三十五話 止められない裏切りなんです
1570年、春。
京都に滞在していた織田信長は、度重なる上洛命令を無視し続け、織田家に対して徹底的な敵対の意を示す朝倉家の討伐を宣言する。
岐阜~京都にかけての大部分を制覇した信長にとって、次に目障りな存在は朝倉家だったのだ。
信長は大群を持って京都を出立し、越前国の朝倉義景を攻めるべく進撃を続けるが、越前金ヶ崎城を攻略したタイミングで突如浅井家の裏切りが発覚。
逆に朝倉家と浅井家に挟まれる窮地に追い込まれるも、迅速な撤退と木下隊らによる殿軍の奮闘によって撤退に成功。戦国史でも有名な撤退戦となる、いわゆる『金ヶ崎の退き口』である。
◇◇◇
実は史実でのこの朝倉征伐において、俺、滝川一益は従軍していないハズなんだ。
滝川一益は本来伊勢方面の守備を担当することになるからである。
……まぁ、こういう変化が起きているのは今さらなんだけどさ。
越相同盟の件もそうだが、この世界は俺が知る史実の世界とはもう違うのだ。大まかな流れが同じだからと言って、その知識に甘え続けてはいつか足元を掬われる。
そう念を押していたはずだったのに。
……この戦いの後に起こる大事件に久助は自分のこの時の油断を悔やむことになるのだが、それはもう少し先のお話。
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さて、そんな状況で俺達、信忠・滝川隊は、伊勢から岐阜を経由して西へ向かい、信長様の本隊と合流する為という名目で金ヶ崎城を目指し、岐阜の西……浅井領の一歩手前である大垣城に滞在していた。
俺達の部隊は遊撃部隊ということで、織田信忠の名の下にある程度は自由に軍を動かすことを信長様に許可されている。
そこで俺達は援軍として、織田本隊とは別ルートで越前を目指すことにしたのだ。
ルートは現代で言うと、岐阜から東海道沿いに西へ向かい、長浜の辺りから琵琶湖東沿岸沿いに北上して敦賀を目指すものとなっている。琵琶湖西沿岸沿いを進む本隊とは逆のルートだ。
この作戦は信長への援軍なんて名目を立ててはいるが、本当の意味は浅井家への牽制である。浅井家の本拠・小谷城は長浜にあり、我々信忠軍の進軍経路上にある。
仮に浅井家が織田家に対して裏切って攻撃を仕掛けようにも、我々が背後でウロウロしていれば浅井家も簡単には動けまい、という思惑である。
「一益サマ。ミケ、唯今戻りましたにゃ」
「ありがとう、ご苦労様。それで、各勢力の情報はどうだった?」
「はい、一益サマの予想通り、小谷城浅井家は黒で間違いありません。織田家との同盟に反対している家臣団が前当主・久政を担ぎ上げて当主・長政を説得した模様。ただ織田援軍部隊と挟まれる状況のため、動くに動けない状況だと思われますにゃ」
(ここは史実通り、浅井家は黒……か。)
ミケの報告を受け、俺はふぅっと安堵のため息をつく。裏切りが発覚して安堵するのもおかしな話だが。
あれからミケは各地に散らばった弟弟子やフリーの忍仲間を集め、滝川家専属の忍衆『夜鷹隊』を創り上げてみせた。
その初仕事として夜鷹隊には近江浅井家や越前朝倉家に潜入し、情報収集活動を行わせていた。
流石は伝説の忍・飛び加藤の教えを受けてきた者達である。夜鷹隊筆頭で元一番弟子のミケは勿論のこと、その配下の忍達の能力も申し分ない。実に優秀な配下を得たものだ。
話は戻るが、ミケの持ち帰った情報は俺の予想通り、浅井家の謀反を決定付けるものであった。
俺達が背後にいるため、織田本隊の急襲に踏み切れていないのもおおまか予想通りである。
「はなから裏切るのがわかっているのなら、最初から浅井家を先に挟み撃ちにしてしまえばいいのでは?」と思われるかもしれないが、正直俺だって出来るものならそうしたい。それが出来るならどれだけ楽であったか……。
確かに織田本隊と我々の部隊で小谷城を強襲してしまえば、浅井家を落とすのはさして難しくは無いだろう。だがそれが可能かどうかと、実行できるかどうかは別問題なのだ。
俺は浅井家が裏切ることを知っていたが、それは未来の知識があるからであり、他の人物はそんなことを知るはずがない。だから俺がいくら信長様に「浅井家は裏切るので先に叩きましょう」と進言した所で、それはなんの根拠もない戯言に過ぎないのだ。
