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『Journey of Picaro~悪漢ダンテの無法録~』  作者: 夜ノ烏
Picaresque

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4/22

Extorsión

「……私は何もしないから」


 イヴが冷たく突き放すように呟いて身を引いた。

 良い動きだ。相棒とはいったい何なのかを考えさせられるな。

 この議題は後で話し合うべきだと覚えておこう。


「勇ましいじゃないか。これが君の金だと?だからなんだ」


 コツ、と軽く靴音を鳴らし、敷央しきおうが一歩こちらに歩み寄る。

 怒気のこもった声色。噛みつかれることに慣れていないのか。ひょっとしたら思った以上に小物なのかもしれない。


「アンタはその眼鏡を取られても、気前よくくれてやるのか?」


「外来人が。この町のことをよく知らないらしい」


「来たばかりなんだ。だから教えてくれよ観光名所とかさ」


「いいだろう、指折りの名所を教えてやるとも。肉体は不要の場所だ」


 言葉を交わすたびに敷央のこめかみに血管が浮かび上がっていく。そのうち切れてしまうんじゃないかと心配になるほどだ。

 周囲の空気はピリピリと肌を焼くようにひりつき、良い具合に心地よい。慣れ親しんだ殺伐とした感触。


(まいったな。頬が思わず緩みそうになるじゃないか)


「そこはいい。ずっと似たような場所にいたからな」


 あの世ではないが地獄ならとうに間に合っているのだ。

 むしろこちらが招待してやりたいまである。

 だから俺はよく知っていた。

 魔法や異能、その手合いについて。


「遠慮することはないだろう――」


 敷央の目がギラリと光った。


(いち、に、さん――)


 それを確認し、頭の中で冷静にカウントを重ねる。

 そして俺はタイミングを見計らい、


「君から求めたのだから、な!」


 一歩大きく身体を横に『ずらした』


 その直後。

 俺の居た場所がドン、と爆発したかのように火柱を上げて燃え盛る。


「――馬鹿な」


 怒り心頭といった顔をしていた敷央の顔が歪む。

 良い表情だった。存外素直な性格の奴なのかもしれない。

 

 先程と同じく、一瞬で消え失せた火柱が焼き尽くし、焦がした床をちらりと見やる。その焼け跡に冷たい汗が一筋、背中を伝っていった。内心、数え間違えていたらどうしようかと思っていたが当たりだ。


(直撃したら死んでいたかもしれないな)


 たったいま自分が渡り切った、生死の狭間に身震いする。

 これだ。この感覚が堪らない。


「どうした?手品にタネはつきものだろ?」


 種明しは簡単だ。さっき一度見せてもらったからな。

 ご自慢の芸が仇になったわけだ。


「貴様っ!」


 再び敷央の目が光る。

 だが二度目のカウントを取る必要は無い。

 鋭く息を吸い、屈みながら懐に潜り込む。 

 奴の視界からは俺が消えたように見えただろう。


「遅ぇよ。弱小」


 そうして無防備な顎に向かって拳を突き上げた。


「がっ!?」


 拳はなんの障害もなく敷央の顎をとらえ、その身体が浮き上がる。宙に浮いた足が地面に着くと、耐えることもなく膝は折れて倒れ込んだ。


 しんと静まり返った場に、口を開く者はいない。

 喝采も、誰かの悲鳴も、何一つ聞こえなかった。

 ただ相手を屠ったという、慣れた感触だけが存在している。


 見下ろした敷央は白目をむき、口の端から泡を吹いていた。その様子を見る限り、当分は目を覚ますことも無いだろう。普段から如何に異能に頼っていたかが分かる体たらくだ。


 それを見て、さっきまであれほど熱かった身体は、すっかり熱を失ってしまった。


「敷央様が……一発で」


 目に見えて動揺を走らせる残党。

 しかし俺にしてみれば意味不明である。

 敷央が強いとでも思われていたのか。

 あるいは異能者が負けるところを初めて見たのかもしれない。 


「こいつは何の冗談だ?魔法持ちを素手で倒す人間……てめぇ、素人じゃねぇな」


「――へぇ?」


 感心した。こいつらはボスが倒れても逃げださないらしい。

 それどころか娘――エミィと呼ばれた少女――を抑えている男は、少女の首に手をかけた。


「ひっ……っ!」


 首に触れる手の感触に怯えたエミィが、小さく悲鳴をあげる。


「……悪手だな。だが一応聞いてやる。何の真似だ」


 人質を取った男に仄暗い期待を込めて問いかけた。

 残る二人は油断なくこちらの様子を窺っている。

 声も出せない程に怯えているのか、少女は青ざめた顔で黙ったまま俺を見つめていた。


「見りゃわかんだろ、それ以上近づくんじゃねぇ」


 聞くんじゃなかった。つまらなすぎる。


「出来るのか?お前に」


 声をかけながら、男たちに向けゆっくりと踏み出す。

 すると左右に分かれた男たちが、ビクリと身体を震わせて後ろに下がった。


「よく考えた方が良い。その後のことをな」


 思わず口元が吊り上がっていく。

 この程度では足りない。

 こんなちっぽけな悪じゃ、物足りなさすぎる。


「それでも構わないなら見せてみろ。お前ら悪党の矜持を」


「……こいつ、イカレてやがる」


「――くそが」


 短く吐き捨て、人質を取っていた男がエミィをこちらに突き飛ばした。


「おっと」


 その身体を抱き留め、至近距離で少女と見つめ合う。

 マジマジ見てもなかなか、いやかなりいい女だった。

 いまにも泣き出しそうに瞳を濡らしているのが残念だが。


「覚えとけ。テメェは二度とこの町から出られねぇ。絶対にな」


 エミィと見つめ合っていた俺の耳に届いたのは、ありきたりな呪詛だ。手際よく敷央の身体を担ぎ上げ、見事な捨て台詞を吐いて男たちは去っていった。


「いいね。楽しませてくれよ小悪党」


 今回は消化不良でもその流れは悪くない。

 そんな期待を込めて連中の背中に呟いた。


「父さん!」


 腕の中で呆然としていたエミィがハッとしたかと思うと、慌てて店主に駆け寄っていく。傍らでイヴが酷く冷めた目で俺を見つめていた。その目は言葉以上に俺への不満を物語っているようだ。あえて口に出さないあたりが彼女らしい。


「あぁ……エミィ、良かった。お前が無事で本当に」


 エミィに抱き起こされた店主が、涙ながらに娘を抱きしめる。

 二人は互いを思いやり、熱い抱擁を交わす感動の一コマ――なのだろうが、いまはそれどころじゃない。


 こんなことがあったのだ。

 二人にはしっかりと借りを返してもらわないとな。


「トマス」


「ダンテ様、本当にありがとうございました。何とお礼を言えばよいのか」


 娘を強く抱いたまま、こちらを見上げてトマスは言った。

 

「礼など要らん。それより」


 感謝などコイン一枚の価値だってありはしない。そんなものより、俺たちにはもっと切実に必要なものがある。


「部屋を貸せ。もちろん無償かつ無条件でだ」

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