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ステップ・バイ

拳を握る刻 ~ステップ・バイ

作者: 時司 龍
掲載日:2026/06/28

 健太(けんた)の部屋は、八畳ほどだ。

 この辺りになら、どこにでもあるような一戸建ての二階。壁際には本棚と机。机の上にはノートパソコン。試作品のグラスが幾つも並んでいる所だけは普通と違っていた。


 透明なもの。濃い青色のもの。薄い青にしてみたもの。気泡の入り方を変えたもの。大きいもの、小さいもの。

 どれも綺麗だ。けれど綺麗なだけでは売れない。健太は深いため息を吐いた。パソコンの画面を幾ら見つめても数字は変わらない。


 自社サイトの管理画面。


 本日の注文数。・・・一件。昨日はゼロ。一昨日もゼロ。下請け仕事がなければ、とてもじゃないがやっていける数字ではなかった。


「・・・はぁ」

 思わず漏れた声が部屋に落ちる。


 ページを切り替える。数か月前に発売した新商品。

 起死回生のつもりだった。

 薬瓶をルーツに持つ昔ながらの製法。実際に少しでも作った事のあるじいちゃんがいるからこそ出来たものだった。厚めのガラス。手作りならではの柔らかな気泡。そこへ金箔を混ぜ込んだ特別仕様。

 青色もグラデーションにしてみた自信作だった。ちょっと宇宙ぽく出来たと自画自賛も込めて。


 写真も撮り直した。販売ページの文章も何度も書き直した。

 それでも売上グラフは、ほとんど横ばいだった。

「いい物なんだけどな・・・」

 ひとり言が漏れる。自信はある。だが、自信と売上は別問題だった。健太はパソコンを閉じた。これ以上見ても注文が入ってくるわけもない。

 立ち上がり、ベットサイドに置いてあったペットボトルを掴む。一口飲む。ぬるい。絶妙にまずかった。


 ベッドへ倒れ込む。

 天井のシミを見上げながらスマホを開いた。

「はぁ・・・」

 ため息しか出てこない。

 動画アプリを開く。おすすめに流れてきたものを順番に眺める。何となくタップする。

 ただ流れてきたから見ただけ。そんな軽い気持ちだった。そこそこ好きなお笑い芸人、Eveのハナちゃんが若い女優のインタビューをしている。氷室(ひむろ)結流(ゆきる)。最近時々見る名前だ。


「すげぇな・・・」

 ぼんやり眺める。芸能界って華やかなんだろうなぁ。

 アイドルとか女優とか、若い可愛い子がいっぱいいて・・・来る日も来る日も工場のおっちゃん達と向き合ってる俺とは違うよなぁ。・・・それが嫌ってわけじゃない。技術は凄いし、尊敬もしている。でも華やかさとは無縁だ。あとは役所にお願いに行き、商工会にも顔つなぎに行き・・・おっちゃんとおばちゃん達の顔しか浮かばない。


 質問に答えているだけの動画。特別面白いわけでもない。


 だけど、最近、同年代見てないな。最近見た若い子って、毎朝うちの前通って小学校に行くかなちゃんとあさひちゃんくらいか。

 他に子供はいない。去年高校卒業した、そうたは東京の大学に進学した。さくらちゃんは大阪の大学卒業して、そのまま関西に就職したらしいし。ゆうまは金沢の専門学校だったか。20代の奴等は皆県外か、県内にいても、もっと中心部の、仕事に行きやすい所で一人暮らしだ。で、年末年始や盆に帰って来るのを見るくらい。元々この地区に同級生はいない。・・・そんな事を思いながらの気分で。


