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0章 Side? 1-1 ラムネの瓶とGuinea Pigs

今回は寿人くんの過去編になります。

なろうにあるまじきヒロイン不在の回ですが、男臭い雰囲気をお楽しみ下さい。

――忘れもしない。中学三年の夏休み。


「あっつ……」


その日の俺は、お盆休みで帰省した父親の実家の一室で、4か月後に迫った高校受験の勉強をしていた。

椅子に座り、英語の教科書を開き、頬杖をついてシャーペンを回す。暗記する意図など毛頭無く、異国の文字の羅列をダラダラと眺め、適当な時にページをめくる。

――模範的な勉強スタイルだ。


当時の俺は、一人でこうして時間を浪費するのが大好きだった。

 『勉強』と言えば周りは何も口を出さないし、お盆のこんな日に親戚一同の輪に加わって、愛想笑いを浮かべる必要もない。

 学校で配られた『一日何時間勉強出来るかなノート』のスケジュールを真っ赤に塗りたくる事が出来るのも、それなりに都合が良い。

 当然、楽しくは無かったが、楽しい事はたいてい後から怒られる物と思っていたから、それに比べれば余程マシだと、俺はこの状態を聖域みたいに考えていた。

 そんな中。

 

「寿人。寿人」

 

 ドアの開く音に続いて、調子はずれのしわがれ声が、俺の名を呼んだ。

 振り向いた先に居たのは、新品同然の白衣の中にボロボロのTシャツを着た、短髪白毛に眼鏡の男。

 俺の祖父、『藤宮ふじみや 與斉よさい』である。

 

「勉強してるから、悪いけど――」

「なんだぁ真っ昼間から。宿題か? お受験か? やめとけやめとけ。勉強なんて出来たってなーんの役にも立たねぇぞ」

 

 拒絶の目線を向ける俺を無視して、ずかずかと聖域に上がり込んでくるジイさん。

 若干カビっぽい匂いと、常識の外れの性格が原因で、当時俺はこの人があまり好きではなかった。

 

「今の時代良い高校行かなきゃ先が無いんだよ。あと宿題は夏休み入る前に全部終わった」

「偉いじゃん……じゃ暇だな!!」

「勉強してるって言ってんだろ!!!」

「老い先短いオレのささやかな願いと、いつでも出来るお勉強、どっちが大事だ!!」

「それもう10年聞き続けてるよ俺は!!」

 

 ――こんな感じで、非常にやり辛い。

 何を言おうとこの老人は、自分のやりたい事を成し遂げるまで聞く耳を持たないのだ。

 遭うたび遭うたび俺の都合なんて知ったこっちゃないとばかりに色んな所に引きずり回して、自分だけ満足そうな顔をしてその日を終えてしまう。

 それも内容が、『山ごもりして自然と一体になる』だとか『超小型酸素ボンベの海中実験』だとか荒唐無稽な事ばかり。

 ……とても還暦を迎えた御人とは思えない、自由奔放でバイタリティに溢れるじじいである。

 

「…で、何しに来たの? どうせ飲み会場から逃げ出して来たんでしょ」

 

 こうなってしまうと、付き合ってやるしかない。

 俺はジト目で睨み付けつつ、しぶしぶ老いぼれの申し出を待つことにした。

 

「なぁに。今日は可愛い孫に良いもん見せてやろうと思ってな」

「良いもの?」

「ああ。お前、オレの“研究室”見たくないか?」

 

 ずい。と皺の濃い顔を寄せ、詰め物だらけの歯がニヤつく。

 瓶の底みたいに厚いレンズ越しに、真っ黒な瞳が少年の様な無邪気さで俺を見つめる。

 ――そう。俺の爺ちゃんは研究者なのだ。

 

