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四十一話 本当に強き者は、なんです

予定ですが、試験に備えて七月十日から数週間の間、更新間隔を少し伸ばさせてもらいます。


詳しく決めたらまた連絡いたします。


 時は少し遡り、徳川陣営側。



 徳川側も織田軍と同じく、朝倉軍に攻め込まれ劣勢を強いられていた。

 徳川軍の兵力はおよそ五千、対する朝倉軍の兵力は八千から一万と言われている。

 決して絶望的と言うほどの差ではないが、それでも難しい戦であることは確かであった。


 しかし、越前に籠って録に戦をしてこなかった朝倉兵に対し、こちらの兵は強国に囲まれて争い続けてきた歴戦の三河武士なのだ。

 粘り強く戦い抜けば、いずれ織田軍の援軍が駆けつけてくれる……。そう信じ、徳川軍は戦った。


 徳川軍の先鋒部隊は、後の徳川四天王筆頭・酒井忠次と、遠江高天神城の奮戦で知られる忠臣・小笠原信興だ。

 対する朝倉軍は前波新八郎等が率いる軍勢であった。

 数で勝る朝倉兵は果敢に徳川軍に攻めかかり、酒井隊・小笠原隊は後退を余儀なくされる程の猛攻であった。


 しかし、そこに石川数正隊が加わって奮戦し、徐々に盛り返していく。

 徳川軍と朝倉軍の大きな違いは、将の存在にあった。

 徳川軍には、酒井忠次、石川数正、榊原康政、本多忠勝といった重臣中の重臣というべき面々が参戦していた。

 それに対し、朝倉軍総大将を務める朝倉景健や猛将で知られる真柄直隆は有名ではあるものの、先鋒を務めた前波新八郎、朝倉景紀といった将達は殆ど後世に残る情報も無い……ハッキリいって無名な将であった。


 兵の質は勿論だが、それを指揮する司令官の質も重要なのだ。


 

「後は、信長殿の援軍さえ到着すれば……」



 石川隊の奮戦によって互角に追いついた徳川家康は、戦況を見守りながら呟く。

 織田軍は浅井軍に対して三倍近い兵力を有する上、坂井・木下・柴田・森と名だたる将が参戦していると聞く。

 連戦連勝の信長殿のことだ。あっと言う間に浅井軍を蹴散らし、我々の救援に駆け付けてくれる……。

 そう思い込んでいたが、家康のもとに届いた報告は、その願いを蹴散らすが如く内容てあった。



「報告! 織田軍先鋒・坂井隊が、浅井家先鋒・磯野隊によって壊滅! その後も池田、木下、柴田と続々と突破され、織田軍は窮地に立たされている模様!」



 それは、勢いに乗りつつあった徳川軍の戦意に浅くない傷を刻む報告であった。



「(あの信長殿が、浅井に負けるのか……!?)」



 家康は動揺を隠せなかった。これまでずっと信長を信じて従ってきたのだ。それなのに、同じ戦場で本来不利である筈の徳川軍は互角以上に戦い、本来有利である筈の織田家は浅井軍の前に成す術もなく壊滅しようとしている。

 己が信じてきた名君はこの程度の者であったのか……。配下に指示を出すのも忘れ、家康は言葉を失っていた。




◇◇◇




「持ちこたえろ! 三河武士の意地を見せろォ!!」



 織田軍の壊滅など露も知らず、奮闘を続ける酒井忠次。

 懸命に采配を振り、激を飛ばしながら戦線を支えていた時。彼の耳に、どこからか謎の奇声が聞こえてきたのだ。

 空耳か? と思いつつも忠次はその声の方向を見る。すると、にわかに信じがたいモノを彼は見てしまった。


 新品かと思われる綺麗な鎧を身に纏い、立派な十文字槍をブンブンと振り回す若武者が単騎(・・)で「首を曝け出せェェェ!」とか「皆殺しにしてやるよォォォ!」とか物騒なことを喚きながら突っ込んでくるではないか。



「なんだアレは……。狂人か、物の怪か!?」



 突如現れ猛進してくる謎の猪武者に対し、取り合えず忠次は迎撃の構えを見せる。

 敵か味方かもわからない以上、警戒するに越したことは無いからだ。



「長可ィ! ストップ! 止まれ!! そっちは徳川軍だ!!」



 すると、更にその後方から、何やら聞き覚えのある声で猪武者を制止させようとする叫び声が聞こえる。

 あれは……。



「えっ? あっ、本当だ」


「酒井殿、申し訳ありません! コイツは味方です!」



 そう言って、長可と呼ばれた若武者の背後から現れたもう一人の若武者。

 赤黒金の奇抜な陣羽織に、妙に軽装な作りの鎧を纏った男には、忠次もよく見覚えがあった。



「一益……、滝川一益殿か。掛川以来であるな!」


「ええ、ご無沙汰しています」



 滝川一益。織田軍が誇る新星世代を牽引する男で、十六歳という若さながら一軍を任される大将であり、同世代の神童・織田信忠・蒲生氏郷と共に数々の戦を勝利に導いている、恐らく今最も織田家中で有名かつ勢いのある男である。

