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005:第1章「魔王と勇者と修道女」⑤

はじまりの村の一つ、レテーネ村。

のどかな村で気のいい村人たちに囲まれ、時には森で傷ついた旅人や動物たちを癒す、昔から変わらぬ……穏やかな日々。

リィナにとって、ここでの日々はとても心落ち着くものだった。


「はい、モーリさん。頼まれていた薬草です。すりつぶして使ってくださいね」

「ありがとねぇ、リィナちゃん。助かったわ」

リィナは森で摘んできた薬草を篭ごと村人のモーリへと手渡した。

モーリは村に住む初老の女性で、普段は家で家事をしつつ織物をして服を仕立てたりしている。

明るく、ちょっとお喋り好きな性格で、リィナにとっては「仲がいい親戚のおばさん」みたいな感じだ。

「旦那さま、早くよくなるといいですね」

(せっかくの夢世界なのに熱が出るなんて、現実でもうなされてしまっているかも)

基本的に村人たちは眠っている現実の人たちの思念体だ。

だから、この世界で苦しむと現実にも影響がでてしまうかもしれない。

ただし、女神に選ばれた冒険者『星の使徒』ではないから、彼らにとってこの世界で起きることはただの夢であり、目が覚めてしまえば忘れてしまうけれど。

(それでも、いい夢を見てもらいたいもの)

無事に解熱の薬草を見つけ出せてよかったとリィナは安堵の息をつく。

その想いに応えるように首から下げたペンダントの水晶には、星砂がまたサラサラと増えていった。


「ほんとうに、いつもごめんなさいね、危険な森に行かせちゃって。でも、もうすぐリィナちゃんの負担も減るかもしれないわよ?」

「え?」

何の話かわからないリィナに、モーリは仕入れたばかりの噂話をウキウキと教えてくれた。

「おとなりの村にね、来たらしいのよ! 勇者様が!」

「勇者……様?」

ゲームだとよく耳にする『勇者』。

けれど、そんな職業がこの世界にあっただろうかと記憶を手繰るが噂話でも聞いたことがない。

「そ、勇者様! あちこちの村で人助けをしながら旅をされてるって話よ! しかも、美男子で、すっごーーく強い剣士様らしいの! だから、もしうちの村にいらっしゃったら、リィナちゃんに頼んでいる森の採集なんかも手伝ってもらえるかもしれないわ!」

「……そうなんですね」

(旅人ってことは、私と同じ『星の使徒』ってことだよね)

想像にはなってしまうが、職業が勇者ではなく、おそらく人助けのクエストをこなしすぎて異名が『勇者』になったということだろう。

(人助けが好きな勇者様か。どんな人なんだろう)

冒険者には何人も会ったことがあるが、そんな異名がある人は初めだ。

もし機会があれば物陰からでもこっそり覗いてみたい。

見知らぬ人と用事もないのに話す勇気はないので、本当にこっそり見てみるだけでいい。

「じゃあね。勇者様が来たら、ちゃあんと教会に行くよう伝えておくからね!」

手を大きく振って見送ってくれるモーリに会釈して、リィナは住まわせてもらっている村外れの教会へと帰ることにした。

見知らぬ『勇者』の噂話に、ほんのちょっぴり胸弾ませながら。




◇◇◇




傾きはじめたオレンジ色の陽光が、古びた小さな教会をぽつんと浮かび上がらせる。

けれど、古いといっても陰気な感じはなく、不揃いなでこぼこな石で積み重ねられた石壁と扉や梁などの木の部分が組み合わさって、とても素朴で親しみやすい印象の建物だ。

夢世界にいる間、ずっとリィナはここに一人で暮らしている。

だが教会といっても布教はしていない。

この世界が「女神によってつくられた」ということが事実であるゆえに、この世界にいるすべての生命はそれを既に知っているのだ。

よって、女神は拠りどころの存在というよりは感謝の象徴として人々の生活に根付いている。

教会に訪れる人々も、たまに悩む人がふらっと愚痴をこぼしにとか、逆に嬉しいことがあった時にあふれる感謝を供えていくくらい。

だから、正直そんなに来訪者は多くない……が、それでも掃除が必要なくらいには埃が溜まる。

石床を掃き、木製の長椅子を拭き、吹き抜けの聖堂奥に置かれた巨大な石碑の埃を払って清潔を保つ。外出した後は、日が暮れる前に最低限の掃除をするのがリィナの習慣だった。

「……よしっと、これくらいでいいかな?」

ふぅ、と掃除を終えて一息ついたリィナは、最後に石碑の前で手を組んで祈った。

女神ネイリアの美しい姿が彫られた石碑。

それはリィナの背丈よりも高い。

ゆえに膝を突かず、立ったまま祈るにはちょうどいい大きさだ。


「女神様、今日も穏やかな一日であったことに心から感謝いたします」


まだ世界に目覚めの鐘は響いていない。

あの鐘は気まぐれだから、今夜鳴るか明日鳴るか、はたまた数日後に鳴るのかは分からない。

もうすぐ日が暮れる。

この祈りが済んだら夕食をとって今夜はゆっくり休もう。

パンがあったから野菜とハムと、それからチーズをとろっと溶かして乗せて、あとは温かい豆のスープ。

干したばかりのシーツを敷いたベッドで横になれば疲れは十分に回復できるだろう。

けれど、リィナが祈りながら考えていたその予定は崩れ去った。

開け放っていた扉から射し込んでいた夕陽の淡い光。

柔らかなオレンジ色に染まった聖堂内の石床に、ふと影が落ちたのを察する。

珍しく、こんな時間に来客が訪れたようだった。






「お祈りにいらっしゃった方ですか?」

「…………」

声をかけたが、来訪者の男性は肯定も否定もしない。

ただ黄昏を背にした長身のシルエットが石床へ伸びていく。

逆光で顔はよく見えなかったがリィナが知る気配ではなかった。

(村の人じゃないよね。あ、もしかして)


