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ヴェノムの盗賊たち  作者: 倉名まさ
8/9

第八幕 潜入! 怪奇なる地下世界へ

 犯罪と暴力が日常と化したヴェノムであっても、これほど人々が騒然となったことはかつてなかった。

 爆発音は四方八方から轟き、火の手が上がるのも見てとれた。

 ドゥルガン砦が跡形もなく吹き飛ばされた事件は、人々の記憶に新しい。

 通りを埋めつくす群衆から悲鳴と怒号が乱れ飛んだ。

 どちらへ避難したらいいのかも分からず、混乱が渦を巻く。


「ちっ」


 群衆の大混乱から逃れるため、デミルとハサンは建物の影に寄らなければならなかった。


「方角からして、官庁舎、大神殿、それから幾つかの盗賊団のアジトといったところですかな。思った通り、爆発の規模は小さい」


 ハサンはどこまでも冷静だった。

 人々の混乱とは対照的に、まるでチェスの盤でも眺めているような口ぶりでつぶやく。

 デミルも、爆発がドゥルガン砦の時よりも小規模であることには気づいていた。

 おそらくはあの鴉男ではなく、その手下達の火球によるものだろう。

 だが、大多数の者達にはそんなことは分からない。

 そもそも爆発という現象自体、見慣れないものだ。

 恐慌はしばしやみそうになかった。


「あの程度なら、鎮圧されるのも間もないでしょう。

 しかし、陽動としては十分ですな。いずれの権力者も我が身を守るため、身辺に戦力をかき集め、首謀者探しは二の次でしょう」

「だろうな」


 この街で権力を維持するには、暴力的な力が不可欠だ。

 犯行予告などというものが届いた時点で、私兵をかき集めているに違いない。

 各場所を襲撃している魔術師がデミルと戦った仮面の男達程度の実力なら、捕えられるのも時間の問題だろう。

 どうやら、手下達は使い捨てにされたようだ。

 本人達がそれを承知の上なのかどうかまでは分からないが……。


「彼らに誤算があったとすれば―――」


 ハサンは言葉を区切り、デミルの目を見てにやりと笑った。


「いずれの組織にも属さない都市盗賊が独自の理由で彼らを追っていることと、我が主ギケル様の情報網を甘く見たことでしょうな」

「見つけたのか。奴らの居場所を」


 デミルは軽く目を見開いた。

 そのまなざしが狂暴な光を宿し、輝く。


「なら、さっさと案内しろ。前置きが長すぎる」

「先ほどからずっと、そこへ向けて歩いているところですよ。ただし、そこにデミル殿の探し人がおられるかまでは確認が取れていませんが……」

「かまわん。いいから走れ」


 短刀を突きつけかねない剣幕に、ハサンはそっと肩をすくめた。

 だが、次の瞬間には、滑るような足取りで駆けだしていた。

 逃げ場を求めて群衆の間を、すり抜けるように走る。

 デミルですら、本気を出さなければ見失う速さだった。


 ―――これほどの奴まで抱えこんでるとは、つくづく情報屋ってのは油断がならねえな。


 内心舌を巻く思いだったが、都市盗賊のプライドが遅れをとることを許さなかった。

 乱開発の末、迷宮となり果てたヴェノムの街並みを二つの影が駆ける。

 建物の隙間にたまたま生じたような曲がりくねった細路地を辿り、行き止まりかに見える壁の脇をくぐり、空家の中すら通り抜けた。

 よくもこんな場所に辿り着けたものだ。

 称賛を通り越して呆れる思いだった。


 とうとう二人が辿り着いたその場所は、表通りの群衆の混乱など届かないような、静かな場所だった。

 ヴェノムの中央地区付近。

 貴族や富裕層の邸宅が立ち並ぶ高級住宅街だ。

 貧民窟の一区画が丸ごと収容できるような、庭付きの豪奢な屋敷が並んでいる。

