Extorsión
「……私は何もしないから」
イヴが冷たく突き放すように呟いて身を引いた。
良い動きだ。相棒とはいったい何なのかを考えさせられるな。
この議題は後で話し合うべきだと覚えておこう。
「勇ましいじゃないか。これが君の金だと?だからなんだ」
コツ、と軽く靴音を鳴らし、敷央が一歩こちらに歩み寄る。
怒気のこもった声色。噛みつかれることに慣れていないのか。ひょっとしたら思った以上に小物なのかもしれない。
「アンタはその眼鏡を取られても、気前よくくれてやるのか?」
「外来人が。この町のことをよく知らないらしい」
「来たばかりなんだ。だから教えてくれよ観光名所とかさ」
「いいだろう、指折りの名所を教えてやるとも。肉体は不要の場所だ」
言葉を交わすたびに敷央のこめかみに血管が浮かび上がっていく。そのうち切れてしまうんじゃないかと心配になるほどだ。
周囲の空気はピリピリと肌を焼くようにひりつき、良い具合に心地よい。慣れ親しんだ殺伐とした感触。
(まいったな。頬が思わず緩みそうになるじゃないか)
「そこはいい。ずっと似たような場所にいたからな」
あの世ではないが地獄ならとうに間に合っているのだ。
むしろこちらが招待してやりたいまである。
だから俺はよく知っていた。
魔法や異能、その手合いについて。
「遠慮することはないだろう――」
敷央の目がギラリと光った。
(いち、に、さん――)
それを確認し、頭の中で冷静にカウントを重ねる。
そして俺はタイミングを見計らい、
「君から求めたのだから、な!」
一歩大きく身体を横に『ずらした』
その直後。
俺の居た場所がドン、と爆発したかのように火柱を上げて燃え盛る。
「――馬鹿な」
怒り心頭といった顔をしていた敷央の顔が歪む。
良い表情だった。存外素直な性格の奴なのかもしれない。
先程と同じく、一瞬で消え失せた火柱が焼き尽くし、焦がした床をちらりと見やる。その焼け跡に冷たい汗が一筋、背中を伝っていった。内心、数え間違えていたらどうしようかと思っていたが当たりだ。
(直撃したら死んでいたかもしれないな)
たったいま自分が渡り切った、生死の狭間に身震いする。
これだ。この感覚が堪らない。
「どうした?手品にタネはつきものだろ?」
種明しは簡単だ。さっき一度見せてもらったからな。
ご自慢の芸が仇になったわけだ。
「貴様っ!」
再び敷央の目が光る。
だが二度目のカウントを取る必要は無い。
鋭く息を吸い、屈みながら懐に潜り込む。
奴の視界からは俺が消えたように見えただろう。
「遅ぇよ。弱小」
そうして無防備な顎に向かって拳を突き上げた。
「がっ!?」
拳はなんの障害もなく敷央の顎をとらえ、その身体が浮き上がる。宙に浮いた足が地面に着くと、耐えることもなく膝は折れて倒れ込んだ。
しんと静まり返った場に、口を開く者はいない。
喝采も、誰かの悲鳴も、何一つ聞こえなかった。
ただ相手を屠ったという、慣れた感触だけが存在している。
見下ろした敷央は白目をむき、口の端から泡を吹いていた。その様子を見る限り、当分は目を覚ますことも無いだろう。普段から如何に異能に頼っていたかが分かる体たらくだ。
それを見て、さっきまであれほど熱かった身体は、すっかり熱を失ってしまった。
「敷央様が……一発で」
目に見えて動揺を走らせる残党。
しかし俺にしてみれば意味不明である。
敷央が強いとでも思われていたのか。
あるいは異能者が負けるところを初めて見たのかもしれない。
「こいつは何の冗談だ?魔法持ちを素手で倒す人間……てめぇ、素人じゃねぇな」
「――へぇ?」
感心した。こいつらはボスが倒れても逃げださないらしい。
それどころか娘――エミィと呼ばれた少女――を抑えている男は、少女の首に手をかけた。
「ひっ……っ!」
首に触れる手の感触に怯えたエミィが、小さく悲鳴をあげる。
「……悪手だな。だが一応聞いてやる。何の真似だ」
人質を取った男に仄暗い期待を込めて問いかけた。
残る二人は油断なくこちらの様子を窺っている。
声も出せない程に怯えているのか、少女は青ざめた顔で黙ったまま俺を見つめていた。
「見りゃわかんだろ、それ以上近づくんじゃねぇ」
聞くんじゃなかった。つまらなすぎる。
「出来るのか?お前に」
声をかけながら、男たちに向けゆっくりと踏み出す。
すると左右に分かれた男たちが、ビクリと身体を震わせて後ろに下がった。
「よく考えた方が良い。その後のことをな」
思わず口元が吊り上がっていく。
この程度では足りない。
こんなちっぽけな悪じゃ、物足りなさすぎる。
「それでも構わないなら見せてみろ。お前ら悪党の矜持を」
「……こいつ、イカレてやがる」
「――くそが」
短く吐き捨て、人質を取っていた男がエミィをこちらに突き飛ばした。
「おっと」
その身体を抱き留め、至近距離で少女と見つめ合う。
マジマジ見てもなかなか、いやかなりいい女だった。
いまにも泣き出しそうに瞳を濡らしているのが残念だが。
「覚えとけ。テメェは二度とこの町から出られねぇ。絶対にな」
エミィと見つめ合っていた俺の耳に届いたのは、ありきたりな呪詛だ。手際よく敷央の身体を担ぎ上げ、見事な捨て台詞を吐いて男たちは去っていった。
「いいね。楽しませてくれよ小悪党」
今回は消化不良でもその流れは悪くない。
そんな期待を込めて連中の背中に呟いた。
「父さん!」
腕の中で呆然としていたエミィがハッとしたかと思うと、慌てて店主に駆け寄っていく。傍らでイヴが酷く冷めた目で俺を見つめていた。その目は言葉以上に俺への不満を物語っているようだ。あえて口に出さないあたりが彼女らしい。
「あぁ……エミィ、良かった。お前が無事で本当に」
エミィに抱き起こされた店主が、涙ながらに娘を抱きしめる。
二人は互いを思いやり、熱い抱擁を交わす感動の一コマ――なのだろうが、いまはそれどころじゃない。
こんなことがあったのだ。
二人にはしっかりと借りを返してもらわないとな。
「トマス」
「ダンテ様、本当にありがとうございました。何とお礼を言えばよいのか」
娘を強く抱いたまま、こちらを見上げてトマスは言った。
「礼など要らん。それより」
感謝などコイン一枚の価値だってありはしない。そんなものより、俺たちにはもっと切実に必要なものがある。
「部屋を貸せ。もちろん無償かつ無条件でだ」




