八十一話 鈴姫のヒミツなんです
※変更点のお知らせ
鈴姫の髪型を変更しました。
ポニーテール→ショートヘアー
「お呼びになられましたか、義父上! 鈴、参上致しました!」
勢いよく部屋に飛び込んできたのは1人の少女だった。
栗毛色のショートヘアーが活発そうな性格を想像させ、動きやすさに重点を置くように独特な改造を施された小袖はそんな彼女によく似合っている。
そんな彼女の左手には何故か、よく使いこまれた跡が見受けられる短弓が握られており、彼女の肌に煌めく汗の滴を見るに、きっとその弓で鍛錬を行っていたのだろう。
彼女のあまりの勢いに、ミケはキョトンとした表情で彼女を見つめ、三郎は呆れた表情で溜め息をつき、そして氏政は相変わらず、クハハと豪快に笑っていた。
「(まるで……"弓腰姫"だな)」
そんな周りの反応など気にもせずキリッとした表情で立つ彼女を見て、俺はそんな印象を抱いた。
"弓腰姫"っていうのは、三国志の物語に知られる、孫家の娘で劉備の妻である"孫尚香"という人物のことだ。
三国志演義での孫尚香は、女性ながらに武勇に優れ、薙刀を自在に操り、弓を得意としていたという。
侍女には武装をさせ、自身も常に腰に短弓を装備していたために、そのまま"弓腰姫"という異名で知られているのだ。
目の前の少女も、まさにそんな偉人を彷彿とさせる佇まいであった。
「おっし、まぁとりあえず座れや、鈴」
「あ、はい。失礼します」
氏政の一声で我に返った鈴姫は、義父の隣にストンと腰を下ろした。
「じゃあ改めて紹介しよう。コイツが俺の養娘の鈴だ。年齢はお前と同じ、十五歳だ」
「初めまして、鈴と申します。常々、滝川様の武勇は伺っておりました」
と、鈴姫は礼儀正しく頭を下げた。ふむ、元気だけの粗暴な猪姫という訳ではないようで、打って変わってとても真面目そうな性格が窺える。
「こちらこそ初めまして、鈴殿。親しい人は自分のことを久助と呼ぶので、是非ともそう呼んで欲しい。そしてこっちが俺の部下のミケだ」
「久助様の側近を務めております、三毛と申します」
ミケも鈴姫に対して丁寧に礼をする。普段のおちゃらけた口調は鳴りを潜め、今日はどうやら化けの皮モードのようだ。
……普段は氏政や三郎の前でも取り繕った態度はとらないのに、珍しいな。
互いに簡単に自己紹介を済ますと、再び氏政が口を開いた。
「鈴は見ての通り、暇さえあれば弓や乗馬の鍛錬をしてるほどの武者っ娘なんだ。戦があれば『自分も出たい』と弓を持って駄々をこねるわ、同世代の男児を剣術の模擬戦で泣かしてくるわで、とにかく男勝りで変わった娘でな……。だが、同じく変わり者のお前さんにはぴったりの相手だろうよ」
「勝負事に手は抜けません。弱い男が悪いのです」
「まぁ、ハハ……」
ニヤリと笑みを浮かべる氏政に、思わず苦笑いしてしまう。
ちなみにだが、こんな乱世の時代だ。男のように武装して戦った女性の名は、いくつか歴史にも残されている。
例えば、井伊家の女当主・井伊直虎、立花宗茂の妻・立花誾千代、本多忠勝の娘で真田信之の妻・稲姫は非常に有名なところだろう。
それ以外にも島津絶対殺すウーマンで知られる大友家家臣の娘・妙林尼、三島明神の権化と呼ばれた瀬戸内のジャンヌダルク・大祝鶴姫など、逸話が残されている人物だけでも、戦乙女というのはそれなりに存在していたのだ。
とはいえこういった女性が珍しいことに変わりはないので正直ちょっと面食らってしまったが、俺自身はこういった人柄を嫌煙してはいないし、むしろ印象としては良い方だ。
今にもポキっと折れてしまいそうなか弱い淑女よりも、こういう自然と元気を振りまいてくれそうな明るい娘のほうが、俺としてはすごく惹かれる。
そんなことを考えていると、鈴姫は突如ズイっと身を乗り出し、興奮した様子で俺の手を両手で握ってきた。
「実は、鈴がこうして武術に励んでおりますのは、久助様に憧れていたからなのです」
「え、俺に?」
唐突なカミングアウトに、俺は首を傾げる。どういうことだ?
