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015:第2章「領主館への招待」⑤

夢世界フェリアムの突き抜ける高く蒼い空の中、無数に浮かぶ浮遊島。

その一つに、鬱蒼とした深き森。そして、その奥に黒光りする城があった。

多くの魔族たちが集う、魔族陣営の本拠地。

黒い御影石で隙間なく積み上げられた城は吸い込まれそうな深い漆黒。

磨き上げられた床や壁は輝き、塵一つ落ちていない。下級魔族たちが熱心に美しさを保っているのだろう。

その城に、魔王シリウスが黒き翼を羽ばたかせて降り立った。


「魔王様だ……」

「今日は魔王様がいらっしゃる」

「おい、料理番に質の高い食材を使うよう伝えろ」

「あぁ、報告書を急いでお持ちせねば!」

魔王の姿を目にした魔族たちがざわざわと騒ぎ出す。

城を空けることが多い主君が戻ってきたのだ。

この機会に済ませたい仕事がある者もいれば、純粋に心酔している者、快適に過ごしてもらおうと心遣いする者と様々だ。

だが、彼らに共通して言えるのは、誰もが魔王を慕っているということだった。


「俺がいない間の報告は?」

謁見の間でドカッと玉座に腰掛けた魔王シリウスは、側近魔族たちからの近況と指示していた調査の報告を受けた。

「天使も妖精も動きが無いだと? 本当か?」

てっきり「王」が星砂目当てに出てくると予想していたのだが。

「は、はい。天使陣営は細かい動きまでは捉えられませんが、少なくとも王や側近クラスが居城から出たとの報告はありませんでした」

天使族は他者へ施すのが趣味のようなやつらで、中級以下は各地に散らばって活動しているが、ここ数年「王」が外に出たという報告はなく、居城でなにを企んでいるのか、それとも純粋に他者への奉仕を行っているのか、とにかく謎が多い。

