第三話 ドラゴン様とリッチ狩り
「リッチ狩り……ですか? リッチは狡猾で用心深く、高い魔力を持つ魔物です。態々立ち合わなくとも良いのではないですか?」
ゴシュジンが整った眉の間に浅い皺を刻んだ。言いたいことはわかる。
なんせこのクエストの五十倍の価値のある相手だ。危険な相手だと容易に予想が着く。
正直ゴシュジンの竜化もあまり当てにならない事を考えると、避ける事は懸命な判断。
だが、五万G。五万Gなのだ。
食料問題を始めとする経済難を抱える俺達にとって、その数字はなんとも蠱惑的に響く。
「リッチの首には五万Gの賞金が掛かってる。危険を犯す価値はあると思うが」
「五万G? それは、どれ程の価値なのですか?」
金の価値をわかって無いだと? どれだけ箱入り娘だ。
俺だって異世界から来たばかりで、具体的には良く解らんが……まぁ、こう言っときゃ良いだろ。
「暫く美味い物を好きなだけ食える額だ」
「真ですか!?」
ほらな。食い付いた。
文句一つ言わなかったが、俺の料理を食ってる時のゴシュジンの顔。ありゃ、不満たらたらの顔だった。
腹は満たせても味に飢えてるのは丸わかり。なら、この提案に乗らない訳は無い。
「あ、いや、しかし……私はリッチと確信がある訳では……」
「それでも、このゾンビに関わる情報を掴めればそこそこの金が入る。少しは贅沢出来るぞ」
これも嘘じゃ無い。
クエスト依頼書には、定期的に現れるこのゾンビの群れの発生原因を突き止められれば特別報酬を出すとあった。
幾らなのかは知らんが。
「降って沸いたチャンスだ。棒に振るのも後味が悪いってもんだろ」
ゴシュジンは足元に視線を落とし、数秒考える様子を見せてから口を開いた。
「わかりました。マシロがそう言うなら……」
良し!
顔で笑って心でガッツポーズを決める。
「ですが、またここに戻るのも面倒です。この亡者達を先に片付けましょう」
「ここにいる奴等を相手にしてる間に五万……リッチが行方を眩まさんとも限らんぞ?」
ゴシュジンは口の端に少しだけ不適な笑みを乗せると、下でカリカリやってるゾンビ共に手を翳した。
『聖なる光。我の名の元に彼の穢れを取り払え“中位浄化魔法"』
展開する魔法陣が俺達に群がっていたゾンビ共を丸ごと取り囲む。
これは服の汚れを取り払った魔法と同じ詠唱?
その疑問に答えるように魔法陣が光を強め、ゾンビ達を服の汚れと同格だと言わんばかりに光の粒に変えていく。
こんな恐ろしい魔法だったのか。良かった俺。汚れだと思われてなくて。光の粒にされるとこだった。
その魔法は騎士に潰されても意に介さないゾンビ共に本能的な恐怖を与えるものだったのか、魔法陣の外にいた生き残り……いや、生きちゃいないが、そのゾンビ共もあぅあぅと逃げ出す。
『天の光。刃となりて闇を斬り裂け“上位光刃魔法"』
それらを追撃する、ゴシュジンの容赦無い詠唱。
二十剰りの三日月を模した光の刃が魔法陣より放たれ、回転しながら別々の軌道を描いてゾンビ共に襲い掛かる。
それは、いつまでも地上を彷徨う彼等への死神の怒りを体現したかの如く裂き抉り、ゾンビ共の体をバラバラと地に転がした。
死屍累々。なんとも理不尽な光景だ。
弱者が群れるという単純な自衛手段を歯牙にもかけず、二度口を開く内に一掃してしまったのだから。
俺がプチプチ潰す意味あったのか?
