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五十一話 戦わずして勝つ、なんです


 北条三郎氏秀。


 一般的には『上杉景虎』という名のほうが有名であろうこの人物は、以前もどこかで説明したが、中々に壮絶な波乱の人生を送った人物だ。


 彼は北条氏康の七男として生まれた。三郎には氏政、氏照、氏邦といった優れた兄たちが居たために当主になりえることは無かった。そのため彼は主に外交の為の駒として、散々に振り回される人生を送ることになる。

 幼少期には、彼は寺に預けられ、喝食の僧として過ごしていたという。一説には甲相同盟の際に人質として甲斐に送られたことがあったと言われているが、その真偽は定かではない。その後は北条家に戻った彼は、北条家の長老・北条幻庵の養子となり、幻庵の娘を娶って再び北条家の一員となった。

 しかし今度は越相同盟が締結されると、本来人質に出される予定だって北条氏政の次男・国増丸の代わりに人質にさせられてしまい、妻とは離婚させられ、上杉家に送られることとなる。

 上杉家では当主・上杉謙信の実姉の子にして重臣・長尾政景の娘、清円院(今作では華姫と呼称する)を妻に娶り、実子のいなかった上杉謙信の養子として恵まれた待遇を受けることとなる。

 が、上杉謙信が跡継ぎを明言せずに死去したため、同じく養子の兄弟であった、妻・華姫の兄の上杉景勝と家督を争って対立することとなる。

 当時は甲相同盟が再締結され越相同盟が手切りとなっていたため、北条家の後ろ盾がある三郎は、同時に武田勝頼の後ろ盾も得られるということで非常に有利であった。

 だが、佐竹勢の妨害にあって援軍を出せない北条、領地割譲で簡単に裏切った武田、そして味方武将の裏切りもあり戦況は次第に劣勢に持ち込まれていく。

 華姫は兄の降伏勧告を受け入れずに自害し、嫡男の道満丸も何者かに謀殺され(諸説あり)、実家の北条家に逃れようとした三郎も、鮫ヶ尾城主・堀江宗親の裏切りに遭って果てた。

 これが史実の北条三郎が歩んだ、悲劇の人生の全てである。



 だが、久助がいるこの世界においては、彼の立場は大きく異なる状況となっている。

 この世界が史実と大きく違うのは、北条家と織田家・徳川家がかなり親密な同盟関係を築いていることと、甲相同盟・越相同盟のいずれも存在していないことだ。

 史実では外交の駒としてたらい回しにされた三郎であったが、上杉と北条の関係が存在しないこの世界において、彼が外に送り出されることは無かった。三郎は北条幻庵の養子として、そして弟子として今日まで研鑽を積んできていたのだ。

 北条氏政を始めとした兄弟は、主に政治・外交で力を発揮した氏照・氏規や、武勇で名を轟かせた氏邦など、優秀な者が多い。そんな彼らの弟である三郎も例外ではなかった。

 更に彼の義父であり師匠でもあるのは、乱世の祖・北条早雲の三男にして、北条五代と乱世を共にした大長老(スーパーおじいちゃん)・北条幻庵だ。

 幻庵が長い年月をかけて培ってきたものを存分に学んだ三郎は、他の兄弟と比べても見劣らない……いや、それ以上の才能を持つ天才であったのだ。




◇◇◇




「……」


 三郎は北条軍に取り囲まれた大宮城をじーっと見つめる。

 この戦は彼の初陣であり晴れ舞台であるのだが、それに反して三郎のやる気はダダ下がりであった。


「……綱成、やりすぎ」

「いやぁ、坊ちゃんのお膳立てにと張り切り過ぎちまったな!」


 無口で言葉数が少ない三郎の苦言に、綱成はガハハと豪快に笑ってごまかす。

 三郎は綱成や蒲生氏郷、本多忠勝のような、前線でバッタバッタと敵をなぎ倒しながら味方を導く猛将タイプの将ではなく、その知識を生かした軍略や謀略で自軍を勝利に導く参謀タイプの将なのだ。

 既に北条軍が大宮城の周囲に隙間なく張り付いたこの状態では、最早策も何もあったもんじゃない。あとは軍配を振り下ろすだけで味方が城壁を突き崩し、敵城へドッとなだれ込む。それで終わりだ。

 綱成(親バカ)たちの過剰なお膳立てに呆れながらも、三郎は動く。


「勝つことは当然。ならば、最善を尽くす」

「ほう? お前の言う最善とは、何なのだ?」


 綱成は三郎に尋ねる。


「戦における最善とは『戦わずして勝つ』こと。兵法の基本」


 三郎はふんすっと胸を張って、綱成の問いに答える。

 有名な『孫子兵法』においても『凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ』『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』などとあるように、戦においては敵味方共に犠牲を出さず、刀を交えずに勝利することが最上の戦果であるべきだと三郎は考える。

 あの大宮城を力押しで攻め込み落城させるのは簡単だ。しかし、それでは味方にも犠牲が出てしまう。それに武田軍本隊を迎え撃つのが今作戦の主であるため、迅速に攻め落とさなければならない上に、それに備える拠点とする大宮城を損傷を出さずに入手せねばならない。

