十七話 彼の者こそ東国無双なんです
引き続き顔合わせ回。
今回は徳川配下勢となります。
さて、以前観音寺城攻めの際に徳川家と共闘したことがあるとはいえ、
実のところ、俺自身は殆ど徳川家の面々とは面識がないのだ。
ということで、俺は一先ず、挨拶周りから始めようと考えた。
新しい現場に入ったらまずは職場の同僚に挨拶、社会人の常識だよな。
▽▽▽
「初めまして、織田家からの援軍で参りました。滝川一益です」
「其方があの、『織田家の神童』滝川一益か・・・。なるほど、只ならぬ雰囲気を感じるな。
儂が鳥居元忠だ。よろしく頼むぞ」
俺が最初に向かったのは、徳川家の重臣・鳥居殿の陣だ。
鳥居元忠は家康が織田家の人質だった頃からの側近で、姉川の戦い、三方原の戦い、長篠の戦い等々・・・
家康が参戦したありとあらゆる戦に出ている歴戦の武士である。
彼の最も有名なエピソードは、伏見城の戦いと、それに纏わる江戸城の血天井だろう。
関ケ原の戦いの直前、徳川方が石田三成を攻撃する大義名分を得るため、あえて伏見城の守備をガラ明きにし、伏見城を攻めさせた。
この時、鳥居元忠率いる伏見城の兵はおよそ1800だったのに対し、
宇喜多秀家を総大将として、小早川秀秋、毛利秀元、吉川広家、長曾我部盛親、大谷吉継、島津義弘、鈴木重朝など、西軍の名だたる猛将が名を連ねる4万の大群。
これを鳥居元忠は10日以上も防ぎ、西軍の侵攻を大幅に遅らせたのだった。これが関ヶ原の戦いの結末に響いたのは間違いないだろう。
血天井は、家康がその元忠の忠義を称えて、京都の幾つかの寺院に伏見城の血飛沫の跡が残る板材を天井板に転用したものだ。
忠義を称えるのはいいとして、その血跡を晒すのが忠義を称えることになるのかは知らん・・・当時の人間のセンスは理解できん。
まぁともかく、鳥居元忠は「三河武士の代表格」「武士の鏡」「忠臣の中の忠臣」といった人物で、歴史マニア人気もかなり高いであろう。そういう人だ。
「徳川の重臣である鳥居殿に名を覚えて頂いて光栄です。是非、よろしくお願いします」
史実の逸話通り、裏切りのうの字も感じられないほど誠実そうな人だ。
この人は何かあったら頼るとしよう。
〇〇〇
その後も、俺は徳川方の武将の陣を挨拶して回った。
酒井忠次・榊原康政といった、後の徳川四天王と呼ばれる面々や、後世に名を残すような武士達と会うことが出来た。
流石に、井伊直虎・井伊直政は居なかったな・・・。
生前に大河ドラマの主役に抜擢されて注目された井伊直虎や、数々の男達の視線の的であったという伝説が残る、戦国一の超絶美男子・井伊直政を見てみたかったが、まあ仕方ない。
そして、最後に俺は鶴千代を引き連れて、とある武将の陣の前に嫌々立っていた。
なんで嫌々かって?