 だから途中から半分聞き流していた。


 その時だった。


 テーブルの上が映った、ほんの数秒。

 そして、氷室結流がコーヒーを飲むシーン。


 健太は飛び起きた。

「・・・え?」

 上体を起こす。


 動画を止める。巻き戻す。

 再生。

 止める。

 もう一度。

「今の・・・」


 画面に映るグラス。小さい。普通の人なら気にも留めない。

 だが健太には違った。

 厚み。青いグラデーション。光の反射。気泡の入り方。

 そして・・・金箔の混ぜ込み方。


 胸がざわつく。

「いや、まさかな」


 指が勝手に動く。コマ送り。一コマ。もう一コマ。

 更に進める。


 結流が笑う。グラスを持つ。

 画面に光が当たる。

 その瞬間、健太は確信した。


「うちのだ」


 間違いない。自分達の工場で作ったグラスだ。

「マジかよ・・・」

 心臓が速くなる。

 なぜ使っているのかは分からない。スタッフが買ったのか。本人が買ったのか。贈り物なのか。たまたまあった備品なのか。

 そんな事はどうでもよかった。


 映っている。全国に向けて。

 うちの商品が。


 健太は急いで検索を始めた。これってチャンスじゃないのか。

 芸能人使用。動画引用。切り抜き。ホームページ掲載。

 著作権。肖像権。

 商用利用。

 あやふやな単語が出る度に、更に検索する。検索結果を読んでいくうちに健太の顔が曇る。


「めんどくさ・・・」


 思ったより厳しい。勝手に使うのは勿論まずい。最悪、突然弁護士がうちの玄関に「こんにちは」しに来る。

 切り抜き動画を載せるのも危険。スクリーンショットも怪しい。


 だが。


 調べているうちに一つ気づく。

「公式動画の埋め込みなら・・・?」

 可能性はある。少なくとも無断転載よりは遥かに良い。


 そこで普通なら終わる。

 埋め込みをして終わり。

 そう考える。

 だが深夜一時を回った健太の脳は、残念ながら普通ではなかった。


「待てよ・・・」


 再生する。今度は別の動画。ハナちゃんの動画は幾つも出ている。氷室結流のものは少ない。ほとんどがドラマや音楽番組のもの。それじゃ使えない。

 健太は編集ソフトを立ち上げた。ほんの出来心だった。最初は少し並べてみるだけ。

 そう思った。


 気づけば3時間経っていた。


 結流が笑う。

 ハナエがツッコむ。

 結流が笑う。

 真夜中のテンションで、2人が仲良く喋っているような場面ばかりを繋いでいく。勿論、うちのグラスでコーヒーを飲んでいるシーンは外せない。

 BGMも付けた、勝手に。完全に趣味で。


 出来上がった動画を再生する。

 数分間。

 画面を見つめる。


「・・・めっちゃ良くない?」


 誰もいない部屋で呟く。客観性は失われていた。完全な自画自賛。


 明け方4時だった。

 もはや正常な判断力など残っていない。健太は勢いのままメールを書き始めた。普段は絶対に使わない丁寧な文章で・・・県に提出した書類の文章を頭の隅から何とか引っぱり出す。突然メールを送るお詫び。会社紹介。商品の説明。動画使用許可のお願い。

 そして添付ファイル。自作動画。


「送信」


 クリック。

 送った。

 一瞬で送った。

 躊躇はなかった。

 深夜の人間は時々、信じられない行動力を発揮する。

「よし」

 達成感だけがあった。

 健太はパソコンの電源を落とす。

 部屋の電気も消す。そのまま布団へ潜り込んだ。

 数秒後には眠っていた。

 そして翌朝。目覚ましの音で目を覚ますまで、あと4時間。少し未来の自分が盛大に頭を抱える事など、この時の健太はまだ知らなかった。




 翌日の仕事終わり。

 健太は母屋へ向かっていた。工場と同じ敷地内に建つ古い一軒家は、子供の頃からほとんど変わっていない。引き戸を開けると、古い家特有の匂いと少しだけ機械油の匂いが混ざったような空気が鼻をくすぐる。


 居間へ入る。十畳ほどの和室。すぐ横は台所。壁には家族写真と工場名が入ったカレンダー。

 隅には大型テレビ。その横にはじいちゃんが若い頃に撮ったという白黒写真が何枚も飾られている。

 天井の照明は少し黄ばんでいて、テーブルには無数の傷が刻まれていた。小学生の健太が付けた傷も混じっているはずだ。

 決して洒落た家ではない。田舎のどこにでもある、ごく普通の家。


 だが落ち着く。

 工場の音を聞きながら育った自分にとっては、この少し古びた空間こそが帰る場所だった。


 祖父はすでに晩酌を始めていた。今でも時々工場の方へ顔を出す事もあるが、もう90近い。普段は居間にくっついた縁側で新聞を広げているか、テレビの番をしているか、そんなところだ。


