五十話 続
「さぁ、地黄八幡の旗を掲げよ! この綱成に続け!!」
駿河大宮城の東より北条軍の先鋒部隊・綱成隊が襲い掛かり、戦いの幕は開いた。
北条・織田・徳川連合軍は武田信玄の本隊が到着するまでに駿河大宮城を攻略し、信玄本隊を迎え撃つ態勢を整えるのが目標である。
それに対する原昌胤が指揮する武田軍は、信玄の本隊が到達するまで、この駿河攻防の要所・駿河大宮城を守り切るのが勝利条件だ。
駿河大宮城を守る兵は千にも満たないのに対し、連合軍の総数はおよそ四万。織田・徳川連合は動いていないものの、北条軍だけでも三万はある。数を比べては絶望的な戦だ。
だが昌胤は歴戦の知将だ。いくら圧倒的な戦力差があるとは言えど、堅めに堅められた大宮城という要塞があれば、数日間持ちこたえることは出来る。そして援軍が到着すれば形成は逆転する。故に昌胤は徹底的な籠城戦を選択したのであった。
城に籠って矢を射かける武田軍に対して、北条軍は盾を構えた足軽隊が先頭に立って弓矢を防ぎ、その後を槍足軽、攻城兵器を持った工作兵などが続く。北条の軍勢は決して数だけではない。統率された隊列によって敵の攻撃を的確に防ぎ、少ない消耗で確実に城への距離を詰めていったのだ。
そもそも、北条軍は小田原城を始めとした城塞による鉄壁の守りが売りな印象が強いが、その軍勢の編成は騎馬隊の割合が他家に比べて多く、実は非常に攻撃的な編成であったと言われている。
攻城戦においては騎馬隊の機動力と突撃力を生かすのは難しく効果は半減だが、近接戦闘に長けた槍足軽隊の力は遺憾なく発揮される。
「弓や投石を恐れるな! 勝鬨を上げ進むのだ!!」
綱成の激が黄備えの軍勢を奮い立たせ、勝鬨の声はより一層大きくなる。武田の城兵も必死の抵抗をするが、北条軍の堅い守りを崩すことが出来ない。
孫子曰く、「十なれば即ちこれを囲み、五なれば即ちこれを攻め、倍なれば即ちこれを分かつ」とは有名な言葉であるが、北条軍は十どころではなく三十だ。数の暴力―――そんな言葉が似あう、最早策略などではどうにもならない猛威の前に武田軍は成す術もなく、北条軍は攻撃開始より僅か二日で大宮城の周囲を取り囲み張り付いてしまった。
「おぉ……最早こうなったら、打つ手無しだな……」
五色の軍団が城の周囲を隙間なく囲う光景を櫓の上から眺め、思わず感嘆の声を漏らす。
俺は先日と変わらず、コッソリと城内に潜伏してのんびりと戦を見物していた。そろそろ総攻撃の時だろうか……そんなことを考えていた時であった。
「おっ、『夜雀』よ。こんな所に居たのかよォ」
「うわっ!? ビックリした!」
突然間近から声をかけられ、思わず飛び起きる。どんな芸当だろうか、そこそこ高さのある櫓に音もなく侵入した男は勿論、風魔小太郎であった。
「小太郎殿……脅かさないでくださいよ」
「あァん? 別に脅かす気は無かったンだがなァ。気づけないようじゃまだまだだな!」
そういってケラケラと豪快に笑う。確かに外の光景に気を取られたとはいえ、小太郎の接近に気付けない俺にも問題があるかなぁ……なんてちょっと反省すべきかもしれない。
「それはそうとして、こんなところまでどうしたので?」
ドスンと座り込んで寛ぎだした小太郎に尋ねる。
「大したことじゃねェ。城内偵察のついでに、昨日から時々姿が見えない大将サマの様子を見に来ただけよ。この戦は俺も偵察くらいしか仕事が無くて暇だからよォ」
ま、その偵察も意味が無さそうだがなァ。と、小太郎は頭をポリポリと掻いて言う。
確かにここまで見事に包囲してしまえば、最早偵察などしなくても城内の様子は明らかだろう。
「となれば、残すは仕上げだけといったところでしょうかね」
「そうだな。お前もよォく見とけよ? ウチの若大将な晴れ舞台なんだ」
若大将? と俺は首を傾げる。はて、誰のことだろうか……。
「お前も一度会ってるだろ。三郎ぼっちゃんだよ」
◇◇◇
大宮城の正面を攻める綱成隊の陣中、その綱成の隣に、他の兵士と比べて一際小柄な男……いや、少年と言うべきか。少々大き目の具足に着られてしまっている姿は、初々しさを感じさせる。
「どうだ、三郎。怖気づいてないか?」
「怖気づいてない。綱成うるさい」
ニヤニヤと笑って少年に話しかける綱成と、それを不愛想に突っぱねるジト目の少年は、さながら祖父と孫のようである。
この言葉足らずな少年こそ、氏政の弟にして北条氏康の七男・北条三郎……。本来の歴史では『上杉景虎』と呼ばれるはずだった人物なのであった。
1570年、秋。
圧倒的な兵力と強さで大宮城兵を翻弄した北条軍。そして戦局も大詰めとなった今、北条幻庵の養子にして弟子である北条三郎が初陣を飾るのです。
お待たせして申し訳ありません。
無口キャラの北条三郎くん、再登場です。




