九十三話 凶報、朝倉の怪異なんです
モンハンが忙しくて大変ですが、頑張って書いたので褒めてください。あとポイントください。
物語の二度目のターニングポイントとなる第九十三話です。
浅井親子の最期を見届けた後、浅井家の残党は小谷城を織田軍に明け渡して降伏した。
とはいえ、名だたる将の殆どが討死か、長政に殉死したため、織田方に降ったのは女子供や末端の兵士ばかりであった。
こうして浅井家との短くも長かった攻防は終わり、俺たちは諸々の戦後処理のために、小谷城からおよそ十キロほど離れた織田家の城・横山城に帰還していた。
◇◇◇
「それじゃあ信忠に代わって……、皆さん、お疲れさまでした。乾杯~」
「「「乾杯!!」」」
信忠が不在なので、俺が代表として音頭をとり、皆が杯を掲げる。
未だ織田家の情勢は不安定ではあるものの、一先ずの区切りとして、小さな祝勝会を挙げることにしたのだ。
豪快に酒を次々と飲み干していく者や、料理に舌づつみを打ちながらちびちびと酒を嗜む者。三者三様に宴会の楽しむ様子を眺めながら、俺もまた、薄めの煎茶が注がれた木製のカップを口に傾け、場の雰囲気に酔いしれるのであった。
「おぉう、飲んれるかぁ~久助ぇ~」
「飲んでねーよ。ってか潰れない程度にしとけって言ったろ!?」
「らいじょーぶ、らいじょーぶ~。俺はまだまだ飲めるぞぉ~」
ぷはっとアルコール特有の酒臭い息を吹きかけながら、ベロンベロンになった氏郷がダル絡みしてくる。
今回の宴に参加しているのは、主に蒲生隊、信康隊、滝川隊の、攻城戦において前線で戦った者たちだ。
信忠の「慰安もかねて、一足先に彼らを休ませてやってくれ。戦後処理くらいは俺に任せておけ」との発案で始まった催しで、そんな彼とお目付け役の恒興、側近の才蔵、あとは羽柴隊の皆さんが小谷城に残り作業を行っているので不在である。
まだ仕事している仲間がいるのに、こんなどんちゃん大騒ぎしていいものか? とちょっとした罪悪感があったが、そんな俺の背中を押したのは、意外にも織田家に戻ってきたばかりのお市様であった。
「功を挙げた分は素直に労われておけ。褒美を受けぬのもまた無礼であるぞ」
と、恐らくその場で最も発言力のあるお市様に言われては断りようがなかった。
こう遠慮がちになるのも現代日本人特有のクセなのかな? なんて思いつつも、開き直って足を延ばさせてもらうことにした。
「うむ……。流石は織田の料理人、浅井のよりも美味であるな」
そんなお市様も、あたかも当然かのように宴会に参加し、俺の右隣の席でニコニコと笑顔を浮かべながら、久々の織田家の料理の味を楽しんでいた。
祝勝会参加者の面々は若手や徳川勢が多く、実はお市様とそれなりに面識がある者が殆ど居ないのだ。それこそお市様が浅井に嫁ぐ依然から、信忠の右腕候補として育てられてきた俺くらいなものだ。
だからこそ唯一の顔見知りであり、同時にこの場で恐らく最も位の高い俺の隣に彼女が来るのは当然であるのかもしれないが……。
「かかさま、おいしーです」
「おさかな~?」
「フフ、沢山食べるのだぞ」
そんな彼女の更に右隣には、茶々、初の姉妹が周囲の雰囲気もいざ知らず、食事に熱中しているから大変なのだ。流石に江は不在であったが。
穢れを知らない天使たちに、氏郷のような馬鹿共を近づけないように、最後の砦として立ちはだかる役割も、何故か宴会での最重要任務になってしまっていた。
こういう時に頼りになるはずの氏郷専属ストッパーは、慣れない酒のアルコール分にやられて既に機能していない。
「濁酒……、度し難い……。度し難い……」
なんて虚ろな目で繰り返し呟いている彼は、どうやら人生初の飲酒だったらしい。
この戦国時代には当然、未成年者飲酒禁止法なんて法律は存在しない。ていうかそもそも成年の概念が現代と違うしね。
具体的に何歳になれば酒を飲んで良いというのはなく、だいたい元服すれば、酒を飲んで咎められることはまず無い。
とは言え、こういう場では場の雰囲気に流され、子供でも酒を飲まされることもしばしば。
若手には余り無理をさせるなよと年長組には言い聞かせてはいるが、現代に比べて緩い時代なのだ。多少は仕方が無い。
そういう俺も、精神年齢こそ前世を足せば三十歳越えの年長者であるが、体は子供だし、生前も飲酒の経験は無い。