 故に城攻めにおいては有効な火攻めや兵糧攻めといった戦略は使うことが出来ない。


「だから、何とかする」


 だからこそ三郎は動く。『勝利』を『完全なる勝利』に変えるために。彼の打つ手はたった一手だが、それは大きな一手なのだ。




◇◇◇




 武田の軍勢は怯えていた。

 無理もない。城外をびっしりと取り囲んだ北条軍の間に、大宮城兵が逃げだせる隙間などなく、例え北条軍の包囲を突破したとしても織田・徳川が控えている。

 援軍に向かってきているであろう信玄本隊も未だ到着の音沙汰はなく、孤立無援の大宮城は最早風前の灯である。

 あの数の軍勢が一斉に攻め込んでくれば、我々の少ない防衛で守り切れる訳が無い。城壁を破られたら最期、成すすべなく蹂躙されておしまいだろう。

 城主・原昌胤は武田家への忠義を最期まで示し果てる覚悟はあったが、兵までが全てそうではない。元から原昌胤の配下であった武田の兵は未だ士気を保っているが、そもそもこの城は最近まで今川氏の城だったこともあり、武田家への忠義が薄い地元の民兵も少なくない。そんな彼らは生殺与奪を握られたような状況下で戦意を保てる訳が無かったのだ。


「全軍、一斉攻撃」


 三郎の号令によって、遂に北条軍の最後の攻撃が始まる。

 四方八方から同時に城壁を破らんと攻撃が行われ、兵力で劣る大宮城兵はそれを防ぎきることが叶わない。あっと言う間に何か所かが突き崩され、そして正面の城門も破られた。

 最早これまでならばと、正面門前で最期の抵抗を試みる原昌胤。そんな彼らの前に、三郎は立ちはだかった。


「勝ち目は無い。降伏されよ」

「……忠告ありがたいが、我は最期まで武田家への忠義を貫く覚悟だ」


 酷く端的な三郎の降伏勧告に昌胤は驚いたが、降伏を勧められたところで己が信念に変わりはない。その意志を三郎に示して槍を構えるが、三郎はやれやれといった表情で次の言葉を発する。


「城兵に告ぐ。降伏する城兵の命は取らない。生活も保障する」


 それは昌胤に対してではなく、城兵の半数くらいを占める民兵に対しての甘い囁きであった。そもそも徴兵で集まった兵たちは、国主に対する義務として戦に参加しているものの、彼らの士気を支えているのは忠誠心などではなく、褒賞に対する欲がほぼ全てだ。そしてその褒賞は、持って帰る命が無ければ何の意味もない。死して誉を残す武士とは違い、生きてナンボなのが民兵(百姓)なのである。

 だから三郎はそこに目をつけた。民兵だって逃げ道が無ければ死中に活を求めて必死に戦うだろう。だが逃げ道があったら、敵軍が降伏を受け入れ、更にその後の生活まで保障してくれるのならば民兵はどうするだうか。そこに思案の必要など無かった。


「お、俺は北条様に降るぞぉ!」

「オイラもだ!」

「助けてくれぇ!」


戦意を失っていた民兵たちは、武具を放り捨てて城外に逃げ去っていく。北条軍はそれを追わず見逃してやった。それを見た他の民兵たちや、中には武田の兵までもが一目散に逃げ出していく。

 みるみるうちに城兵が減っていくが、昌胤はそれを咎めることも、止めることも出来なかった。民兵は意地と誇りのために命を捨てる我々とは違うことを知っていたから。それを否定すれば、矛先は我らに向くことを理解していたから。


 元は千ほどいた大宮城兵の半数以上は逃げ出し、最早これ以上の戦闘継続は不可能であった。それでもせめて一槍をと構える昌胤に、三郎はトドメの一言を優しく投げかける。


「貴殿は最後まで家の忠誠のために抗った勇者。その命を散らすのは惜しい」

「何だ、北条に寝返ろと言うのならば無駄だぞ!」

「いい。その武勇に免じて、城と引き換えに見逃す」

「!?」


 三郎は城の明け渡しを条件に、城主・昌胤や家臣団の命を保証すると約束した。

 昌胤は迷った。話を受ければ、己を信じて城を任せてくれた主・信玄に申し訳がたたない。しかし、これを断って抗えば、大切な家臣たちも巻き添えに殺してしまう結果になる。


「なれば、この原昌胤の命をもって城兵たちの命を保証して頂きたい。城を失って、御屋形様に会わせる顔が無いのでな」


 そう言い切った昌胤の表情に迷いはなく、悔いのない晴れ晴れとした将の顔であった。


「わかった」


 たった一言で了承の意を返した三郎は、刀を抜き天に掲げ、櫓に潜む二人の観客をチラリと横目で見据えながら、高らかに宣言した。


「この戦、我らの勝ち」


 勝利宣言と共に、割れんばかりの「勝った 勝った」の大合唱が響き渡る。

 『戦わずして勝つ』を有言実行してみせた北条三郎の策略により、駿河大宮城の戦いは僅か二日という速さで終わりを告げた。その両軍の損失の少なさが、戦場の主導権を握り続けた北条軍の手腕を物語っていた。





1570年、秋。

北条家の新星、北条三郎氏秀の活躍により、対武田連合軍の最初の目標は成された。

そして本命の武田信玄との決戦に、久助達は備えるのです。




久助「セリフ0かよ! 主人公! アイム主人公!」

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