 そこでハサンはぴたりと足を止め、デミルを振り返った。


「さすがはデミル殿。怪我など微塵も感じさせぬ余裕の足取りでしたな」

「ぬかせ」


 ハサンは商人風の笑顔を張りつかせたまま、涼しい顔をしている。

 デミルも、呼吸を乱すようなぶざまなマネは見せられなかった。


「……ここ、なのか」


 デミルはその建物を見上げた。

 明らかに高級住宅街からは浮いて見えた。

 デミルの見立てでは、それは朽ちた寺院のようだ。

 宗派までは分からない。

 ヴェノムで見かける他のどの神殿とも、様式が微妙に異なっていた。

 規模だけは周りの邸宅にも劣らぬ大きさだが、半ば崩れかけた壁の変色具合を見るに、相当古い建物のようだ。

 一柱の、とうに忘れ去られた古代神を祀る神殿なのかもしれない。


 なぜ、この廃寺だけが取り壊されずに、この場に残っているのかは分からない。

 邸宅の隙間にできた裏道にあることを考えるなら、ここに無住の寺院があることを、周辺の住民も単純にみな忘れ去っているのかもしれない。

 いかにも野盗の根城になりそうな建物だが、人の気配はしない。


「ええ。もっとも、この建物自体は入口に過ぎず、彼らのアジトは地下にあるようですな」

「……地下? 中に侵入したのか?」

「いえ、あくまで推測ですな。建物からは人の気配がしない。しかし、奴らはこの建物から出入りしている。

 ならば、地下にアジトがあると考えるのが筋でしょう。

 もっとも、その規模までは分かりかねますがな……」

「ふん。よくしゃべるわりには、肝心の情報が抜けてるな。ギケルにしては、片手落ちじゃねえのか」


 デミルは不機嫌に鼻を鳴らし、ハサンの口上を遮った。

 ハサンは表情を崩さずに軽く頭を下げる。


「この場所を突きとめるのに、私どもも犠牲を出しています。

 そのことも、ご勘案いただければ幸いですな」

「……」

「私に案内できるのはここまでです。あとはデミル殿次第……。

 さよう、帝都の大衆芝居風に言うのであれば『ヴェノムの平和はあなた様の双肩にかかっている』といったところですかな」


 そういってハサンは、言葉通り芝居がかった調子ではっはと肩を揺する。


「この街がいつ平和だったんだ」


 デミルの指摘にハサンはさらに大きく口を開けて笑った。


「……楽しそうだな、おい」

「火事場こそ情報屋の稼ぎ時ですからな。せいぜい儲けさせてもらいますよ」


 ハサンは悪びれることなくしれっと答える。

 このふてぶてしさは、ギケルそっくりだった。

 厚顔を保つことも、情報屋の技術の一つなのだろうか……。

 デミルの眉がぴくりと不穏に動く。

 依頼をしたのは自分だが、見世物にされているようで面白くなかった。


「……礼はさせてもらう」

「ネフェルト王朝の古金貨でしたか。私が言うのもなんですが、ずいぶんと気前のよい報酬を約束されましたな」

「勘違いするな。昨日酒場でおどしをくれた礼をしてやるって言ってるんだ」


 ハサンの表情が、一瞬険呑な真顔になった。

 デミルの発した殺気に反応してだ。

 すぐに取り繕うように笑顔を張りつかせたが、デミルはその一瞬を見逃さなかった。

 そして、その顔が見られただけで満足だった。


「冗談だ。報酬はきっちり払う。高みの見物でもなんでも勝手にしていろ」


 デミルはハサンを真似て、背を向けることで害意がないのを示す。

 そして、そのまま振り返ることなく寺院に忍び寄る。

 もう、彼の意識からハサンの存在は消え失せていた。


 ―――アセナ、待っていろ。


 頭の中にあるのはただ一つ、この先にいるはずの女のことだけだった。


 ―――


 明かり採りの窓もない室内は昼なお暗い。

