きらきら星変奏曲
よそゆきのドレス、スパンコールがきらきらしてる。
舞台袖の薄暗がりの中であたしのドレスだけが小さな星空みたいに光っていた。
隣にいるママはあたしよりずっとドキドキしてて、さっきからハンドバッグの持ち手をぎゅうぎゅうに握りしめている。
「どうしよう、なんだか緊張してきちゃったわ」
「もー。発表するのはあたしなんだから、ママは大人しく座ってて」
「みゅーちゃんはしっかりしてるわねえ。誰に似たのかしら」
「そりゃあパパでしょ」
あたしが即答すると、ママの目が一瞬で潤んだ。あたしが「パパ」って呼んだらママはすぐに感動してしまう。パパはあたしが生まれてくる前に、死んじゃったから。
***
うちの仏壇の中でパパはいっつもしかめ面をしてる。眉間に皺を寄せて、これから大事な商談に向かうサラリーマンみたいな顔。
でもママが言うには、パパはとにかくお笑い好きで、普段はずっとふざけてママを笑わせちゃう人なんだって。「写真に残ると思うと緊張するなんて、カメラを向けたらこうなっちゃうのよねえ」ってママは嬉しそうにする。
ママの言葉の中にだけ、あたしはパパを知っている。
「パパがみゅーちゃんを守ってくれたの。だからママは頑張れた。みゅーちゃんはママの女神様よ」
そう言ってママは子供みたいに無邪気に笑う。
ママがあたしの名前をつけた時、もしパパが生きてたらなんて言っただろう。「かっこいいじゃん」って賛成したのかな。それとも芸人さんみたいに「今時かい!」ってツッコミを入れたのかな。
そんなことを想像すると、なんだかパパとおしゃべりしてるみたいな気分になるのよ。
***
「プログラム四番、橘中学校二年、日野美優希さん」
アナウンスの声が会場に響く。客席のあちこちから、さやさや、くすくす、ひそひそ、遠慮がちな笑い声。
あたしはにっこり余裕の笑みを浮かべてステージに出ていく。スポットライトを浴びるグランドピアノ。その前に座って、ドレスを整えて背筋を伸ばす。
『お名前は? みゆきちゃん?』
『みゅーずです。美しく優しい希みで、みゅーず』
『あらぁ……』
その後に続く言葉は決まってる。「読めないわねえ」とか「変わってるわねえ」とか。クラスメイトは「みゆきって呼んだほうがいい?」なんて聞いてくる。
名前は一生ついてくるのに可哀想、だって。キラキラネームとかシワシワネームとか、ばかみたい。「変な名前」も「可哀想」も、自分たちが勝手に作ってるだけなのに。
あたしはこの名前が大好きよ。だってママがあたしのために一生懸命考えたんだもん。
他の誰がどう思ったって、親が愛情ってやつをこれでもかと詰め込んで、子供がそれを喜んでるんだったら、それが全部じゃん。
でもあたしはママの女神様だから、そんな人たちにいちいち怒ったりしない。
鍵盤に触れた指先を見つめる。あたしの指が踊り出して、グランドピアノが歌うのはモーツァルトのきらきら星変奏曲。
先生はショパンやリストを勧めたけど、あたしがこれを選んだの。
このシンプルな曲の表現は、中学に入ってからのほうが難しく感じるようになった。だってこれ、もとはお母さんに恋を打ち明ける歌だったんだって。
真面目な顔をしたパパが、カメラを降ろしたらお茶目におどけてみせるみたいに、ママにいろんな気持ちを伝えるみたいに。
優雅に、激しく、時々ちょっと悲しそうに、そしてまた明るく、ころころ変わる表情。
勝手に見当違いな同情してたらいいわ。あたしがそれも全部、キラキラにしてあげるから。
最後の和音が鳴り響く時には、きっと拍手喝采だけが客席から返ってくる。




