第六話 不死王様の絶望
地面にうつ伏せになり、すっかり大人しくなったフェイランの元に歩み寄る。いつの間にか鎖と刃物が消えているが、それよりなにより……。
「コイツなんか縮んでないか?」
「確かに。縮んでいますね」
さっきまでゴシュジンと同じ年の頃だったのに、今は手品師より小さくなってる。服がダボダボだ。
近寄ってもうんともすんとも言わないが、一応警戒して『人形』に首根っこを掴ませて持ち上げさせる。
「破ッ!」
その瞬間、フェイランが枷を外した猛獣のような素早い動きで、騎士の体に拳やら蹴りを叩き込んだ。
「狸寝入りか。元気じゃないか」
「なっ! 効いていない!?」
正直、拳法染みた動きで繰り出したそれらは見事で、俺には速すぎて見えないほどだったのだが、ダメージはと言えば全く無い。
殴られておいてなんだが、子供が拳法みたいな構えをする様は可愛らしくしかないな。
「八種の呪いを打ち込んだのに! 腐食とか石化とか!」
と、思ったら結構えげつない攻撃だったらしい。危ない奴。
効果が無いのは『聖棺人形』が魔宝だからか?
「まだ交戦する気があるのでしたら、こちらも応じさせて頂きますよ? 従者に攻撃を加える輩に手加減出来るほど、私は優しく有りませんが」
普段とはギャップのある顔で凄んで見せるゴシュジン。
俺もちょっと仰け反ってしまうその表情に、フェイランは「うぅ」と悔しそうな声を漏らし、
「いえ、ボクに戦えるだけの魔力は残っていません。ボクの……負けです」
ガクリと肩を落とした。
だが、その勝利には納得のいかないものがある。
「なぁ、何でお前倒れたんだ? それに、縮んでるよな?」
「……残存魔力を見誤って、事象の逆流を招いてしまったんです。ボクの体は魔力量によって変化しますから、縮んだのも魔力枯渇のせいです。『不死王』ともあろうものが……笑って下さい」
自嘲気味に頬を上げるフェイラン。所々わからんが、勝手に自爆したアホの子だって事か。
まぁ、なにはともあれ、こうして俺達は土の四天王を倒したのだった。
いや、そんなイベントを回収しに来た訳じゃないんだが。
そうだ、俺達はゾンビ狩りに来た筈だ。それが、何故こんなことに?
あぁ、その原因がコイツなんだっけ。
で、そのゾンビで俺達みたいなのを招き寄せて、喰う為だったと。
考えてみると恐ろしい奴だな。
「さて、マシロ。この者。どうしてやりましょうか」
「うぅ……」
猫みたいにぶら下げられている顔がこちらへ向く。
うぅむ。仕留めておいた方が良いんだろうか? けど、やっぱりそんな悪い奴には見えないんだよな。
「なぁ、お前はなんで人喰いなんて事をしてるんだ?」
「人喰い? そんな事していませんよ?」
「あん? お前、『フハーハッハッハ。貴様らを我が糧としてくれん』的な事言ってただろうが」
「言ってません! 誰ですかそれは!」
「マシロ」
呼び止めるように言ったゴシュジンは、目を伏せて唇が鉛になってしまったみたい開け辛そうに口を開いた。
「……この者の言葉に嘘は有りません」
「何でわかるんだ?」
「竜の目は時に特別な力を宿します。私の目は真贋を見極める力。その者の顔に嘘の色は映っていません」
そんな便利な力があったのか。ゴシュジンに嘘は付けんな。
「疑うなら、ボクの歯を見て下さい。それが証拠です」
あーと口を開くフェイラン。顔に掛かった札を半分持ち上げてその中を覗く。なるほど、わからん。
「うん。白くて健康な歯だ」
「ふぉふひゃにゃくへ、ひはほひへふばはひほ」
「口閉じて良いぞ」
「牙を見て下さいよ。吸血種の牙があったでしょう?」
牙? あったような無かったような。
「それが何だと言うんだ」
「マシロ。吸血種の牙があると言う事は、呼吸以外での魔力補給は摂食では無く牙による吸収です」