妖精族は研究熱心な者たち故に新たな発明が生まれることが稀にある。

魔族としても常に最新情報を得られるよう苦心しているが、これまた王については詳しいことが不明だ。

「ですが、妖精王については、その……確証は得られなかったのですが、行方不明だという噂がありました」

「行方がしれない?」

ただ、それも本当かどうかは分からないそうだ。

逆に居城の奥で今も研究に没頭しているとの噂もあるらしく、真偽を掴むのは難しいらしい。

「…………その件、引き続き調べてもらえるか? 少し気になる」

「はっ」

天使族の王、妖精族の王、ともに要注意人物だ。

例の星砂のランキングでも二人は上位にいた。

だからこそ、彼らがレテーネ村の修道女・リィナを求める可能性は高い。

「他に報告は?」

続けて、魔族陣営内のトラブルや近隣の地域の状況などの報告を受け、それらに対して対応策の采配を振るう。

そして、それらが一段落ついた頃、一人の側近が魔王の傍らに現れた。


「シリウス様、お帰りをお待ちしておりました」

「……クロコか」

魔王の片腕として参謀役を担っている魔族が立ったまま頭を垂れた。

紫色の横髪を切り揃え、長い後ろ髪のみを一つに束ねた細身の青年。

魔王を敬う仕草をするものの、何も感情を浮かべていない灰色の瞳が特徴的だ。

だが、それは単に感情を表に出さないだけで、内では普通に喜怒哀楽があることをシリウスは知っている。現実世界とほぼ同じ顔だから。

「お前には話がある。俺の部屋まで来い」

「……仰せのままに」

そして、従順な参謀を自室へ入らせると、振り返ったシリウスはドア横の壁に一撃を入れた。クロコの顔の横すれすれを通って。






「もう、乱暴だな~コーキは」

「コーキは……じゃねぇよ、ユージ!」

パラパラと剥がれ落ちていく御影石の壁に怯むことなく、マイペースな友人・真中遊二――いや、魔族参謀クロコは面白がるように口の端を僅かに上げた。

「なに怒ってんの? お嫁さんを連れて帰ってくる計画が失敗したのはおれのせいじゃないよね?」

「お前のせいだよ!」

時宮航季――魔王シリウスは拳を壁から引くと一人掛けソファにどっしりと腰を下ろした。

「お前がこんな計画を立てたから俺はあいつに……」

はぁ、と大きくため息を吐き出して頭を抱える。


当初は、

 一、修道女を城へ連れてくる。

 二、事情を話して、嘘の結婚式に同意してもらう。

 三、協力して水晶樹の扉を開ける。

 四、女神に拝謁してゴール。

……という計画だった。

が、最初の第一段階目で躓いてしまったわけである。


「計画自体はとっても平和的だったと思うけどなぁ。君がフラれたのって、どうせ魔王っぽくしなきゃとか思って無理強いしたからじゃないの?」

「うっ……!」

参謀の指摘が的確過ぎてグサリと刺さる。

「だ、だって、多少は威厳とか出さなきゃまずいだろ! この世界で俺は魔王ってことになってるんだし!」

「でも、そんな小さなことにこだわって失敗するなら意味ないよね」

「ううっ……!」

この親友はどこまで言葉の刃で貫けば気が済むのだろう。

けれど、ことが複雑になったのは自分のせいだけで断じてない。

「そ、そうはいうが! お前に借りた夢魔もなんか様子がおかしかったぞ!」

参謀クロコは夢魔使いである。

夢魔を手なずけ、使役して戦力とできるのだが、それを今回はシリウスに貸し出していた。

だが、修道女を襲ったスライムが暴走してしまったことを説明する。

あれが無ければあそこまで彼女に拒絶されなかったかもしれないのだ。

「へぇ、それは面白い現象だね」

今後の研究課題にしておくよ、とクロコは腰に下げていたペンとノートでメモを取っていく。

シリウスはそのノートをただの研究メモだと思っているが、表紙に『魔王かんさつ日記』と書かれていることには全く気づいていない。


「それに、もしかしたら、レテーネ村の修道女は……あいつかもしれないんだ」

これまで以上に更に頭を抱えて落ち込んだシリウスは、修道女リィナが幼馴染みの梨名である可能性を伝える。

だが、クロコの反応は希薄なものだった。

「へぇ、水上さんか。でも、だとしてもやることは変わらなくない?」

修道女の正体が誰であったとしても、星砂の最多保持者である以上、保護する必要性は変わらない。

万一、邪な願いを持つ者の手に落ちては大変なことになるからだ。

そう、修道女を魔族陣営側に取り込む計画自体に変わりはない。はずなのだが。


「そういう問題じゃない。修道女に嫌われたら俺は……」

修道女に拒絶されるということは、梨名にも嫌われるということだ。

ただでさえ十年以上前の喧嘩でぎこちない関係が続いていて胃が痛いというのに、これ以上彼女に嫌われたらどうしていいかわからない。

「ああ、そうか。コーキ、十年以上も片想いしてるんだっけ」

一途だよね~と呑気に語りながらクロコはノートにペンをサラサラと走らせる。

顔は無表情だが、内心とても愉しそうに。

「片想いって言うなっ!」

昔は両想いだったんだと主張したいが、実際には両想いになる寸前に自分でそれを壊してしまったのだ。

その時のことを十年以上、毎日思い出しては後悔し、けれど改善に繋げられない自分に失望するを繰り返している。

「じゃあ、修道女と水上さんが別人の方がコーキ的にはいいの?」

「いや、それも気持ち複雑で……」

目的のためとはいえ、梨名に内緒で別の女と結婚する?

よく考えてみれば、そんなことをしたら、これからずっと梨名に対して向き合えないような気がする。

「じゃあ、やっぱり同一人物の方が楽なんじゃ?」

「けど、それはそれで……」

梨名からしてみれば、己の目的だけで求婚しているようにしか見えないのだから、どちらにしても状況はまずい。

それに、いくら夢の中だとしても、梨名に対して告白をすっ飛ばして求婚している状況は自分の羞恥が限界すぎる。


「はぁ、うちの魔王様って、ほんっと面白……いや、面倒……いや、わがままだよね」

「お前、フォローする気ないだろう?」

魔王と参謀として、または、親友としていろいろ話し合ってみたものの、結局は一つの結論に辿り着く。

「修道女と水上さんが本当に同一人物か、まずは調べるしかないでしょ」

「……だよな」

もちろん調べるのはシリウス、いや、航季だ。

そして、それは可能な限り早めがいい。

今こうしている間にも、修道女リィナが誰かに狙われてしまう可能性があるのだから。


――――もし、本当に彼女が幼馴染みの梨名であれば、


(どうか……無事で)


彼女が女神の加護を得られるよう、密かな願いを魔王は心から捧げるのだった。


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