出港準備~こういう時、荒事って必ずあるよな?~
「だりぃ……くそだりぃ……」
マルコが紫煙を吐きながら木箱に座ってサボっている。無理もない。
ローラが請け負ってきたクランとして受けたクエストは、これまで通りの運搬のクエストだ。
結構な量になるが、食料をはじめとした物資を向こうの大陸に届ける。
勿論危険が無いわけじゃない。およそ三日ほどの航海になるが、海には地上以上に獰猛な魔物もいる。
体長十メートルを超えるクラーケンや、津波を引き起こすと言われているダイダルイルカと遭遇してしまえば船がひとたまりも無い。
まあマルコが面倒くさがっているのはそこではないだろうけど。
目的地は、北の大陸エルトリシア。極寒の地であるエルトリシアに、こちらの大陸で採取した魔物の皮などを届けるのがクエストの本当の目的だ。
食料も暖房器具もすくない向こうならば、必然的にその地で酒といった嗜好品もあまり魅力的ではないということだ。
……たしかエルトリシアには極寒の環境を利用して造られた特別な魔法が掛けられた酒があったはずだけど。
「もー、マルコさんサボらないでくださいよ」
「おじさん箸より重たい木箱なんて持てないの。マイちゃんに任せちゃうっ」
「キモチ悪いんでやめてください……っと」
「というかマイがいれば俺いらないだろ」
文句を言うマイだが、マルコの気持ちもわからなくもない。マイは一人で一メートルはある木箱を四つほど重ねて運んでいる。
マイは魔法使いだ。まごう事なき魔法使いだ。なのにメンバーの中で男のマルコよりも怪力だ。あの細腕の何処にこれだけの力が隠されているのだろうか。
と、いいつつオレは定位置であるマイの頭の上にうつ伏せで寝転がっていた。オレを落とさないようにバランスを維持しながら木箱を運ぶのだ。
魔法を使っている様子も無い。いやほんとこいつ魔法使いじゃなくて剣士とか目指したほうがいいんじゃない?
と、出会ったばかりの頃に進言したこともある。けれど激しく断られた。あくまで魔法使いを極めたいらしい。
ハーフといってもエルフだしな。魔法に強い関わりのある種族だから、その憧れは仕方ないことだけど。
マイの上から眺めているが、結構な量だ。オレたちの往復分の食料などもあるとはいえ、これではマルコが寝る場所もないんじゃないのか。
しょうがない、マルコはハンモックだな。男のマルコより人形とはいえ少女であるミミが寝る部屋のほうが大事だ。
「……今なんかすっげえ失礼なこと考えなかったか、ペン公」
「ペンギン何も悪いこと考えてないよー?」
「俺は知っているぞ。ペン公は都合が悪い時は自分のことをペンギンって言い出す!!!」
「おらぁマルコォ! おめえサボってねえで働かねえなら不眠不休で操舵させるからなぁ!?」
「姉御ぉ! すいませんすぐ働きます!!!」
船上で物資の確認をしていたローラがこっちを睨んでくる。怒鳴られたマルコはいそいそと木箱を抱えて運び出す。つーか二つ肩に乗せて運べてるあたり、あいつも結構力持ちだ。
マイの他にギルドから派遣されたEランクの冒険者たちが顔を合わせてくすくす笑う。何度もうちに手伝いに来ているあいつらは、この毎回の光景にすっかり慣れてしまったようだ。
「お手伝いに来ましたよ、ローラさん」
「おぉー、助かるぜ! 何しろ今回は貨物が多すぎるからな。検品だけでも一苦労してるんだよ」
豪快に笑うローラに微笑むのは、冒険者ギルドの受付嬢、アンナだ。
嬢と付けるくらいには若い。多分まだ二十にもなっていないだろう。けれど彼女はもうしっかりした受付であり、彼女を信頼してクエストを選ぶ冒険者もいるくらいだ。
性格もやんわりとしているが、その雰囲気がまたいい。俺が人間だったら迷わず手を出しているな、うんうん。
アンナは甲板に上がると、ローラとミミで手分けして行われている検品を手伝い始めた。
王都からやや離れた港町であるオルシエは、アルクォーツのような様々な場所に拠点を持つクランに重宝されている。
拠点を港に近い場所に立てることを許してくれたり、クエスト面で融通してくれる部分も多い。
その分だけこちらからも受けが悪いクエストを率先して受けたり、希望以上の納品をしたりすることもある。
まあ、持ちつ持たれつってやつだ。
「すみませんアンナ様。マスターの情けないところをお見せして……」
「あらあら。いいんですよミミさん。マルコさんは見た目が怖くても信頼できる人だって、知ってますから。見た目は怖くても」
二度言ったよこの人。まあボサボサ金髪でサングラス、頬にキズまであるし、見た目が完全に裏の人間って感じするしな。
「あと三十個ほどだからささっと終わらせますかっ」
「お前は元気だなぁ」
「はいっ。ボクから元気を抜いたら何も残りませんから!」
「魔法があるとか言えよ魔法使い」
「あーうー。叩かないでくださいーっ」
自分のアイデンティティを蔑ろにしている魔法使いに天誅を下す!