「そうです。肉を貪る低俗なアンデッドと一緒にしないで下さい。ボクは少しだけ血を分けて欲しかっただけです」
再び札に隠れた下で、ぷんすか言うフェイラン。
吸血種。吸血鬼みたいなもんか。
つまり、コイツが魔力をくれと言ってたのは、血を分けてもらいたかったと。確かに喰われるならまだしも、血くらないなら献血気分で分ける奴はいるかもしれない。相手は美少年だし。
そう言われると、コイツも初めは話し合う姿勢を見せていた。
で、ウチのゴシュジンが勘違いして攻撃……なるほど、ゴシュジンが居心地悪そうにしてるのはそのせいか。
「でも、ゾンビを彷徨かせるのはいかんだろ。ここらの麓の住民なんかが怖がってるらしいぞ」
「ゾンビ達には他者に危害を加えないよう術を施しています。それに、それしか方法は無かったんです。ボクはこの広間を出る事が出来ませんから」
切羽詰まったような声。
「出られないって、何でだ?」
「アレを見て下さい」
そう言って視線で指したのは、三角岩。
「あの祭壇が、ボクをこの地に縛り付けているんです。アレは対象を封印し、その魔力を吸い取ると同時に魔素に還元する封印術式なんです」
封印とな。
いよいよイベント臭くなってきたな。
「その割には、お前は随分自由そうに見えるんだが?」
「動けるようになったのは最近です。長い時間……本当に長い時間……ボクは土の中で待ちました。そして、漸く封印の力が弱まって……けど、未だにここから離れる事は出来ません。離れるには、もっと魔力が必要なんです」
それで、魔力を提供してくれる人を探していたということか。
「そんなことしなくても、外に出られたのならあの三角岩を壊しちまえば良いんじゃ無いのか?」
「ダメです! あれは龍脈を術式に組み込んでいるので、破壊すれば龍脈を傷つけてしまいます!」
「ダメなのか? それは?」
「もしそんなことをすれば、ここら一帯が噴火や毒ガス……超自然災害に襲われ、山に生きる全てが死滅することになるでしょう」
兵器じゃないか。
作った奴は何考えてそんな危険なモン使ったんだ。
後先考えないにもほどがある。
「ボクは早く魔王様に復活を伝えなければいけないのに……」
と、フェイランが憂鬱な声で引っ掛かる事を言う。
何が引っ掛かるって、もしかしたらと思っていたが、この口ぶり、知らないんじゃないか?
『魔王軍』土の四天王とか名乗っていたし。
「あの……言いにくいのですが、魔王なら百年ほど前に討たれましたよ」
「え?」
フェイランが固まる。やっぱり、知らなかったのか。
魔王なんか、その砦がドラゴンの巣になっちまうくらい昔の存在だ。それも最近崩壊した事は……言わなくていいな。
「嘘」
「本当です。今や勇者と魔王の戦記は絵本にもなっています」
「じゃあ、魔王軍は……?」
「魔王が討たれるのと時を同じくして、解体されました」
「そん……な……。じゃあ、ボクは……百年も……この巣は……ボクは……どうすれば……」
絶望を象徴したみたいな声。
「うぅ……うぁ……あああぁぁ……」
嗚咽が聞こえ始めた。ゴシュジンが困ったような視線を向けてくる。
俺は、せめて『聖棺人形』で摘まんでいた体を下ろしてやった。
「ううああぁぁぁ……」
そのまま地面に顔を当てて咽び泣くフェイラン。
酷く心を締め付けられる。どうしてやれば良い物か。ゴシュジンも眉を下げてその小さな体を見下ろしている。
知らず百年も過ぎていた絶望。
誇らしげに名乗っていた立場が消え去っていた絶望。
目標も存在意義も、自分を取り巻く何もかもが失われる絶望。
きっと、それは泣く事が正しい。堪えきれるものでは無いだろうから。
なんだか、浦島太郎を思い出すな。思えばあれも残酷な話だ。




