ホームレス狩り
ダンボールハウスはその通気性を誇示するみたいに凍てつく冷気を良く通してくれる。
毛布に体を押し込んだところで焼け石に水。都会の夜に毛布。手と足の先が痛むほど寒い。
粗悪品の洗濯機みたいにガタガタ震える俺の身体に連動して、茶色い壁は絶えず不機嫌そうに揺れている。
良い車に乗って、デカイ家買って、自分好みの女をモノにする。誰だってそういう未来に憧れるだろう。
けど、俺は違う。ただいまと言えばおかえりと帰ってくる。そんな、小さな幸せがあれば満足だ
。
俺には、そんな些細な幸せを掴む事さえ出来やしなかった。
なんたって、仕事に就けないんだから。
帰る場所は橋の下。迎えは野良のネコ一匹だ。
「そりゃ、犯罪者を雇うヤツなんていないか」
膝に乗っけたネコがニャーと返事してくれた。
前科者が生きるにゃ、厳しい世の中だ。
「ニャッ!?」
ネコが突然尻尾を立たせたと思うと、ダンボールハウスの壁を突き破って、足が現れた。
「おっ、ゴミみっけー」
バリバリと壁を破る黄色いスニーカーの奥から出てきた同い年くらいの男達は、半分だけ笑っているような顔で俺を見下ろしている。
その中には、誰一人として知る顔はいない。嫌な感覚が背筋を撫でる。
「誰だお前らっ……人の家に何てことしやがるっ!」
「お前の家じゃ無いだろ。ここは公共の土地だぜ」
「ゴミ収集に来ましたぁ」
そう言って手前の男が金属バットを取り出した時、頭に不穏な言葉が浮かんだ。
ホームレス狩り。
「待っ――!」
凍えた身体は上手く動かず二の腕に、腹に。倒れた所に背中に。鈍痛が走る。
「フシャーッ!」
「なんだこのきったねぇ黒猫。これもゴミだな」
視界の端で振り上がるバット。
俺は考える前に、その落下点に体を滑り込ませていた。
「やめっ――ぶっ!」
背中に受け止めた重く硬い衝撃に景色が揺れる。
「なんだゴミ。ゴミのくせにゴミ飼ってんのかよ?」
飼ってる訳じゃ無い。コイツは暖房代わりだ。
あぁ、なんで俺はネコなんか庇って知らない奴等に殴られてんだろうな。なんだか笑えてきた。
男達の笑い声が響く中、後頭部に鈍い衝撃が疾り、視界が白く染まる。
「あ…………ぅ」
全身から力が抜けてその場に崩れ落ちると、男達が騒ぎだした。
「お、おい。頭ってヤバイんじゃねぇの?」
「……動かないぞ」
「なぁ、逃げようぜ!」
何処か遠く聞こえる声がそう言うと、足音が遠ざかっていく。
鼻の下にドロリとしたものが流れている気がする。おかしいな、鼻なんて殴られてないのに、鼻血が出るなんて。
どうでも良いか。なんだか、全部、どうでも良い。
腹からモゾモゾとネコが這い出てくる。その感触も、何処か遠い。
「ニャー……」
ネコが悲しそうな声を出して、俺の額を舐めた。
そこを怪我してるのかもしれないけど、もう良くわからない。
あぁ。多分、俺は、このまま死ぬ。
ホームレス狩りにオモチャにされた挙げ句、看取るのは野良猫か。なんて惨めな死に様だ。もし天国に行けたら、こんな世界を創った神様に死ねと言ってやる。
「ニャー……」
「気にすんなネコ。俺は……清々してんだ。もうこんな世界に未練は無ぇよ。来世じゃあ、暖かい飯が食えて……風の凌げる寝床に住みてぇなぁ……」
遠退く意識の中で、身体が暖かいものに包み込まれた気がした。
「…………なんだぁ?」
薄く目を開けると、瞼の隙間から光が差し込んだ。
それはすぐに目を開けていられない眩しい光に変わり、俺の視界を閉ざした。
不意に辺りの空気が変わる。
身を切るようだった外気は、暖かい風に。
身体中を殴られた痛みもふっと消え去った。
おかしく思い目を開くと、壊れかけのダンボールハウスは石造りの壁に変わっていた。
そして、目の前には二本の足。
見上げると中世の麗人みたいなドレスに、小柄な身体に不釣り合いな真っ赤な外套を纏った少女が俺を見下ろしている。
「我が声に答えし者よ。貴方を我が従者として歓迎しましょう」
凛とした空気を纏う、えらくべっぴんなその少女の口から出たのは、そんな身も蓋も無い言葉だった。
―To be Continued―