記憶
前回で終わらせようかと考えていましたが、悪役達の処分があった方が良いかと思いまして、書いてみました。
その後、卒業式は、四人が壁に埋まったままで、改めて催された。
卒業生や保護者、教師がチラッ、チラッと視線を向けるので、講堂内にはなんとも言えない空気が流れた。そして、王弟であるレナードから愛の告白をされたジルベルトには、ある種の熱い視線が集まっていた。会場全体が集中できず、グダグダに式は終わった。
それから間もなく、第一王子ロイトの廃嫡、王国第一騎士団団長の子息ケネスの廃嫡、王国魔術師団団長の子息ジョナサンの廃嫡が決り、現宰相の子息ジルベルトへの謝罪をし、鞭打たれ、治療をされる事もなく、公爵家の所有する塔へと一生幽閉される事になった。そして、元男爵家令嬢ライラは、着の身着の儘に最果ての修道院へと流刑される事になった。彼女は、護送される馬車に乗り込む最後まで「私は、ヒロインなのよ!なんでこんな目に!」と言っていたらしい。
そして、一番国民が驚いたのは、王弟レナードが実は、王女アナベルなのだと発表された事だった。唯一の王位後継者の為、すぐに立太子式が執り行われ、正式にアナベルは、王太子となり、同時に公爵家の子息ジルベルトと婚約した。
国民のジルベルトに対しての憤り、妬み、嫉妬等の醜い感情は、凄まじかったが、アナベルのジルベルトに対しての溺愛ぶりに暴徒化しそうだった勢いも鎮静化していった。裏で実は、アナベルが実力で黙らせたといえ噂が流れたが、それもたちどころに消え去った。
ジルベルトのストヴォール家の屋敷にある庭園をジルベルトとアナベルは仲良く二人で歩いている。今までとは違うのは、アナベルが男装ではなく、淑女に相応しいドレスを着ていることだろう。薄い浅葱色のドレスの裾が、アナベルの動きでフワリと舞う。
「何故、婚約なんだい?」
少し不満そうなアナベルは隣にいたジルベルトの前に回り込む。その動きで金の髪がサラサラと流れる。庭園に咲き誇る薔薇と浅葱色のドレスを着た天使の美貌のアナベルが絵画の様に美しい。そんな美しい女性が自分を不満そうに見詰める。
「え?私と婚約するのは、嫌でしたか?」
猛烈なアナベルのアタックに早々に折れたジルベルトが少し驚いた表情をする。もしかして、冗談だったのかと少しだけ胸が痛んだが、そうではないと言うアナベルの言葉に小首を傾げる。
「今までの様に『僕』と言って欲しいのだけどね。可愛いし。そうでは、なくてね。結婚でも良かったんだよ?」
大輪の薔薇も霞んでしまう様なアナベルの微笑みに首まで真っ赤にしてしまうジルベルト。
「準備期間が欲しいです!」
「ふふ。ジルは、可愛いね」
アナベルは、婚約してからジルベルトをジルと呼ぶようになった。ジルベルトは、アナベルが自分の事をジルと呼ぶ度に擽ったくて仕様が無かった。それと同時に懐かしくもあり、その度に首を傾げる。
「可愛くないですよ!」
顔を真っ赤にさせ両手を突き出して全力で否定するが、突き出した手をアナベルは掴むと自分の胸まで持って来て、ジルベルトを引き寄せるとジルベルトの耳元に唇を近付けて囁いた。
「そうかな?触ると凄く柔らかい亜麻色の髪も感情が透けて見える優しい鳶色の瞳もスベスベした頬も柔らかい唇も抱き締めると程好く弾力のある筋肉も香水をつけていないのに良い匂いがする…」
「止めてください!なんか卑猥です!」
半泣きで、アナベルの口を塞ぐジルベルトに蕩ける笑顔で愛しそうに微笑みかける。
「ええ~、まだ足りないよ」
押し付けられた手にキスをし、驚いているジルベルトの両手を取るとまたキスを落とす。恥ずかしくて涙目になっているジルベルトが可愛くて仕方ないアナベルはもっとくっつきたくて体を寄せていく。
すると庭園の奥の四阿で、茶器を傾けながら、二人の様子に水を差す人物が座っていた。
「そうだぞ。もっと言ってやれ」
お茶を飲みながら二人を観賞しているグレンがアナベルを煽る。
「なんで、陛下がいるんですか?」
ここは王宮ではなく、宰相家ストヴォールの屋敷だ。本来ならば、グレンがいる場所ではない。