 朽ちた廃墟特有のすえた匂いが鼻孔をくすぐる。

 室内には半ばは倒れた列柱が並ぶのみで、調度品の類も見つからない。

 いかなる神を祀る神殿だったのかも分からず、もちろん生活感もない。

 だが、ほこりの積もった床に、少なくない数の人間が出入りしたあとをデミルは嗅ぎ取った。

 それもつい先刻と呼べる時間だ。

 おそらくは、ヴェノム各所を襲撃している魔術師達がここから出ていったのだろう。

 目立つ痕跡ではなかったが、盗賊のデミルにとっては足跡がくっきり残っているのと同じことだった。

 床の跡を辿り、神殿の奥へとすすむ。

 奥の方は存外小狭く、低い天井の廊下に小さな部屋が幾つも並んでいた。

 デミルはその一つにあたりをつけた。

 何もない土牢のような部屋だが、その壁の向こうまで出入りの跡は続いていた。


 ―――隠し扉、か。


 デミルは壁を丹念に調べた。

 貴族や富豪の多くが、隠し扉の向こうに金庫を設ける。

 盗賊のデミルからいわせれば、無駄な努力だった。

 仕掛けの種類はそう多くない。

 一生懸命に隠そうとすればするほど、かえって本職の盗賊にとってはその匂いを嗅ぎあてやすくなる。

 デミルは苦もなく壁の仕掛けを見破り、作動させた。

 重い音を立て、壁全体が真横にスライドする。

 たちあらわれたのはさらに小さな部屋だった。

 人、三人くらいが立っているのがやっとというくらいの規模だ。

 三方を囲む壁以外は何も見当たらない。

 部屋、というよりも人を入れる箱のような空間だった。

 てっきり地下への階段でも見つかるかと思ったデミルは、少し面喰う。

 ここにもなにか仕掛けがあるのかと警戒しつつも、小部屋に足を踏み入れた。

 すると、がこん、と留め金が外れるような音とともに床が揺れた。


「なにっ……!?」


 振り返ると、元来た部屋の床がゆっくりとせり上がっている。

 いや、デミルのいる部屋が下に降りているのだ。

 どうやら人が乗ると、小部屋全体が上下する仕組みらしい。

 滑車で吊るされてでもいるのか、魔術的な仕掛けなのか、部屋の中からでは分からない。

 さすがのデミルも、これは想定外だった。

 懐から短刀を取り出し、何が起こっても対処できるよう身構える。

 地下に潜ったために、小部屋は一時暗闇に包まれる。

 小刻みな震動と、重たい音が緊張感をあおった。

 デミルの体感で五、六階分ほど降りたのち―――部屋に薄明かりが差しこんでくる。

 それは松明やランプのような常識的な照明器具の明かりではなかった。

 陰鬱な薄緑の光だった。


「なんなんだ、ここは……」


 小部屋の外―――眼下に広がる光景に、デミルは呆気にとられた。

 壁や天井一面、緑色に発光している。

 ヒカリゴケのようにも見えるが、それにしては明るい光だった。

 なにか魔術的な仕掛けなのかもしれない。

 だが、デミルを唖然とさせたのは、その明かりに対してではない。

 照らし出された光景に対して、だ。


 それは巨大な槍が地面から突き出たような岩層地帯だった。

 岩肌は白く、溶岩が固まったあとのようにも巨大な鍾乳石のようにも見える。

 よく見ると、その岩をくりぬき、窓や扉、そして装飾が施されていた。

 つまり、家屋として利用されているということだ。

 奇形と呼ぶにふさわしい眺めだった。

 驚くべきはその規模だ。

 見渡す限り、地下の空洞は広がり、岩層が連なっている。

 ヴェノムの一区画がまるごとすっぽりおさまる広さだ。

 ちょっとした集落、いや、村と呼ぶべき大きさだった。

 小部屋は巨岩のなかでも一際高い丘陵の上に止まった。

 そこからは村落の様子が一望できた。


「聞いてねえぞ、ギケル」


 小部屋から出たデミルは独りごちる。


