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電子レシートが紡ぐ、僕のクローゼット革命

作者: ぽてとりお
掲載日:2026/01/19

「ふぅ……」


 僕は椅子に深々と身を沈め、テーブルに並んだ紙の山を眺めた。確定申告の時期だ。毎年この時期になると、溜め込んだレシートの束と格闘し、気が遠くなるような分類作業に追われる。個人事業主にとって、確定申告は一大イベントであると同時に、最大の苦行だった。


 だが、今日を境にその苦行は過去のものとなる。


「これで、完了……っと」


 僕がクリックしたのは、新しく導入された国家インフラ「デジタルレシート&CBDC(中央銀行デジタル通貨)統合システム」の確定申告ボタンだ。全ての事業用支出はCBDCのウォレットから行われ、その瞬間、紐付いた電子レシートが自動的にブロックチェーンに記録される。そして、スマートコントラクトがそれが経費であるかを判断し、自動的に会計ソフトへと連携されていた。 「申告完了。納税額:自動計算済み。引き落とし処理中。」 画面に表示された文字に、僕は感無量のため息をついた。


 数年前までは考えられなかったことだ。あの頃は、経費の水増しや脱税が後を絶たず、特に富裕層や巧妙な手口を使う事業者によるマネーロンダリングは社会問題となっていた。だが、電子レシートとCBDCが国家インフラとして整備されてからは状況が一変した。


「お金の流れ」と「そのお金が何に使われたか」がブロックチェーン上で完全に透明化されたのだ。全ての取引が改ざん不能な形で記録され、AIが不審な動きをリアルタイムで検知する。その結果、犯罪資金の洗浄は劇的に困難になり、脱税も激減した。もちろん「抜け道」を探す者はまだいるだろうが、システム導入前の数十パーセントは削減されたという報道を鵜呑みにするなら、その効果は絶大だった。正直者が報われる社会に、一歩近づいたのだ。


 僕自身の生活も大きく変わった。会社の経費精算は、もはやワンクリックで完了する。領収書を貼り付ける手間も、申請書を印刷するインク代も、全てが不要になった。浮いた時間で、新しい企画を練ったり、趣味に没頭したりする余裕が生まれた。


 そして、その変化は僕のプライベートにも波及した。 これまで、僕はファッションに全く関心がなかった。服は「着られればいい」という感覚で、手持ちの数少ないアイテムをひたすらローテーションで着回していた。店に行っても何を買えばいいか分からず、いつも無難な色と形の服ばかり選んでいた。


 だが、デジタルレシートの「ライフログ機能」に触れてから、少しずつ意識が変わり始めた。 「今持ってる服は……どれだっけ?」


 スマホに表示されたのは、僕の「デジタルクローゼット」だ。これまで購入した全ての衣服や靴が、ブランド、色、素材、購入日、価格、そして写真付きでずらりと並んでいる。これは、電子レシートのデータが自動的に連携され、AIが商品の特徴をタグ付けしてくれたものだ。


「この黒いスラックス、購入から2年か。使用頻度:高、と。ああ、このトップスは最近着てなかったな」


 画面をスクロールすると、AIが「このトップスには、このカーディガンと、このベージュのチノパンがおすすめです」と提案してくれる。さらに、買い物中に店頭で気に入ったアイテムのバーコードをスキャンすると、「お手持ちのクローゼットには、このアイテムと似た色のシャツが3枚あります。こちらのストライプ柄はいかがですか?」と、重複を避けつつ新しい提案をしてくれるようになった。


 ある日、僕はデジタルクローゼットを片手に、思い切って普段は入らないようなセレクトショップの扉を開けた。店員にスマホの画面を見せ、「これら持っている服に合う、新しいスタイルに挑戦してみたいんです」と伝えた。店員は驚きつつも、僕のデジタルクローゼットをじっくりと見て、いくつか服を提案してくれた。


 その日、僕は生まれて初めて、自分にとって少し攻めたデザインのシャツと、足元を彩る鮮やかな色のスニーカーを買った。


 翌朝、その新しい服に袖を通し、鏡の前に立つ。これまで見たことのない自分が、そこにいた。


「悪くないな……いや、むしろ、すごくいい!」


 鏡の中の僕は、自信に満ちた笑顔を浮かべていた。デジタルレシートがもたらした透明な社会と効率化は、僕の人生に思わぬ彩りを与えてくれたのだ。確定申告の重荷から解放されただけでなく、ファッションという新しい扉を開くきっかけまで与えてくれた。


 僕のクローゼットは、まだ始まったばかりの僕の新しい物語を静かに見守っている。

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