九十話 風見鶏の武士と次世代への希望なんです
すみません、中途半端な長さですが区切りが良かったので、今回は短めです。
明日か明後日も書く予定なので、それでなんとかご了承を。
その頃……丁度、織田軍による小谷城への夜襲作戦が行われている頃だ。
夜の静けさと月明りに紛れ、小谷の城が離れていく影が二騎あった。
一人は大柄な鎧武者で、もう一つは鎧武者と、その男の前に抱えられるように馬に乗る、随分と小柄で幼い男児の姿であった。
「なぁ、高虎よ。……浅井家は、滅びるのかな」
「そうだな。今の浅井には、織田軍の攻撃を凌ぐ戦力は残っちゃいない。こうして万福丸様が城を脱出しているのが答えだ」
「そうか……。父上は、死ぬのだな」
「……そうだな」
高虎と呼ばれた鎧武者は、少々言葉を詰まらせた後、ハッキリとそう答えた。
浅井家が命運を賭けて最期の戦に挑んでいる中、戦場を離れるように馬を走らせているのは、浅井長政の嫡男・浅井万福丸と、その護衛に就けられた藤堂高虎であった。
万福丸はまだ年齢にして十歳の子供であり、一人で馬に乗ることが出来なかった為、彼の教育係を務める男が代わりに手綱を引いていた。
彼らがこんな所にいる理由は単純だ。長政は自らの最期を察し、手遅れになる前にせめてもと万福丸を逃がしたのだ。
万福丸はまだ元服も初陣もしていない子供だとはいえ、その血筋は立派な浅井家の嫡男だ。
この戦国時代の習わしとして、滅ぼした家の嫡男は殺すのが定説であったようだ。源平合戦において、平家は子供だった源頼朝を見逃し、その源頼朝に滅ぼされた教訓によると言われている。
勿論、史実においての北条氏政の嫡男・北条氏直のように、許され生きながらえるケースも無いことはないのだが……。
そのため万福丸は織田軍に見つかれば、きっと処刑されることになるだろう。
長政は家の存続の希望に賭けて万福丸を逃がしたのか、それともただ一人の父親として息子の命だけは助けたかったのか、その真意は定かではないが、藤堂高虎という貴重な戦力を共に付け、小谷城を脱出させたのだ。
「高虎は、織田軍とは戦わないのか?」
「……戦わねぇな。俺は浅井に命を捧げて死ぬつもりはない」
「では、僕の首を抱えて織田軍に降るのか?」
馬を並べる高虎に、万福丸は真っすぐな目で見つめながら、そう言った。
「……それもねぇな」
「それは、何故だ?」
高虎は万福丸と目を合わせることは無く、だがハッキリとこう言った。
「何故なら万福丸様を無事に逃がすことが、長政様に対する忠義だからだ。俺は『浅井に命を捧げるつもりはない』と言ったが、浅井を裏切るわけではない。生きて忠義を示す、それが俺のやり方であるだけだ」
その視線は、迷いなく真っすぐと先を見据えていた。
「そうか」
万福丸は、そんな高虎の考える武士のあり方に、ただ一言、静かに頷いた。
――その後の浅井万福丸の行方は知られていない。
史実では戦後に余呉湖のほとりに匿われていたところを発見され、関ケ原の地にて串刺しの刑にて処刑されたと言われている。が、この世界において彼が発見されることは遂に無かった。
そして、長政に対する最後の忠義を果たした藤堂高虎は、新たなる主君を求めて新天地を目指した。
1572年、春。
小谷城の戦の最中、浅井家家臣・藤堂高虎は主君への最後の忠義を示し、浅井家嫡男・万福丸は生きて歴史の闇へと姿を消した。
そして小谷城では……、遂に織田軍の獅子の騎馬が、浅井の喉元に喰らい付こうとしていたんです。




