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1章 SideN 1-5

「これが、パパの見せたかった物……?」

「いや、本当のプレゼントはアッチみたいだぜ」

 

 訝しげな顔をするブランに、俺が左の方を指差す。

 その視線の先には彼女の身長ほどの石版と、その隣には何やらほこらのような物が建てられていた。

 

「なるほど……これがワタシに残されたメッセージという訳だな!」


 俺を置き、駆け足で石版の近くに屈みこむ彼女の顔が、見た瞬間にぐにゅりと歪む。

 

「な、なぁ、デュオ。この石版の文、何かおかしくないか??」

「こりゃ120年前くらいの文体だな。しかも詩歌になってて内容がぼかされてる。もしかするとガトー様よりもっと前の帝から、長年受け継がれてきた物かもしれないな、これは」

「読めるか?」

「お茶の子さいさいだ」


 俺はこの世界の研究をするにあたって、1000年以上前のガレットピアの資料まで読み込めるようになっているのだ。

 この程度の文、児童書感覚で理解することが出来る。

 

「ええと、『広陵山より引かれし蛇龍の水河、流れ……』」


 ブツブツとつぶやきながら、古い単語を現代の言葉に訳していく。

 パット見の印象としては、よくあるタイプの風景を唄った綺麗めの詩だが、その語句一つ一つが比喩になっていて、一行飛ばしに言いたい事が織り込まれている感じだ。

 前後の文脈を意識し、今俺達がおかれている状況を加味しながら読み解いていくと、どうやら前半は昔のジリールについての記載のようだった。

 

「『天使の御心を持ちて、濁流の今脈を……』」


 そして後半は、《混沌の帝》について。自分達が成してきた功罪と行く末、そしてガレットピアの有り様について。

 “ああなったらこうしろ”と一対一対応で書かれた、今では常識にも成っている政治的対処がつらつら並べられた後。

 最後の行に書かれた恐るべき内容に、俺は言葉を失った。

 

「ブラン……こいつは、やばいぞ」

 

 石版に額をつき、息を荒げた。

 かっぴらかれた目はこの数秒で充血し、今の俺は相当ひどい顔をしている筈だ。

 

「おお、読み終わったか」

 

 やや退屈そうなブランの声。

 こっちの気など何一つ考えてなさそうな甘い声音へ向かって、俺は壊れた機械みたいに視線を向け――

 

「バカ!! その祠から手を離せ!!」

「――え?」


 ――瞬間。石祠せきしに右手を触れさせていた、ブランの体が蛍光色に光り出す。

 飛び込むが、間に合わない。

 絶頂にも似た、小さな悲鳴。

 胸の中央から飛び散った、七色のマナのうねりが祠の中に吸い込まれ。

 輝きを増した石の社から、毛細血管の如く赤い地脈が、ジリールの方へと走り出した。

 

「なに……なにが起きてるんだ!」


 混乱しているブランを巻き込み、俺は地面を転がった。


「その祠はジリール帝国の横暴を止めるための最終兵器だったんだよ!」

「どういう意味だ!」

「帝の家系の魔族がその祠にマナを注いだ時、ジリールの地下深くにある零点一等級魔術の魔法陣が起動する」

「つまり!?」

「ジリール帝国2000万の民が、今から全員まとめてボカンだ……!!」

「はあああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

「耳を塞げ!!」


 ――――強すぎるアカの輝きが、俺達二人の瞳を焼いた。

 直後、全身が跳ね上がるほどの地響きがあがる。

 熱波で、肌が沸騰しそうだ。

 耳の奥がキンとして、何も聞こえない。

 瞼の裏側が、朱と白の点滅を何度も繰り返し、平衡感覚を失って、その場で必死に息を吸った。

 

 ――周囲が確認できるようになったのは、爆発から5分ほどが過ぎた頃からだった。


「……大丈夫か、ブラン」

 

 熱と光で歪む目を開き、ふらりふらりと立ち上がる。

 そのままブランの手をとって、仰向けになっていた体を起こした。

 ――焼け焦げた匂いと煙で、呼吸器がイガイガする。


 目を開いたブランは、無表情のまま指を突き出し、かつてジリールと呼ばれた土地を指した。

 崖の上から覗き込む、真っ赤に燃えた人間の都市。

 遠すぎて、赤い海にしか見えないそのゆらぎが、上り下りを繰り返す。

 

「…………ど……」

「ど?」


 小さく呟いたブランが、泣きそうな顔で俺の方を向いた。


「どうしよ……」

 

 ――いや、どうしよ……じゃ済まないが。

 

「どうじよ゛ぉぉぉお゛ぉおおぉおおぉぉおおおおお!!!!」 

「わっかんねーよそんなのぉ!!!」


 全力で泣き付かれても、混乱して何も浮かんでこない。

 目の前で業火に包まれる国を元の状態に戻す方法なんて、今すぐ思いつくにはIQが30ほど足りない気がする。


「何だキサマ今まではあんなに色々スカしてたくせにぃ! 一番大事な時に限って役立たずか!!!」

「キャパシティって物があるんだよ! いたいけな猫ちゃん一匹に押し付けるには余りにも事態が大きすぎる!」

 

 ブランに多少自覚を持たせる為だけの旅行の筈だったのに、どうしてこんな事になっちまったんだ。

 

「そ……そうだ! あれは地に落ちた星……輝きを比べ合う兄弟星の弟が、ハープを弾いている時にカプ厨の女に心臓を貫かれ――」 

「フェアリーテイルに逃避するんじゃない!!」


 かくなる上は……!!


