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『Journey of Picaro~悪漢ダンテの無法録~』  作者: 夜ノ烏
Picaresque

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3/22

Dignidad

「――あぁ……トマストマストマス。君はなんて酷い顔をしているんだ」


 芝居がかった仕草で片手を頭に添え首を振る男。

 他の三人よりひと際目立つ、黒い正装に金縁眼鏡の金髪。

 

 (……コイツ鼻でかいな)


 ひと目で鼻持ちならない奴だと理解できる程度には不快な印象。身体からまき散らしている甘ったるい香りも、それに拍車をかけていた。


「客の前だろう?そんな顔ではいかにも我々が野蛮で、暴力的で、恐ろしい連中だと誤解されてしまうじゃないか」


「……敷央しきおう様」


 血の気の失せた顔で固まっていた主人が、ぶるりと横に広い身体を震わせる。トマスとは宿の主人の名だったらしい。

 客の前と言いながら、敷央という男は俺たちに欠片も関心を示していないようだった。


「トマス、私はいま君に難しい話をしたか?」


「い、いえ……滅相もございません」


 店主はぎこちない笑顔を浮かべ、髪の後退した額からツー、と一筋の汗が流れ落ちる。緊張と重圧に押しつぶされそうなその様子が、過去の暴力行為への恐れを感じさせた。


 どうも面倒臭い状況に立ち会ったらしい。

 イヴに目をやれば、静かに目を閉じて口を噤んでいた。

 関わらないよう、極力気配を殺したのだろう。


「よろしい。では次に信頼の証だ」


「それが……その」


 主人の震えが一段大きくなる。

 哀れで惨めなその姿は滑稽ですらない。

 そんなだから「奪われる」のだというのに。


 とはいえ、これが済んだ頃に出直せば宿にありつけるかもしれない。主人に金が必要なのは明白だ。疲弊したところをつついてやれば、断れない可能性が高い。


 (主人が五体満足に話せる姿であればだがな)


「トマス、君は信頼を裏切るのか?――それは良くない」


 眼鏡の奥で、スッと細められた青い瞳がギラリと輝く。 

 その数秒後。


 ゴォッ!と空気が激しい音を鳴らし、店主の脇で乱雑に積まれた紙束が突然燃え上がった。


「ひぃっ!」


 噴きあがる炎に店主が短い悲鳴をあげる。

 火柱は周囲に漂うわずかな灰だけを残し、瞬く間に消えた。密集していた他の紙束には、焦げ目一つ存在しない。


(炎に由来する魔法か、あるいはイヴと同じ異能力者か)


「美しいだろう?我々の信頼関係もかくあるべき、そうだな?」


 誇らしげに鼻を鳴らす敷央の姿に唖然としてしまった。

 くだらない。こいつらは道端で芸を披露する集団だったのか。

 それにしてもレベルが低すぎるが。


「申し訳ありません!どうか、どうか後一日だけ時間を」


 店主が叫びながら受付から飛び出し、敷央の前にひざまずいた。


「イヴ、出直そう」


 それを冷ややかに見下ろしながら声をかける。

 イヴは閉じていた目をゆっくりと開き、無言で頷いた。

 相変わらずの淡泊な返答を見届けて、男たちの脇を抜けようと足を向けたところで――入口の扉が開いた。


「ただいま」


「――エミィ!?駄目だ、戻りなさい!」


 穏やかな声が聞こえた途端、主人が伏せていた顔をガバッと上げて叫んだ。男たちの肩越しに目を向ければ、入口には素朴だが美しい亜麻色の髪をした年ごろの娘が一人。新緑の色をしたひと繋ぎの服に前掛けをつけている。


 すぐに状況を察したのだろう。

 あどけない顔が、怯えるように大きく目を見開いた。


「ほう?」


 振り返り乱入者を認めた敷央が、妙に湿度の高い声で頷く。

 それに同調するかのように、他の三人も顔を見合わせ下卑た笑みを浮かべた。その表情が何を意味するのかは考えるまでもない。どこであろうと大差なく、クズはクズなのだ。


 考えることもその所業も同じ。

 こんなものは先の飯屋でも訪れかけていた展開だ。


 ――だが。飯屋とは違うところがある。

 あの少女は『強かった』


「……ダンテ?」


 イヴが足を止めた俺を訝しむ。


「ふむ、悪くないな。おい」


 敷央が目くばせすると、男の一人が娘に近づいた。


「お待ちください!娘だけは!どうか娘だけは!」


「うるせぇ!」


「あ゛ぅっ!?」


 小鹿のように震える店主が悲鳴をあげて縋りつき、顔をぶん殴られた。


「父さん!? 放して!」


 駆け寄ろうとした娘を、男が羽交い絞めにする。

 それでもなお、娘は父の安否の方が気にかかるらしい。

 必死に呼びかける声が痛々しく、部屋に響きわたった。


 ――誰かが名前を叫んでいる。

 わが身の危険も構わず、なんの打算も意味もなく。


 それはいつかどこかで見た場面。

 まるで焼き増しのような。


(違う。こんなのはありふれた光景だ)


 そうとも。俺たちとは何の関係もない。


「いいじゃないか。誇っていいぞ、お前の娘は実に美しい」


「ひっ!いやっ」


 敷央が娘に近づき顎を持ち上げた。

 これで娘のところに男が二人……。


 残る二人が歩き出したのを横目で追いかける。二人は受付を漁り、先ほど俺が店主に渡した金を掴んだ。


「ねぇ、アンタまさか――」


 時間がゆっくりと軋むように流れていく感覚。

 イヴの声も遠く。連中の動きも、周囲の空気さえもゆったりと揺蕩うように。脳内である種の物質が過剰に分泌された結果だ。

 こんな感覚はいつ以来だろうか。久しぶりなことは確かだが。

 

 ところで、俺には一つだけ守ると決めたルールがある。


「少ないな。まぁいい。今日のところはこの金と娘で許そう」


 二人が金を手に戻ってくると、敷央は不満げに吐き捨てた。


「――誰か……娘を、娘を」


 主人は立ち上がることさえできないらしい。

 倒れ伏したまま涙を流し、うわごとのように救いの手を求め続けていた。


 しかしその声は誰にも届くことはないだろう。

 この場には奴らしか居ないのだ。


 ――俺を除けば。


「冗談でしょう?ちょっと待ちなさい」


 何かを察したイヴの静かに苛立ちを滲ませた声を遮り、


「おい。お前ら」


 至極当然の主張として、


「それは俺の金だ」


 娘を囲む、連中の背に声をかけた。

 その、奴らにとっておそらくは予想だにしない出来事に、連中の動きがピタリと止まる。


「……いま、何か言ったか?」


 たっぷり数秒の間をとって、敷央はゆっくりとこちらに振り返った。余裕ぶってる割に分かりやすい顔だ。

 敵意をまるで隠せちゃいない。


 だがその反応は願ったり叶ったりである。


「お楽しみを邪魔されて癇に障ったか?」


「――っ。このバカ」


 イヴの呆れ果てた侮蔑の言葉も気にならないほど、俺は笑っていた。


 そう、この状況を楽しんでいたのだ。

 なぜなら身体が求めているから。


 奴のちっぽけな悪がどれほどのものかと。

 身体中に染みついた「悪党」の血が騒いでいる。


 俺の中の、たった一つの禁を破った悪を飲み込む喜びに。

 

 そのルールとは「無力な者からは奪わない」だ。

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