「勇者、様……?」


ぽそりと呟いた名にシルエットの主がピクリと反応した。

「――――残念だが、俺はそんな高尚な存在(モノ)じゃない」

「え……」

カツカツと石床に響く硬いブーツの靴音。

聖堂内に入ってきたことで陽の当たり方が変わり、長身の来訪者の姿が夕陽に染まって明らかになる。

辺境の田舎村には不似合いな、黒を基調とした礼服を纏った青年。

襟元や胸元の装飾からして中世の貴族や将校が着る礼服に近い。

右の手首には銀色の腕輪に埋め込まれた星砂の水晶――――星の使徒の証。

金に目映く髪は衣の黒に映え、瞳の青は深く、青金石(ラピスラズリ)を想起させるほど。

この世界に国や貴族は存在しないが、もしあったら彼は間違いなく貴族階級だろう。

だが、最後に目にした特徴的な『それ』にリィナは瞳を驚愕に見開いた。

黄昏の中、バサッと広がった漆黒のシルエット。

青年の背には黒い翼があった。


(――――魔族……っ!?)


リィナが驚いたことを察した青年の瞳が無表情のまま蒼く射貫く。

不躾に見てしまったことに気づいたリィナはすぐに頭を下げた。

「し、失礼しました。辺境の村のため他の種族の方にお会いすることも少なく、不愉快な思いをさせてしまいました」

「……いや。気にしてはいない」

ドキドキと騒ぐ鼓動を抑えつつ一歩下がり、女神の石碑までの通路を空けて来訪者に譲る。

青年は石碑の前まで歩みを進めたが祈ることはせず、ただ彫られた女神の姿を厳しい眼差しで見上げていた。

なにか、女神に対して物申したい憤りでもあるかのように。


(素敵な人……だけど、魔族だなんて本当にいたんだ)


凜々しい横顔に見惚れたリィナは、無意識に左耳付近を触る癖をする。

現実とは違って今の自分に髪飾りはなかったけれど、つい同じ仕草をして落ち着きを取り戻したかった。

けれど、初めて目にした異種族の登場に、心はまだドキドキと動揺している。

(今まで出逢った人はみんな『人間』だったから……)

この世界へ呼ばれる星の使徒は基本的に最初はみな人間の姿だ。

しかし、経験を積んでいくと所属を選ぶイベントがダイスによって起こる。

それによって『陣営』が決まり、異種族の姿に変わることがあるのだ。

陣営は主に四つ。


天使陣営――使徒の力を他者のために奉仕することを方針とする者たち。

妖精陣営――技や魔法を高め、知識を深めることを追究する者たち。

魔族陣営――己の強き願い、欲望を叶えるために邁進する者たち。

自由陣営――人間や、群れるのが苦手な獣人など、無所属の者たちの総称。


陣営の拠点はもっと中央や西の地域にあり、辺境のはじまりの村の付近では必然的に初期値の『人間』が多いのだ。

だから、長年この村に滞在しているリィナは他の異種族の者を見ることがなかった。

村を行き来する商人や使徒たちの噂、または書物で得たくらいにしか知識がない。

(魔族って名前からは恐ろしいイメージだけど、厳しく統率はとれているから悪い人たちではないって話だったよね。でも……)

女神の石碑を見上げていた魔族の青年は今度はリィナへ視線を移す。

人間とは違う瞳の鋭さに、リィナは思わずビクリとなった。

(や、やっぱり、ちょっとだけ……怖いかも)

鼓動が小刻みに震えて身体に緊張を走らせる。

ただでさえ初対面の人と話すのは得意ではないというのに。


「娘、この村に教会はここ一つだけか?」

「は、はい。なにぶん小さな村ですから」

水晶樹から遠く離れたここはいわゆる辺鄙な田舎だ。

教会や道具屋など最低限の店があるだけの小さな村。

隣村にはまた別の教会があるが、この村には一つだけだから間違いようがない。

「修道女は? 他にもいるのか?」

「い、いいえ。今は私だけで……」

どうしてこの魔族の青年はそんな質問を重ねてくるのだろう。

先ほどまでの浮ついた鼓動とは違い、今度は嫌な予感がどきどきと刻み告げる。

「では、『レテーネ村の修道女』というのはお前で間違いないな?」

「は、はい……たぶん……」

嫌な予感が明らかな警笛となって内に響く。

けれど、客人を前にして逃げるわけにもいかないし、「怖い」なんて失礼を口にするわけにもいかない。

そうこう迷っている間にもカツカツと靴音を響かせて、青年は女神の石碑そっちのけでリィナに近づいて正面に立った。

強引にリィナの手首を掴み上げ、逆の手でリィナの顎を捕らえてグイと視線を上げさせる。

「……!? なっ、なにを!?」

わけが分からずビクッと怯えるリィナの目の前で、魔族の青年は低い声で目的を告げた。


「魔王城まで来い。お前は俺と――――『(つが)い』になってもらう」


「…………え?」


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