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八十五話 歓迎会はピザパなんです

「ピザとピッツァは違う食べ物だろ!」というツッコミはナシでお願いします……。

作っているのはピッツァですが、ピッツァパーティじゃ語感が悪いので……。


「ピザを焼きます」


「「「はい?」」」


 久助の提案に、その場に居合わせた全ての人物が首を傾げた。

 いつも突発的な行動で皆を惑わす久助による歓迎会は、"ぴざ"なる謎の食べ物の材料を探すところから始まった。




◇◇◇




 事の発端は、北条家からやってきた鈴、三郎、常夜の歓迎会を行おうという催しが企画された時だった。



 小田原城を後にした久助たちは、道中、箱根等の未来の観光地に寄り道をしつつも特に大きな問題もなく、現在の居城・岡崎城に帰還していた。


 ちなみに、史実では徳川領であった三河国・岡崎城であるが、先の騒乱で徳川信康が織田家に降伏した際に、三河領は織田家の領地となったのである。

 代わりに徳川家は武田を駿河から追い出したので、富士川以西の駿河国、そして遠江国を領地としていることとなっている。


 そして東国の徳川家や北条家に対し、織田家中で最も顔が利く人材が俺であったため、岡崎城主として異例の抜擢となったのだ。


 ちなみに信忠は変わらず東国軍総司令官のような立場で、表向きには大垣城を居城としているが、基本的には久助とともに岡崎城や清州城、蟹江城、大垣城といった城を、用事に合わせて転々としていることが多い。


 氏郷や長可といった城を持たない仲間たちもそれに追従しているため、余程のことが無ければ普段はいつも一緒だ。

 それに加えて、岡崎城にいけば信康・五徳ちゃんが来訪したりと、そういった仲間たちで集まるのがここ最近の日常だ。



 話を戻そう。



 最初は岡崎城にて、俺・信忠・氏郷のいつもの三人でアイデアを出し合っていた。 


「普通に宴を催すのも良いが……」

「折角なら、俺達らしいことをするべきだな!」


 信忠と氏郷が、面白そうにそんなことを言う。

 初めは俺と信忠と氏郷の三人で催しの案を考えていた。だが中々良い案は浮かばず、その場に居合わせた面々を続々と巻き込み、会議は規模を増していった。


 その最中、久助が突然口にしたアイデアと皆の反応が、冒頭のそれであった。




◇◇◇




 準備として先ず最初に手を付けたのは、ピザ作りの基本、ピザ窯造りだ。

 細かいことは簡略するが、ピザ窯は大きく分けて、火を入れる層、ピザを入れる層、煙を排出する煙突があり、火力に耐えうる材質で作れば、最低限の役目を果たす窯が造れるだろうと考えた。


 現代に漫画やテレビで見たピザ窯造りの作業工程を思い出しながら、うろ覚えでピザ窯の設計図を紙に書き出していく。

 ミケと慶次にその設計図を見せ、大まかに問題が無いか確認する。二人は詳しいわけではないが、前の世界の知識があるぶん、他者よりも完成品のイメージがついているだろう。


 特に問題は無いのでは? とのお墨付きを頂いたので、早速ピザ窯を作ることにした。



 ……とはいえ、自らのんびりとDIYをしていられるほど自由のある立場でも無いので、ピザ窯造りは部下に委託することにした。

 そこで白羽の矢が立ったのは……。


「久助のボウズの頼みとあっちゃあ喜んでやるが、久々の出番がコレかいな……」

「ま、得意そうなのがお前しか思いつかなかったからな……」


 一応は滝川軍の所属であるが、普段は戦に参加せず、来る戦に向けて水軍の調練と鉄甲船の建造を担当していた男、九鬼嘉隆であった。

 彼の部下である水軍衆も、ピザ窯製作作業の人員として随分な数を派遣してもらった。


 なんだかんだ言いながらも試行錯誤を繰り返しながら、五台のピザ窯をあっと言う間に作り上げて、彼らは蟹江へと帰っていった。ありがとう嘉隆。




◇◇◇




 次に必要なのはピザの材料だ。

 一部は自前で用意出来るが、そうでないものもある。


 自前で用意できるものは、ベーコンなどの肉製品、チーズなどの乳製品、あとは鶏卵や一部の野菜等だ。


 ベーコンは俺の手作りだ。幼少期から肉類を保存できるようにと燻製には手を出していた。

 一般的な豚バラベーコンはそれほど難しくない。塩を揉み込んで寝かせた豚バラブロックを塩抜きしてから乾燥させ、桜チップで燻製にするだけだ。

 現代でも燻製器さえあれば簡単に出来るので、機会があれば是非やってみて欲しい。


 チーズも同様で、乳牛を飼育している滝川家なら問題なく生産できる。

 そもそもチーズは『蘇』という名称で、平安時代頃には日本国内で作られていた代物だ。

 武家の時代になって暫く、明治初期くらいまでチーズは日本の歴史から姿を消すことになるが、そんなことはお構いなしだ。折角美味いものが作れるのに、作らない理由がどこにある。