 視界の遠くに一際大きな岩塊があった。

 他の建物とは装飾が異なり、どことなく壮麗な造りに見える。

 見ようによっては神殿のように見えなくもない。


 ―――行ってみるか。


 この広大な村落のいずこにアセナがいるのか、見当もつかない。

 とりあえずの目的地を定めるしかなかった。

 デミルが小部屋から出て、丘を駆けおりた、その時だった。

 十人程の人影が一斉に現れ、デミルを取り囲んだ。

 いずれも白塗りの仮面を身につけ、黒衣をまとっている。

 ドゥルガン砦で出会った魔術師達と同じ姿だった。


「ちっ」


 デミルは小さく舌打ちしたが、動揺はない。

 ここが敵の本拠地であることを思えば、十分想定された事態だ。

 むしろ、昇降用の部屋を使われて誰も気づかないほうが不用心に過ぎる。

 四方を囲まれながらも、デミルは冷静だった。


 ―――やっぱりこいつらは素人だな。この囲み方で火球を使えば同士討ちになるだけだ。


 包囲を敷いて優位を確信しているからか。

 魔術師達のまとう空気には微かなゆるみが感じられた。

 デミルにとって、その隙をつくのはそう難しいことではない。

 時間にすれば数秒にも満たぬ間にデミルは判断を下し、正面の相手に駆け寄った。


「お待ちください!」


 その相手が制止の声を上げた。

 だが、デミルは止まらなかった。

 瞬速で相手に近づき、その腕をひねりあげると同時に背後に回る。

 そして、他の魔術師達からの盾になる位置まで、その態勢のまま引きずった。

 相手がどんな意図を持っていようと、身の安全を確保するのが最優先だった。


「ぐっ……う……、わ、我らはあなたに危害を加える気はありません!」


 苦悶の声を上げながらも、男は声を張り上げた。


「彼をお放し下さい!」

「我らは導師よりあなた様をご案内するよう仰せつかっています」


 それに呼応して、他の者達も声を上げる。


「いらねえ。自分で探し当てる」


 デミルは短くそう答えた。

 魔導師達の態度には正直面喰ったし、意図も計りかねた。

 だがともかく、相手の言いなりになる気はなかった。

 デミルのかたくなな姿勢に、男達も判断を下しかねているようだった。

 一触即発の空気が両者の間に流れる。


「クカカカ、彼を放シてあげテはくれヌカ、盗賊殿?」


 金属がこすれるような不快な笑声の闖入が、その空気を打ち破った。

 その声が耳に入った瞬間、デミルは仮面の男を放った。

 その場をとびすさりつつ、ふりむく。


「……出やがったな、鴉野郎」


 視線の先にたたずむのは、不気味に痩せこけた長身痩躯の男。

 ずたずたに切り裂かれた黒い法衣。

 縦長の金の瞳に、鋭いくちばしをもった仮面。

 ドゥルガンの砦でデミルと対峙した、“導師”と呼ばれる男だった。


「オヤ、そういエバ、申シ遅れタようダ。我が名ハ、バベル。

 ホクポトク一族の長、そして、民ヲ導ク(グル)である」


 デミルは男の名乗りを聞いていなかった。

 両手に短刀を構え、一息に疾りよった。


「シッ!」


 裂帛の呼気とともに、袈裟斬りに短刀を振るう。

 その直前、バベルと名乗った鴉男の姿がかき消える。

 デミルの手には法衣を薙ぐ、浅い手ごたえが残った。

 しかし、動揺はなかった。

 以前にも、この男が瞬間移動するのを見ていた。

 デミルは瞬時に振り向き、やや離れたところに出現したバベルを、再び標的に捉えた。


導師(グル)!」


 突如始まった戦闘に、仮面の男達が色めきたつ。

 バベルはそれを片手を掲げて制した。


「クカカカカ、ヨイ。客人をもてなすもマタ、長ノ務メであろウ」


 デミルは短刀の片一方をバベルに向け、投げ放つ。