「…………休憩だよ」
目を泳がせるなから茶器を傾けるグレン。これは、休憩ではなく、宰相ナルサスから逃亡してきたのだなとアナベルとジルベルトは察した。
「引退するかい?」
呆れ顔のアナベルがそう言うとグレンが慌てて反論する。
「まだ私は、若いんだよ!王位に就きたかったら、私を倒してから…」
「分かったよ」
グレンの言葉に一つ頷くと徐に拳に魔力を纏い始めるアナベルを焦るジルベルトが、止める。
「アナ!止めて下さい!!」
「ジルがそう言うなら…」
「ガクガク、ブルブル」
本当にガクガク、ブルブルしているグレンは、青い顔をして擬音を発する。
「ほ~ら、グレン帰りますよぉ~」
「ほぎゃぁぁぁぁ!!」
グレンの背後の叢から突然飛び出すナルサスと本気で驚くグレン。そして、そんな絶叫に驚くアナベルとジルベルトは、同時にビクッとした。
「書類が滞ってるんですよ。早く、帰りますよ」
叢から出てきたナルサスは全身に葉っぱをつけたままだが、特に払う事もなく、グレンの首根っこを捕まえる。
「ビックリした!やだよ!ナルサスのせいで最近、寝つきが悪いんだよ」
「昨日は、何時間寝たんですか?」
「十時間」
「寝過ぎですよ!!」
ナルサスは有無を言わせずに上司であるグレンを引き摺って、去っていった。
呆然と去っていった嵐を見ていたが、話題を変えようとアナベルが口を開いた。
「そう言えば、ここには、青い薔薇があるんだったね」
「え?あ、はい。見ますか?」
「ふふ。見せてくれるかい?」
「勿論です」
ラディーチェ公爵家では、世界で唯一、ここにだけ青い薔薇が植えられている。その薔薇は、ジルベルトが、まだ幼い頃に突然変異で青い蕾をつけた。幼いジルベルトが、大事に端正込めて今まで育ててきた品種だった。ジルベルトに大切に育てられた青薔薇は、その愛情に答えるように見事に咲き誇り、今では、庭の一角を青く染めている。
「見事だね」
「ありがとうございます」
ジルベルトは、腰に挿したままだった剪定鋏で、パチンと小気味良い音を鳴らし、青薔薇を切った。棘を丁寧に取り去るとアナベルの髪へと挿した。
「似合うかい?」
「はい。とても」
ジルベルトにそう言って貰えて、嬉しくてアナベルの頬は、ほんのり色付いた。すると、以前もこんな事をした事があるような気がすると既視感に襲われた。しかし、次の瞬間には、記憶の彼方へと逃げてしまった。掴めそうで掴めない記憶に不快感が募るジルベルト。
「どうしたんだい?」
「以前も花を誰かに送った?」
考えていた事が口から漏れてしまったジルベルトは「しまった」と思い、アナベルへ向き直った。が、そこには、
「!」
ジルベルトの過去の女性の影が、見え隠れするような発言に怒るでもなく、泣くわけでもでもなく、ただただ青くなったアナベルが、そこにいた。
慌てるジルベルトに取り繕うようにアナベルは、大丈夫だと言うが、手を取ってみると、いつも温かく心地好い体温が、今は、冷たく冷えきっている。
「アナ?どうしたんですか?」
「…ジル、今日は帰るよ。庭を案内してくれて、ありがとう」
アナベルは、ジルベルトを庭園に残したまま、足早に去って行った。
立ち竦んでアナベルの足早に去る後姿にまた、記憶を喚起された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジル………て」
小さな女の子が泣いている。
「……………僕の……」
「……殺す……」
必死に何か、言っているようだ。
「そ…………」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「!」
胸を裂かれる様な悲鳴に意識が覚醒した。白昼夢の様だったが、とてもリアルに感じた。心臓は壊れそうな程に早鐘を打ち、汗も掻いているのか、シャツが肌に貼り付いている。眉を顰め、嘆息すると着替えるために屋敷へと足を向けた。
読んでいただき、ありがとうございます。読んでくれたアナタ様は、神様です!