 とはいっても、爺ちゃんは国から補助金を貰って大学等で実験を行う職業研究者ではない。

 年中問わず白衣で外をうろつき、一日の殆どを地下の研究室で過ごす。

 成功すれば莫大な富を得ることが出来るが、上手くいくまでは無職同然。

 当然周囲の大人からは鼻つまみ者、まともに会話をしている所すら見た事が無い。

 所謂『マッドサイエンティスト』というやつだ。

 

 それまでも爺ちゃんは時々俺に、動物実験やらバーチャルリアリティの進歩がどうのと話をしてくれた。

 小さな頃は何を言っているのか分からなかったが、中学に上がる頃には少しずつ、その意味が理解できるようになって、いつしか俺は研究についての話を聞く事だけはそれなりに好ましく思うようになっていた。

 しかし、何回聞いても研究の核、『何をやっているか』については教えて貰えず。たこ焼きの外側だけを食わされているような味気無さを感じていて。

 ゆえに、今回の申し出はほんの少しだけ、いや、大いに俺の好奇心をくすぐる提案であった。

 

「……ちょっとだけ、見たい」

「だーめ!」

「何なんだよテメェ!!!」

 

 思わず、掴みかかりそうになった。

 

「OH! OH! キレる若者!! ジョークだ、ジョーク。見せてやるって。そんなに楽しみだったのか?」 

 

 ムカつくっ……。

 が、ここで怒ってもどうにもならない事は分かっていたので、俺は硬く握った拳をわなわなと震わせながら、爺さんに続いて部屋を出た。

 

         ◆

 

「ここが、オレの自慢の研究室だ」

 

 裏庭の地面の一角を持ち上げ、階段をいくらか降りた先。

 【関係者以外立ち入り禁止!!】と手書きで記された鉄の扉を指紋認証で開いて、爺ちゃんは誇らしげに笑った。

 正直、俺からすればこんなルートがある事自体SFというか、あまり信じられる光景では無くて。異様な心臓の高鳴りだけを胸にそのドアノブに手をかける。

 「いいぞ」という爺ちゃんの承認に続いて、厚い戸を引いた。部屋とドアの隙間から冷気が漏れ出し、俺の手先が小さく震える。

 ワザと中を覗かないように扉を開ききり、最後。敷居を跨ぐと同時に目を開いた俺は絶句した。

 

 青い光に照らされた、コンクリートの打ちっ放し。コンビニの倍ほどの広さの中を、無数の本棚が埋め尽くしている。

 しかもその一台一台は3メートルほどの高さを誇り、ざっと考えて数万冊の本がココに詰められている事を体感した。

 

「すげぇ……」

 

 ――驚嘆の言葉しか、出て来なかった。

 好奇心に駆られて走り出しそうになる俺の肩を、厚い手の平が掴む。

 

「なぁ、凄ぇだろう? これ全っ部オレの研究資料なんだ」

「え……凄い。どれか読んでみていい?」

「まぁそう焦るな。奥はもっと凄いから、それを見てからでも遅くはねぇだろ」

 

 そう言って手を引く爺さんは、今までで最高に楽しそうだった。

 ロクに体も動かない筈なのに、誘導が早足になっている。

 今より面白い物が見れるなら、と少し後ろめたさを感じつつ、本の回廊を抜け、その突き当り。

 

「ここだよ。こ・こ」

 

 我慢できないとばかりに、爺ちゃんは自らの手で鼠色の扉を開いた。

 真っ暗な部屋の中に、自動で白い明りが点く。

 その空間は、“たった一か所を除いて”思ったよりも、普通だった。

 4畳あるか無いかの部屋。書類で溢れた机の隣に、幾つかの模型が置かれている。

 正面にあるのは大きなモニター……壁一面を使ったディスプレイには今は何も映っておらず、後はパソコンが一台と――。

 ラムネの、瓶だった。

 

