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九十二話 お市様と浅井家の滅亡なんです


 京極丸が陥落した後は、実に呆気のないものだった。

 いや、小谷城にとって、京極丸は大動脈のようなもの。そこを絶たれては浅井勢に打つ術が無いのは、敵味方ともにわかりきった結末であった。


 京極丸を攻略した蒲生隊が次の標的に選んだのは、浅井長政の父・久政が籠る小丸であった。

 小丸は正面から少しずつ、確実に防衛拠点を攻略しながら攻め込んでいる、信康率いる徳川軍。そして背後から破竹の勢いで襲い掛かる蒲生軍に挟まれる格好となってしまった。

 当然、小丸の僅かな戦力だけで状況を一分でも覆せる訳も無く、久政は配下に切腹するための時間稼ぎを最期の命令として言いつけ、小丸にて友と最期の盃を交わし、その後に自刃して果てた。


 そして残るは本丸だけであった。

 小丸を制圧した蒲生隊・信康隊は合流し、麓の織田軍本陣と、山の向こう側で陽動を続ける羽柴隊に合図の信号弾を放った。

 その赤色の信号弾が意味するのは『総攻撃』。小谷城攻略へ王手をかけ、蒲生隊・信康隊・羽柴隊は、それぞれ本丸の包囲に向けて動き出したのであった。




◇◇◇




 そのまま勢いに任せて本丸を攻略するのは簡単だ。敵兵の多くは絶望的不利を悟って逃げ出し、雀の涙ほどにまで落ち込んだ士気では、最早防衛として機能はしていないだろう。

 力任せに全軍で雪崩れ込むも良し。油でも撒いて焼き払うも良し。鳴神(なるかみ) Mk‐Ⅱ(まぁくつぅ)の砲撃で吹っ飛ばすも良し。

 しかし、そうしない。いや、そう出来ない理由が俺達にはあった。

 だからこそ、ここまで出番のなかった俺がこうやってコッソリと敵城本丸に出向き、戦火の混乱の隙にとある人物と密会していたのだ。


「――という訳で、いずれ本丸も炎に巻かれます。そうなる前に、是非私と共に下山して頂きたく……」


 真っすぐな瞳で俺を見つめる絶世の美女に対し、俺は緊張しつつ頭を下げた。

 そう、俺の目前にいる女性は、主君・織田信長の実妹にして、浅井長政の妻、お市様なのである。



 今回の小谷城攻略戦で、俺が滝川隊を率いて戦闘に参加していなかったのは、そもそもウチの部隊(夜鷹衆&九鬼水軍)が攻城戦向きじゃない部隊だということもあるが、俺が一忍衆としての大仕事を信長様から請け負っていたというのがある。


 もうお分かりかと思うが、『お市様、並びにご子息・ご息女の救出』こそ、俺に課せられた今回の最重要ミッションであるのだ。

 別に幽閉されている訳でもないから、救出というか……。奪還というか……。そのあたりの言葉のニュアンスは、都合よく解釈してくれると嬉しい。


 ご存知の通り、お市様と長政の間には三人の実娘がいることは有名だ。

 長女・茶々。 次女・初。 三女・江。

 織田の血と浅井の血を継いだ三姉妹は、戦国史で最も有名な姉妹と言っても過言では無いだろう。


 そんな彼女らの人生については以前にもお話したとおりである。

 

 長女の茶々は淀殿と名を改め、時の天下人・豊臣秀吉の側室の一人となり、継承者問題に苦しんだ秀吉にとって唯一の実子を産んだ人物である。そして豊臣家の幼き当主、次男・秀頼を操り、実質的に豊臣家の頂点に立った戦国最後の女帝である。

 

 次女の初は他二人に比べれば聊か地味ではあるものの、浅井家の主筋にあたる名門・京極家に嫁ぎ、戦国後期には豊臣と徳川の仲を取り成すために奔走した人物の一人である。夫・高次は、大津城籠城戦における奮戦がエピソードとして有名だ。


 三女の江は徳川家二代将軍・秀忠の妻となり、三代将軍・家光を産んだ人物である。その血筋は長きにわたって絶えることなく継承されていき、現代でも今上天皇・明仁様がその血筋を受け継いでいる。三姉妹で最も後世に影響を与えた人物であるだろう。



 ……とまぁこんな風に、お市様は勿論の事、その娘たちも戦国史において、いや、歴史上において非常に影響力のある人物たちなのだ。

 そんな彼女たちを城ごとふっ飛ばしたりでもしてみよう。この先の歴史にどれだけの影響を与えるのか知れたものではない。それは間違いなく歴史を粉々にぶち壊す一撃になるだろう。彼女たちはそれほど重要なファクターなのだ。