「鈴の実家は元々は大名家でありますが、小国であるために北条家の下でなんとか生き延びております。ですが鈴の兄上2人は軟弱で不甲斐無く……兄上たちに任せていたら、きっと家は滅んでしまいます。鈴がなんとかせねばと思いながらも、女だから何も出来ない無力さを、いつも感じておりました……」
と言いながら、握った拳をワナワナと震わせる鈴姫。余程ダメな兄貴なんだな……。
「そんなときに、鈴は久助様の武勇を耳にしました。12歳という若さで次々と功績を挙げ、あっという間に織田家重鎮の一角を担うまでに成長した若武者の話を……。それを聞いて思ったのです。年齢や性別など関係ないと。力さえつければ、鈴にも出来ることがあると!」
鈴姫は俺の両手を握り直し、ブンブンと上下に振りながら熱弁を続ける。ちょっと痛い。
「それから鈴は久助様を目指し、鍛錬に励みました! 例え兄上がダメでも、鈴が家を支えられるようにと……! そして、こうして何時かは殿方と婚約を結ぶ日が来るとは思っていましたが、憧れの久助様との婚約を結んでいただき、鈴は感無量でございます!」
「そ、そうか」
ミシミシと音が聞こえてきそうなほどガッチリと手を握りつつ、ウットリとした表情で見つめてくるので、あまりの迫力に圧倒されてしまいそうだ。
これまでの人生で俺の周りにいた女性といえば、飄々としていて腹の内が読めないような性格をしている千代女やミケ、ある意味ではパワーがあるものの、御淑やかな美少女の五徳ちゃんと比べれば、こうして真っすぐに気持ちをぶつけてくれる、力溢れる女の子は初めてだなーと思う。
いや、ミケは結構わかりやすいか。実は感情豊かで泣き虫だったって千代女が言ってたし……。なーんて考えてたらミケに睨まれてしまった。アイツは心が読めるのか?
「どうだ久助よ。こんな娘だが、気に入ってくれただろうか?」
「ええ、氏政殿の見立てであれば間違いはないと思っていましたが、こうして顔を合わせて、彼女であればよき妻となってくれることを確信しました。喜んでこの婚姻、受けさせて頂きましょう」
その言葉に、鈴姫の表情がパァっと明るくなった。
「ありがとうございます! 心配でしたが、父上と母上もきっと喜びます!」
彼女は心の底から嬉しそうであったから何よりだ。政略結婚なんて愛もなにもない形式だけのものだってよくあることだから、彼女を幸せにできるなら俺も態々小田原まで来た甲斐があったもんだ。
……あれ? そういえば……。
「ところで鈴。キミの実家について、俺は聞かされていないんだが……」
今更になって聞くのもおかしな話だが、確かにここまで彼女の実家についての話は、氏政からも一切話されていなかった。
彼女が言う話では、北条家一族の出ではなく外様の家臣の娘ということになる。(北条家は外様の者にも北条性を与えて一族に取り込む風習があるが)
別に隠しているようではなさそうだが、そういえば書状には「彼女の実母が婿を一目見たがっている」的なことも書いてあったなと、ふと思ったのだ。
「えっ? 義父上、話されていないのですか?」
「あ~、そういえば話してなかったかもな」
氏政は頭をポリポリと書きながらクハハと笑う。誤魔化しやがって……。
「鈴の実父は由良信濃守、由良成繁といいます」
由良成繁……。んーと、うろ覚えだけど、確か上野国の小さな大名家で、北条・武田・上杉という強大な三勢力に板挟みにされる中で、時世の流れに合わせて従う勢力を鞍替えしながら、上手に乱世を生き抜いた家であったかな。
北条とゆかりのある名前なのでなんとか憶えていたが、正直に言って地味ーな印象だ。
「(でも、由良家って何かすごーく重大な存在だった記憶があるんだよな。なんだっけ……)」
なんて考えていたが、その答えは次の鈴の一言で判明した。
「そして実母は、鈴がとても尊敬している人なのです。名前は輝子と……」
「あっ!」
思わず声が出てしまった! 鈴は「どうしました?」と驚かせてしまったので、なんでもないと慌てて誤魔化した。
そうだ、そうじゃん。由良家といえば、あの『戦国最強ババア』で名高き由良輝子……妙印尼の家。
つまり鈴は妙印尼の娘で、ということは……。
東国一の美姫、忍城の戦乙女・甲斐姫の母親ってことじゃんか!
つまり俺、甲斐姫の父親になるってこと!?
1571年、春。
久助のお嫁さん・鈴姫は、武芸に優れ真っすぐな志を持つ姫武士な娘であった。
そんな鈴姫は……実は戦国史でも有名な女傑・妙印尼を母に持ち、甲斐姫を娘とする、烈女の家系の娘であったんです。
鈴ちゃんは一言でいえば『真面目系姫武士ちゃん』です。
イメージモデルは三國○双シリーズの孫尚香で、性格のイメージはネ○まの桜咲○那だったりします。
武士道を重んじる真面目ちゃんですが、火が入ると一気に情熱的になるタイプですね。不測の事態には弱いタイプで、作者は結構かわいらしいヒロインになってくれると信じています。




