九十五話 三人目の転生者の影なんです
・お知らせ
前話のタイトルを一文字変えました。
こっちの方がしっくりきそう。
「これって……」
俺は手に取った銀色の金属製の矢を手に取った瞬間、その軽さに驚くと同時に、その矢の素材の秘密について気が付いた。
傍に控えていたミケに矢を渡すと、彼女も一瞬驚いたような表情を見せ、そしてコクリと頷いた。どうやら彼女も、俺と同じものを想像したようだ。
「間違いなく、軽金属ですにゃ。材質までは化学実験してみなければわかりませんが、恐らく、アルミニウム合金か、マグネシウム合金辺りだと……」
ズイッと俺の耳元に寄り、他者には聞こえないような小声でミケは囁いた。
「(軽金属、かぁ……)」
◇◇◇
軽金属。
それは比重が4ないし5以下の、鉄よりも軽い金属のことだ。具体的にはアルミニウム(鉄の10/35倍)、マグネシウム(鉄の1/5倍)、チタン(鉄の3/5倍)といった金属がこれに該当し、その聞きなれた名称からも、現代工学には欠かせない金属であることがわかるだろう。
アルミニウムを始めとした軽金属及びそれらの合金は、総じて『鉄と比較して軽く、加工が容易』という特徴があり、二十世紀初頭から現代における工業分野の革命的発展に大きく貢献してきた。
特にアルミニウムと銅・マグネシウムなどの合金であり、鉄よりも遥かに軽く、軽金属の弱点である脆さを克服した『ジェラルミン』は、航空機の誕生に大きく貢献し、第一次世界大戦以降の戦争のあり方や、物資輸送、そして日々の生活までもを大きく改変する大発見であった。
当時、戦国時代に国内で産出されていた金属は、殆どが鉄・銅・銀・金であったという。そして刀や鎧といった武士の道具、その他多くの場面で使われる金属の多くは、鉄あるいは青銅(銅に錫を含む合金。鉄と比較して錆びにくい)であった。
そんな鉄を主材料に使って製造される刀や鎧は、刀が大体1.5キロ、鎧が大体20~30キロ(参考にしたサイトによってマチマチ)であり、西洋甲冑より遥かにマシとはいえ……子供一人分の重さを背負い、プロ野球のバットよりも重たい武器を振り回すというのは、想像を絶する労力を伴うものだろう。
だからこそ、異世界ファンタジーや戦国時代への転生で知識チートを目指す我々業界人にとって、『軽金属』というものは外せない重要な素材であるのだ。
では、「何故そんな便利なものを久助は知っていて生産しないのか?」という話になるが、それをしないのには当然理由がある。
例えば最も身近なアルミニウムで言えば、その原料がボーキサイトであることはご存じだろう。ボーキサイトは世界的に広く分布するありふれた鉱石の一つであり、鉄には及ばないものの、決して珍しいものではない。戦国時代でも、恐らく海外との交易で入手しようと思えば何とかなる範疇だろうと思う。材料の確保は問題ではない。
問題は、そのボーキサイトをアルミニウムに変換する手段にある。アルミニウムにしろ、他の軽金属にも共通して言えることなのだが、精錬に莫大な量の『電気』を必要とするのだ。
その必要電力量は、アルミニウム1トンを生成するのにおよそ14000kW/h。比較が難しいが、大体超電導リニアモーターカーを500km/hで走らせたときの半分くらい……と言えばわかりやすいだろうか。
この莫大な量の電力を、発電設備が無いどころか、そもそも電気という概念があるかどうかも怪しい戦国の世で用意出来るかと言われたら、とてもではないが一朝一夕の頑張りで実現できるものではないのだ。
◇◇◇
それをわかっているからこそ、俺もミケもわかっていて今まで軽金属の製造には手を付けて来なかった。あれば便利であるし、それこそ革命的な戦力増強に繋がるのは確実であるが、無理だと決めつけていたのだ。
しかし目の前にあるのはどう考えても鉄ではない軽金属合金の類の弓矢。それは偶然の産物なので生み出せるものでは決してなく、「軽金属の存在を知る者」「少なからず軽金属の製造が出来る設備」この2つが朝倉陣営に存在していることを物語っているのだ。
「(一筋縄じゃいかない、ってことか)」
右手を顎に添えて黙り込む。
実を言うと、俺らと同じ現代からの転生者が、敵として立ちはだかる日はいつか来るのだろうという予想はしていた。
そりゃそうだ。俺とミケという2人の現代からの転生者、そして異世界からの転移者の慶次みたいな存在が自陣営に居て、敵方に一人も居ないなんてそんな都合の良いことがあるわけがない。
遅かれ早かれどこかで……とは思っていたが、ここで突然の登場は、ハッキリ言って予想外であった。
「(ま、今は慎重に動くしかないね)」
今までの相手とは、いろんな意味でも一筋も二筋も違った相手だ。相手がどんな手札を持っているかを慎重に判断し、適切な対応を適時判断しなければならない。
ふう、っと吐く息と共に気持ちを入れ替え、今一度皆に向き直った。
と、そこで顔を上げた時、丁度俺の真正面に座っていた信康と目が合った。彼は何か気になることがあるかの表情を浮かべていた。
「どうした? 信康、何か気になることでもあるか?」
「あ、はい……。少々疑問に思ったのですが……」
おずおずとした調子で、遠慮がちに信康は言った。
「この金属の矢……、確かに鉄よりも軽く、竹の矢よりも威力が出るだろうということはわかります。しかし、竹の矢よりかは確実に重たいであろうこの矢を、柴田殿や佐久間殿の喉元を正確に狙って狙撃するなどということが可能なのでしょうか?」
「ああ、なるほどな」
信康の疑問は最もであった。
そもそもこの時代の弓矢の使い方というのは、(鉄砲もほぼ同様だが)細かな狙いなど付けずに集団で敵に向かって一斉射し、誰かに当たってくれ! という、言わば「数撃ちゃ当たる」精神での運用なのである。
それに、一軍の大将クラスの人間が着込んでいる甲冑は鉄壁で、装甲部分は仮に金属製の矢と言えど簡単に貫通させたりはしない。一応装甲の無い、或いは薄い部分も存在しているが、腕や脚を貫いたところで致命傷にはならない。鎧武者の急所は喉元や脇などごく一部なのだ。
本題に戻ろう。では「弓矢で敵大将を狙撃することが可能であるか?」と言うと、結論を言えば「この時代の常識で考えれば不可能」である。
少なくとも織田兵に察知されない程度には離れた距離から、具足でガチガチに守りを固めた武将の数少ない急所を射抜くなど、普通では考えられないのだ。
では、その謎を解き明かす答えは何なのか?