「……バックれよう」

「はぁ!?」

「今、この原因を知っているのは俺とお前、二人だけだ。帰ってスっとぼけても当分ばれやしないさ」

「気づかれたらどうする!!」

「その時は、その時の俺が助けてくれる」

「キメ顔で言っても物凄く無責任なセリフだぞそれは!」

「そもそも……」


 ――『アッシュのキミが何人人を殺した所で』と言いかけて、止めた。

 泣きやんだブランの表情に、深妙そうな影が残って、彼女はそのアンニュイな雰囲気をまとったまま口を開く。

 

「わかった。お前の言う通りにしよう。確かに今の私達には――何も、出来る事はない」


 抱きしめた俺から手を離し、未だ煌々と燃え盛る街へ視線を向ける。

 薄っすらと汗ばむ肌が、照り返す灯に照らされて、ブランはふわりと金色の髪を撫でた。

 

「そうか」

 

 短く答える俺の言葉に、頷く。

 彼女は、瞳の中に映った陽炎を、包み込むように瞼を閉じて。

 ――目を開けるとそこは、雨の上がった《重い月》の、第41番ゲートだった。

 

        ◆

        

 ――って、なんだこの人だかりは!!!

 戻ってきた途端、ブランの周囲は喜色満面の貴族達によって囲まれていた。

 その数、ざっと数百人。街全体はもっとざわついていて、真夜中にもかかわらず祭りのような興奮の熱が、地面を通って伝わってくる。

 なによりアッシュは体の大きな者が多いから、その迫力は常軌を逸するもので、さしものブランも驚きを隠せず目を白黒させている。

 そんな中、人の波を割り彼女の正面に躍り出たのは、竜王目の選定議員、『ヤン・フーファイ』。

 体長は50mを超え、足跡が黄金に変わるとも呼ばれる《クアツガミ》の中でも最強格の男が、今は魔神目――つまりは人間に近い姿に擬態して、ブランの前にかしづいていた。

 ――というか本当に靴跡輝いてる!!かっけー!!

 

「な……フーファイ様、何事ですか……これは」

「ブラン・レジナルド様……《混沌の皇女》ご即位、おめでとうございます」

「「「「おめでとうございまあああああああああああああああす!!!!!!」」」」


 ――えっ?

 銀髪のナイスミドルに続いて、千差万別の歓喜の声が、夜の月面に響き渡った。 

 空中で無数の爆発系魔術が飛び交い、涙を流す者、叫び声を上げる者、愛の表現として全身から水柱を出す者。

 いろんな事が同時に起こりすぎてもうしっちゃかめっちゃかである。

 

「う゛ぇっ!? ええっ! 何が、どうして……じゃなかった。ワタシの理解が追いつかなくて……」

「遂にご即位なされるのですね!」

「わたくしは信じておりましたぞ!! ブラン様は必ず、ご決断なさって下さると!!」


 四方八方から飛んでくる歓声と礼賛。

 ブンブンと両手を振り、周囲を見回すブランの体が、一瞬浮いて集客の頭上に放られた。

 そのまま彼女は老若男女、無数のアッシュにもみくちゃにされながら、人の波の上を流されていく。


「「「プルォウグ・ゼム・レジナルド(レジナルド家の栄光を我らに)!!!プルォウグ・ゼム・レジナルド!!!」」」


 ――胴上げが貴族の伝統的風習なのは知っていたが……なんとなく品がない雰囲気というか、快楽主義的な雰囲気を感じる。

 って、そんな事を考えている場合ではない。

 一体どうしてこんな状態になってしまったのか確認する必要があると考えていた俺の下に、一枚の新聞――半刻前に刷られたばかりの号外が、舞い降りてきた。

 

 『ブラン・レジナルド様 《混沌の皇女》就任に向け“派手すぎる花火”』とドでかく書かれた見出しに、どこから撮影されていたのだろうか、彼女が魔術を起動させる瞬間がきっちり写真に収められ、丸々一面を飾っている。

 

「いや、これは……コレは、マズいだろ……」


 アッシュ統一機構の空位問題について不満を抱いていた連中の考えと、人間に対して攻撃的な左派の思想が入り混じったとんでもない文章が、そこには書き連ねられていた。

 確かに、そもそも今の段階で彼女が就いていなければならない役職であって、これがその契機、という考えはわからなくもないのだが……。

 走り記事にも程が有るだろう。


「何だ、何だ、なんだ、これは……なんなんだあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 神輿の如く担ぎ上げられ、波に揺られて通りを乱れ行く。

