マイ・エルストリア~魔法の苦手な魔法使い~
気付けば空を飛んでいた。飛んでいたというか跳んでいるというか。ほんとこの魔法使い素の身体能力高いなおい!?
頭にしがみついたまま、マイが空中で膝を抱えて一回転する。ちょ、酔うから。酔うからっ!
軽やかに着地するマイだが、オレは軽く目が回っている。うーん、お花畑が見える。
「やいお前たちっ」
「あぁん?」
「ペチャパイに用はねえ!」
「もっとたわわを寄越しやがれ!」
「激しく同感だな」
っておいマルコお前まで何頷いてやがるああもうほらマイのこめかみに青筋浮かんでるから!
「っ、この――」
「マイ、ストップ」
「ろ、ローラさん……」
怒って飛び出しそうになったマイの肩を掴んで、ローラが制止する。
おぉ、さすがローラ。沸点がわりと低いマイもすぐに落ち着く。マイを庇うように前に出てくれる。
「で、何のようだい? アンタらは三日前の面接で落としたはずだが?」
「それだ! それだよ!」
ローラの言葉に、中央に立っているハゲがいきり立つ。左右の二人も頷いてるし。
ああ、落とされたのが納得いかないって奴?
「どうして俺たちが落ちなきゃいけないんだよ! 実績もあるしギルドランクだってもうDだ!」
「そうだそうだ! 近くの森を根城にしてるグロードベアだって狩猟に成功してるんだぞ!」
「……はぁ」
露骨なため息を漏らしている。
というか、面接での採用条件を読んでなかったのか?
アルクォーツは長期間の航海をすることも多いし、海上ではどんな危険が待ち受けているかもわからない。
ローラが気に入って直接スカウトするマイのような奴以外は、ギルドランクC以上が最低条件なはずなんだが。
「はぁ。だから言っただろ? ランクDの冒険者じゃアタシの航海についてこれない、って」
「そんなもん試してみなければわからないだろ!?」
「ここで雇ってもらえなかったら明日食うものもわからないんだぞ?!」
「飢え死にしたらどうしてくれる!?」
「いやお前たち昨日酒場で滅茶苦茶食ってたじゃないか。アタシだってそこで飲んでたし」
「「「うっ」」」
「大方人数が少ないウチに入ってさっさとランクを上げたいんだろ。今のご時勢、クランに所属してないソロの冒険者は疎まれてるしな」
「「「ぐぅっ」」」
同情作戦失敗、乙です。
話は大方理解した。そもそも条件に見合わない奴が勇んで面接に来たんだけど当然不採用な訳で逆恨み、と。
なんともまあ、如何にもゴロツキって感じだ。そりゃギルドがここ数年ソロの冒険者の登録を渋ってるわけだ。
今は誰しもが冒険者になって富と名声を欲しがる大冒険時代。
ギルドに登録された冒険者はギルドを中継して様々なクエストを受けてそれをこなし、実績と信頼を稼ぐ。
収益の一部はギルドに納めなければならないが、それ以外は全て自分のモノに出来る。
ならば自分の腕一つでのし上がれる世界に憧れるものも少なくない。
けれど段々とクエストの失敗率が上昇していく。自分の腕を過信した冒険者が増えたからだ。
クエストの失敗はそのまま依頼主からギルドへの信頼を欠く事になる。
それを恐れたギルドは、現状を打破するためにいくつかの改革を行った。
クランと呼ばれる組織を結成し、ギルドとクラン、ギルドから個人ではなくギルドから組織へ、という形でクエストを依頼するようになった。
ギルドでは冒険者に依頼することは出来ても命令することはできない。だから冒険者を管理する組織を作ったのだ。
まあそれはつまりソロで自由気ままに過ごしていた冒険者を爪弾きにするということでもあり。
「Dランクに昇格したってことはアンタらが努力家なのはわかる。結構真面目だったんだろう。だがアタシは自分の身すら守れない奴を船には乗せたくないんでね」
「お、俺たちの実力を疑うってのか!?」
「ま、そうなるね」
真正面から断言するローラに、ハゲが一歩前に出る。
あーこの流れ知ってるというかわかる。自分の実力を認めてくれって流れだ。
「なら、俺たちと勝負しろや!」
ほらねー。俺も昔はこういう奴とよく喧嘩したもんだよ。
俺の勝率百パーセントだったけど。この手の輩に負けるわけが無い。
「嫌だが?」
「だったら、このままお前たちの船を破壊してやるぞ!?」
「……やれやれ」
やれやれと盛大にため息を吐く。ともあれ船を壊すと言っている奴らをローラが許すわけが無い。
「マイ、頼むよ」
「わかりましたっ!!!」
ローラに代わってマイがツインテールを揺らしながら前に出る。
つーかお前スカート。暴れたらパンツ見えるぞ?