いや単純に、間違って怒らせたら怖そうとかってのもあるんだが・・・
ここへ来る前に榊原殿に「多分、お前はアイツとは相性悪いから気を付けろ」と言われていたのだ。
まるで高校入学の面接を受けに来た時の気分である。
したくもないのに目上の大人と話に行かなければならないこの気持ち、伝わってくれ。
念のために鶴千代を連れてきたが、もうとっとと言ってとっとと帰ろう。
意を決して、俺は天幕の中へ入った。
◇◇◇
「は、はじめまして。織田家の援軍として参りました。滝川一益といいます・・・。あの高名なる本多殿にお目見え出来て、誠に光栄で・・・」
「要らんッ!!」
「あひぃっ!?」
鬼のような形相で怒鳴る若武者に、俺はたじろぎ変な声を出してしまう。
「な、何か粗相をしましたでしょうか・・・」
ビクビクしながら訪ねると、その人物はダンッと地面を踏んだ。
「そのような、相手の機嫌を窺い、遜るような態度が要らぬと言ったのだ!! 武士ならば堂々とせぬかぁッ!!」
「(あああああああああああああああああっ!!!)」
物凄い形相で怒鳴り続ける迫力に圧倒され、心の中で悲鳴を上げた。
「(カタブツだ!! 頑固オヤジだ!! 嫌だ、帰りてぇ~!!!)」
その人物、本多忠勝を前に、俺は暫くペコペコするしかできなかった・・・。
本多平八郎忠勝。言わずと知れた天下無双の猛将であり、徳川家最強の武士である。
13歳で元服し、初陣で敵陣に突っ込んで戦果を挙げたその日から、生涯57の戦で一度もかすり傷すら負うことが無かったと言われる。
強いとかのレベルを通り越した不死身の武将。リアルチートだ。
背中の弱点を刺さない限り死なねーんじゃないかと真面目に思う。
多分、龍の血を全身に浴びたりとかしたんじゃないかな。
そんなイメージの通り、この本多忠勝は兎に角無骨な男だ。
クソ真面目で言葉足らず。良くも悪くも真っ直ぐで策略や謀が大嫌い。
戦に生き、戦に死ぬことが本分とする正にカタブツといった男だ。
つまり、俺のような現代っ子が一番嫌いなタイプの大人のそれ。
21歳のクセに面倒くさい性格しやがって!
こういう時には似たような単細胞をぶつけて・・・
「あわわわわわわ・・・」
あっダメだこれ、完全に白目剥いてやがる! 鶴千代が鶴千代になっちまった!
もうだめだ、東国無双には神童も金獅子も敵わないんだ。
味方にメンタルがやられる前に撤退しよう。そう思った時だった。
「お主は織田の神童・滝川一益だろう。その活躍知識に疎い俺でも知っている。いくら年が離れているとはいえ、何故お主ほどの者が俺に対してそこまで卑屈になるのだ」
「えっ、怒っていたのでは・・・」
「違う、俺はお主の態度に呆れていただけだ。今は共に肩を並べて戦う仲間だ。敬語も要らぬ。一人の友だと思って話してみよ」
そうか・・・怒っていたのは、ただの俺の勘違いだったのか。
俺は忠勝のことを遥か目上の存在だと勝手に思い込んでいたが、忠勝は最初から俺のことを知っていて、最初から対等に見ていてくれたのだ。
俺は深ーく深呼吸をし、気持ちを整えてから改めて忠勝と向き合う。
「ふうぅっ・・・。よし、これでいいか。
改めて、俺が滝川一益だ。織田軍の援軍として共に力を合わせよう。よろしく頼むよ、忠勝」
「ふん、いい顔をするではないか。して、その隣の者は」
「あぁ、おい、いい加減目を覚ませ!」
「はっ!? あ、俺は鶴千代! 蒲生鶴千代だ! いずれは天下一の武士になる男だ!」
おおっと、東国無双に対して強く出たなコイツ。
「天下一か。大した自信だが、不思議と可能性を感じさせるものがあるな」
鶴千代の名乗りを聞いて、忠勝は鬼の形相を崩し、フッと笑った。
「滝川一益に蒲生鶴千代。成程、な。俺も改めて名乗ろう。
俺が本多平八郎忠勝だ。お前たちを共に戦う武士として歓迎しよう。よろしく頼むぞ」
と、忠勝は言い、椅子から立ち上がると、俺達の前にドカッと座り、頭を下げた。
これが忠勝らしい、同格と認めた相手に対する礼儀なのかもしれない。
俺達も改めて頭を下げ、
「これからよろしく頼むよ。忠勝」
と、新たな戦友との出会いを祝った。
1569年、後の東国無双・本多忠勝に友と認められた久助と鶴千代。
掛川城の攻防は、いよいよ動き出そうとしているのです。
以上、忠勝回でした。
久助が13歳に対して忠勝が21歳。調べて初めて知ったんですけど、忠勝って意外と若いんですね。
稲姫は出したかったけどまだ生まれてなかった! 残念っ!
ところで、久助と同じ1555年生まれ前後の徳川家・北条家の人物って、それぞれ信康と三郎くらいしか思いつかないんですが、当主の血筋でなくてもいいので、思いつく人物が居れば是非教えてください。
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