 温度計がないため、細かい温度調節で何度か失敗したものの、ピザパーティに必要な分だけのフレッシュチーズを作ることが出来た。




◇◇◇




 逆に、多くの食材にあふれている滝川領でも手に入らない食品はあるので、それは外から購入せねばならない。


 例えば、ピザ生地だ。

 ピザ生地はパン生地の発行段階を減らしたものを伸ばせばいいので、材料はパン生地と同じものでいい。


 この時代から小麦粉は国内でも生産されているが、当然ながら主食は米が正義であり、小麦粉の需要は少なく、そして高い。

 生地を発酵させるのに必須な酵母もなかったため、素直に海外商船から買い取ることにした。いずれは自家製パンを一から作れるようにしたいものだ。



 そして、この時代のピザ作りで最も難関となるもの、それは意外にもトマトであった。


 実はトマトなる野菜は、この時代には一般的には存在していない。

 トマトの原産は南アメリカ・アンデス山脈高原地帯で、地元民族によって栽培されていたマイナーな野菜であった。


 十六世紀にスペイン船によってヨーロッパに持ち帰られた後、二百年程の長い研究期間を経て実用的な野菜として誕生したものが、今日のトマトである。

 日本でトマトが食用として認知されるようになったのは明治以降で、栽培が盛んになるのは昭和以降である。トマトは意外にも歴史の浅い野菜なのだ。



 つまりこの時代にはトマトは手に入らないはずの野菜であったが、以前に堺で外国商船と取引をした際、偶然にも持ち帰る最中のトマトの苗木を入手することが出来ていたのだ。


 今日のトマトとはかけ離れるほど青臭くマズいものであったが、味を調味料で調節すれば、トマトケチャップとして利用する分には申し分なかった。

 そのため、収穫したトマトは全てケチャップに加工されて保存してあったのだ。まさかこんな時に重宝するとは思ってもいなかった。



 ピザソースは、ケチャップにマヨネーズ、ニンニク、バジル等を混ぜればそれっぽいものが出来る。

 ただマヨネーズ(鶏卵)とニンニクは仏教徒の禁忌に触れるため、ほぼケチャップのピザソースも同時に作った。


 これでピザ製作における、ほぼ全ての準備が整った。




◇◇◇




 そんなわけで歓迎会当日。会場の岡崎城に集まったのは、いつものメンバーの俺・信忠・氏郷。その家臣、ミケ・才蔵・長可。そして徳川家からのお客さん、信康・五徳ちゃん。そして……。


「は、はじめまして。虎松です」


 と、錚々たる面子に恐々とした様子で挨拶する信康の小姓……後の徳川四天王が一人・井伊直政くんだ。


 彼はご存知の通り、史実では1575年に家康に見出されるまでは、井伊家存亡の崖っぷちともいえる、非常に危機的な状況に立たされている。

 そんな彼を史実との歴史の食い違いの結果で万が一にも失ってしまった場合、徳川家にとって多大な損失となることは明らかだ。

 だから俺が信康に助言し、史実よりも早めに井伊家を徳川家に迎え入れていたのである。



 以上のメンバーに加え、歓迎される側である鈴・三郎・常夜が今回の参加者である。


 ちなみに嘉隆は「そんな重鎮だらけの場に混ざりたくねぇ」と参加を辞退。後々ピザ窯を自由に使わせてくれとのことなので、快く許可しておいた。


 慶次は「桜が綺麗な季節なんでな」と京から動く気が無いご様子で不参加であった。




 皆が無事に揃ったところで歓迎会が始まった。


 まず鈴たちが皆に自己紹介を済ませ、各自が彼女らに一言挨拶を済ませる。

 面倒な形式もなく、本当に手短で簡単なものだった。


 それも仕方がない。食いしん坊な男衆が我慢できないご様子であったからな。



「それじゃ、早速ピザを焼いていくにゃ~」


 ミケの掛け声に、オオッと歓声が上がる。

 ピザ焼き担当は、現代の知識もあるし料理も出来る、万能少女・ミケの仕事となった。


 クルクルと器用に伸ばしたピザ生地に、ピザソース・自家製ベーコンとチーズ・野菜等を載せ、九鬼水軍衆が造り上げたピザ窯に次々と放り込んでいく。



 電子レンジ等でつくるピザは焼きあがるのに時間がかかるイメージがあるが、本格的なピザ窯でつくるピザは、僅かな時間で焼きあがる。



「ほいっ、お待たせしました~。ピッツァ・マルゲリータですにゃ」


 円形の木製トレイに載せられたピザが、腹ペコ共の前に差し出される。

 焼き立てピザの香ばしい香りと、バジリコの爽やかな香り、トロットロに溶けたチーズが、食欲を激しく刺激する、実に美味しそうな出来栄えだ。


「ピッツァ・マルゲリータはナポリピッツァの代表格とも言えるピザで、トマトソース、チーズ(本来はモッツアレラ)、バジリコが主な具材となる。簡素だが奥深い、正にピッツァの王道と言うべき一品を、先ずは鈴たちが味わってくれ」