 テレビでは地方局のニュースが流れている。


 テーブルの上には枝豆と刺身。そして焼酎。

「おう」

 短い声だけが飛んでくる。

「ただいま」

 健太も勝手に冷蔵庫から缶ビールを取り出して腰を下ろした。

 プルタブを開ける。炭酸の弾ける音が妙に大きく聞こえた。


 祖父はちらりとこちらを見る。

「顔暗ぇな」

「そんな事ない」

「嘘つげ」

 その目線は90近い老人とは思えない。足腰はだいぶ弱ってきていたが、頭の方はまだまだボケる予定はなさそうだ。ありがたい事はありがたいが、何とも言えない。


 健太は苦笑した。隠せているつもりだった。だが、じーちゃんには昔から通用しない。

 子供の頃もそうだった。学校でケンカして帰ってきた時も、部活で負けた時も、何も言わなくても見抜かれていた。工場が忙しくて、父さんよりじいちゃんに遊んでもらった記憶の方が多い。今思えば、プラスチック全盛期で、あれもこれもプラになって、父さんも大変だったんだろうと思うが。


 祖父は焼酎を一口飲みながら言う。

「注文、少ねがったが?」

「まあな」

「そうが」

 それ以上聞かれない。だから逆に話してしまう。

 健太はビールを飲みながら天井を見上げた。

「金箔のやつさ」

「ああ」

「正直もっと売れると思ってた」

 自信があった。かなり。


 工場の職人達も褒めていた。県の担当者からの反応も良かった。写真映えもする。価格だってギリギリまで下げた。


 それでも売れない。


「ホームページも作ったしさ」

 言葉が止まらなくなる。

「県の担当課まで行って何度も頭下げて、東京のアンテナショップに2週間だけだけど置かしてもらってさ。結構評判良くて、幾つか売れたしさ。展示会にも出たし、SNSもやったし、動画も作ったし、写真も撮り直したし、やれること全部やったんだよ」

 それでも数字は伸びない。


 工場は回っている。ただ、未来が見えない。幸い今しばらくは下請け仕事がある。大手メーカーからの注文もある。

 だから今日明日潰れるわけではない。

 でも、それだけだ。

 じいちゃんがいなくなった後。父さんが引退した後。

 自分が社長になった後。今と同じやり方で10年後も20年後も生き残れているのか。その答えが見えなかった。


 じいいちゃんはしばらく黙っていた。


 テレビからニュースキャスターの声だけが聞こえる。


 やがて焼酎のグラスを置いた。

「健太」

「ん?」

「頑張ってるのは分がる」

 秋田訛りが少し強くなる。酒が入るといつもこうだ。

「会社継ぐって言ってけだ時は嬉しがった」

 じいちゃんは笑う。皺だらけの顔だった。けれど、どこか照れ臭そうでもあった。

「でもな」

 そこで声が少し低くなった。


「無理は駄目だ」


 健太は黙る。

「無理な借金してまでやるな」

「・・・」

「首くぐるような真似も駄目だ」

 言葉が重い。じいちゃん世代の人間だからこそ、その言葉には現実味があった。

「じいちゃん」

「俺が作った会社だ」

 じいちゃんは笑った。

「そんな大したもんでね」

 健太は思わず顔をしかめる。何を言っているのだろう。この工場はじいちゃんが一代で作ったものだ。


 昔聞いた事がある。

 同じ中学の子達は集団就職で東京や大阪等の華やかな都会に行く中、じいちゃんと近隣の中学生10人くらいだけは富山に来た。

 確かに当時日本海側には直通列車が普通に走っていて、行こうと思えば、帰ろうと思えば、簡単に帰れそうだったらしい。でも、朝早くに秋田を出発して、ついたのは日付が変わる頃。そんな田舎に何しに行くと何人もに笑われたのを、その時にやっと実感したらしい。


 何人も何人も兄弟がいるのが当たり前だった時代、少しでも給与が高い所へ働きに行って、少しでも多く家族に仕送りするためだ。一緒に来た子達は、どの子もまだ下に何人も弟妹がいたという。勿論、じいちゃんも含めて。


 住み込みで働いて。独立して。工場を建てて。職人を雇って。家族を養った。

 十分すごい。

 少なくとも自分にはそう思える。今からやれと言われても無理だ。じいちゃんが、今の自分の年と同じ時には既に、結婚もしていて、父さんも生まれていて、工場も建っていたんだ。


 だがじいちゃんは首を振った。

「駄目だと思ったら、やめでもいい」

「・・・」

「会社なくなっても死なね」

 静かな声だった。

「生ぎでれば何とかなる」


 健太は返事ができなかった。悔しかった。

 じいちゃんは優しさで言っている。

 分かる。分かるからこそ悔しい。やめてもいい。逃げてもいい。潰れてもいい。そんな言葉が欲しかったわけじゃない。

 続けたいのだ。守りたいのだ。じいちゃんが作った会社を。職人達の技術を。薬瓶作りから続いてきた技術を。工場を。壮大な事を思っている自覚もある。まだまだ若僧の域にいる自分の手に余る事もわかっている。


