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004:第1章「魔王と勇者と修道女」④

図書室のカウンターで貸し出し業務をしていた梨名の元に、書棚整理をしていた風峰が戻ってきた。

「お疲れ様、水上さん」

「うん、風峰くんもお疲れ様」

さっき本を借りていった生徒を最後に昼休みの受付ピークは越えたようで、図書室内に残る他の生徒たちは本を借りるというより授業前の予習をしているようだった。

終了時間までもう少しあるが、今のうちに返却本を仕分けして受付対応で使った備品を片付ける。

だが、その片付けが済んでしまうと、風峰との話題がなにも続かなかった。

カウンター内だからあまり喋らない方がいいのだけれど、でも何も喋らないのも空気が重たくなりそうで避けたい。

とは言っても梨名もこういう時に話題を提供するのは苦手で、先ほどの教室でのことも含め、改めて自分のコミュ力の無さにため息がもれてしまう。

どうしようかと思っていたが、今日は珍しく風峰から切り出してくれた。


「そういえば、さっきの教室での話なんだけど。僕、水上さんたちの会話を邪魔してなかった?」  

「え? そ、そんなことないよ!」

むしろ航季の話題から逸れて内心助かったと思っていたくらいだが、それは口にはできない。

「でも、さっきため息をついていたから」

「あ……」

誤解させてしまったことに梨名は自分の迂闊さを痛感する。

「さっきのは……違うの。ただ、私がその……みんなの話に上手く乗れなかったなって思って」

流行の話題に疎いんだよね、と苦笑する。

「親友のひかちゃん……火崎さんとは気楽に喋れるんだけど、他の人と話すと緊張しちゃうの。上手く受け答えもできないし、話を盛り上げたりもできなくて」

高校二年生にもなって何を言っているんだろうと自分でも情けなくなる。

でも、子どもの頃から――たぶん、あの時から――苦手なのだ。

自分の一挙一動がなにかに影響して、なにかを壊してしまいそうで……怖い。

夢の中なら『修道女』という役割のお陰で少しは他人との会話に慣れもしたけど、やはり自分から『動く』ことは苦手なのだ。

「ごめんね、変なこと言って」

気にしないでと付け加えたのだが、風峰は隣に座る梨名の顔も見ずに何か考え込んでいるようだった。


「…………僕もそうかも」


「え?」

風峰が考え込んだ表情のまま、ぶつぶつと独り言のように語り出す。

「みんなが楽しそうにしているのを見るのは好きなんだけど、実はなにを喋っているのか内容がわからなくて、相づち打ったりができないんだよね。空気読めって言われることもあるけど空気なんて目に見えないし」

「それは……」

どうフォローしたらいいものかと梨名が言葉選びに悩む中、風峰は淡々と平気な顔で話を続けていく。

「だから、考えないことにした」

「え?」

「見えないものを見る極意なんて会得していないし、とりあえず思っていることをそのまま言うことにしてる。わからないことは訊いたり調べたりはするけどね」

「…………」

「なので、僕が変なこと口にしていても水上さんは気にしないでくれると助かる」

無表情でそんなこと言う風峰に、梨名はなんだかおかしくなって噴き出してしまった。

「ご、極意って……面白いんだね、風峰くんって」

「面白い、のかな?」

そう表現されたのは初めてだ、と風峰はきょとんとした顔をした。

「あ、ごめんね。ちょっと適切な言い方じゃなかったかも。えっとね……」

自分の内から言葉を手探りで選び直す。

「その……素敵な考え方だな、って思って」

「すてき?」

「うん」

空気を読むことも大切なのは分かっているけれど、同じくらい素直に口に出すことも大切だと思う。

むしろ、その素直さへの勇気が梨名には眩しく思えた。心が少し軽くなったくらいに。

「そっか……」

梨名からの言葉に再び考えこんでいた風峰だが、それが褒め言葉なのだと理解できると、ふと目元が柔らかくなった。


「――――ありがとう、水上さん」


(わ……)

無表情だった顔から一転、柔らかく微笑んできた風峰の笑顔に梨名の胸がトクンと一つ高鳴る。

思わず見惚れてしまっていた自分に気がついて、梨名は頬が赤くなってしまった。

それは、何気ない脇道に植えられた小さな花が風にゆれ、旅人をそっと見守るかのような。そんな素朴だけど心に残る、春の野原のようなあたたかい笑顔だった。


(風峰くんって、こんなふうに笑う人だったんだ……)


予鈴の鐘が鳴って当番の時間が終わっても、梨名の胸はまだトクトクとあたたかい鼓動を刻み続けるのだった。




◆◆◆




就寝の闇の中、ベッドで仰向けになった梨名の胸元が仄かに光る。

星形のアザ。その星の光から小さな水晶のペンダントが現れる。

涙の雫のような形にカットされた、細い多面体に輝く水晶。

空洞になった中でサラサラこぼれる星砂は夢へと誘う子守歌。

全身が睡魔とともに淡い光に包まれると、短かった黒に近い焦げ茶色の髪がふわりと長くたなびき、透きとおった湖水のような水色の煌めきへと染まっていく。

梨名が桃色がかった紫の瞳を開けた時には、辺りは新緑の匂いがする風が吹き抜けていた。

ここは夢。

女神がつくった夢の世界・フェリアム。

ここでの私は――――修道女・リィナだ。


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