 ピザに手を伸ばそうとしていた氏郷の手を掴みながら、俺は言った。

 この場に序列の概念は存在しない。今日の主役は鈴や三郎だ。いくら腹が減ってるとはいえ、お前が先には食わせんからな。



「ふーっ、ふーっ……、熱っ! けど、美味しい!」

「ん、食べたことのない味……。美味い」

「この"ちぃず"とやら、餅のように伸びて不思議ですが、とても柔らかくてまろやかです」


 鈴、三郎、常夜は、一口食べて三者三様の感想を口々に述べていた。概ね高評価で嬉しい。


 鈴はどうやら猫舌? なようで、十分に冷ましてから食べたにも関わらず、熱さに目を丸くしている姿が非常に可愛らしい。

 おいミケ。「くっ、あざとい……」じゃねーよ。


 三郎は口数さえ少ないが、彼は非常に表情に出るタイプだ。

 特に喜びや驚きの感情はハッキリと見て取れる。現在もパクリと一口食べた瞬間に、明らかに目の輝きが増していた。

 好奇心旺盛な彼の御眼鏡にかなったのだろう。気に言って何よりだ。


 常夜は一口一口味を噛み締めながら、未知の食材を分析しているようだった。

 本当にスイッチさえ入らなければ、クールで仕事真面目な優秀な侍女さんなんだけどなぁ……。

 でもパクパクとピザを食べる手は止まっていないようなので、仕事なんて気にせず沢山食べて欲しい。



「久助! もう無くなっちまうぞ!」


 と、みるみる無くなっていくピザを前に、氏郷が悲痛な表情で訴えてくる。


「まぁまぁ。勿論次のピザを焼いているからちょっと待ってろって。ミケ~?」

「丁度焼きあがりましたにゃ。ほい、ピッツァ・ビスマルクに、ピッツァ・クアトロフォルマッジ。お待ちど~ですにゃ」



 タイミング良く、ミケが焼きあがった次のピザを持って来た。今度は同時に二枚だ。


「こちらはピッツァ・ピスマルク。半熟卵のまろやかな味わいがクセになるピザですにゃ。そしてこちらがピッツァ・クアトロフォルマッジ。様々なチーズをブレンドした、チーズ好きのための、チーズとバジルだけのピザですにゃ。お好みで蜂蜜をかけてお召し上がりくださいー」


 ミケはキッチリと自分の分のピザを切り分けて確保しつつ、丁寧にピザの説明をした。



 この二種類のピザは、俺のリクエストでミケに作ってもらったピザだ。……好物なんだよね。


 待ってました! と言わんばかりの勢いで、氏郷がピッツァ・ビスマルクにかぶりつく。


 ピッツァ・ビスマルクの定義は、中央に存在感を放つ半熟卵の有無だ。今回作ったものは、食いしん坊な氏郷たちのために、ベーコンなどの肉類を多めにトッピングした特別仕様だ。


 うん、氏郷や信忠、才蔵たちも大満足な様子だ。



 対して鶏卵や豚肉、ニンニク入りのピザソースを食すことに抵抗のある、熱心な仏教徒の長可。そして五徳ちゃんら女性陣や信康等の少食な面子は、チーズたっぷりのクアトロフォルマッジを気に入ったご様子だ。

 特に女性陣には、甘くて健康に良いハチミツをかけたものが人気なご様子。色々な味を用意しておいてよかった。




◇◇◇




 こうして、皆でのんびりとピザを囲みながら語り合い、北条家からのメンバーは、無事に織田家に受け入れられた様子であった。


 ちなみに、このピザの噂を聞きつけた織田・徳川家中の将、そして北条家にも話題になり、暫くは月一以上のペースでピザパーティが開催されることとなる。

 久助の居城・岡崎城は、『ぴっつぁの聖地』として後世まで語り継がれることとなる。






1571年、春。

久助の突発的な発案によって開催されたピザパーティで、無事に歓迎会は成功に終わった。

彼らののんびりとした時間は、まだまだ続くんです。


今年度最後の更新になります。


それでは皆さん、良いお年を。

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