 白熱光にさらされた作業台の上に、ステージを占領するかの如くポツンと水色のビンが立ててある。

 爺ちゃんが飲み終わったゴミ……とは明らかに違う異様な魅力に、俺はふらふらと吸い寄せられた。

 目を近づけると、上部に出来た窪みの中央で、小さなガラス玉が輝いている。

 首をかしげてみても光の模様が揺らめくのみで、色が変わる様子も変形して動き出す様子も無い。

 

「何だよ、これ」

「覗けばわかる」

 

挿絵(By みてみん)


 恐る恐る、くびれの部分を掴み、持ち上げた。

 どこからどう見ても、普通のビンだ。

 中から何か飛び出して来るのでは、とか、色々考えたものの、やってみない事には何もわからないゆえ、俺はそのゴムで出来た飲み口の部分を大きな瞳に当てがった。

 ――色のついた光に、犯される。

 

「うワぁっ!!!」

 

 怖くなって、思わず手を放してしまった。

 かりん、と甲高い音をたて、地面に転がりおちる。

 

「な……何なんだよこれ!! 目の前が突然グワッとなって、何かよくわからない青いのが動いて……」

「ハハハ、もう少し見てみろよ。そしたらわかるから。大丈夫、目玉くりぬかれたりはしねぇよ」

 

 すぐさま両手で拾い上げ、深呼吸して覚悟を決める。

 こんなに必死になってラムネを見つめたのは、中にあるビー玉を取り出そうとしたあの、幼稚園の時以来だった。

 「よし」と、小さく口を動かした俺は、瞼がへこむくらい強く、ビンの淵を目に押し当て。

 ――瞬間、瞳の中央に小さな白い光が浮かび、フラッシュみたいにまたたいた。

 覗いている右目だけではなく、左の目にも景色が映り、気付いた時には見たこともない植物のあれこれが、俺の双眸に焼き付けられる。

 

「やば……。何これ。凄い、えっ!? ヤバっ!」

 

 語彙力が足りず、頭の悪い台詞を吐きながら、その場で足踏みするように回った。

 30m近い大樹が風でゆらぎ、鋼色の果実が地面に落ちる。

 手に取ろうと腕を伸ばすが、当然掴めはしなくて。背後からジジイの笑い声が聞こえるのと同時に、俺は飲み口を目から離した。

 

「何が見えた?」

「……見た事も無い木の実。鉄みたいな色して、表面はドリアンみたいな、これぐらいのヤツ」

 

 確か、肩幅くらいだった筈。

 

「なるほど……多分、《クロダリマ》だな。カキノキ科の真正双子葉樹で、果皮は一見硬そうに見えるが、すごく柔らかい。果実はサラダやスムージーに使われ、草食竜の主食にもなっている南国原産の果物だ」

「あれ柿なの!?」

「ああ。あくまで向こうの分類だがな」

 

 てっきりサイズ的にメロンとかと同じ括りだと思ってた……って、そんな話をしてる場合じゃない!!

 

「そうじゃないって! 何なんだよこの瓶は!? おもちゃか?」

「現実だよ」

 

 そう、爺ちゃんは呟いて、瓶を片手で振りつつ喋る。

 

「そしてこれがオレの研究、『異次元世界との交渉』」

 

 異次元……聞き慣れた、単語だった。

 でもそれは、映画だとか、小説の中での話で、少なくともこんなシチュエーションで耳にする語ではないと、常識が脳を混乱させる。

 

「どういう、意味?」

「言葉通りの意味さ。オレ達がひーこら生きてるこの世界とは別の次元に、似たような生き物が住んでいる。オレはそいつ等と仲良くやる為に、この研究を始めたんだ。その瓶の中はガレットピア……彼らがそう呼ぶ世界に繋がっていて、オレはそいつをすこーしだけ覗き見させて頂いてるのさ」

 

 荒唐無稽な話だ、遂にボケたか老いぼれと、ここに来るまでの俺なら一蹴したに違いない。

 だが、俺はこの瓶を見てしまっている。

 存在しない物の証拠を、今まで感じた事の無い衝動を、確かに体験してしまっているのだ。

 