「人型でも凄いじゃないか……ゴシュジン」
ちょっとした皮肉を込めて言ってやる。
「む、そうですか? いつも姉上に『お前は弱い。それでもイグニアス家の娘か』と怒られていたのですが」
はにかんだ笑みと、心なし高くなった声が返ってきた。
皮肉ったつもりだが全く通じていない。何という純粋培養箱入り娘。
ゴシュジンはその言葉に「でも」と続け、翳していた手で自分のヘソ辺りを擦ると、
「魔法を使うと、とてもお腹が空くんです」
照れたような困ったような表情。
とても……ね。
やっぱり出来るだけ俺が戦おう。うん。
どこか機嫌良さ気なゴシュジンは、今度はその手に指を一本立てて、山の天辺の方向を指した。
「冷気がそうであるように、瘴気に似たものは上から下へと流れています。これを濃い方へと辿って行けば、術者、ないし、その原因と遭遇するでしょう」
えらく饒舌に口を滑らせている。本当は結構乗り気だったのではないだろうか。早々とゾンビ共を一掃した事も鑑みて。
そんなに俺の原始料理は嫌だったのだろうかと考えると微妙な気持ちになるな。
今度作る時は、少しくらい味に気を配る事にしよう。
「ところで、何か片手間に食べられる物はありませんか?」
ゴシュジンの熱い視線が俺の背に持つ食料袋に注がれている。
……まぁ、何はともあれだ。本来のクエストは達成した。
◇◇◇◇◇
『上』という言葉に従って山頂を目指して歩いていると、後ろで桃色のオレンジに似た果物を丁寧に剥きながら食べていたゴシュジンが不意に足を止めた。
「ここです。ここから濃密な魔素が溢れています」
そこは頂上より少しだけ手前にある岸壁に、ぽっかりと空いた大穴だった。
闇色に染まるその穴はまるで開かれた巨獣の口のようで、足を踏み入れる事を躊躇わせる。
この中に、リッチがいるのか。
だが、この暗闇の中を明かり無しに探索するのは危険過ぎる。蝋燭でも買っておけば良かったのだが、勿論そんな物は無い。
火を起こしても、燃え移らせるものが無いしな。どうしたものか。
『その身は闇。その身は光。その身は輪廻を彷徨いし者。盟約に従いて我が求めに応じよ。“黄泉の導"』
背後から聞こえた詠唱に振り返ると、ゴシュジンに纏わり付くようにふよふよと動く光の玉が、辺りをほんわりと照らしていた。
「この子はウィル。私の使い魔です」
尋ねる前に返してきたゴシュジンの顔は、何故か自慢気であるように思える。
使い魔ってのはアレか。魔女が飼ってる喋る猫みたいな。
「ウィル君ね。で、何故ウィル君を出したのかな?」
「ウィルが居れば、その暗闇に覆われた洞穴も真昼を進むが如き道程となるでしょう」
なるほど。照明代わりね。
本当に魔法ってのは万能だな。うん。本当に良い判断だと思う。
なのに、俺の心はゴシュジンが魔法を使ってしまった事を、どこか口惜しく感じてしまう。
だって、魔法使うと減るんだ。MPとか抽象的な数値じゃ無くて、ゴシュジンの腹が。
今だって非常用に買った果物を平らげてしまったばかりだ。ゴシュジンの魔法はイコール食費と思って良い。
しかし、従者の心主知らず。
ゴシュジンはどうだと言わんばかりに何かを期待した煌めく眼差しを向けてくる。
何か、こう、ボールを取って来た犬みたいな。誉めとかないといけないような。
「凄いなゴシュジンは」
「ふふふ。マシロは大袈裟ですね」
満更でも無いと言った顔。
何だか出会った時の威厳が大分損なわれている気がする。これが素なのだろうか?
まぁ、ゴシュジンの機嫌が良いのは有り難い。ストレスで凶暴化される心配は、今の所大丈夫か。
飢えさせなけりゃ。だが。
その為にも、この洞穴の中にリッチが居てもらわなきゃ困る。前金で買った食料ではもう持ち堪えられそうに無い。
俺は内心祈りながら、洞穴へと足を踏み入れたのだった。