 彼とは掛川城攻略戦の際に共闘しており面識があった。あの時は殆ど戦闘が無く、実力の程はわからなかった。だが、いつの間にか関東の大国・北条家の当主・北条氏政に気に入られており、その大物っぷりに驚かされたものだ。

 忠次にとって、織田からの援軍としてこれほど期待できる人物はいなかった。



「一益殿。ご覧の通り、徳川軍は朝倉の猛攻を凌ぐので精一杯だ。加勢して頂けるか?」


「勿論。我々は援軍として参ったのですから」



 忠次は一安心する。心強い援軍が加わることで、やっと朝倉勢を押し返すことができるだろう。



「長可。お前の敵はアッチの朝倉家だからな……。血気盛んなのはいいが、周りをよく見ろ」


「うっ、申し訳ありません滝川殿……。少し舞い上がり過ぎていました」


「勇猛果敢といえば聞こえはいいが、突出し過ぎて死んでは元も子もないぞ。慎重にな」



 滝川殿と長可という若武者、そして忠次は改めて朝倉軍に向き直った。



 ここから滝川隊・徳川先鋒隊連合軍の怒涛の反撃が始まるのであった。




◇◇◇




 援軍に滝川一益隊が合流。この一報は滝川一益直属の忍部隊『夜鷹』によって、一益の戦場到着とほぼ同じ頃に、徳川家康の元にも伝えられていた。



「滝川殿が……。援軍はありがたいが、織田軍側は大丈夫なのか!? 磯野隊に突破され劣勢と聞いていたが、滝川殿という貴重な戦力をこちらに割く余裕は無いのではないか?」



 家康は織田軍の戦況が心配であった。作戦上、信忠・滝川率いる遊軍はいざという時の虎の子の戦力であったはずだ。

 徳川軍も押されてはいたものの石川隊の奮戦によって盛り返し現在はほぼ互角。更に逆転の策とそのための兵力も残してあるので、織田軍程切羽詰まった状況では無いのだ。

 そんな中で、滝川隊という織田軍の主力の一部と言っても過言ではない部隊を我が軍に回して大丈夫なのだろうか……。慎重な家康はそう思った訳だ。



「あちらには織田信忠サマと蒲生氏郷サマが向かっておりますにゃ。織田軍には『攻めの三左』森可成サマも未だ健在。森サマと蒲生サマが磯野隊に当たるので、恐らく心配はご無用じゃにゃいかと」



 『ミケ』という、滝川一益の配下を名乗ったくノ一の者はそう答えた。

 滝川の遊撃部隊は軍勢を二つに分け、織田軍と徳川軍に同時に援軍を出したのだという。

 なんとも大胆で、なんと強力な軍であるのか。



「そうか……流石であるな……」



 安心しため息をつく家康に対し、ミケは口を開く。



「つきましては一益サマからの伝言をお伝えしますにゃ。『朝倉軍に対して総攻撃を仕掛け、一気に川の向こうまで押し返したい。榊原殿の隊で朝倉軍の側面を奇襲して敵軍を崩し、本多殿の武勇をもって敵軍を瓦解させるのが上策かと考えます』とのことですにゃ」


「---!!」



 ミケから伝えられた滝川一益からの提案に、家康は度肝を抜かれる思いであった。

 なぜなら、その策は家康が考えていた逆転の策のそれであったからだ。彼は織田軍という立場から戦場全体を見渡しながら、家康自身が考えられる最高の策を考え付いていたというのだ。

 しかも、榊原隊をこの時のために温存していたことも彼には見抜かれている。



「(なんと、頭の回る男なのだ……)」



 驚きを隠せない家康であったが、家康はすぐに榊原康政に指示を出した。



「聞いたな、康政。主戦場を迂回し朝倉軍の腹を突くのだ。奇襲が成った後、総攻撃とする!」


「はっ、承知しました」



 傍に控えていた康政はその場を離れ、兵を整えて出陣していった。



「それでは、私は報告に戻りますにゃ」



 ミケもそう言い残して姿を消し、後には家康と数人の側近のみが残された。

 家康は力が抜けたようにドカッと椅子に腰を下ろした。



「全て見透かされているようであったな……」



 家康は呟いた。

 たった一軍で二つの戦場を打開する、十六歳の若き英傑・滝川一益に、それに肩を並べる織田信忠、蒲生氏郷。

 


「(信長殿は確かに強い。だが、金ヶ崎でも姉川でも、窮地を救ったのは滝川隊であった……)」



 家康は一つの文を懐から取り出し、それを握りしめながら見つめた。



「(真に強き者とは、果たして信長殿なのか。それとも…)」



 家康は曇る空を見上げた。


 各地で逆転の流れを見せる姉川の戦場の中で、家康は一人、心を震わせていた……。






1570年、夏。

久助と長可の乱入によって、戦況は徳川軍に傾き始めた。徳川軍の総力をかけた逆襲に、朝倉家最強の猛将が立ちはだかるのです。


姉川編もあと二・三話といったところです。


次回は長可くんの見せ場になる予定ですので、お楽しみに。




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