「ペンさんはボクの上で見ていてくださいね!」
「うわ降りようとした矢先に止められた」
「ペンさん乗せたままでも大丈夫ですって!」
「いやオレが酔うだろ」
でも慣れた場所だから降りないけど。マイは口にこそ出さないが、オレを乗せていても負けることは無いだろう。
マイと睨み合う三人の男たち。圧倒的な身長差と、男たちが持っている得物のリーチを含めれば何処からどう見てもマイが不利だろう。
マイの戦っているところを見たことのない若手の冒険者たちが不安げに見ている。
「あぁん? てめえみたいな小娘が俺たちに勝てると思ってんのか?」
「はい。勝ちます!!!」
「舐められたものだぜ……。てめえなんざ、グロードベアを倒した俺たちに掛かれば数分で終わるわっ!」
……ちなみにこれは完全に余談なのだが、グロードベアの狩猟クエストってのDランクへの昇格試験みたいなものだ。
三人でチームを組んでいるようだから、三人で受注することは可能だが……三人がかりでグロードベアを倒せたというなら、それこそマイの敵ではない。
むしろ全員武器が斧でよくチームを組むなぁ。バランス悪いじゃないか。
「マイ・エルストリア。行きますっ!」
「先手必勝ぅぅぅぅぅぅう!」
うわ名乗りもせずに斧振り下ろしてきた。一応振り落とされないようにしっかり捕まっておくか。
駆け出したマイは振り下ろされる斧を横に跳躍してかわす。
「速度向上、防御力上昇――セット」
口ずさむのは詠唱も何も必要ない、自分自身にかける魔法。マイの身体を光の膜が覆っていく。
身体強化の魔法。種類が豊富な分野だが、マイが使えるのは付属効果も何も無い単純なものだ。
「おらぁっ!」
「はぁっ!」
「嘘ぉ!?」
待ち構えていたい男の薙ぎ払いを、拳で弾く。男はよろけるが、マイは姿勢を維持したままだ。弾いた拳には傷ひとつ無く、むしろ斧に罅が入っていた。
よろけた男の顔面にハイキックが直撃する。いやだからお前スカート! 見られるぞ!?
どうやらゴロツキどもはスカートの下に視線を向ける余裕も無いみたいで、迫るマイを迎撃せんと斧を構えている。
「こ、の、小娘如きがぁぁぁぁぁ!」
「っ!」
接近しようとしたマイを拒否しようと、斧を投擲してきた。マイはすぐに斧を弾く。速度が落ちるわけではない。
けれど一瞬だけ視界がそれた。それが本当の目的だったのかもしれない。
「マイ、上!」
「え? あ、はい!」
だからこそ、気付いていたオレがサポートする。マイの頭をぺしぺしして、意識を切り替えさせる。
ハゲ頭が大きく跳躍し、斧を振り下ろしてきた。
「てぇい!!!」
「な、なんだお前はぁ!?」
振り下ろされた刃を白刃取りし、一瞬だがハゲが空中で固まる。そのまま斧を投げ飛ばす。
取り巻きが放ってきた拳を両腕を交差して受け止める。防御魔法で防御力を底上げしたマイに、ダメージはない。
「ボクは、マイ・エルストリア。アルクォーツに所属する魔法使いです!」
「お前格闘士じゃねえのかよ!?」
ハゲが驚いている。ま、まあ気持ちは分かる。魔法使いだって名乗るくせに、マイは身体強化の魔法くらいしか使っていない。
正確には、使えない。マイは攻撃や治癒の魔法を一切使うことができない。才能が無いと本人は言っているが……。
それでも魔法使いになりたいって言うんだ。邪推はしないでおこう。
「これで、終わり!」
「げふぅっ!?」
いつの間にか取り巻きを殴り飛ばし、ハゲを斧ごと蹴り飛ばした。
……決着かな。少なくともこれで実力差はハッキリした。よほどの馬鹿じゃなければ終わりだ。
「い、つつ……お、おめぇ……ランクは、いくつだよ……」
「二週間ほど前にBランクに上がったばかりですよ」
「そ、うか……へへ。つぇーわけだ……」
まだ立ち上がる気力はあるのだろう。殴り飛ばされた取り巻きと共に、ハゲが意識を失った取り巻きに肩を貸しながら逃げていく。
「ローラ、追わなくていいのか?」
「マイにキズ一つ付けれずに一方的にやられたことだし、自分の未熟さくらいわかるでしょう。アタシだって鬼じゃないんだし」
鬼じゃない、ねえ……。
「何か言った?」
「いーえ、何も」
こいつ、鋭い。
「よーし。積み込みも終わったし、検品ももうすぐ終わることだし。お前たち、今夜は飲むよ! アタシの奢りだよっ!!!」
「よっしゃあさっすが姉御ぉ!!!」
あ、今の今まで隠れてたマルコが飛び出てきやがった。
何はともあれ、明日には何事も無く出航できるだろう。