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008:第0章「人生で一番最悪なバレンタイン」①

あの日のことは思い出したくない。


箱にぎゅっとつめて、カギかけて、

押し入れのすみっこにでも放っておきたい。


なのに、いつも思い出す。


胸が ちくちく ちくちく いたいのに。


人生で一番最悪だったバレンタイン。


それはもう十年以上も昔の話。


私、水上梨名と、

お隣の幼馴染み、時宮航季が、

まだ六歳だった頃の……


ぶきようで、ちいさな、恋の むかしばなし。




◆◆◆




「おかあさーーん、チョコつつむのってどこーー?」

「ええ? 包み紙? テーブルにあるでしょう! あら? チョコの数が足りない……。まだ冷蔵庫に残ってたっけ!?」

二月十四日。

水上家のキッチンは朝から非常に慌ただしかった。

家族に、親戚に、ご近所に、おともだちに。

とにかくたくさんのバレンタインチョコを用意しなければならないからだ。

チョコ自体は料理上手な母がお徳用チョコを溶かして一口サイズの丸くて可愛いものをいっぱい作ってくれた。

幼い梨名の役目はチョコをいろんな色のアルミ紙で包んでいくことだ。


「梨名、もう終わった?」

「ん~もうちょっと。おとーさんと、小学校のおともだちのはおわったよ。あとはコーくんのだけ」

『コーくん』というのは、お隣に住む時宮航季という男の子のことだ。

母親同士が仲がいいこともあって、梨名はいつも『コーくん』と遊んでいる。

幼稚園も毎日手をつないで通ったし、小学校に上がってからも同じ組だからいつも一緒だ。

昨日だって、コーくんのおうちで文字のかきとりの宿題をしたし、お勉強のあとは二人で近くの公園に行ったのだ。サッカーボールを一つ持って。




「えぃ!」

真冬の寒空の中、梨名がポコンと蹴ったサッカーボールはなぜか右斜めにぽてぽてと転がっていった。

「おーい、どこ蹴ってんだよ、りぃな!」

数メートル向かいでボールが来るのを待っていた航季が逸れていったボールを拾いにいく。

公園脇の草むらの中に落ちたというのに、航季がポンと軽く蹴るとサッカーボールは綺麗な放物線を描いて梨名の前にコロコロと転がって帰ってきた。

「すっごーい、コーくん! ちゃんとボールがりぃなのところに戻ってきたよ!」

梨名が素直に称賛すると、航季はえへんと得意げに笑った。

「つま先で蹴ろうとするから曲がるんだよ。そうじゃなくてさ、こうやって……」

今度は梨名のすぐ目の前でパスキックの見本を見せると、梨名も見よう見まねで足の内側部分で軽く蹴ってみた。

すると、距離たった1メートルではあったが、航季との間をボールが真っすぐコロコロと転がる。

「わぁ! りぃなにもできたよ、コーくん!」

「だな。けっこう上手いじゃん」

梨名が心から嬉しそうにしている様子に航季も嬉しくなって笑顔で返す。

しばらくは二人でコロコロとボールを転がして、時々は距離を離してパスにチャレンジしてみたり。最後は航季が習ったばかりだという、ボールを一人で蹴り続ける「りふてぃんぐ」というのを披露してくれた。

航季は小学校のサッカー部で練習しているだけあって、梨名の目からしたらボールの扱いがとっても上手だ。

地面に落とすことなくボールを膝でポンポンと蹴る姿は、絵本に出てくる魔法使いが使い魔を思いどおりに踊らせている光景に似ている。

間近でこうして眺めているだけでも梨名の心は弾んでしまうのだった。


「コーくんは、将来はきっとサッカーせんしゅになるんだね!」

瞳を輝かせた梨名がそう言うと、航季は照れて頬を赤くさせた。

「だ、だったらいいなーって思うけどさ。でも、クラブの中じゃおれはまだまだで……。とにかく、まずは試合に勝たないとな!」

明日は近所のグラウンドで練習試合があるのだ。

梨名には難しいことはわからないが、今後のレギュラーやポジション決めに影響が出るからとても大切な試合らしい。

「がんばってね! きっとコーくんなら大かつやくだよ!」

絶対に見に行くからと約束の小指を差し出すと、航季も小指を絡めて誓ってくれた。

「ああ、がんばるよ。絶対に活躍して……その、おまえにカッコイイとこ見せてやるからな!」

「うんっ!」

満面の笑みで頷く梨名と照れくさそうな航季が約束の指切りを交わす。

絡めた小指はそのまま離れることはなく、その日は手をつないで一緒に家に帰った。

もう二度と航季と手をつなげなくなるなんて……その時は思うはずもなかった。



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