 織田軍が攻勢に踏み切れないのも、彼女たちの安全を確保することが最優先であったからなのである。




 話を戻そう。スッと頭を上げた忍装束の俺を見つめるお市様と、そのお市様の背に隠れながら、ひょっこりと頭でけ出して、じーっと俺を見つめる二対四つの小さな瞳。そしてもう一人はお市様の腕に抱えられ、戦火の最中などと知ったことかと、スヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。


 お市様とは嫁入り前にもある程度の面識があったが、彼女たちの顔はお互いに知らない。でも幼いながらに将来性をひしひしと感じさせる美貌、そして母によく似た面影。間違いなく彼女らが茶々・初・江の三姉妹だろう。

 「ニンジャ?」「にんじゃ~?」と口々に俺の風貌について喋る様子は、なるほど、年相応の幼さを感じさせる。

 俺の記憶が正しければ、1572年現在で茶々は3歳、初は2歳、江に至ってはまだ産まれていないはずであるのだが、歴史の食い違いだろうか。俺の眼前には三姉妹が勢ぞろいだ。

 まぁ史実との差異など今に始まったことではないし、そんなこともあるか……なんて考えていると、暫し沈黙を保っていたお市の方がフッと笑い、沈黙を破った。


「無論、其方に従おう。なぁに、元より小谷の城が落ちる時は、そのつもりであったからな」

「……へっ?」


 それは意外にも、夫と別たれることをあっさりと快諾する返答であった。

 前世で様々な物語を読み込んできた俺としては、もっとこう、夫と共に死を選ぼうとするとか、別れを渋るとかっていうのを予想してたんだけど……。


「浅井家で過ごした五年間、長政様と死に別れるのは勿論寂しくも悲しくもある……。だが、所詮は五年だ。織田信長の妹として過ごした二十年に及びはせん。浅井の妻である前に、私も織田の娘だ。見縊るなよ?」


 キョトンとする俺に対し、お市様はお兄様とソックリな素敵な笑みを浮かる。その豪胆っぷりに、思わず圧倒されてしまった。


「(あぁ、そういえばこの人、こういう人だっけ……)」


 ご無沙汰だったので忘れていたが、このお方、史実では運命に翻弄された悲劇のヒロインであるため、二次創作では何かと儚げに描かれるイメージがあった。

 だが実際に会ってみれば全くそんなことは無く、正に魔王の妹と呼ぶに相応しい信長ソックリの烈女であり、そして何よりも織田の娘であることを、信長の妹であることを誇りに持っていたのだ。


 例えば、金ヶ崎撤退戦で有名な「前後を縛った小豆」のエピソード。アレは信長の身を案じたお市の方による、兄妹の絆を語る逸話として語り継がれている。

 でも考えてみれば、それが本当であれば立派な内通行為、とんでもないことだ。そういったことからも、やはりお市の方にとっては浅井<織田であることが窺える。


「さぁ行くぞ、久助。兄上が待っているからな」

 

 現に目の前のお市様はこんなにも勇ましいし、史実もアテにはならんなぁ。と、そんなことを想ってしまった久助であった。




◇◇◇




 浅井家の嫡男・万福丸は、既に家臣・藤堂高虎と共に城を脱出済みとのことだったので、お市様と娘三人を連れだした後、織田軍は待ってましたと言わんばかりに、いよいよ本丸に総攻撃を仕掛けた。


 とはいえ最期の防衛戦に士気を保っていたのは、海北綱親や赤尾清綱といった重臣の将とその配下の部隊くらいのもので、雇われの兵や徴兵された民兵などは、既に命惜しさに逃げ出した後だった。

 残る浅井兵たちが抗戦の構えを見せるのも、それは状況を覆そうというものではなく、ただ武士としての矜持を示そうとしているだけに過ぎなかった。


 海北綱親ら、およそ五百は長政の最期の時を稼ぐために奮戦し討死。そして長政は、弟・政元、重臣・赤尾清綱と共に自刃して果てた。

 浅井長政、享年二十八歳。江北の戦国大名・浅井家は、初代・亮政から僅か三代で、歴史上からその名を消すこととなったのであった。




1572年、春。

織田包囲網の一員として織田家を苦しめた浅井家は、信忠軍の攻勢により、遂に戦国史から姿を消した。

そして次の標的へ向け、信長本隊が動き出すんです。




本当はもう少し進める予定だったのですが、突如腹痛に襲われたためここまでにします。


続きは大事なテストが終わったら……。もう少しお待ちください。



次回はこの作品の重要なターニングポイントとなる予定です。多分。

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