 ――ブランの至極もっともな悲鳴は、無数の歓声にかき消され、太虚の宇宙へと吸い込まれていった。


        ◆


「ぷはあぁぁぁ……づかれた……」


 ガレットピアの光差し込む、薄暗い部屋の中。

 明かりも点けずに待っていた俺の下に、ヘトヘトになったブランが扉を押し開け飛び込んできた。

 小さくジャンプし、反発スライム式ベッドに倒れ込むと、枕に顔を押し付けふへへと頬をゆるませる。


「ずいぶんと上機嫌だな」

「わかるかぁ? ふひゅふ……わかっちゃうかぁ……」

 

 ――笑顔過ぎて、気色悪い。

 あれだけ慌てふためいていた彼女がここまで骨抜きにされているのを見ると、上の連中にそうとう囃されたのだろうか。

 

「アレだなぁ。本当にワタシの国の貴族達は、いい人ばかりだな!!」


 ――新入社員歓迎会か!!

 組織に入ったら別人と化すヤツだぞそれは!


「良かったじゃないか。俺はどうなることかとヒヤヒヤしながら待ってたぜ」


 これは本当だ。現に今の今までこのぬいぐるみだらけの部屋の隅っこで、おさるのオモチャみたいにガタガタ震えていたのだからな。

 処世術というか、郷に入っては郷に従えで、できるだけアッシュ側の倫理観に沿うようにメンタルを構築していた筈なのだが、やはり事の重大さが胸を締め付けるというか、苦しい部分である。

 

 角を白色のスライムに沈ませ、キングサイズのベッドの上を転がるブラン。

 伸びた両手が俺を引き寄せ、顔の前へと持ってこられた。

 頬はアルコールの蒸気に当てられたのか不自然に紅く染まり、服の隙間から小さな胸の膨らみが薄っすらと張り出している。

 懐かしい晩夏の雰囲気が、俺と彼女を取り巻いた。


「ワタシな……《混沌の皇女》になる事にした」


 嵐の後の空みたいな、穏やかな宣言だった。

 初めから……多分、俺が来る前から決めていたのだろう。


「……今日お前と過ごしてわかったんだ。ワタシには、ワタシにしか出来ない事があるって。どのみち……逃げられそうにも無いしな」


 諦めたような口ぶりだが、彼女の表情はすっきりと晴れ渡っている。

 きっと、彼女に欲しかったのは何かのきっかけで。俺は偶然……でもないか、思惑が重なる形で、そのロールを果たしただけである。


「そうか。――それじゃあ俺とは婚約破棄だな」


 とりあえず、良かった。

 過程はめちゃくちゃであったが、どうにか第一目標までは到達することが出来て、少しだけ肩の荷が降りる。

 とろけだしそうな疲労感が全身を襲い、俺もべちゃりとベッドにつっぷした所で、頭の毛だけが指先で弾かれた。


「でもな。デュオ」


 もぞ。とブランの体が動き、上半身が持ち上がる。

 暗がりの中で下から覗き込む、膝立ちの少女の象というのは、その腹部の肉付きからやや力強い妖艶さを放って――

 

「こうなった責任の一端は、お前に有ると思うんだぁ♡」


 ――は?

 

「何を言ってるんだ? ブラン。キミは新しい《混沌の皇女》として立派に――

「ワタシは、もーすこしお前に役割を押し付けてダラダラする予定だったのにぃ!! こんなに超特急で事が運ぶなんて全然予測してなかったんだからな!!!」


 知らねぇよ!

 俺だってこんな結末アウトルックできるか!!

 

「だから、お前にはこれからワタシの手伝いをして貰う事にした」


 “した”って……何とも唯我独尊な決めようだ。

 だが、彼女にこの先もっと立派になってもらわなければならない俺としては、願ってもない申し出である。


「この転がってる人形共のお友達にでもなれってか?」

「それも良いが、さっきもっと良い役職を思いついたのでな」


 そう言って、ブランが右手の中指を鳴らすと、人形用の衣装だんすから一着の黒衣が飛び出した。

 俺の周りを三周回って、背中にかぶさり袖を通す。

 短い腕と、膨らむ腹にぴったりはまったその服は。

 ――アッシュ皇族専属の紋章が付いた、渋い上質の執事服だった。

 

「と、いうわけで」


 窓を背に、ブランの瞳が悪戯っぽく笑う。

 

「よろしく頼むぞ。マイ・スチュワード」


 差し出された皇女の右手の甲に、俺は小さな口づけをして。

 

「――仰せのままに。プリンセス」


挿絵(By みてみん)


 熱い視線を絡め合い、答えた。

 

 二人きりの静かな夜は、街の光をゆらめて灯る。

 

 “何か、上手く行き過ぎている”心の片隅に残った不安を、濃い思い出で滲ませながら――――

 

 


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