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六十二話 宇佐山の攻防の終わりなんです


 朝倉軍が我先にと逃げ出している中、浅井軍は盛り返す織田軍と対峙を続けていた。

 そこにはもう、数で勝っていた頃の余裕は存在しない。というよりも、相談もなく撤退を決めてしまった朝倉に完全に戦意を削がれてしまい、もはやこれ以上戦える意思は浅井兵には残っていなかった。

 ......ただ一つの部隊を除いては。


 

 多くの浅井将兵が少しずつ撤退を開始しているなか、その将は自ら殿軍に志願し、戦場の最前線に立っていた。


「全体の戦況はどうなっている?」

「はっ。朝倉義景は既に戦場を後にし越前へ後退中。残る朝倉軍は朝倉景健が指揮し、撤退を始めています。援軍の徳川家康は、東近江から援軍に駆けつけた森長可隊、更に京からの援軍に攻撃され身動きが出来ない様子です。それを受けて、長政様本隊も撤退の準備を始めているようです」

「なるほどな......」


 浅井家殿部隊を指揮する将・藤堂高虎は、部下の報告を聞いて溜め息をついた。


「(負け戦...か。あれだけの戦力差をもってしても、浅井は織田には勝てないのか。こりゃ浅井家の明日は明るくはないな)」


 藤堂高虎は姉川の戦いにおいて、撤退時に殿を勤め蒲生氏郷や森可成の追撃を防いで見せた功績により、足軽大将として一部隊を任される立場にまで出世していた。そんな彼は、史実においては生涯で八度主君を変えた男として知られている通り、主家への忠誠よりも自身の出世を重視する性格という、戦国時代には珍しい男であった。


「それにしても、連合軍を一人で防いで見せたという......前田慶次だったか? 折角なら一度、刀を交えて見たかったもんだ」


 彼が殿軍に志願したのは、浅井軍のために命を張ろうとしたわけではない。その前田慶次という男を一目見ようと、あわよくば一戦交えようと思っていただけであったのだ。


「噂によれば、あの滝川一益の家系のものだとか......」

「滝川ねぇ。凄いよな、今やここら一帯じゃ、どこへいっても名が上がるのは滝川だ」


 部下が言うと、高虎は笑ってそう言った。

 織田家が戦に勝てば、そこには必ず滝川の名前があった。それほどまでに久助の存在は織田家内外ともに巨大なものになっているのだ。


「(浅井がダメになったら、次は滝川家に仕えようか......。あの蒲生氏郷もいるし)」


 そんなことを考えながら、高虎は見事に殿の役を勤めあげたのであった。

 




◇◇◇





 各軍が撤退する中、戦場に取り残される形となってしまったのが、後から参戦した徳川家康だ。

 浅井・朝倉連合軍の救援要請を受けて参戦を決意したは良かったが、その全てが遅すぎた。森長可隊に足止めを受けている間に、連合軍は早々に攻略を諦めて撤退してしまい、連携の取れていなかった徳川軍だけが逃げ遅れる形になってしまったのだ。

 今も森長可の烈火の如き攻撃をなんとか凌いでいるところだ。


「浅井と朝倉は敗れたか......」


 家康は苦笑いのような表情でそう呟いた。家を二つに分けた時点で、連合軍についた我らか、滝川につけた息子・信康のどちらかが滅びる運命にあるのは覚悟していたし、どちらが生き残ってもいいよう準備はしてきた。

 その結果は、今の徳川軍の状況が全てを物語っている。織田を裏切った自分が賭けに負けた、それだけだ。

 分の良い賭けだとは思っていたのだがなぁ。と、家康は空を見つめて思う。客観的に考えれば、武田に上杉まで動いた状況下で、連合軍と織田軍のどちらにつくのがいいのかは明白だった。織田を裏切ることが間違いであるはずがなかった。

 でも、家康は恐れていたのだ。あの男がいる限り、そう簡単に織田が滅びるとは思えなかった。それは織田信長にではない。織田信忠と、蒲生氏郷と、そして滝川一益にだ。心の底で彼らに対する一種の恐れのような信頼があったからこそ、家康は息子と若き家臣を彼らに預ける決断を下したのだが、今となればその優柔不断ともとれる策が最良であったなと、心なしか安堵することができた。


「だからと言って、我々も簡単に死んでくれるつもりは無いがな」


 家康の言葉に、背後に控える大久保や鳥居といった重臣たちも頷いた。


「呆気なく死んでは武士の名折れ。この死地に付き合わせることになってしまったお前たちや、三河に残してきた者たち、そして新しいの徳川家を背負う信康らに、恥を塗ることはできぬわな!」


 家康は覚悟を決める。例え散ろうとも、やるならば徹底的に最期まで戦い抜こう。家臣たちも同じ思いであった。


「全軍、なんとしてでもこの包囲を突破し、撤退するぞ!」


 この包囲さえ突破してしまえば希望は繋がる。我々が宇佐山城を攻めている間に、同時に上杉が東近江に攻め混んでいる手筈だ。上杉と合流するため、なんとしてでも生き延びる。



 そうして、決死の覚悟での退却戦が始まった。その先に待っているのが、更なる死地であることなど知るはずもない。






1570年 秋。

頼みの綱の上杉は未だ遠く、近づくのは木下隊の足音...。

そして場面は再び代わり、久助・氏政率いる織田・北条連合軍と、武田軍本隊の決戦がついに始まるのです。

宇佐山編はこれにて決着。

次回からはいよいよ主人公が登場。駿河での攻防を一気にお送りします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! 歴史系は結構好きですが、こちらの作品は作者様の手で所謂if〔こうあったらいいな〕がいい感じに書かれていて夢があって好きです(^○^) 応援してます!
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