初めて濁酒を飲んだ時は、その米麹独特の甘さとアルコール分により、早々にリバースした苦い経験がある。そうした経験から、俺はこういう場でも殆ど酒は飲まず、大好きな薄めの煎茶で料理を楽しむのがいつものスタイルになっているのだ。
そんな板挟みの状況にシラフの俺は苦労させられつつも、楽しい束の間の休息の時間は、あっという間に過ぎていったのであった。
◇◇◇
その翌日も休養日とし、二日後からは早速通常営業だ。
現在は信長様率いる織田軍本隊が、関ケ原から北上し、朝倉氏の本拠である越前国・一条谷を目指している。
信長に付き従う将は主に、柴田勝家、佐久間信盛、佐々成政、前田利家などといった、古くから信長に従う重臣の面々であった。
中国方面・京の守護に残された明智光秀や織田信孝(信忠の弟)や、信忠軍に配属された者を除けば、ほぼ全ての将が参戦しているといっても過言ではない、万全たる戦力であった。
近江に残っている俺たちの役割というのは、戦後処理以外にも、いざと言うときの信長本隊への後詰め、万が一上杉や武田が動き出した場合への対応……。まぁ言わば遊撃である。
武田に対しては北条家が睨んでいるし、どうやら稲子の戦いで敗戦した落ち目を狙った北関東の佐竹や蘆名が、武田領にちょっかいをかけているらしい。
佐竹も蘆名もいずれは北条家と共に飲み込む予定なので、彼らの小競り合いなどどうでもいいのだが……、武田の気を逸らしてくれているのは中々に好都合であった。
上杉は相変わらず情勢が読めないままだ。というのも、夜鷹隊の優れた諜報員を放っても、上杉勢の暗部の妨害に遭い、充分な戦果を挙げられず仕舞なのだ。
こればかりは後身を立派に育て上げた、ミケの師匠・加藤段蔵を恨むしかない。厄介なことしやがって……。
だけどまぁ、朝倉の救援に向けて出陣する様子は無いようで、不確定な情報ではあるが、何でも上杉家中では内乱が発生しているとか……?
――上杉家の内乱と言えば、後継者問題で荒れた「御館の乱」が有名だ。もしかしたら時期早々ではあるが、それに似た問題が発生しているのかもしれないな。
まぁそんな建前で近江に居残りしているが、本音は「浅井攻めご苦労。朝倉攻めは本隊に任せて羽を休めておくがよい」という信長様からの休暇通知のようなものであった。
「だからと言って、完全に気を抜ける状況ではないんだけどね」
「勿論です! 戦国乱世は常に何が起こるかわかりませんからね」
零れるように俺の口から出た呟きに、鈴はグッと両手を握り、気合を入れるかのような仕草で答えた。
彼女の言う通り、武田と上杉は現状脅威とは成りえないが、織田家に歯向かう勢力は当然それだけではない。
何時どんなところから敵が生まれるかなんてわからない。時には味方が敵になる……なんてこともあり得るから、常に気は抜けないのだ。ただ……。
「……なんでいんの?」
しれっと会話していた愛妻は、三河の岡崎城で夫の帰りを待っているはずなのだが、じゃあここにいる彼女は何者なのだろうか。影武者? そんのもの用意した記憶も無い。
「岡崎から三日で馬を走らせて来ました! 三河からなら近いですね」
ご本人でした。
流石というかなんというか……やることが義母上と同じである。親子だなぁ。
「うーん、女の子には戦場は危険だと思うんだけど……」
「何をおっしゃいますか。戦場に女子がいることなど珍しくもないですのに」
出来れば城でおとなしく待っていてほしいのだが、わかりましたと素直に帰ってくれる人じゃないというのはわかっているので、どうにも困ってしまう。
戦場は男の世界というイメージは当然のようにあると思われるが、実は戦国時代の戦場には女性の姿もあったと言われている。
実際に、現在の静岡県沼津市に存在する「千本浜の首塚」という遺跡では、1580年に武田軍と北条軍が戦った千本浜の合戦にて討死した死者の遺骨が多数発見されている。
その中には女性と思われる遺骨も多く見つかっており、当時の足軽の3割程は若い女性であったと推測されているようだ。
生前の記憶に、戦国時代にタイムスリップした女子高生が、一目惚れしてしまった若君の為に戦場を駆けまわる――という女性足軽を題材とした作品があった気がするが、タイムスリップを除けばあながちそういったラブストーリーも陰ながらに存在していたのかも?
