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ドラゴン様の巣を興せ!  作者: 三流ろっく
プロローグ
3/77

ドラゴン様との契約・下


 光の粒に変わったドラゴンは、時計が逆巻いたかの如く光景を巻き戻して少女を象った。


「……良かった。上手く制御出来ました」

「お疲れさまデス」


 ふぅと息を落とす竜の少女に言うと、手品師がくるりと首を回してこちらへと振り返る。


「では、信じて頂けたところで、マシロ様。我々が貴方をこの世界に呼んだのは、黄金竜であられるラティーシャ様の従者として仕えて頂く為デス」

「従者か……最初にもそんな事を言っていたな」

「イエス。マシロ様には今まで生きた世界をさっぱり捨てて頂き、この世界(アルナルズ)で命ある限りラティーシャ様に尽くすと契約して頂きたいのデス」


 衝撃が過ぎるものを見て、まだ頭が良く回らない。

 だが、『世界を捨てる』。その言葉は妙に甘美に響く。

 あぁ、そうか。俺の心は、あのホームレスになるしかなかった世界を望んじゃいないんだ。

 あの世界には元々俺の居場所なんて無かったのか。


 竜の少女に視線を向けると、緊張を孕んだ熱い目が返ってきた。

 俺を求めている。この神秘的な少女が人生を半ば捨ててしまった俺を。

 従者が何をするか、竜の少女が俺に何を求めているのか。

 そんな事はどうでも良い。あんな無為で無感動な人生を捨ててからで良い。


「先に言っておく。俺はちっぽけな男だ。だが、お前が俺を求めるなら俺は喜んで世界を捨てよう」


 眼に焼き付いて離れない偉大な竜。

 久しく聞いていなかった自分の鼓動。

 それだけが、十分過ぎる理由だ。


「では……良いのですね?」

「ああ、どうせ死ぬ筈だった身だ。俺はお前が求める限り、お前の従者であろうと思う」


 少女の表情がぱぁっと明るくなる。

 見た目に相応の少女の顔。初めて見た気がする。


「では、話も纏まったようデスので、正式に契約の儀式デス。マシロ様はラティーシャ様の言葉の後に、頭に浮かぶ言葉を続けるのデス」


 手品師がそう言うと、竜の少女がこちらに手の甲を差し出した。

 何だ? と、一瞬思考してから、白黒で映された古い洋画を思い出した。


 ……まさか……アレをやれってのか?

 日本人には敷居が高過ぎるぞ。いや、外人がやるのも映画でしか見た事無いが。

 何にせよ、とても素面で出来るもんじゃ無い。


 手品師に視線で『勘弁してくれ』と念を送ると、ニヤニヤとした不快感を煽る笑みが返ってきた。

 この女。性の根から腐っている。


「……やはり、嫌なのですか?」


 少女の顔が僅かに曇った。

 売れ残りの小型犬みたいな憂いを帯びた眼が突き刺さる。

 的確に男の本能を突いてきやがる。自覚してやってるなら対処の仕様もあるが、十割無自覚だろうから余計タチが悪い。


「ああもう! わかったよ!」


 もう良いヤケクソだ。

 片膝を地に着けて、目の前に差し出されている手を取った。

 一瞬だけホッとしたように顔を綻ばせた少女が、元の洗練された表情にキリリと戻して言葉を紡ぎ始めた。


「天秤の守り手よ。イグニアスの血の元に契約を告げる。此処にドラゴンの従者を選定する。今この時を始まりとし、汝の心と愛を我に捧げよ」

「………天秤の守り手よ。人の子が契約を願う。ここに我が主を選定する。今この時を始まりとし、我が心と愛を主に捧げん」


 頭に浮かぶ言葉は、驚くほど滑らかに舌を滑らせる。

 知っているパズルを組み立てるかのような感覚。

 言い終わると同時に手の甲に唇を重ねる。

 不思議と羞恥の感情は微塵も無く、手を引かれる夜道のように自然と。

 そこで手品師が杖の先を地に叩きつけた。


「契約成立デースッ!」


 実に楽しそうな声だ。

 幾何学模様――魔法陣が俺と少女を囲むように展開したと思うと、俺の胸に熱が疾る。


「──づっ!?」


 慌てて胸を押さえるが、熱は一瞬のもの。既に過ぎ去り、服を捲り上げて見てみれば、そこには魔法陣が刻まれていた。


「おい、手品師。何だこれは?」

「メフィストデス。それは従者契約の魔法陣。マシロ様をラティーシャ様及びこの世界に繋ぐ鎖のようなものデス」


 鎖。つまり、これが俺と竜の少女の絆という訳か。

 魔法陣に指を滑らせていると、竜の少女が手を差し出してきた。

 手の向きが違う。もう一度口づけしろという訳では無いか。多分、俺の世界と同じ意味。


 その手を握り返す。小さな手。偉大な竜の手。


「よろしくお願いします。我が従者よ」


 そして、主の手。


「ハイよ。我がゴシュジン」


 こうして、俺の新しい人生が幕を開けたのであった。



―To Be Continued―

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