第十四話 スライム様のお洗濯
俺達の朝は早い。
日の出と共に目を覚まし、体操代わりにフェイランに簡単な武術の型を教わる。ゴシュジン以外。
これは狐娘の発案だ。
「一日の始まりに体を動かすの良い事で御座います」
との事。その意見には賛成なので、俺も付き合っている。
それが終わると狐娘は食事の支度。ゴシュジンが起きた頃に朝食となるのだが、俺はこの間に昨日までやっていた水汲みの仕事をスライムことエリザベスに奪われてしまった。
「おしごとー」「おしごとー」
「あら、有り難う御座います。エリーさん」
スライム達が背の桶を狐娘に渡している。はたまた、別の個体が畑の水やりも。綺麗に芽が並んで生えているのが、なんともフェイランが植えたとわかりやすい。
昨晩話し合い、エリザベスの有効活用方を模索したのだが、こういった運搬などの簡単な労働が向いているという結論に落ち着いた。
エリザベスは百体程にまで分裂出来る。労働力が不足している俺達には頼もしい限りだ。
やる事が無い俺は仕方無いのでフェイランと戯れておく。
俺が投げた石をフェイランが拾ってくるという遊びだ。犬だ。
「あれ?」
五回目の投石を取ってきたフェイランのどんぶり帽を撫でていると、フェイランが突然明後日の方向を向いて怪訝な声を漏らした。
「どうした? 漸くこの遊びに疑問を抱いたのか?」
「いえ、この遊びはとても嬉しいんですが、侵入者が来たようです」
嬉しいのか。楽しいじゃ無くて。それで良いのか土の四天王。いや、そんな事よりもだ。
「侵入者だと?」
◇◇◇◇◇
この巣のダンジョン部とでも言う迷宮の部分は、入りくんでいるが実の所攻略するのは容易い。
その理由は道の殆どが瓦礫で埋まっていて外観ほどの広さは無く、壁が全て接がっている為に右手の法則が成り立ってしまうという構造だからだ。
その上、阻害するような罠もモンスターもいないから歩みを止める障害も無く、侵入者が本気ならば必ずゴール地点たるこの決闘の間に辿り着く。
決闘の間で迎撃は良いのだが、ゴシュジンはまだ待機部屋で床の中。当然朝食もまだだ。
そんな腹を空かした眠れる竜を、侵入者と騒がしく戦って起こしてしまえばどうなるか? 考えたくも無い。
フェイランによると、幸い敵は二人。
手品師に『余程のバカで自信家』と評された俺達の元巣崩壊の原因、キザ男達でさえ十人態勢だった事を考えれば不自然な数だが……有り難い。二人なら、迎え撃てる数だ。
そんな訳で迎撃作戦を展開。
こちらには地の利がある。理想はフェイランのコウモリと連携し、奇襲で敵の戦力を挫く事。
「来ましたマシロさん。約十歩の距離です」
「オーケーフェイラン」
岩陰に潜む事二十分。侵入者が姿を現す。
ランプを持った剣士風の男と、皮の胸当てに腰には短剣を帯びているだけの女の男女二人組。
おいおい、軽装過ぎないか? 仮にもドラゴン様の巣だぞ?
男は片手のランプで周囲を照らしながら前を進み、女の方は魔導書に何かを書き込んでいる。
コイツら……もしかして……。
俺がその行動から二人の目的を読み取ろうとした時、女が不意に魔導書に落としていた眼を上げ、此方を睨む。
「ナッシュ。十時の方向に何かいるわ」
「なにっ!?」
男が片手を女の前にやりながら、こちらに剣を構える。何故気付かれた? そういうスキルがあるのか?
出来れば奇襲と行きたかったが、バレては仕方無い。俺が岩陰から出ると、男は眉間に皺を寄せた。
「何だ……このボロ衣……モンスターか?」
そうか。モンスターに見えるのか。竜の巣に人間がいるって発想が無いのだろうな。
ボロ毛布を外衣にして、顔をボロ布で隠してるだけなんだが、上手く騙せているようでなにより。
衣装がボロだとホームレス時代を思い出すな。
「みすぼらしいモンスターね」
やかましい。俺も好きでこんな格好をしている訳じゃ無い。
ドラゴン様の手下としての俺の顔が割れると、色々と不都合になるんだよ。人里にも降りれなくなるし。
「人型のモンスターと言う事は、少なくとも五階梯以上か……マキア、どうする?」
そうなのか。エリザベスも五階梯になると、人型になったりするのだろうか?
「いいえ、ナッシュ。私の眼によると、このモンスターに大した力は無いわ。そうね、ステータスはゴブリン以下と言った所かしら」
久し振りに聞いたな。ゴブリン以下。
多分、俺の『鑑定眼』の対人用。ステータスを見るようなスキルでも使ったのだろう。腹立たしい。
「ゴブリン以下? 何だ、それなら逃げる必要は無いな」
言いながら不用意に近付いてくる男。片手はランプを持ったままだ。
いやぁ、ナメ腐ってくれてるね。有り難い。何故俺がここで待ち伏せていたのかも考えないでいてくれるとは。
眼に物見せてくれる。
杖代わりにしていた棒を男に掲げ、魔法を唱える気分で一言。
「アクアリウム」
「うわぁっ!?」
男の足元にあった亀裂から突如として水が溢れ、体勢を崩した男がその場に倒れる。
そして、水はどんどん溢れその場に膨れ上がり、男の体を丸く包み込んだ。
男は怯んだもののすぐに立ち直り、水球から脱出しようともがいている。が、そうはいかない。
「ランドリー」
水球の中で激流が巻き起こり、男の体がくるくると回る。イメージは洗濯機。
これは勿論魔法などでは無い。この水球はエリザベスだ。
だが、この二人にはそうは見えまい。
水の魔法使い。それも、この世界では使える者も僅かな、無詠唱魔法を唱えるモンスターに映る事だろう。
毛布を使って魔導士っぽくしたのもその演出だ。
さて、男はこれで片付いた。女はどうでるか……と、眼をやると、既にそこには居なかった。
逃げやがった。少しの躊躇も無く。もしかして、軽装だったのはこの為か?
女って怖い。
「やふー。ぐるぐるー」
「コラ、喋るなと言っただろエリザベス」
一人残されたナッツだかナッシュだかが、白目でエリザベスの中を回っている。
哀れな。まぁ、女を見る眼が無かった自分を恨むんだな。
さて、そろそろゴシュジンは起きただろうか?