とはいえ、流石に戦国武将の妻が足軽に混ざって戦に出るというのは聞いたことが無い。
妙印尼や妙林尼のように戦場に出た女性の例はあるが、前者はその時実質的に彼女が由良家当主のような立場であったし、後者も鶴崎城城主が不在であったため、彼女が籠城戦・追撃戦の指揮を取らざるを得なかったのである。
いずれにせよ、こう積極的に戦に出たがる女性なんて記録上はいないハズなのだ。
「私も旦那様の為に戦います! 大丈夫です、新六郎兄上と小次郎兄上よりは腕が立ちますから」
「それは……まぁ、うん」
それには同意せざるを得ない。確かに下手な男子よりは確実に腕っぷしが強いのは間違いない。
「(ま、下手に勝手されるよりは、監視下で適度にやらせてあげた方が安全か。)おーい、トミ子」
「トミ子って呼ばないでください!」
そう呼んだだけで慌てて現れたのは、夜鷹衆・赤帯隊の副隊長にして風魔小太郎の娘、ご存知†常夜†こと風魔トミ子ちゃんだ。
「暫くは索敵・諜報の任を部下に引き継いで、お前は鈴の護衛についてくれ。安全第一にな」
「はぁ、了解しました」
色々と癖は強いが、基本的には真面目で優秀な常夜に任せておけば大丈夫だろう。
「鈴も、例え戦があったとしても、弓はいいけど刀や薙刀はナシな。あんまり心配するようなことはしないでくれよ」
「やったぁ! わかりました!」
この辺りが妥協点だろう。どーせ信長様の朝倉征伐が終わるまでは留守番しているだけだろうし、戦に駆り出されることなんてありはしないさ。
「(あれっ、これってフラグだったり……?)」
そう不穏なことを考えた瞬間であった。
夜鷹衆の諜報部隊・黒帯隊の隊長・鳶丸が、血相を変えて駆け込んできたのだ。
それはただならぬ事態が発生したことを物語っていた。
彼の様子に、その場に居合わせていた俺と鈴は一先ず彼を落ち着かせ、常夜はミケと氏郷、景虎と信康を呼びに行った。
数分後、城内に居た各位が一室に集まったところで、漸く鳶丸は驚愕の報告を口にしたのであった。
「越前を目指していた信長様の軍勢の先鋒部隊が、朝倉軍の奇襲を受け壊滅! 被害の全貌はハッキリとわかってはいませんが、柴田様と佐久間様が敵弓兵の狙撃を受け、討死された模様!」
はっ?
1572年、春。
一つの脅威が去り、訪れたと思った平穏な一時。それは無残にも一瞬にして崩れ去った。
順調に来ていた久助の戦国史に突如発生した"イレギュラー"。朝倉義景の猛威が、久助に牙を剥こうとしていたんです。
ちょっと勢い余って、柴田さんと佐久間さんには特に出番無くリタイアとなってしまいました。
この先の展開に彼らが生存していると厄介なので……っていう裏話。許してね。
さて、次話からいよいよこの章の本題である対朝倉戦が始まります。
どんどん下がる信長様の株。どうなってしまうんでしょうか? 彼が戦に勝つ日は来るのか?