「えぇ……そんなの、有り得ないでしょ」


 その上で、俺の口から出た言葉は、否定の一言であった。

 単純な胡散臭さと、相手の捻くれた性格を考慮した上での、条件反射的な拒絶。

 何となく、口をついてしまった、それだけなのに――


「有り得ない訳がない!!」

 

 ――爺さんは怒鳴った。

 俺は突然の大声に驚いて、一歩たじろいでしまう。

 

「人間に不可能が無いならばこの世に存在しないモノは無い。諦めてばかりの木偶人形共は浪漫や魔法ワンダーの話と嗤うが、アナザーワールドはリアルなんだ。見えない物は、そこに有る」

 

 ――宗教家のような語り口であった。

 いや、ある意味宗教家と何ら変わりは無いのかもしれないと、当時の俺は考えた。

 信者の言う『神』の存在が、爺ちゃんにとっての『ガレットピア』であり、その探求こそが自身の存在意義になっているのではないかと、憐みの目線を向けざるを得なかったのだ。

 

「なぁ寿人……誰も見た事の無い世界に、行ってみたいとは思わねぇか??」

 

 ズル剥けた頭皮がひかり、しぼんだ瞼の中で拡大する瞳が、見上げる俺とかちあった。

 ずぅ、と心の中に伸ばされる黒い手を、振り払う。

 このまま従ってしまえば、もう戻れないような気がして、俺は爺さんみたいになりたくなくて、だから無理矢理口を開いて、想いの上辺をつらつらと喋った。

 

「やだ。俺は、行きたくない。俺は今の世界で満足してるし、そんな所行って、言葉もわからなかったら普通に死ぬわ。第一、行けるワケねーし」

「度胸が無いなぁお前は」

 

 やれやれと首を振る爺さんは、本気で俺を非難しているように思えた。

 自分が言っている事が正しいのに、理不尽な態度だと、あの時の俺は激しい怒りを覚えて。

 

「ファンタジーっていうのはゲームとかだから良いんだよ。どうせその瓶だってインチキなんだ。意味の無い事やったって時間の無駄。こんなんでばーちゃんに迷惑かけて、恥ずかしくなかったの?」

 

 そう言って、逆に睨み返した。

 完全に、ムキになっていた。

 「わかったよ」と目を伏せる、爺さんの小さな背中を見つめながら、肩を上下させる。

 俺の中にあったのは小さな義憤に他ならなかった。

 寂しげに瓶を元の位置に戻した彼は、今度は優しそうな目で俺を見つめて振り返る。

 

「……済まなかったな、変な話をして。帰るぞ、寿人。その気の無い奴に見せるモンじゃねぇからな」

 

 ――心底、絶望したような声色だった。

 この言葉がどれ程の意味を持っているのか、当時の俺には理解できなくて。青い自分の胸に有ったのは、相手を論破した事による小さな快感と、異様なもどかしさだけであった事を記憶している。

                                                                                                           

 帰り道、爺さんはずっと無言だった。

 顔を真っ赤にした俺が、何も言えないまま小さな影を踏んで歩く。

 庭まで辿り着いた時、強い力が背を押し出した。つんのめる俺の後ろで、入り口から顔を出したじじいが、自分もろとも扉を閉める。

 それから部屋に戻っても、夕食の時も、東京の家に帰る時ですら、彼が俺の前に姿を見せる事は一度たりとも無かった。

 

 元の家に帰り、一週間が経過しても、俺の心は曇ったままだった。

 瓶の中に見た光景と、別れ際の爺さんの寂しげな表情が、脳に張り付いて剥がれない。

 勉強も手につかなくて、いっそ謝ってしまおうかと、そう思った日の夜七時。

 

「……え?」

 

 ――祖父は、脳梗塞でこの世を去った。




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