 健太はテーブルの上のグラスを見た。うちの製品だ。青色のグラデーション。光を受けて金箔が星みたいに小さく輝いている。

 綺麗だ。

 本当に。

 悔しいほど綺麗だ。

 自分達は良い物を作っている。それだけは胸を張って言える。技術も、品質も、デザインも、どこのメーカーにも負けていない。

 自信ならある。いや、自信しかない。


 けれど、それだけでは足りない。良い物だから売れるわけではない。そんな事は何年も前から分かっている。分かっているのに、認めたくない自分がまだいる。


 健太は残ったビールを飲み干した。喉を通る苦味が妙に重かった。

 ふと昨夜送ったメールのことを思い出す。

 深夜テンションで送りつけた、あの動画。冷静に考えれば無茶苦茶だ。許可が下りる可能性なんてほとんどない。

 だが、もし。本当に万が一。あれが何かのきっかけになるなら、ほんの少しでも誰かに届くなら、そんな期待を捨てきれない自分がいた。

 じいちゃんは何も言わなかった。ただ黙って焼酎を飲み続ける。

 その横顔を見ながら、健太は静かに拳を握った。

 まだ終われない。

 終わりたくない。

 その気持ちだけは、どれだけ売れなくても消えてくれなかった。




 只野(ただの)が統括マネージャーに呼ばれたのは昼過ぎだった。

 話を聞いた直後、スマホが震える。土屋(つちや)からだ。

『呼ばれました?』

『呼ばれた』

『コラボ動画の件ですかね』

『だろうな』

 只野は短く返信した。早くも話題になっているハナエと氷室結流のコラボ動画。

 再生数も悪くない。


 次の展開でも相談されるのだろう。そう思った。

 土屋も同じだったらしい。

 会議室へ向かう途中で合流すると、開口一番そんな話になった。

「第二弾とかですかね」

「多分な」

「思ったより反応良かったですし」

「そうだな」

 雑談程度の会話だった。

 2人とも特に緊張していない。呼び出された理由を疑ってすらいなかった。


 会議室に入る。重厚感を出すためのわざと重い扉。空調の低い音だけが静かに響いている。芸能事務所らしく整然とした空間だが、妙な圧迫感があった。無機質すぎるのかもしれないな。

 

 只野は椅子を引きながら土屋を見る。

 相変わらず隙のない顔をしている。

 三十代前半。細身の体。黒縁眼鏡。整えられた短髪。高級ではないのに妙に仕立てが良く見えるスーツ。真面目そうな顔立ち。


 そして実際に仕事ができる。

 氷室結流が売れた理由は本人の才能だけではない。土屋の手腕も確実にある。だからこそ少しだけ腹が立つ。

 いや、羨ましいのだ。

 ハナエだって頑張っている、誰よりも。ツキコだけが先に売れた時も腐らず、笑顔で現場に立ち続けていた。

 現場受けもいい。愛嬌もある。トークもできる。ツッコミもいい。

 それなのにツキコだけじゃなく、後からデビューした氷室結流の方も先へ行っていた。


 何とかしたかった。企画も出した。営業もした。現場へ顔も出した。

 それでも差は開くばかりだった。


 芸能界は努力だけではどうにもならない。そんな事は分かっている。分かっていても悔しいものは悔しかった。ハナエを何とかしてやりたかった。

 そんな事を思っているうちに、統括マネージャーが入ってくる。

 2人は軽く頭を下げた。

「お疲れ様です」

「お疲れ」

 統括は席に着くなりノートパソコンを開いた。

「今日はちょっと2人に見てもらいたい物がある」

 只野と土屋は顔を見合わせる。

 コラボ動画の数字でも確認するのだろうか。そう思った。

 しかし次の言葉は予想外だった。


「ガラス工房からメールが届いた」

「・・・ガラス工房?」

 土屋が首を傾げる。

 只野も一瞬意味が分からなかった。

 ガラス工房と何かのプロジェクトが立ち上がっていただろうか?


「Eveのハナエと氷室結流の動画内で使っていたグラスが、どうも、そこの工房のものだったらしい。それで、動画の使用許可が欲しいという連絡が来た」

「別に構いませんが」

 只野はすかさず答える。


 そういう話は通常、上で許可を出す出さないを判断して、法務で処理するものだ。こちらに話が来る時は大概、既に判断済みなのだが。何故か総括の歯切れが悪い。何か問題でもあったのか?

