名みたいだが、有力な政治家や冒険者にそんな名前のヤツ……」

「彼女は『星懸かり』を持つ16歳の少女だ」

「16歳ィ!?」


 目が覚める思いとはこの事だろう。

 てっきりお偉いさんの秘書でもやるのかと思っていたのに。


「ちなみにレジナルドの方も年齢はそう変わらないと聞いている」

「おいおい、乳臭いメスガキのおもりを俺にやらせた上、成長したら手にかけろってか? 悪の組織の所業にしても鬼畜が過ぎるぜ」

「人間と魔族、双方の指導者を消さなければ、“緑の世界”に平和は無い」

「で、空いた席にはアンタが座るのか?」

「……」

 

 だんまりか。

 しかし。

 

「悪趣味なこったぜ」


 俺は小さく呟くと凝り固まった首をぽきぽきと二度鳴らし、監視カメラへ向き直った。

 

「これで終わりか?」

「ああ。僕からはこれで全部さ。続きは彼らから聞くと良い。きっと優しくして貰えるよ」


 指を鳴らす音と共に通信が切れ、突然部屋のドアが開け放たれた。

 同時に雪崩れ込んでくる、白衣にマスクの男達。

 

「何モンだ!?」


 10人程に取り囲まれて、俺は警戒心を強くした。

 身長の不揃いな連中のうち一番背の高いヤツが俺の左手にまわり、持ったボードを低い声で読み上げ始める。


「身長182センチ、体重85キロ、体脂肪率12%、性格に難あり、Q123」

「125だ!!!」

「……自称、IQ125。藤宮寿人で間違いないな」

「……ああ」

「良し」


 ――何が『良し』だ。こちらはまだ何が起きるかさえ分かってないっていうのに。

 こんな危なそうな連中に体を任せられる程俺はあんた等を信用してねえよ。

 なんて思った矢先、この男、とんでもない事を言いだした。

 

「それでは現刻より、藤宮寿人の改造手術を行う」


挿絵(By みてみん)


 ――は?


「ちょっと待て!!」

「何だ。我々は決められた項目以外、貴様の質問に答える義務は無いとされているが」

「改造って、何をする気だ!」

「貴様が向こうの世界で『二人』同時に存在できるようにする為の手術だ。心配ない、失敗の可能性はほぼゼロだ」

「心配無い訳ないだろうが!! インフォームド・コンセントを要求する!!」


 一本釣りされたマグロの如く身体を跳ねさせる俺に、男は鬱陶しそうな目を向ける。


「貴様は原理解析の可能性がある為、こちらから全貌を知らせてはならないと通達されている。手術前に伝えてよいとされたのは、人間と魔族、双方での任務を同時に処理する為、貴様を二体に分離する事。それから、独自に思考、行動可能となった二体の被験体は、それぞれ精神的な部分で互いに知識及び感情の共有を行う事が出来るという点のみだ」


 ――それだけ聞いて、俺には思い当たるフシがあった。

 ペダンティストな口が、勝手に開いて喋り始める。


「なるほど理解したぜ。『オーヴァー・インタクローン・テクノロジー』ってやつか。教授と行ったMITでも極秘研究扱いになってたアレを、もう完成させた組織があるとはな」


 白衣どもの間に、どよめきが起こった。

 俺も詳しい所までは理解していないが、『クローン技術の先』、『完全に同一の人物を複製し、後に統合する事による“時間のオリ”からの脱出』を目的とした研究の筈だ。

 ほんの少しだけ得意げになる俺に、長身の男がバツの悪そうな顔を向け、口を滑らせた。

 

「いや、それがまだ完全ではない。人間の姿を、維持する事が出来ていないのだ」


 ――その一言で、合点がいった。

 

「だから、俺の『今の肉体』を、『人質』にするって訳か」


 脳内で、ばらけていたピースが組み上がる。


「今から行う手術は、俺の身体と精神とを分離、その後培養し二つとなった精神面を、何らかの媒体に収めて異次元に転送する準備を整えるものだ。俺が向こうに行っている間、俺の身体は“組織”の研究室において保護される必要がある。そして、ガレットピアの時間とこちらの時間は同時並行的に進んでいる。ゆえに、『現実世界にある肉体の生命維持を止める』という手段を握っておく事が、地球での生活に戻れなくなる恐怖心を与え、不審な行動への抑止力となる。同時に、人間の姿ではない物体として向こうに送り出す事で、俺に備わった魔術等の知識をある程度腐らせ、積極的アクティビティの自由度を低下させる……未完成さが、偶然噛み合った形だな」


 わざと声に出し推論を述べる。

 こうやると、間抜け共の表情でその正誤がわかるモンなのだが……今回は“当たり”みたいだった。

 

「ま、だからどうという問題じゃない。俺はもう覚悟は決まってるし、一思いにやってくれ」


 そう言って、台に背中をべったりと着けた。

 挙動不審にアイコンタクトを交わす白衣の連中の姿を拝めるのが、惨めな恰好でありながらも自尊心を満たすのに唯一貢献してくれている。

 リラックスして口元を緩める俺に、先程の男が、恐る恐る声をかけた。

 

「人間の姿と別離するにあたって、貴様には最後に一つ、我々に対し願望を述べる権利が与えられている。遺言のつもりで、何でも言いたまえ」

「改造するならキュートなぬいぐるみにしてくれよ。ハンサムな顔には飽きちまったんだ」

 

 歯を見せて、笑った。

 直後、全身麻酔の呼吸器に、鼻と口とが覆われて。

 

 ――目を覚ますと、俺は毛玉になっていた。


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