冗談で済むのならまだいい。信長様の妹であるお市様の嫁ぎ先であり、信長様の義弟である浅井長政を「特に根拠は無いけど、私は彼が裏切ると思います」なんて言ったら不敬甚だしいし、下手したら逆に「混乱に陥れようとしている」と謀反を疑われることになるだろう。
仮に信長様がその進言を受け入れて浅井を攻めようとしても、浅井が明確な敵対行動を示す前に此方が攻めては、裏切る側と裏切られる側の立場が一気に逆転してしまう。
浅井家を攻める大義名分の無い織田家は、「事実かどうか定かでない噂にこじつけて、同盟国・浅井家を裏切り急襲を仕掛けた」という裏切り者のレッテルが貼られることになるのだ。
これは外聞的に非常に良くない。大義名分も無しに同盟国を攻めたりすれば、織田家を信用する家は居なくなり、織田家は孤立することになるだろう。
だからこちらから浅井を攻めることは出来ない。あくまでも後手に回るより方法が無いのだ。
わかっているのに止められない、浅井家の裏切り。
これが未来を知る俺にとっては非常にもどかしい問題であるのだ……。
俺は信忠や氏郷を交え、新しく手に入れた情報から戦略を立て直すことにした。
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「実は、朝倉家と上杉家が繋がっている可能性があるんですにゃ。
上杉家は隠密に対しての守備が堅くて潜入出来なかったのですが、朝倉側で上杉とやりとりする使者を捕捉した。
どこまでの繋がりがあるかは未知数ですが、警戒するに越したことは無いですにゃ」
軍議の場で開口一番、そう発言したのはミケだ。ミケは女性であるが、一部隊長としてこういう場でも発言権を与えている。
「朝倉と上杉が、であるか……。下手をすれば相手は浅井・朝倉・上杉の連合軍になるという訳か。厄介だな」
信忠は右手の甲に顎を乗せて言う。
どちらかと言えば反織田の勢力である上杉家が朝倉と繋がっている可能性は考えられないわけでは無かった。信長様は上杉謙信の機嫌を取るために贈物をしたりと、いろいろと方便を使っていたようだが、結局は同盟関係も何も無い関係であったため仕方がない……。
「俺達がこの大垣に居座り続ければ、浅井家は小谷城から迂闊に動くことが出来ない。つまり軍を動かさずとも、牽制としての役割は十分果たせるってことだな!」
「だが、もし上杉の援軍が越前まで侵攻しているとすれば信長様の本隊が危険であるし、そもそも援軍の名目で出撃している我々がここで足を止め続けるのは不自然であるのよな……」
氏郷が待機案の利点を挙げ、信忠が問題点を挙げる。
このまま大垣で待機する案は、戦わずして浅井家を封殺するという平和的な戦略ではある。だが、敵方に上杉の増援があった場合に駆け付けられないこと。万が一浅井家が動き出した場合に追いつけない可能性がありうること。そして我々の動きが不自然で、浅井家に我々が謀反に気付いてることを察知されてしまう可能性があることが考えられる。
「そうなると、やはり進軍だな。浅井とは正面切ってぶつかり合うのが予想されるが……」
ならば、予定通り本隊との合流を装い、浅井家を釣りだす戦略を取るべきであると俺は思う。
このまま進軍を再開し、現在はまだ味方である浅井領を堂々と通過する。浅井軍が謀反し次第転進して迎撃すれば、本体が挟撃される心配は無いだろう。
問題は、我が軍で浅井家の強襲を防げるかということだが……。
「そこは俺の力量の見せ所だろう。こちらには優れた諜報部隊がいる。それを生かして有利な場に持ち込む策はある」
我が軍が誇る『軍』の信忠には自信があるようだ。すっかり軍師的ポジションが型についているな。将来の総大将だってのに。
「よし、方針は前進に決定だ。明日から金ヶ崎を目指して進軍を再開する旨を全軍に通達してくれ。ミケは引き続き浅井の情報収集を頼む」
「了解ですにゃ、任せておいてください」
こうして、信忠・滝川隊の方針は定まった。敵は浅井、激しい戦になるだろう。浅井の野望を止めるべく、新たな力を手に入れた久助達の、初めての野戦が始まる。
1570年、春。
裏切った浅井軍の強襲を防ぐため、策を張り巡らせて挑む久助達。
新しい「金ヶ崎の戦い」が幕を開ける……。
久助達は遊撃部隊なのでどこでも参戦します。
(その方が面白いし・・・・・・。)
今回の話より、試験的に三点リーダの書き方や、段落の字下げなどを行っています。
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