とはいえオレが出来るのは落ちない程度にマイの頬をヒレでぺちぺちするくらいだ。
「ぺしぺしぺし」
「あーうー……」
「ふはははは。オレがここにいる限りお前の視界を塞ぐことすら出来るのだー」
危ないからやらないけど。オレだって常識くらいはわきまえてます。
マイはオレのはたき攻撃を受けつつもひょいひょいと木箱を運んでいく。マルコの倍の効率で運んでいく。ああマルコ情けない奴……。
あっという間に運び終えた。ギルドの手伝いがあったとはいえ、予定より大分早く積み込みが終わったはずだ。
明日の朝出発の予定だから、今日は検品さえ終われば休めるだろう。……まあ、何をしようにもこんな姿じゃ何もできないだけどな。
「そういえばペンさん、聞いてます?」
「聞いてない」
「あはは……し、失礼しました。ローラさんが、新しいクランメンバーの面接をしたって聞いたんですけど、何か聞いてます?」
「ん……知らんなぁ」
「そうですか。じゃあまだしばらくはボクたちだけってことになりそうですね」
ちょっとだけ寂しそうな表情をするマイ。無理もない。衣食住を共にするクランメンバーがヤ○ザと人形と年増とぬいぐるみだからな。
話の合う友人もいないし、同胞であるエルフがいるわけでもない。沢山集めているぬいぐるみは趣味であると同時に寂しさも紛らわしているのだろう。
普段だったらこういう落ち込んだ女の子いれば口説き落とす絶好のチャンスなのだが……くぅっ……!
「まあ、ローラも気分屋だからな」
「ペンさんは、ローラさんと昔から知り合いなんですよね?」
「ああ。あいつが別のクランにいたときから知り合いだよ」
「……ペンさんお幾つなんです?」
「ぬいぐるみに年齢なんてありませんヨ?」
マイは、オレが呪いでこの姿になっていることを知らない。教えてない。つーか、教えたら人の良いこいつは深く関わってくる。
オレが呪いを受けた原因を知ったらどんな表情をするか興味はあるが、まあ無駄に関わらせる必要は無い。
だからこいつの前じゃオレはぬいぐるみに意思が宿った存在程度で良い。オレの目的である解呪のための冒険も、一朝一夕で行ける場所ではない。
「……あれ、なんか騒がしくないですか?」
「うっさいのはマイとマルコの喧嘩だけにしてほしいわ」
「あははは……あ、あれ」
甲板から港を覗いたマイが喧騒に気付く。オレも一緒に港へ視線を移すと、そこには明らかに荒くれって感じの三人組の男たちがいた。
怒りを露にして怒声を吐いている。手に握った斧を振り回し、周囲を威嚇している。荒事に慣れていないEランクの冒険者たちが震えてるぞ。
「出て来いローラ・アルクォーツぅ! 俺たちが不採用の理由を教えやがれっ!!!」
……どうやらローラが入団を断った輩たちなのだろう。見た目も随分強面だが、マルコほどではない。
しかし殺気もばりばり全開じゃないか。多分面接した時にローラにさんざんこき下ろされたんだろうなぁ。
「いきましょう、ペンさん」
「は?」
止める間もなく、マイは跳び出した。ってちょっとせめてオレを降ろせよオレが争いごとなんか出来るわけ無いだろ!?