 しかし、バベルが前方に掌を構えると、見えざる壁に阻まれたように短刀は弾かれた。

 それに構わず、デミルは投擲の軌道をなぞるように自らも地を蹴り、バベルに肉薄する。


「クカカカカ、まるで狂犬ダナ」


 今度はバベルの姿はその場から消えなかった。

 紙一重の間合いで、デミルの剣撃を避け、かわす。

 何度デミルが斬りつけても同じことだった。

 まるで舞踏の稽古をつけるようにバベルの足さばきには余裕が感じられる。


「くっ……」


 それはデミルにとって、初めて味わう感覚だった。

 まるで蜘蛛の糸に絡めとられたようだ。

 バベルの体さばきは武闘家のものではない。

 デミルが苦戦するはずもない、素人の動きだ。

 なのに、当たらない。

 何故か、どうしてもバベルがよけかわすところに、刃を撃ちこんでしまう。


「らあああッ!」


 それでもデミルは止まらない。

 癒えきらない傷にうずく身体に鞭うち、ひたすらに剣閃を放ち続ける。 


 ―――まだだ。もっと、速く、鋭く、斬りこめ!


 そう自らを叱責しながら。


「アセナをどこにやった!?」

「カカカ、そう吠えずとも案内シテやろウといウのに……」


 もう舞踏に飽きた、とでも言うようにバベルの動きが変わった。

 デミルの繰り出した突きを回りこむようにかわし、後方に大きく跳ぶ。

 跳躍、というよりも宙に浮かび上がるような動きだった。

 追撃をかけようとするデミルに向け、両手をつきだす。


「地ニ伏セヨ」


 瞬間、デミルの全身に強力な重圧がのしかかった。

 加速する馬車にいる時の感覚を、何十倍にも増したような力だった。


「ぐっ……」


 たまらずデミルは地に膝をついた。


「ホウ」


 バベルが微かに感嘆の声を上げる。


「片膝つク程度で堪エたカ。ダガ、横たワった方ガ楽ダぞ?」

「ぬか……せ……」


 全身を押しつぶそうとする力に抗い、デミルは立ち上がろうとした。


「大シタものダ。ダガ、獣ノ力は未だ覚醒しテはないヨうだナ……」


 デミルの苦闘を眺めつつ、バベルは独りごとをもらすようにつぶやく。

 デミルと、それを押さえつけようとする力は拮抗し、地面に押しつぶされるのは抗えても、立ち上がるまでには至らない。


「もうヨイ。眠レ」


 バベルは片膝ついたデミルの頭を片手でわしづかみにした。

 ドゥルガン砦で彼の記憶を覗き見た時のように。


「ぐっ……うっ……」


 今回は、その時のような激痛は襲ってこなかった。

 代わりに、急激にデミルの意識が遠のいてゆく。


「本来ナラ一族以外ノ者がコの地に立ち入るコとハ好マしくナイ。ダガ、他ならヌあの御方ノ選んダ者ダ。仕方あるまイ」


 ―――あの御方? 誰だ? まさか……アセナのことか!?


 デミルはそう問いつめようとした。

 だが、その詰問が声になることはなかった。

 バベルの言葉を彼が聞きとったのは、それが最後だった。

 強力な重圧の魔術に耐えたデミルだが、突如襲いかかる睡魔には抗えなかった。

 意識を失い、どさりと地に横たわった。

 それを見てとり、仮面の男達がバベルの元に集まる。


「導師……、あまり魔力を使われては……」


 男の一人が遠慮がちにそう声をかけた。


「フン、いらヌ心配ダ。もうすグ、我ラの悲願が叶ウ。それマデは、十分もツ」


 バベルは仮面の男達を一瞥もしない。

 倒れたデミルをなおも興味深げに見下ろしていた。


「彼ヲ秘蹟ノ間に連れてユケ。丁重ニな」

「はッ」


 バベルの命に応じ、男達はデミルの元に集まり、彼の身体を抱え上げた。


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