五十五話 忠義の一喝なんです
区切りが良かったのでちょっと短めです。
「はっ……はぁっ……」
佐治新助の策に従い、織田軍総大将・織田信忠は僅かな近習のみを率いて東へ駆けていた。
新助は「東へ三里駆けよ」と言った。ならばそれに従うのみであった。
そして塩津から東へおよそ三里(現在でいう10kmほど)の位置にある長浜まで来た所で、信忠はようやく馬の足を止めた。
「ここまで来ればいいだろう……」
馬から降りて腰を下ろす。そして懐から一枚の文を取り出して封を切った。
それは塩津を発つ直前に新助から授かった作戦指示書であり、彼の主である久助が託した策の概要と、この後どういった行動をとるべきかの指示が書かれているはずであった。
だが、そこに書き連ねていた文章を見た信忠は、文を握り潰し、それを地面に叩き付けて立ち上がった。その表情は怒りに満ちあふれ、涙すら浮かべていた。
「新助! 長秀! この俺を騙したな!」
冷静沈着な信忠がここまで憤慨し声を荒げる姿は、彼の近習を努めてきた者達でも見たことがなく、心底驚かされた。
地に叩きつけられ、クシャクシャになった文に書かれていたのは、
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信忠様
騙して申し訳ありません。逆転のための策などというのは嘘です。
強いていうならば、貴方様を逃がすことが我らの最期の策となります。
信忠様がこの文をお読みになっている頃には、この佐治新助は敵陣に突撃し、最期の華を咲かせていることでしょう。
もしも上杉謙信の首を挙げられたのならば、再び逢いましょう。
では、久助様のことをよろしくお願い致します。
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現代風に訳すと、こういった内容の文章であった。
だが怒りのままに馬に飛び乗り、今にも来た道を戻るために駆け出そうとする信忠を見過ごすは無かった。
「お待ち下さい! 信忠様!」
「ええい邪魔だ! 俺を止めるな!」
近習たちが身を挺して止めようとするが、信忠は聞く耳を持たない。
その時、一人の近習が他の者を押しのけ、一歩前へ歩み出る。そして、
「信忠様。ご無礼を」
と一言告げると、信忠の腕をガシッと掴んだかと思えば、強引に引っぱって馬上から引き摺り落としてしまった。
「ぐあっ!?」
突然のことに驚いて受け身も取れず、綺麗な甲冑をガチャガチャと鳴らしながら地面を転がる信忠。
「な、なにをする……!」
ヨロヨロとその場に立ち上がる信忠の前に、彼を引き摺り落とした張本人である近習の少年が、兜を脱ぎ捨てて首を差し出すように頭を下げながら、両膝をついて座った。
「無礼を働いた罪は、後で我が首を落とそうとご自由になさってください。ですが今は、某の言葉に耳を傾けて頂きたい」
「……」
命を投げ出す覚悟を見せる少年の剣幕に、信忠は怒りを忘れて押し黙ってしまう。
「佐治様と丹羽様は、信忠様を逃がすために嘘をついて逃したのです。それなのに戻っては、お二方が命を懸けて上杉軍を足止めしたのが無駄になります」
「わかっておる! そんなことは……わかっておるのだ」
信忠だって、それがわからないほど間抜ではない。二人が自分を逃がすために一芝居打ったことなど、文の文面から既に察していた。
それでも納得出来なかったのは、家臣達を置いて逃げ出すしか無かった、自身の不甲斐なさと力不足を悔いていたからに過ぎなかったのだ。
「上杉軍を足止めすることが使命ではありません。生きて帰ることが信忠様の使命なのです。それが滝川様の策の真意では無いでしょうか」
「うっ……」
その言葉に、信忠は心を大きく揺さぶられた。
信忠は彼の話を聞き、久助がよく言っていた話を思い出したからだ。
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「『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』っていう言葉がある。武士たる者は死を否定せず、一生懸命に生きろってことだな。
……だが俺はそうは思わない。武士だろうと、商人だろうと、農民だろうと。死ねば全て屍に成り果てることに変わりはない。生きて何を成すかに意味を求めてこそ武士であると俺は思うんだ。だから俺は死に抗う。泥にまみれても、無様に逃げ出しても生きて生きて生き続け……最後に立ってれば勝ちなのだから」
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「(そうか……。俺が武士であるためにすべき事は、上杉に一矢報いることでは無かったのだな)」
信忠は頬を伝う涙を拭い、配下である少年に向かって頭を下げた。
「そうだ……、そうであるな。お前の言うとおりだ。俺は行くべき道を見間違えていたようだ。感謝する」
「こちらこそ、某の言葉に耳を傾けていただきありがとうございました。佐治様たちも浮かばれましょう」
「うむ……。では最後に、先の行いに対する罰を言い渡す。貴様の首などはいらん。我が刀となり、武功をもって罪を精算せよ。俺の元から離れることは許さん。よいな」
「……はっ! 必ずや!」
こうして、佐治新助の策と一人の忠臣の懸命な説得により、信忠は無事に死地を脱した。
この時に命を張って主を止めるという忠義を示してみせた少年……、
彼は信忠が死ぬその時まで彼の忠臣で有り続け、生涯信忠への忠義を揺るがすことはなかったという。
信忠も同じく彼を重用し、久助や氏郷と同等の信頼を置いていたと言われている。
彼の名は才蔵というのだが、この者が戦場にてその武を知らしめるのは、もう少し先の話となる。
1570年、秋。
一人の忠臣……後の可児才蔵の命懸けの一喝によって目を覚ました信忠は、無事に塩津を脱出して逃げ延びることが出来た。
そして残された新助と長秀。彼らの決死の反撃により、塩津浜の戦いは思わぬ形で決着を迎えようとしていたのです。
未だに新助くんの結末をどうするか迷っていたりします。
そして可児才蔵吉長の初登場。史実では信忠の配下ではないですが、今更ですね。




