021:第3章「難易度高めのデート・ミッション」②
水族館に行くまでの道中も、航季はとりあえず頑張ってみた。
「あ、あの服とかお前が好きそうじゃないか?」
「試着とかしてみないか?」
ショッピングモール内のファッションエリア。胸元が少しだけ露出するよう、ゆったりめのトップスをいくつか指してみるものの。
「え……。でも、そんなにお小遣いないし、服を買う気分じゃ……。女の子同士の買い物じゃないんだし」
若干引かれてしまった上に、
「今日、なんか変じゃない? 大丈夫?」
と要らぬ心配までされてしまって精神的に大ダメージだ。
しかも、そのやりとりを店員にも見られてしまってクスクスを笑われてしまう。
「試着だけでもいいわよ? 彼氏さん、あなたの可愛い姿をもっと見たいのよ」
応えてあげたら? と店員が耳打ちしてフォローしてくれたものの、
「か、彼氏じゃないですからっ!」
バッサリと否定して店を出た梨名に、航季は追撃ダメージが蓄積される。
初手から痛恨の一撃過ぎて、もう心が折れそうだ。
(これ……今日一日もつのか?)
けれど、ヘコんでいる暇はない。
今日はきちんと梨名を楽しませた上で密かに確認ミッションを遂行せねばならないのだから。
「ま、待てよ!」
慌てて梨名を追いかけてショッピングモールの通路へと出た航季だったが、そこには次なる障害が待ち受けていた。
「えっ、あの作家さんの新刊って今日発売日なの?」
「うん。だから本屋に行こうと思って。初回版だと特典の栞も貰えるらしいんだ」
ほんの十数秒目を離した隙に、梨名はクラスメイトと出会って話し込んでいた。
相手は梨名と同じ図書委員の風峰空。
サッカー部の航季とは違って、いつも教室の隅で読書をしているインドア派な男子だが、最近少しずつ話すようになってきて、思っていたよりいい奴だと分かってきたところだ。
ちょっとぽわっとしていてマイペースなところはあるが、人に対して純粋なところが珍しい。他の男たちのような下卑た会話は一切してこないし、裏で陰口なども絶対にしない類の人間だ。
(へぇ、あいつ、結構姿勢いいな)
体育の球技を苦手そうにしていた記憶があったのだが、こうして傍から見ると真っ直ぐな姿勢にぶれがない。体幹が安定しているように見えるのだが、もしかして鍛えていたりするのだろうか。
「で、水上さんは? 予定がなければ一緒にどうかな」
「嬉しい! 私もちょうどその本を買おうと……んんっ!?」
放っておくと風峰にほいほいついて行きそうだった梨名の口元を航季は慌てて後ろから手で塞いだ。
「悪い、風峰! こいつは、その……これから用があって!」
本当はもっと颯爽と登場して余裕ある態度で梨名を引き剥がせればとは思うが、自分は残念ながら彼氏でも何でもないから余裕など一片たりとも存在しなかった。
だが、突然の登場にも関わらず、風峰は驚きはしたものの嫌な顔はしていない。
「え、時宮くん? あれ? もしかしてデートだった? 二人って付き合ってるの?」
なんとも素直に真っ直ぐぶつけられた質問。ここで「そうだ」と頷くことができたならと夢想してまったが、そこはバッサリと梨名が断ち切った。
「ち、違うよ! たまたま用事が重なっただけ!」
断じて付き合ったりなどしていないと力説する梨名の姿に、分かってはいたがメンタル残量がガンガン減っていく。
(両想いじゃねぇデートって、マジできつい……)
少しは子どもの頃のように楽しく過ごせるかと思ったが、それは甘かったのだろうか。すべて自分が悪いという自覚はあるけれども。
(にしても、そこまで必死に言い訳しなくても)
そんなに自分と付き合っていると思われたくないのだろうか。梨名は風峰が納得するまで何度も説明していた。だが、
「そうなんだね。あぁ、よかった」
安堵した様子の風峰の素直な笑みに、航季も、そして梨名も思考が止まった。
――――『よかった』って、なにが……?
二人がその疑問を口に出せずにいる間に、風峰は「じゃあ、また学校でね」と軽く手を振って書店へと向かってしまった。
◇◇◇
(え? もしかして、風峰のやつって……)
最近、よく梨名と喋っているところを見かけるな、とは思っていた。
けれど、それは同じ委員会だからだと大して気に留めずに、いや、気に留めないようにしていた。
梨名は目立つタイプじゃないからそれほど多くはないとはいえ、時折異性に興味をもたれることがある。しかし、航季が幼馴染みだと牽制すれば、それだけで身を引いたやつもいたから、実際にアプローチしてきた数は更に少ない。
だが、たまにいるのだ。航季の牽制も通じない。とくに裏表のない、空気を読まないタイプの人間が。
風峰がいい奴なのは分かっている。
嘘とは無縁のような素直なあいつが「よかった」と言ったからには、それなりに梨名のことを気に入ってはいるのだろう。それは仕方ない。
問題は、梨名の方だ。
「ねぇ、ほら、ペンギンさんがご飯をもらってるよ?」
水族館でいろんな水槽を見て回っている間も、航季はさっき会った風峰のこと……もとい、風峰に対する梨名の態度について考えを巡らせていた。
梨名が駆け寄ったガラスの向こう側では、ちょうど夕方の餌やりの時間だったらしく、多くのペンギンたちが餌を持った飼育員のところへ集まっていく。
ペタペタと小さな歩幅で懸命に歩いているのが体型とのアンバランスで愛らしく、梨名はすっかり虜となって瞳を輝かせている。
(今はいつもの顔だよな)
いつもの、好きなものを愛でる時の、嬉しそうな梨名の表情。
けれど、風峰が「よかった」と言ったあの瞬間は……驚きと困惑。そして、ほんの少しの期待が頬の色に宿っていた。
ふと、夢の中での光景を思い出す。修道女リィナが勇者へ向けていた視線を。
彼女が魔王ではなく勇者の手を取ったように、梨名も自分ではなく誰かの手を取る未来が来るのだろうか。たとえば、風峰の手を。
「……っ」
そんな考えがよぎるだけで胸の奥が軋みをあげる。
傲慢だとは分かっていても、もし梨名が他の男を選んだりしたら、自分はきっと受け入れられないだろう。
「もぅ、人の話ちゃんと聞いてる?」
「え? あぁ、悪い」
考え事をしていたのを咎められ、航季は自分の迂闊さを叱咤する。
失うことばかりを考えて目の前の梨名を見ていないとか失態すぎるだろう。今日は彼女を楽しませることも目的の一つなのに。
「向こうのホールでショーがあるんだって。行かない?」
「ショー……」
ペンギンやオットセイ、イルカたちのショー。
梨名の方から行きたいと言ってくれたのは好都合だった。
そのショーがあるからこそ、この水族館を選んだのだから。




