恐怖のギルグレイオス様
まさか、まさかクラちゃんを育ててくれた素晴らしい人が、あのギルグレイオス様だったなんて!
さすがのアタシも頭が真っ白になった。
ニコニコと頬笑む優しそうなお爺ちゃんは、ギルドでは入ったばっかりの新人でも崇めているような大人物だ。
ひとつひとつが伝説と言われるほどの偉業をすっごく沢山成し遂げたっていうのも凄いんだけど、今問題はそこじゃない。だってアタシが聞いた話ではキレ方もそりゃもう凄かったらしいんだ。
いつもはニコニコ穏やかだけど、ひとたび彼の大事な物や人に手を出そうものなら、生きている事を後悔するほどの報復があったと聞いている。……報復の詳細が分からないのに、強面の古株のおっちゃん達が総じて真っ青になって小刻みに震えていたのが脳裏をよぎる。命を奪うような報復はなさそうだった事だけしか安心要素がない。
これはヤバい。
だって、ご両親へのご挨拶に付き物の「一発殴らせてくれ」の威力だって半端ないだろうと思うのに、予想できない報復とか怖過ぎる。
それでも、笑ってプロポーズを受け入れてくれたクラちゃんを諦める事なんて、死んでもできなかった。
クラちゃん、アタシ逃げない!
どんなにカッコ悪くたって、クラちゃんと幸せになるんだ!
覚悟を決めて顔を上げる。
この際涙が滝のようにでるのは勘弁して欲しい。
「ギルグレイオス様ぁ!奥様ぁ!一生大事にします!食材で苦労はさせないと誓います!だから……だから、クラちゃんと結婚させてください!‼」
アタシは、渾身の力を込めて土下座した。
暫くの間があった。
「あの、カルーさん?」
心配そうな、戸惑ったようなクラちゃんの声が聞こえる。でも、ギルグレイオス様のお許しが出ない以上、顔をあげる事なんか出来ない。アタシのしっぽも空気を読んで太ももの間に縮こまってしまっている。
突然、爆音のような笑い声が響き渡った。
次いで、いきなり頭をワシャワシャとかき回された。
な、何?
何が起こってるんだろう?
「ギ、ギルじいちゃん⁉」
「いやあ、可愛い!可愛いねぇ、お前えらく可愛い嫁連れてきたじゃないか、よくやったねぇクラウド」
驚き過ぎて思わず顔をあげたら、ギルグレイオス様が満面の笑みでアタシの頭をかき回していた。
「ちょっと!初対面なのにそんなに撫で回すの止めてくださいよ、失礼でしょう」
「お、ヤキモチかい?でも獣人の可愛がり方はこれで正しいんだよ、耳の付け根のあたりをワシャワシャすると嬉しいんだよねぇ?」
「は、はい……」
呆然と答えると、ギルグレイオス様はほらね、とにこやかに笑い、なぜだかクラちゃんはちょっぴり不機嫌になってしまった。無言のまま涙でぐちゃぐちゃな筈のアタシの顔を蒸しタオルで拭くクラちゃんは、ちょっと怖いけど相変わらず気配り上手だ。
「うふふ、おおかたギルドでこの人の怖い噂でも聞いたんでしょう?もう何十年も前の事なのにねぇ」
「まぁでも、それでクラウドの事を諦めようってんじゃないんだろう?一生懸命で可愛い子じゃないか、良かったねぇクラウド」
ご夫妻のこの穏やかな雰囲気!
これってもしかして。
「あのっ、あのっ、じゃあ許してくれるんですか⁉」
「もちろん」
よ、良かった~~~!‼
どっと押し寄せる安心感。
良かったよう、これでクラちゃんと結婚できる……あれ?
「あ、あの……一発殴らせてくれ、とかは」
人属と結婚する時のある意味儀式だと思ってたんだけど。できれば手加減して貰えると嬉しい。いや、クラちゃんを貰おうっていうんだから、ここは全力でいってもらった方がいいんだろうか。
「おや、殴って欲しいのかい?」
「ギルじいちゃん!からかわなくていいから」
ニコニコしているギルグレイオス様に、クラちゃんをがニラミを利かせている。なんという勇者。アタシはクラちゃんのあまりの勇敢さに、また惚れなおしてしまった。
「はは、冗談だ。こんな愛らしいお嬢さんを殴ったりしたら、マーサを怒らせてしまうからねぇ」
「そうですねぇ、貴方が嫌いなセロリとトマト尽くしのスペシャルメニューを毎食出してあげましょうかねぇ」
「それは酷いな。いいかい、君もクラウドのメシが好きなら気を付けるんだよ。怒らせたら我々の胃袋に勝ち目はないからねぇ」
「ええっ⁉」
ギルグレイオス様が勝ち目がないなんて、ずいぶん大げさだと思ったけど、この前酔っぱらってクラちゃんに朝ごはんをおあずけされた時の悲しい気持ちを思いだしたら、すっごく納得できた。
うん、クラちゃんには逆らわないようにしよう。
「全くもう、変なところで意気投合して」
クラちゃんの声にちょっと呆れたような雰囲気が混ざる。さっきも不機嫌だったから怒ってないか少し心配だったけど、クラちゃんは通常運転無表情だ。ただ、アタシの頭……耳の付け根のあたりを優しく撫でてくれたから、怒ってはいないと思う。多分。
クラちゃんから撫でて貰うのなんて初めてで、なんだかとっても幸せ。あまりの気持ち良さに、アタシはうっとりと目を閉じた。