「最初は公式動画の埋め込み許可だけ出すつもりだった」

 統括は苦笑した。


「だが添付ファイルを見て、少し考えが変わった」


 モニターに動画ファイルが映る。

 タイトルは簡素だった。ハナエ&結流 特別編集版。そんな感じの名前。

「素人が作った動画だ」

 統括はそう言って再生ボタンを押した。


 映像が流れる。

 貸しスタジオで2人が座って喋っている姿。テーブルの上にはコーヒーとお菓子。コラボ動画の切抜だ。編集技術はお世辞にもうまいとは言えない。場面転換もぎこちない。まさしく素人感が丸出しだ。


『最近、何の本読んどるん?』

 ハナエが何気なく聞く。

『直木賞の候補になった・・・』

『はあーっ、意識高そうなもん読んどるなぁ』

 大げさに肩を竦めるハナエに結流が慌てる。

『そんなお堅い本ばっかりじゃないですよ・・・漫画で・・・』

『うちもそれ見たわ。あそこの戦いのシーンなっ』

 荒いが、目が離せなかった。ハナエが嬉しそうに漫画の話に乗っている。結流も笑う。漫画の話になると2人とも次々言葉が飛び出してくる。


『地方舞台にした漫画もいろいろあるやろ。最近なら・・・』

『私、そこにロケに行きました』

『ホンマに?』

 ただ会話しているだけなのに、友達同士がカフェで喋っているような自然さがあった。これに比べれば、元の動画はただのインタビュー動画だ・・・。


『旅館楽しくて』

『アタシも好きやわ。学校の合宿みたいで』

 ハナエが懐かしむように笑う。

『好きな子と一緒の班になれるか、とか・・・。自分、何が楽しかった?』

 ハナエが茶化すように結流を見る。


『・・・ご飯が美味しくて。今回の旅館も凄く美味しかったですよ』

 ハナエの「お?」という顔。

『何杯食べたの?』

『三杯くらいです』

 ハナエが吹き出す。自然な笑い声。

『笑わないでくださいよ』

 結流がコーヒーを飲む。

 二人とも笑っている。


 他愛もない会話ばかり。特別な事件なんて何も起きない。なのに、不思議なほど目が離せなかった。

 ただ2人が楽しそうに話しているだけ。

 それなのに、続きを見たくなる。まるでドラマのワンシーン。もしくは映画の中の日常部分のような。

 動画が終わる。


 会議室が静まり返った。動画自体は本当に荒削りの、そのまま素人が作りましたとわかるものだった。

 誰もすぐには口を開かない。

 只野もモニターを見つめたまま動けない。

 胸の奥が熱かった。

 苦しい。そして悔しい。たまらなく、悔しかった。


 ハナエは昔からこうだった。

 明るくて、人懐っこくて、周りを笑わせて、現場を和ませる。ずっと知っていた。ずっと見てきた。

 なのに、それを世の中へ届けられていなかった。

 自分が。担当マネージャーの自分が、必死に売り込んできたつもりだった。魅力を伝えてきたつもりだった。

 それでも届かなかった。届かなかったんじゃない。自分が伝えきれていなかったのだと、気づかされた。


 この素人が作った数分の動画は違った。

 編集技術なら、確実に社内スタッフの方が上だ。なのに、この数分の映像は自分が何年も言葉で説明してきたものを簡単に見せてしまった。

 ただ友達と喋っている風なだけ。それなのに、ハナエの魅力が全部そこにあった。

 あの日初めて会って撮影したはずの動画の、ただの切抜のはずなのに、以前からの仲良しの2人のようで。会社帰りの喫茶店。休日のカフェ。そんな場所で他愛もない話をしているように見える。

 その自然さが、何より強かった。


 只野は立ち上がった。

 気づけば身体が動いていた。ゆっくり息を吐く。深く頭を下げる。

「動画の使用許可をお願いします」


 統括が目を丸くする。

 只野はさらに続けた。

「未使用素材の使用許可もお願いします。できれば、うちの事務所で再編集して提供できませんか。お願いしますっ」


 声が少し震えていた。

 これはただの切り抜きではない。ただのインタビューでもない。

「再編集したものを、Eveの公式チャンネルにも公開させてくださいっ」


 只野は拳を握り締めた。


 ドラマだった。映画だった。CMだった。友達同士の日常を覗き見ているような物語だった。


 そして何より、そこには、自分が何年も売り出そうとしてきたハナエがいた。

 誰よりも魅力的な笑顔で。


読んでくださってありがとうございます(*_ _)

ポイントを入れてもらえると、嬉しいです。

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