それは「この時代の常識の範疇を脱する」ことである。
「朝倉は、恐らく専用の武器を開発している」
これはただの予想であるが、恐らくは真実であろう答えを口にする。
場がざわつくのも気にせず、更に言葉をつづけた。
「どんな武器かまではわからないが……、例えば織田軍には『クロスボウ』があるだろう? アレを金属で造って耐久度を上げれば、より強く弦が引けて、より遠くへとどき、より強力な矢が射れるようになるだろう。そういった金属製の武器が、狙撃の正体ではないかな」
「な、なるほど……」
信康は口をポカンとして聞いていたが、やがて納得したように頷いた。
まぁ『どんな武器かまではわからない』というのは、実は嘘だ。
確定とまでは言えないが、十中八九、その武器の名は『コンパウンドボウ』と呼ばれる武器だと予想がついている。何故その名前を出さなかったのかというと、ただ単純に信康に言っても伝わらないからだ。
『コンパウンドボウ』というものを簡単に説明すると、滑車やケーブル、てこの原理といった力学・機械的な仕掛けを施された、軍用・狩猟用の弓である。別名は複合弓などとも呼ばれる。
通常の弓よりも少し重く引く力も必要であるが、滑車などの仕組みによって効率的に引くことが可能であり、狙いを定めている間り保持力の軽減と初速の増加により、結果的に高い命中精度と威力を実現した最新鋭の弓なのだ。
その威力は、野生のシカの胴体を軽々と貫通し、更にその勢いのまま地面を深く抉って突き刺さるほどである。例え鎧武者が相手でも、装甲の薄い部分であれば容易に貫けるだろう。狙撃武器として殺傷能力は充分だ。
そして狙撃銃と違い発砲音がせず、熱や煙も発生しないため、狙撃後に発見されにくいという利点がある。……まぁ刺さった矢の向きである程度の位置は割り出されてしまうが、それでも音がしないのは結構な利点だ。
このコンパウンドボウであれば、長距離狙撃でも性格に急所を狙撃出来たことにもある程度納得はできる。果たしてソレは造りだしたものなのか、それとも慶次の得物のように異世界から持ち込まれたものなのかはわからないが……。
願わくば、大量配備がされているということだけはないように祈っている。
「(そうなると、先行させた氏郷がちょっと心配だけど……。ま、なら大丈夫だろ)」
緊急を要した為に、氏郷には敵軍の詳細を伝えずに送り出してしまったことは、正直少し気がかりであった。
だが、氏郷は何度も無茶や危険を乗り越えてきた男であるし、それに参謀の景虎もついている。敵に不可思議な狙撃兵器があることは彼らにもわかっているから警戒はしているだろうし、敵の狙撃兵を探索して狩る為の夜鷹衆の戦闘部隊も派遣している。
「とまぁ、朝倉軍に関しては未知な物が多い。夜鷹衆や服部衆を動員して、慎重に朝倉軍の情報を探っていこうと思っている。俺とミケは氏郷や信長様と合流に向かうが、皆はいつでも出撃できるように待機していてくれ」
そう締めくくり、あくまでも慎重な姿勢をとる方針を示した。
だが、俺はこの時既に間違えていたのだ。
信頼感という確証の無い理由だけで、氏郷を送り出してしまったことの浅はかさ。
朝倉軍の脅威を過小評価していたこと。
そして……待ち受けていたのは、戦と呼べるものでは無かったことを。
後に俺は、もっと冷静に、かつ慎重に動くべきだったことを後悔することになるが、それはもう少し先の話になる。
1572年、春。
徐々に明らかになる朝倉軍の謎と、その力。
それを解き明かしつつある久助だが、その油断が敵軍の掌の上であることに気付くことはない……のです。
Q.久助(とその周りの人々)は柴田勝家と佐久間信盛の死に対してドライ過ぎるのでは?
A.北条オタクである久助の野望はあくまでも「織田と北条で仲良く天下取り」である。
その過程において柴田勝家と佐久間信盛はあまり重要なファクターではないと考えているから。
久助のストイックさというか、ブレなさを匂わせたかった。 などと作者は供述しており……。
その他、横山城の会議に居合わせた人員は、織田軍に加わってから比較的日が浅い外様勢(氏郷、ミケ、常夜、景虎、元徳川勢)ばかりだったから。
仮に信忠や秀吉、長可が居合わせていたとしたら、かなーり動揺していたのではないだろうか?




